秋と立夏のスローライフなミステリー

瀬尾 潤

第1話 鍾乳洞と平家落人村


0.主な登場人物.


西園寺秋

早稲田大学文学部国文科1回生。訳あってサマーマンションに住む。立夏の親友。


九条立夏

MIT卒、理学博士。早稲田大学文学部国文科1回生。九条財閥の跡取り。多くの特許や会社を所有し、遊んで暮らしたい。


深泥宇宙

警察庁警視。立夏の従兄。東京大学卒。九条家(立夏)を守り、暴走させないのが仕事。30歳。ロリコン。


夢魔

秋の夢の中だけに存在でき、予知夢を告げるが、あまり当たらない。



1.出会い


1-1.東京に季節外れの雪が降った


 東京の桜は半月ほど前に散った。それでも、今日はとても寒い日だった。昼過ぎでも、まだ雪がちらついていた。雪は道路に積もるほどではなかったが、明日はもっと寒くなるという予報が出ていた。


「異常気象やなあ。天気予報など当たらんことも多いし、明日は暖かくなるかも知れへん。」


 秋は頭がふらふらして、目の前の景色がゆらゆらと、ゆらめいているように見えた。しかし決して脳の腫瘍が再発したのではない。


「あかん。飲みすぎたわ。」


 秋は道端にあった石に腰かけて目を瞑った。何分間こうしていただろうか。とにかく、道端に都合よく座りやすい石があったんでラッキーだった。


 彼女の名前は「西園寺秋」という。なんだか公家かと思うような名前だけど、実態は違う。父は普通のサラリーマンだ。祖父は趣味で柔道の道場をやっている。金がないわけじゃないけど、では金があるのかと言えばそうでもない。秋を東京の私立大学に行かせてくれるぐらいの金はある。


 風の冷たさで、酔いは少しずつさめてきたが、まだ酒が残っているのだろうか、足元がふらついて、石から立てなかった。立とうとして立てない秋を見て、中学生ぐらいの女の子が声をかけてきた。それは運命だったのか?秋の人生は大きく変わることになる。


少女

「墓石に座ったらあかんで。大丈夫?腰が抜けたん?救急車を呼んだ方がええやろか?」


 少し高い声で彼女は話しかけた。秋は酒の飲みすぎで救急車を呼ばれては、かなわないと思った。


「ありがとう。大丈夫やで。お嬢ちゃん。」


と、つい秋は言ってしまった。


少女

「私これでも大学生なんやけど?早稲田大学文学部の1年生なんや。」


「ごめん、ごめん。そやけど、早稲田大学文学部の1年生やったら私と一緒や。」


 実は秋は高校で1年留年し、さらに1浪しているので、2つ年上になる。


少女

「私、よく、中学生と間違われるんや。ほんまはええっと?18歳やねん。」


と笑ったので、秋もにこっと笑いながら、(数えな分からへんのんかい。)と思ってしまった。


 秋は彼女と近くの喫茶店に入って、事の成り行きを説明した。彼女は名前を「りっか」と言った。最初は雪の結晶を意味する「六花」だと思っていたが、「立夏」ということだった。


