第十三話:セレナとの時間【性的表現有】

 夜の静寂が宿屋の一室を包んでいた。窓から差し込む月明かりが部屋の片隅を照らす。ユウはソファに腰を下ろし、目の前に座るセレナを見ていた。彼女の顔には激戦の余韻が残り、疲労と、どこか安心したような表情が混じっている。


「お前のせいで大変だったぞ」


 セレナが口を開き、苦笑を浮かべる。


「何が?」


 ユウは何も知らないふりをして肩をすくめた。


「ギルドでのことだよ。わたしがモンスターを倒したって説明したけど、なかなか納得してもらえなくてな」


「……それは、悪かった」


 ユウは心底申し訳なさそうにセレナに謝った。


「いや、最終的には皆納得してくれた。ギルド長に口裏を合わせてもらってな」


 企みが成功した悪代官のような顔をしたセレナに、彼女の能力の高さをあらためて実感した。ユウは少し安心して肩の力を抜いた。


「セレナはほんと器用だよな」


 ユウが軽く皮肉を交えて言うと、セレナは小さく笑った。


「……でも疲れたよ。もうヘトヘトだ。力なんか残っていない。もうこのまま何をされても抵抗できんな」


 彼女が冗談めかして言うその声には、わずかな甘えが含まれているようだった。


「そんなこと言うなよ。勘違いするだろ」


 ユウが苦笑しながら返すと、セレナが少しだけ顔を赤らめて目をそらした。だが、彼女はそのまま椅子から立ち上がり、彼の隣に腰を下ろした。


「ユウ……」


 彼女がそっと彼の名前を呼び、ユウは何も言わずただ彼女を見つめ返した。

 静寂の中で、二人の距離はゆっくりと縮まっていった。

 しばらくの沈黙が訪れる。


「前にも言ったが、もういなくなるなよ」


 セレナの声はひどく静かだった。しかし、その奥には隠しきれない切実さが滲んでいた。


「正直、初めて会ったときは嫌なやつだと思ったよ」


 冗談混じりのセレナの声が静かに響く。


「それはこっちのセリフだ」


 ユウは笑いを交えて返したが、彼女は真剣な表情のまま彼を見つめ返した。そして、ふいに身体を傾けてユウに抱きついた。


「でも……侯爵様の影部隊で任務を遂行する姿を見てから、次第にお前のことが気になり始めた」


 ユウは彼女の行動に一瞬驚いたが、あえて何も言わずに耳を傾けた。


「昔の仲間は皆死んで、私だけが生き残った。それからは、ずっと独りで戦ってきた。でも、やっと信じられる仲間を見つけたと思ったのに……お前ってやつは急に消えるんだからな」


 離さないようにと思ったのか、彼女の腕に力が入る。抱きしめた彼女の体は、震えているようにも感じた。


「正直、再会できると思ってなかったよ。今もまだ、心臓がドキドキしている」


 セレナの声には不安と、再会の喜びが入り混じっているようだった。


 セレナが彼の膝の上に跨るように体勢を変えると、ユウは無意識のうちに彼女の腰を支えていた。二人の間には、静かな夜の空気が満ちているが、その空気は次第に熱を帯びていく。


