たとえ君が鬼になっても、僕が君を取り戻す

高田正人

第1話:”かざり”が、私を○○て



 君に言えないことがあるんだ。

 一つだけ、お願いしてもいいかな?

 もし私がどうしても、我慢できなくなったら。

 その時は、君が――

 ”かざり”が、私を○○て。



久賀くが家の剣は、鬼を斬るためにある」


 僕は剣の先生である祖父から、この言葉を聞かされて育った。

 僕が学んだのは、ただひたすら、鬼を斬るための剣技だ。

 久賀家は「鬼斬り」の家だから。


 鬼。

 遠い昔、人と何か別の生物が混じって生まれた存在。

 昔は酒吞童子とか茨木童子とかが大暴れしたらしいけど、今は違う。

 鬼の血を引く人はいるけど、みんな普通に暮らしている。


 久賀かざり。

 それが僕の名前だ。

 鬼斬りの家、久賀家の長男。


「しかし惜しい」


 ある日の夕方。僕の家にある道場。

 祖父は修練を終えた僕を見て、残念そうに言った。

 祖父はこのところ、少し体調が悪いようだ。


「お前に似合うのは木刀ではない」

「やっぱり真剣ですか?」


 僕は、真剣が好きになれなかった。

 重みも、鋭さも、形も怖い。

 あんな危ないものを、好きになれる人の気がしれない。


「いや。真剣でもない。もっと純粋な剣が、気の弱いお前にはふさわしい」

「すみません。もっと練習します」


 僕は素直に頭を下げるしかない。

 気性が激しくがんこな祖父。戦いが嫌いな僕は、祖父にとって見苦しいだろう。

 でも、祖父は首を左右に振った。


「『髄刀ずいとう』というものがある」

「それは?」

「鬼の骨を芯として打った刀。鬼斬りのほまれだ。生涯に一度めぐり合えるかどうかという一振りだが」

「先生(修練の時は祖父をこう呼んだ)は、それを持っていますか?」

「折った」

「そう……ですか」


 そんな貴重なものが折れるほどの、昔の祖父の戦いぶりに寒気がする。

 祖父は若いころ、鬼と命がけの戦いを何度もしたらしい。


 鬼の血を引く人が、その血に狂うことがある。

 その時こそ、鬼斬りの出番だ。

 鬼の血をしずめるために、鬼斬りは全力で戦う。

 結果、どちらかが命を失うとしても。


「かざり。もしその時が来たならば、髄刀を持つ縁が自然とできるだろう」

「はい、先生」


 祖父は言葉を選んでいるようだった。

 もしかすると、孫に祖父らしいことをしたかったのかもしれない。

 でも、祖父はただこう言った。


「お前の秘剣から魔剣が花開く時が、俺は楽しみだ」


 秘剣『残月』。

 これを基本として、その先にあるあってはならない剣技。

 魔剣『残月崩ざんげつくずし』。


 祖父は、剣に取りつかれていた。

 僕はあの人のようになりたくない。

 そう思った自分が悲しかった。




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