少女=立夏

「5月5日生まれなので、九条立夏です。『立夏』と呼んでな。」


「西園寺秋です。『秋』でええで。」


立夏

「実は秋を見た時、ピーと来たんや。」


「お腹が???」


うけなかった(涙)。


 立夏の名前は、「皐月」の案もあったようだが、5月1日生まれじゃないということで却下された。子供の日生まれだったから、中学生から身長が伸びなくなったらしい。


 そう言えば確かゴールデンウイークの頃に立夏があったことを思いだした、立夏は適当に名前をつけられたと思っているらしい。まあ8番目だからね。



1-2.秋は泊まるところもなかった    


「今朝、家賃のことで安アパートの管理人と喧嘩になってん。」


立夏

「何が原因やったん?」


「私が『家賃を銀行振込にしてくれ』と言うたら、管理人は『現金でないとダメ』と言い出したんや。」


立夏

「そら、おかしいやろ。銀行振込でもええはずや。」


「しかも契約書の額より3000円ほど高いねん。これは『アパートの管理費』やと言うんや(怒)。」


立夏

「契約書通りと違う料金を請求された?契約と違うても実際は管理していると言い張るんか。」


「そうや、そやのに、『今まで誰も文句を言ったことがない』と言い張るんや。文句を言う人は追い出したんやろうな。

私も寝起きで気が立っとったから、『ピン跳ねするつもりやろう』と言うてしもた。」


立夏

「たぶんピン跳ねするつもりなんやろ。家賃額も正しいかどうかもわからへんし。入居契約書もええかげんみたいやし。」


「それで言い合いになって、最後には『出ていけ!』と言い出してん。『都合が悪なったから追いだすんやろ!』と言うたら烈火のごとく怒りだしてん。私も荷物がほとんどなかったから、『今すぐに出ていったるわ。今後、いちゃもんつけられんように、録音したからな。そのつもりでおれよ。』と言うて、荷物をまとめて出て来たんや。それが今朝のことや。腹立つんで朝から酒飲んどったら飲みすぎてしもたんや。荷物を置いただけやから家賃払ろてないけどまあええな。」


立夏

「家賃で何か言うて来たら助けたるわ。」


 とりあえず、SNSに管理人の悪口を書くと、少ない荷物を駅のコインロッカーに放り込んで、新しい部屋を探していたのだ。



1-3.立夏の経歴は謎だった


 立夏はお父さんの仕事で、小学5年からアメリカに住んでいたらしい。『ギフテッド』に認定されて『飛び級』ということで、大学を16歳で主席で卒業したが、友達は1人しかいなかった。友達が欲しくて一人で日本へ帰って来たらしかった。


立夏

「私、飛び級で16歳の9月にMITを卒業しとんねん。」


「MITって何や。」


立夏

「マサチューセッツ工科大学。日本でも割とに有名やねんけど。」


「ん?マサなんとか摂津大学?大阪の大学?」


立夏は秋の言葉を無視した。


立夏

「日本の大学に入ったら友達もできる思てん。東京やったら東京大学ちゃうかなと思うて、理科やったら自信あるし、Ⅲが一番簡単かなと思うて、理科Ⅲ類いうのん受けたんやけど、医学部やったとは知らんかった。元々医者になる気なんかないから、学生の多そうな早稲田大学文学部の方にしたんや。聞いてみたら1000人以上の学生がおるというんで、ええとこに入ったと喜んどったんやけど」


「東大の理Ⅲを蹴って早稲田大学文学部?普通は東大ちゃうのん?」


立夏

「違う。やりたいことは自分で決める。東大より早稲田大学の方が価値がある。名前はよく聞くけど、早稲田大学言うたら恥ずかしいほどの大学ちゃうんやろ?」


「そりゃまあ。私学では日本のトップを争う難関やし。有名人もたくさん輩出しとうし。」


「ところで、立夏の家は、金持ちなんやろ。いくらぐらい仕送りしてもうとるのん?」


立夏

「両親は今ニューヨークに夫婦と犬がおるんやけど。仕送りはしてもろてないんや。」


「なんや、ケチな親やな。子供のために金ぐらい出したらええのんに。」


立夏

「いやいや、私、収入があるから、仕送りはいらんのや。親も仕送りするつもりなんかなかったし。私、八人兄弟の末っ子やし、私だけ会社を譲ってくれへんかったけど、親に気を遣うのもちょっと嫌やったし。本当は、放っといて欲しかったんや。」


