第10話 一方、その頃コーネリアスは




「ねえ、そういえば。お聞きになりました? コーネリアス様」

「何だ? メアリ」


 ――ここは、クレイドル伯爵家の一室。


 婿入りが決まった俺のために執務室を用意してくれると言うので、今日はその用意された執務室を見にきたのだが、そこで執務室を案内してくれたメアリが俺にそう話を切り出してきた。


「冒険者ギルドのイベントに、王子様が現れたって話ですわ」

「ああ、その話か」


 その話ならば、ちょうど我がバーケンレーグ家の朝食の席でも話題に上がっていた。

 普段あまり表舞台に出てこない、このジグリス王国の第二王子が姿を見せたというので、ちょっとした話題になっているのだ。


「場所が場所だけに、平民でも王子様のお姿を目にした者が多数いたとか……。わたくしも見てみたかったですわ……!」


 そう言ってキラキラと瞳を輝かせて娘らしくため息を吐くメアリだったが、確かに『第二王子の姿を見てみたかった』ということについては俺も同意だった。


 貴族といえど、公爵家や侯爵家などの上位貴族でもない限り、直接王族に謁見を許されることは叶わない。


 王宮に出仕でもするのであれば機会がなくもないのだろうが、婿入りが決まって伯爵家であるクレイドル家の後継ぎとなる自分にとってはありえない話だ。


 ――子爵から伯爵になってなお、遠く高みにある存在。


 貴族にとって、王族からの覚えがめでたく、重用され、王宮への出入りを許されるということは誰もが憧れることだった。


 ――第二王子か。


 我が国ジグリス王国は、幸いなことに賢王と呼ばれる王に恵まれ、その王も二人の息子を授かっている。


 現在、王位継承権第一位とされている第一王子と、噂の第二王子だ。


 バーケンレーグ家の朝食の席で耳にした話だと、次代の王となることが濃厚な第一王子が貴族や政治周りの仕事に中心的に携わり、弟である第二王子はその兄を支えるために暗躍しているとも言われているのだそうで。


 今回行われた冒険者ギルドとのイベントも、その一環なのだとまことしやかに囁かれていた。


 確か、【冒険者コン】とかいう――。

 企画の内容を聞くと、よく王族がそんなイベントに力を貸したなと思うほどに下世話な内容だったと記憶している。


 だけれど、しかし。

 そこまで考えたところで、ふと頭に浮かんだ考えがあった。


 ――だったら俺がその【冒険者コン】の出資者として名乗りをあげれば。

 王子と縁を結ぶことも不可能ではないのでは?


 王子と縁を結ぶことができて頭角を表すことができれば、ゆくゆくは国王にも目通りすることさえ夢ではなくなる。


 ふと脳裏に閃いた案は、我ながらなかなかに名案なのではないかと思えた。


「あら、どうしたんですの? コーネリアス様」


 俺が、浮かんできた名案に満足げに息を吐き出すと、それを聞きとめたメアリがきょとりと小首を傾げながらそう尋ねてくる。


「うん、君のおかげでいいアイディアを思いつけた。さすがだなメアリ」

「まあ……、コーネリアス様ったら……。でもそれはわたくしの力ではなく、コーネリアス様ご自身が優秀だからですわ」


 そう言って、俺の手を掴んで両手で挟み、可愛らしくはにかんでくるメアリを見ながら。


 ――うん。

 やはり女性は、これくらいしおらしく男を立てる女性でなければな――と。

 ふと思い出したファナと比較して、自ら選び取った相手の正しさに、誇らしささえ覚えた。



 ――あんな、かわいげのない、色気もない女。


 婚約破棄をした後、クレイドル家の執事であるセバスチャンという男から、『この家の領地についてはファナ様が一番お詳しくいらっしゃったので、可能であればファナ様を呼び戻して引き継ぎだけでもお受けいただければ……』と進言されたが。


 魔術馬鹿であったファナが魔術の片手間で得られた知識など、俺が本気で取り組めば造作もないということを、なぜわからないのかと叱りつけておいた。


 俺がそう言うと執事は『コーネリアス様がそう仰るのでしたら……』と引き下がったが。

 

 まったく、執事の教育からし直さねばならないのかと思うとため息が出る。


 クレイドル家の爵位は、我がバーケンレーグ子爵家よりも上の伯爵家だ。

 実家の跡目争いで兄に負けたのは業腹だったが、バーケンレーグ家より爵位が上のクレイドル家の主人になれるのであればかえってよかったと思っている。


 これでクレイドル家の業績を上げて名実ともに実家の上に立てば、あの憎たらしい兄の鼻もあかすことができる。


 祖父も父も兄も揃って『お前は女をたらし込むしか脳がないのだから、せめてその能力で家に貢献しろ』と言うが。

 みんなまだ、俺が本気を出していないから実力を知らないだけなのに。


 ――よし。


 いろいろと思い起こしていたら、気持ちも考えも固まった。


「……あら、お仕事をなさるんですの?」

「ああ」

「まあ……! ではわたくし、未来の優秀な旦那様のためにお茶を用意して参りますわね」


 そう言ってメアリが足取り軽く部屋を出ていく。


 ――前略、冒険者ギルド、冒険者コン担当、ご担当者様。


 冒険者ギルドの責任者に向けて、さらさらと筆を走らせる。

 脳裏では、既に出資者として王子と握手をする自分の姿があった。


 明るい未来は、すぐそこに待っていると思えた。


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