 セレナはそっとユウの肩に手を置いた。その手が次第に首筋へと滑り、彼の顎を軽く持ち上げる。


「本当にいいんだな?」


 セレナに問いかける。


「ここまで来たら……お前も覚悟を決めろよ」


 セレナが小さく笑いながら言う。その声は微かに震えていた。その瞳には不安と期待が同時に宿っているようだった。


「私だって……怖いんだよ」


 彼女の言葉は囁きのようだった。その瞳には、抑えきれない感情が溢れていた。


 ユウはその視線から逃れられなかった。次第に彼の心にある壁が崩れていくのを感じる。


「セレナ……」


 ユウは静かに彼女の名前を呼んだ。それが合図だったかのように、セレナは彼に顔を近づけた。


 彼女の唇が触れた瞬間、二人の間にあった距離は消え去った。柔らかな感触と共に、ユウは深く息を吸い込む。その中に彼女の香りが満ちる。


 互いの距離を埋めるように、ユウもそっと手を伸ばし、彼女の背中を支える。その手に伝わる微かな震えは、セレナが抱える不安と決意の現れだった。


 出来るだけ優しく努めたが、彼女は一歩も引かない。まるでユウの中に何か確かなものを見つけようとしているかのように、深く繋がろうとしてきた。



「……初めてなんだ。だから……」


 突然のセレナの告白に、ユウは驚くと同時に、その正直さを微笑ましく思った。


 ユウはそっと彼女の胸元に顔を埋める。その体温が、互いの肌を通じてじわじわと伝わる。彼女は戸惑いを感じながらも、ユウの存在を受け入れるように力を込めて抱きしめた。


「ユウ……」


 再び名前を呼ぶ声は、どこか切なさを含んでいた。セレナの胸に寄り添いながら、指先でそっと彼女の頬に触れた。


「ずっと……こうしたかったんだ」


 彼女の囁きは、心の奥底から絞り出されたように小さかった。それを聞いたユウは、もはや言葉ではなく行動で応えるしかないと感じた。ユウは彼女の頬を両手で包み込むと、再び唇を重ねた。


 そのまま時間が静かに流れた。互いの呼吸が絡み合い、しだいに二人の世界から緊張が消え去っていく。ユウの指が彼女の頬から首筋、肩へ、そして胸元へと触れていく。


 やがてセレナは小さく笑いながら、ユウをベッドへと誘った。彼女の動きは緊張しながらもどこか自然で、まるで初めからこうなることがわかっていたかのようだった。


 セレナがベッドに身を委ねると、ユウもそっと彼女の隣に体を横たえた。


「これで……私たち、本当の意味で一緒になれるな」


 セレナの言葉には温かな気持ちが含まれているように感じた。彼女はユウに身を任せ、彼らの間にある不安や迷いが、次第に薄れていく。


 ユウは彼女の言葉に軽く頷きながら、そっと指先でセレナの髪を整えた。その動作が彼女に安心感を与えたのか、セレナは目を閉じ、穏やかな微笑みを浮かべた。彼女の唇が小さく動き、微かな囁きが漏れる。


「ずっと怖かった……けど、今は違う」


 その声はまるで、長い旅路を終えた者が安息の地を見つけたかのような響きを帯びていた。ユウはその囁きを聞き逃すまいと、静かに耳を傾ける。彼の手が彼女の肩を滑り、優しく背中に回ると、セレナは小さく震えた。


 窓の外では月明かりが雲間から差し込み、部屋の中に淡い光と影を落としている。二人の影が重なり合い、揺れる蝋燭の灯火とともに、緩やかに形を変えていく。その静けさの中で、ユウはセレナの名前をもう一度呼んだ。


「セレナ……俺もずっとこうしたかった」


 彼の言葉に、セレナの頬がわずかに赤みを帯びる。彼女は静かに目を開け、ユウを見つめた。その瞳の奥には、不安と期待、そしてどこか抑えきれない決意が混じっている。


 二人の間に残された距離はもうほとんどない。セレナは小さく息を吸い込み、覚悟を決めるようにユウの手を取り、その指先を自分の胸元へと導いた。触れた瞬間、ユウは彼女の温もりを感じ、わずかに驚いたように目を見開いたが、すぐにその手を優しく包み込んだ。


「怖いなら……無理をするな」


「ううん。怖くないわけじゃない。でも……お前がいるから大丈夫だ」


 その言葉に、ユウの心もまた穏やかに揺れる。彼はセレナの手を握り返し、少しだけ彼女の方へ身を寄せた。セレナは目を閉じ、再び唇が重なる瞬間、部屋の中の全ての音が消えたような静けさが広がる。