「会社を譲る?よくわからんな?」


立夏

「一昨年の9月から 、神戸の異人館通りのマンションで暮らしとったんや。それで、関西弁が抜けんようになってしもた。おそろしい言語や。」


「収入ってどのぐらいあるのん?」


立夏

「まあ、まあ遊びに困らんぐらいには、」


「食うに困らんいう言葉は、聞いたことあるけど?遊びに困らん???」


立夏

「主に特許使用料と役員報酬やねん。」


「会社譲ってもらえんかったんちゃうのん。」


立夏

「いやいや、自分で作った会社で、そこそこ儲かっとるんや。」


世の中は不公平にできている。


1-4.秋はマンションを借りに行った


立夏

「東京に来てから関西弁はいじられるから、仲間ができて嬉しいわ。一緒にいじられような。」


「そんなんいやや。」


立夏

「ところで、住むとこがないんやったら、私の学生用マンションが空いてたような......」


「学生マンションって、高いんちゃうのん?」


立夏

「諸経費込みで、平均月10万円ぐらいやな。普通のマンションより安いで。」


「私の仕送りからしたら、ちょっと無理かも。」


立夏

「まあまあ、断るにしても、見てからでええやん。気にいるかも知れへんし。」


「気にいっとうのんに入居でけへんかったら、それはそれで、ちょっと辛い思うんやけど。」


 まあ、他にあてがないので、立夏の親切を受けて、見学に行くことにした。

大家さんは50歳ぐらいの女性で、ふくよかで人のよさそうな顔つきをしていてゆっくりと喋る。


大家さん

「あら、ごめんなさいね。先ほど契約しちゃったの。」


「残念、部屋が空いてないなら駄目やな。」


立夏

「もう全然空いてないのん?隠し部屋とかないのん?」



1-5.事故物件が空き部屋だった


大家さん

「1部屋空いていると言えば、空いているんだけど、空いてないと言えばそうでもないのよね。隠してるんじゃないんだけど。」


と、大家さん。空いてるのか空いてないのか、どっちやねん。


大家さん

「実は、空いている部屋があるんですけどね。その部屋を見せましょうか?見たいですか?どうしても見たいですか?夢に出ますよ。覚悟して下さいね。」


これは、何かあるなと思ったが、それは秋だけではないに違いない。とりあえず一応見てみようか。


大家さん

「立夏ちゃんのとなりの、角の部屋なんだけどね。言っちゃなんだけど、実は、この部屋、何故か、1週間以上住んだ人がいないのよね。」


立夏

「も、もしかして、出るんじゃない?ドアの前を通ると時々音がするけど、人が住んでるような住んでないような。まあ防音設備が整うとるから、部屋では音は聞こえへんけど。そんなことは、私、聞いてないで。まさか、出るんとちゃうやろな!」


