英雄引退!でも、異世界はそんなに甘くない~魔王を倒した元勇者がカフェ経営に挑むも、平穏は長続きしないようです~

キズナ工房

第一章

第一話:英雄、帰路に立つ

 魔王城を抜けると、夜空には幾千もの星々が瞬いていた。魔王を討った戦いの余韻が、まるで遅れてやってきたようにユウの全身を包み込む。硬く握りしめていた剣を鞘に収め、彼は深く息をついた。


「……終わったんだよな?」


 隣を飛ぶエンシェントドラゴンの巨大な影が、月明かりに照らされている。その銀色の鱗はどこか神々しさをまとい、どっしりとした翼の一振りで夜の空気を切り裂いている。


「終わったな」低く響く声が答えた。「少なくとも、お前が魔王を倒したことに異論を唱える者はいないだろう」


「それは良かった。けど……」


 ユウは肩をすくめ、遠ざかる城を目で追った。魔王の威圧感はもうない。ただ、静けさと、壊れた城内の記憶だけが残る。


「本当に無事で帰れるとはな」


 エンシェントドラゴンがボソッと呟いた。聞き逃さなかったユウがすかさずツッコミを入れる。


「それ、今さら言う?」


―――――――――――――――――――――――


 魔王城の外には、まばらだがまだモンスターの姿があった。皆、先程戦った空飛ぶドラゴンの存在から離れようと、森の中を逃げる姿があった。その様子を見て、ドラゴンが目を細めた。


「魔王城をこんなに簡単に制圧できるとはな。いささか拍子抜けだ」


「……一人で城内に突撃することになるとは思わなかったけどな」


 ユウが文句を返すと、エンシェントドラゴンはその巨大な体を揺らしながら笑いだした。


「ハッハッハッ!この巨体で城になど入れるものか」


「小さくなるとか出来るかと思ったんだよ。よく物語とかで人体変化出来る話あるじゃん」


「……そんなの無理じゃろ。常識的に考えて」


 ユウは笑いながら、ふと空を仰いだ。冗談交じりの会話が心を軽くする。それでも、胸の奥に引っかかるものがあった。


「で、これからどうするつもりだ?」


 エンシェントドラゴンがユウに問いかける。その声音にはどこか真剣な響きが含まれていた。


「ん?ゆっくり暮らすよ。もう戦う理由もないしな。平穏に生きる――それだけだ」


 森を抜けると、街道や道しるべ、見知った風景が目に飛び込んでくる。



「そうか……だがな、人間族よ。争いというのは、魔王がいなくなったくらいで終わるものではない」


 先程の魔王との激しい戦いが思い出される。対峙した時、魔王からも同じような事を言われた。

 その答えを求めるように、ユウはエンシェントドラゴンに問い返した。


「そう言うお前はどうするんだ?」


 エンシェントドラゴンはしばし黙り込んだ。そして、翼を一振りして宙を舞いながら、静かに言葉を紡いだ。


「ワシは……見守るさ。世界の行く末をな。それと――お前の行く末もな」


「俺?なんでだよ」


「お前のような人間は珍しい。何のために生きるのか、しばらく考えてみるがいい」


「何のために生きる、か。魔王からも聞かれたよ。皮肉だよな。敵にこの先の人生を問われるなんて」


 ユウは苦笑し、握りしめていた拳を緩めた。そして、改めて目の前のドラゴンを見上げた。


「まあいいや。俺はゆっくり考えるよ。時間はたっぷりあるしな」


「それでいい。だが、何か困ったら言うんだぞ」


 エンシェントドラゴンの言葉に、ユウは目を丸くした。


「……龍族にそんな心配されるとはね」


「借りは返す。それが龍族の流儀だ」


「お堅いねぇ。またな、ドラゴン」


 街道に沿って進んだ先に、星明かりとは違った光が遠くに目に入った。


「また会おう、人間の勇者よ」


 エンシェントドラゴンは一瞬静かに笑い、次の瞬間には宙へと高く舞い上がった。

 その銀色の姿が月光の中へ溶け込むのを見届けながら、ユウは深い夜空を仰ぎ見た。


「さて……帰ったら、まずはカフェを開く準備だな」


 彼の足元には、新たな一歩を刻むように街道が続いていた。

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