 蝋燭の炎が揺れ、二人の影が一つになる。互いの温もりが交わり、時間の感覚さえ曖昧になる中、言葉は必要なかった。全てを託すように彼女が身を委ね、ユウの想いを受け止める。深く、そして静かに、二人はただ互いを感じるだけだった。


 その夜、二人を包む静寂の中には、過去の傷も未来への不安も、もう何も残っていなかった。ただ、彼らの存在だけが確かにそこにあった。



 その夜、二人は互いの存在を確かめ合い、孤独だった日々に小さな光を灯した。明け方が近づく頃、セレナはユウの腕の中で静かに息をつき、穏やかな笑みを浮かべていた。


「もういなくなるなよ……絶対に」


 彼女の声は今までになく柔らかく、そしてどこか誓いのようでもあった。ユウはそっと頷き、彼女の髪に触れると、少しだけ目を伏せて、考えた末に答えを導いた。


「……カフェで一緒に暮らさないか?」


 突然のユウの提案に、セレナが驚いた様子で顔を上げる。


「いいのか?」


「居候が二人ほどいるけど、それでも良ければな」


 セレナは微笑み、頷いた。だがその次の瞬間、彼女の言葉がユウを戸惑わせた。


「ありがたい。これで夫婦だな」


「えっ?」ユウは思わず声を上げた。


「そんな感じではないと思ってたんだが……」


 彼の狼狽に気づいたセレナは、真剣な目で彼を見据えた。


「そんな無責任なことは許されないぞ。そういうことを言うなら、覚悟を持って言わないとな」


 彼女の言葉に、ユウは視線をそらしながらも、彼女の瞳に射抜かれるような感覚を覚えていた。


―――――――――――――――――――――――


 モンスター事件は無事終結した。ユウズカフェの朝はいつもの雰囲気に包まれていた。


 三人で朝食をとっていると、姉のリーゼロッテは不機嫌そうな顔をし、妹のエリスは満面の笑みを浮かべている。


 ユウは理由を知るのが怖くて原因を追求出来ずに、無言でひたすら朝食を食べ進めていた。


「どういうこと?」


 不意にリーゼロッテが口を開き、ユウに鋭い視線を向ける。


「どういうことといいますと?」


 ユウはとぼけた声で答えた。


「とぼけないで! エリスにも手を出したでしょ!」


「お姉ちゃん、違うのです!お兄ちゃんがぱんぱんで苦しそうだったから、わたしからしてあげたの。だから、お兄ちゃんを責めないで!」エリスが割って入る。


「……それはですね」


 ユウは言葉を濁すしかなかった。思い当たる節しかない。ユウは困惑しつつ、逃げるように食べ終わった食器を片付けようと席を立った。


「――ちょっと、何逃げようとしてるのよ!」


 リーゼロッテの怒号が飛ぶ。



 さらにタイミングが悪く、玄関の扉が開いた。大きな荷物を持ったセレナが顔を出した。店内に入ってきた彼女は衝撃的な言葉を発した。


「今日からお世話になります。ユウの婚約者のセレナです」


 その言葉に一同が凍りつく。


 口を開いたのはエリスだった。困惑し、本当に怒っているようにユウに問いただす。


「……ちょっとお兄ちゃん、どういうことか説明して!」


 もうこの場を納められる気がしなくなったユウは、何とか逃げ出す手段を考えていた。


「そういえば、ギルドで所用があったんだ。失礼する!」


 ユウは急いで外に出ようとするが、状況を察したセレナに襟元を掴まれる。


「……逃げられるわけないだろ」


―――――――――――――――――――――――


 午後の光が差し込む中、ユウズカフェに入ってきた常連客の一人が、今しがた聞いてきたであろう状況を皆に話し出した。


「国王が危篤状態だそうだ。王都はどうなっているんだろうな……」


 ユウはその言葉に表情を曇らせた。


「……厄介なことになりそうだ」


 ユウはどこか遠くを見つめるような目で呟き、再び心に闇が渦巻くのを感じていた。

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