大家さん

「な、何が、で、出るというのかしら。」


大家さんの顔がだんだん青白くなっていく。


大家さん

「こ、この部屋だけ、な、なぜか広いのよ。それで、いつも線香の、そう線香の匂いがするの。誰も住んでいないんだけど。そう言えばあの部屋に仏壇なんか置いてないわ。」


「誰が線香に火をつけとるんじゃ。」


立夏が両手で耳をふさいで言った。


立夏

「いやや、いやや、そんなんおるに決まっとう。」


大家さんが立夏を慰めるようにいった。


大家さん

「ただのアライグマかもしれないし、なんとなく火をつける様なしぐさをするでしょう。」


秋は、ふうと息を吐いた。


「それはそれで問題でしょうが。」


立夏

「でも、でも、でも、で、出るんでしょ。」


と立夏は震えていた。寒さのせいではないようだ。もしかしたら立夏は幽霊が怖いのかも知れない。


大家さん

「わ、私は、み、見たこと、な、ないわよ。聞いたことはあるけど。」


と大家さんが言った。見ると何故か冷汗をかいている。


立夏

「聞いたことはあるんかい!」


大家さん

「み、見たことないのよ。幽霊より、ひ、人の方が多いし!」


立夏が涙を流しながら言った。


立夏

「幽霊言うな!恐い。」


大家さん

「で、でもしゃ、あん部屋で死んだった人は、い、いにゃひにょよ。」


「大家さんろれつが回ってないで。」


大家さん

「幽霊はいない、たぶんいないと思う、いないんじゃないかな、まあちょっと覚悟はしておけ。」


立夏

「覚悟できるか!」


 秋は、いつも白いおたまじゃくしを見ているので、それほど幽霊が恐くなかった。ふうん、事故物件かあ。1週間もたない謎の部屋ねえと、秋は思った。


「とりあえず、そこに入って見たいな。」


1-6.安い入居条件が提示された


立夏

「敷金なしで、入居月は部屋代無料。ガスや水道、電気代は実費。二ヵ月目からは部屋代月1万円でどうや。他の部屋が空いたら部屋代はそのままで優先で移れる。施設は使い放題。食堂バイキング食べ放題で1日3食800円、1ヶ月定期で20,000円、お金がなくなって来た人のための一食100円というのもあるが、シェフが残り物で作るから、何が出て来るかわからんし、たいてい、夜の8時以降に出て来る。あたりはずれがある。あと、男性を部屋に入れる場合は名前・住所・電話番号・指紋を登録すること。どうや。」


「施設って何?」


「図書館、フィットネスクラブ、25mプール、温泉、食堂、wifi、談話室、会議室、謎の卒論室1・2、謎の試験問題室、全部無料。美容室とコインランドリーは有料。謎の卒論室1・2もあるで。謎の卒論室1は早稲田大学の、謎の卒論室2は他校の卒論を集めたもの。持ち出し禁止。卒論の季節には満員になるねん。他に謎の試験問題室は、全学部の試験問題を集めた部屋。それから就職の季節には、予約制の就職案内室もあって、就職の世話をしてくれるし、日によっては特別に就職試験もしてくれる。このマンションに入ったらほとんど留年せえへんし、就職率も抜群にええ。」


「しかし、何で立夏が入居条件を決めるんや?」


「私のマンションや言うたやん。大家さんはうちの会社の社員、私は社長や。何もしてないけどな。副社長が社長代理やっとうけど、女子大生相手やから喜んでやっとうで。サマーマンション言うて、大学の近くに建ててある20階建ての女子学生専用のマンションや。都内には15棟あるねん。

うちの会社のマンション管理は女性のみで、残業手当も深夜手当も払うし、1日8時間勤務、6人のローテーションで4勤2休、夜勤あり、何か起こらない限り仮眠は自由やけど、何かが起こったことはない。勤務時間を増やしてくれとの変な要望がある。8時間やったら睡眠時間が少ないかららしい。有給休暇は一般社員と同じ、もちろん社会保険完備。1年毎の自動更新。基本給は月給30万円。昇給は当年の組合員の平均昇給と同じ。賞与は春50万円、夏70万円、冬60万円の年3回計6か月分。その他手当は規定通り。仕事は人の出入りのチェックと、変な人が来たら向かいの警察署に連絡、入居・退居手続き、施設の管理、仕事の申し送りぐらいやな。掃除は業者がやってくれる。

 鍵は生体認証やから、特にすることはない。仕事がない時は、漫画でもテレビでもゲームでも寝とっても、好きにしてええ。要するに仕事をきちんとやってくれたら後は自由や。希望があれば、本社勤務の正社員の道もあるねんけど、なぜか正社員を希望した人はおらへんねん。

うちの会社(サマーマンション)はホワイト企業やから、入社希望者が多いし、グループの他部署からも転勤希望者が多い。今日の大家さんも前は経理課やったんや。」


(天国みたいな仕事やんか?というより、これ、仕事?問題は霊現象やろか。)


大家さん

「入学の時期は忙しいんですよ。変な人を入れたら叱られますし。」


大家さんは、ゆっくりと話す割には、手続きは素早かった。さすが元経理課である。部屋代が1LDKで10万円の学生用マンションなのに、私の部屋は2LDKベッドつきで1万円と激安だった。立夏は、何も言わなかった。


