転生には成功した。しかしどうやら私は呪われているらしい
辛酸ペロリーヌ
第一話 転生へと至る道〈2005〉
努力は報われる――まあ、それなりに。
幼いころは、テレビに映るヒーローも、スポーツ選手も、みんな自分の延長線上にいて、頑張ればそうなれるのだと当たり前のように信じていた。
現実は違うと気づいたのはいったいいつの頃だったか。
最初は確か、アニメや特撮、フィクションの登場人物だったと思う。
多くの子どもがそうであるように、私も彼らに憧れて、彼らになろうと真似をして、けれど必死に真似たところでやっぱり空は飛べなくて。
「変身!」だなんて叫んだところで、結局私は私のままで。
ああだから、ランドセルを背負う前に、サンタクロースを疑う前に、私は自分の未来から彼らのことを消し去ってしまった。頑張ればきっとなれるものからまずは彼らを除外したのだ。
仕方ない。魔力も気も、改造されたボディも私は持っていないのだから――
特別なものになるためには特別な何かが必要なのだと幼いながらに私は悟り、この世には努力だけでは越えられない壁があることを知った。
そうして夢と現実のすり合わせを重ねていくうちに、私のなかの頑張ればなれるものリストからは、王様が消え、世界チャンピオンが消え、スポーツ選手、政治家、弁護士、一流企業のサラリーマン等々、多くのものが消えていった。
大学生になった今では、辛うじて公務員と地元の優良企業の名がリストの上あたりに残っているくらいだ。
まあ、こんなもんだ。
これがそれなりの人間がそれなりに頑張った結果だ。
悪くはない。むしろ自分のスペックを考えれば上等だとも言える。
もちろん私のなかにももう少し上を目指したいという気持ちはある。けれど、私がどれだけ鍛えようとも百メートルを九秒台では走れないし、百マイルの速球を投げることも出来ない。
幼少期から十代をすべて勉強に費やしたなら、今より少しは気の利いた大学くらいはいけただろう。それで多少は名の知れた企業に就職なんかして――とまあ、そこまでだ。私の必死はそんなものだ。特別にはほど遠い、並から精々中の上、そこが私の限界なのだ。
必死にやって、それでそこしか行けないのなら、私は全部それなりでいい。
それは幸福になるための妥協だった。そしてそのやり方で私は上手くやってきた。
今現在、家族仲は良好だ。友人たちとも毎日楽しくやっている。正直大して好きでもないが、恋人も一応いることはいる。
誰かを見下すこともなく、誰かに見下されることもない人生、私は今、そんな道を歩んでいる。
「十分だろ、これで」
自分自身に言い聞かせるよう呟いて、私は最近買ったばかりのデスクチェアに腰を下ろした。椅子とセットで買った真新しい机の
必ず
本のなか、その一文に目がとまった。
「……あと二時間ちょっとか」
私は明日、
これを手にしたのが
幼い頃なら見向きもせず、老いてからならそれまでの生を
ああ、だからこそ今なのか。
過去と未来、人生のこれまでとこれからを対価にせよと、こいつは私に言っているのだ。
「……お前はいつ、これを書いた」
私は本を閉じ、
「転生のすゝめ」
三日前、古書店のワゴンで私はこれを偶然見つけた。
古びた
というかこの本どう見ても印刷されたものではない。書かれた文字の
値段は税込み百五円、惜しむような額ではない。むしろ手製でこの出来ならば、かなりお得と言えそうだ。話のネタには十分なるし、オークションにでも出してみれば、物好きが案外いい値をつけるかもしれない。
そう、この筆跡でなかったならば、こんな内容でなかったならば、ただの笑える珍しい本、それで話は済んだのだ。
ああ本当に、私はいつこんなものを書いたんだ。
当然私にそんな記憶はない。そもそも私は本の作り方など知らないのだ。しかし悪戯にしては手が込み過ぎている。本人が判別出来ないほど筆跡を似せて、本を一冊書き上げる。しかもこんな内容で。誰がそんなことをする。何のためにそれをやる。それにこの紙、こいつはなんだ。いつの時代のどんな紙だ。こんなものがどうして街の本屋にある。ワゴンなんかに乗っている。税込みたったの百五円? 確かにふざけた中身だが、それにしても安すぎる。私はあの時ポケットに、いったいいくらの小銭があった。ああ、覚えている百十円。金欠だからしょうがない。この値段だから何とか買えた。この値段だから私は買った。いや違う、私が買うからこの値段だったのだ。つまりこれは私の本だ。私のために作られた本だ。だからあの時そこにあった。そのためだけに存在していた。いったい誰がこれを仕組んだ。何のためにそれをした。なあお前、お前はいったいどこのどいつだ。
――悪魔か!
心と身体と魂を初期化せぬまま次へゆく、それを神は許していない。神の許しを得ぬままにそれを為すのは、やはり悪魔というやつだろう。
「いいさ、乗ってやるよ」
耳の奥で唾を飲み込む音がした。ページを捲る右の手が笑えるくらいに震えていた。
必ず
再びさっきのページを見る。スタートまでは残り二時間、このふざけた本、悪魔の書とでも言うべきか。それを今じっくり読み込む時間はない。ならばまずは要点確認、スタート時にクリアしておくべき条件と継続していく約束ごとを私は頭に叩き込んだ。
まず一つ、君は仕事をしてはならない。
君は結婚してはならない。
恋人もいてはならない。
性交などは
本に書かれた内容を人に話してはならない。
お酒を口にしてはならない(料理に含まれるのは可)。
カレー、ラーメン、ハンバーガー、アイスクリームを食べてはならない。
白い服しか着てはならない。親類縁者の集まりには可能な限り参加しろ。
睡眠時間は最大四時間、月に一日、眠らない日を設けること。
人の物を盗んではならない。人の悪口を言ってはならない。
三日に一度誰かを殴れ。そして必ず週に一度は誰かに拳で殴られろ(スポーツ、格闘技は不可)。
髪を他人に切ってもらうな(強制的に切られるのは可)。風呂は多くて三日に一度、但し週に一度は入れ。
自ら医者に行ってはならない。自分で薬を飲んではならない。
悲しみを理由に泣いてはならない。
そして毎日午前零時に「ヤマ!」と叫んで海に飛び込め。
これらすべてを二十年間守りつづけろ。そのうえで、四十才の誕生日、午前零時に命を絶て。
「そうすれば君は、望む自分になることが出来る……か」
これはやはり悪魔の書だ。人間がギリギリ死なないライン、それをどうにか守りつつ、人の
内容が若干おちゃらけているのが、またなんというか腹が立つ。
何が白い服しか着てはならないだ。それで親戚の集まりに行くってことは、葬式も白で行けってことだろうが。
間違いない。これを書いたやつは性根がとことん腐っている。
まあ、今のところ容疑者はたぶんおそらく私であろうが――
「こんなもの、どうせ長くはつづかない」
根性のない私のことだ。きっとすぐに音を上げる。だから、ほんの少しだけ試してみよう。
私はこの時の判断を、この先ずっと悔やみつづける。それこそ二十年、四十才の誕生日まで――
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