大家さん

「立夏ちゃん。安すぎるんじゃない?」


立夏

「いえ、高すぎると思います。私ならお金を貰っても入りませんけど。」


大家さん

「確かに。」


 そして、秋は事故物件に住むことになった。戸を開けて部屋に入ると、白いおたまじゃくしがたくさんいて、人影らしいものも歓迎してくれた。


「部屋の空気が澱んでいるから、少し換気をしなくちゃいけないね。」


窓を開けると春の冷たい風が入ってくる。


1-7.秋は留年したのだった


 秋は国立六甲山高校2年の時に、突然の左前頭部が痛み、意識がなくなり倒れて九条総合病院へ搬送された。検査の結果、かなり進行した脳腫瘍とわかった。


「私、もう死ぬんやろか?♪秋はまだ16なのに♪」


 ネガティブになるのは仕方がなかった。

脳腫瘍の手術と化学治療、放射線治療を行い、なんとか一命は取りとめたものの、左目に障害が現れた。

視力がグンと落ちて、遠近感がおかしくなった。左目の色が薄くなって、いわゆるオッドアイというのになってしまった。普段はこげ茶色のカラーコンタクトを入れたり、ちょっと色が入った眼鏡をして、分からないようにしている。

しかし、何よりおかしいのは、左目の視野の中をふわふわと動くおたまじゃくしのような物体、たまに霧のような人影が見えるようになったことである。最近はかなり薄くなってきたようだ。

これが、秋が高校2年の時に留年した原因で、ずいぶん長い間休んでしまった。国立六甲山高校を退学し、国立東灘女子学園の2年生に編入学した。

白いおたまじゃくしや人影には慣れているから、目障りではあるのだが別に怖くない。まあ、幽霊でも出てくれば怖いだろうが。秋はとりあえず激安で部屋を見つけたので嬉しかった。


 立夏は隣の部屋でもあったので、すぐに行き来するようになった。しかし、やがて気づいたが、この立夏はとんでもない女であった。立夏は5割方はおそらく日本有数の天才であるが、残りの5割はオオボケというか、異常というか、とにかくまともではない。まあ、秋はそんなことは気にしない、立夏は自分のことを『ギフテッド』と言っていたが、意味がわからない。岐阜県出身とは違うと思う。

※「ギフテッド」IQが130以上あり特技がある人のこと。ちなみに私もギフテッドだったらしい(IQ140+試験時間が余る)のだが。日本人の最高がIQ188とされている。


1-8.幽霊と金縛りが出た


 この1ヵ月、白いおたまじゃくしや人影は毎日見た。幽霊は1週間目にお目にかかったが、別段恐いものではなく弱かった。しかし、それはまた別の話である。以降の話でこの幽霊について何かあるかも知れない。いや、あるに違いない。

立夏は私の部屋に入るのを頑なに拒んだ。結局のところ怖がりなのだ。仕方がないので、私が立夏の部屋に入り浸ることになった。しかし、何が仕方ないのだろうかよく分からない。


 それは夢であった。夢であることは夢の中で、はっきりと意識することができた。しかし、秋の体は動くことができない、いわゆる「金縛り」というやつだ。時々金縛りが起こり、予言の声が現れる。金縛りは自律神経のアンバラスから起こるらしいが、動けない。やがて、どこからともなく夢魔の予言の声が聞こえてきた。また予知夢らしい。


夢魔

「御崎岬に海底洞窟がある。そこに、ファフニールが守る財宝がある」


「はあそうでっか。それでファフニールって何や。」


不思議なことに会話はできるのだ。


夢魔

「簡単に言えば、ドラゴンだな。日本に住んでる龍じゃないぞ。」


「龍?そんな動物、日本に住んどるのん?」


夢魔

「そこで財宝を手に入れるのじゃ。お前ならドラゴンに勝てるじゃろう。」


「私は勇者と違う。勝てるわけないやろ。別に財宝なんかいらん。」


夢魔

「高い料金のマンションに入ってしもたから、金がいるんじゃ?」


「ああ、そうですね!でも、私行かへんで。パスやパス。ドラゴンなんかと戦えるかい。命かけてまで行くの嫌や。では、これで。」


夢魔

「あっ、こら。待て、待て、そこには確実に財宝があるんや。」


なぜ?関西弁なのか?


「財宝なんかで騙されへんで。」


よくわからんが、三崎財閥の隠し財宝らしい。


「あんた、めったに当たらへんやんか。嫌や言うとうやん。もう私起きるわ。」


 そこで秋は金縛りが解けた。私のまわりから白い霧が飛び散った。なぜか秋の予知夢は外れることが多い。多いというより3割当たれば上出来みたいなところがある。プロ野球なら首位打者にもなられへん。三崎財閥?聞いたことがあるようなないような?あんまり期待できんな。秋の第六感がそうささやいた。背筋にすーと寒気が走った。換気のために開けていた窓が開いたままになって、雪が部屋に降り込んでいた。


「桜が散った後で大雪になるとは思わんかったな。」


三崎財閥のことは後で立夏に聞いてみよう。歩く辞書みたいなところがあるから多分知っとるやろな。



1-9.朝食を食べる雑談に真実があった


 朝ご飯を食べながら、なにげなく立夏に夢の話をした。


立夏

「財宝があるって?」


立夏は興味を持ったようだ。


「まあまあ、それより立夏、三崎財閥って何?」


立夏

「戦前に数字の入った5つの財閥があったんや。その中の一つやけど、財閥解体でなくなってしもた唯一の財閥や。他の財閥は解体を凌いで、より大きくなったんやけど、三崎は金融関係が脆弱やったと言われているねん。一部は九条が買い取ったんやけど。」


「他にどんな財閥があったん?」


立夏

「一葉、三崎、五井、七瀬、九条の5つや。全部奇数やってん。」


立夏

「三崎は企業体ぐるみの脱税やら、違法労働やら、事故やら、じん肺やら、なんやかんやと不正が発見された。金融の基盤が弱い上に数々の違法が重なってしかも対応が悪く帳簿なんかもない年があった。そういうことで財閥解体に耐え切れなかったんや。一部には見せしめのために潰されたとも言われとるんや。」


「立夏と同じ九条もあるんやな。」


立夏

「言わんかったかなあ。九条財閥は子だくさんで、今は8人の子がおんねん。皆、いくつかの会社を生前相続してるが、九条本家8人兄弟の末っ子の私だけ、企業を相続してないねん。」


「なんでそんな不公平な、ことになっとんのん?」


立夏

「8人兄弟の仲で私が一番稼いどるからやろか。『ギフテッド』はその辺の能力だったらしいんや。」


秋が現在残っている財閥の内、最大の財閥が九条であると知ったのは、かなりしてからであった。このことは、時々出てくるから覚えておくように。


1-10.秋は泳ぐつもりはない!


立夏

「まあそんなんどうでもええやん。それより御崎に行こうな。」


いきなり、立夏が言った。


「いやや、いやや、ひどい目に遭うに決まっとう。」


立夏

「秋、水着の心配はせんでもええから。」


「水着とちゃう。命の心配しとるんや。」


立夏

「じゃあ、今週末に行くから。今から水着を買いに行んや。」


「今週末言うたら明日やんか!」


立夏

「早行かんと、誰かにお宝を取られてまうかもしれへんやん。」


「そんなこと、滅多にないって。」


 秋は水着を持っていなかったのかんとで、買いに行くことになった。立夏も当然着いてきた。水着が欲しいと売り子さんに言うと、変な顔をされた。そりゃそうだ、雪が降っているのに、水着を買いに来る客なんてそうそういない。秋は言い訳するように、


「オーストラリアに行くんです」


と噓をついた。しかし、それは後になって、なぜか実現するのである。立夏が横で笑った。立夏は水着を買わなかった。


店員

「お客様、お気に召さなかったのでしょうか?」


立夏

「だって、私、中学生の時の水着使うからええねん。」


「やっぱり中学から成長してなかったんか⁉」


立夏

「ええねん、どうせ私泳がれへんもん。」


「ひどい!私頼みやったんか!」


立夏

「そうとも言う。」




2.御崎


2-1.異常気象はさらに続く


 翌日はさらに寒くなった。昼過ぎでも、まだ雪が降っていた。道には氷が張っていて、通行人が時々転倒していた。さらに雪が道に積もっていて、あちこちで雪かきをする風景が見られた。4月中旬に雪が積もるという異常気象は相変わらずだった。


立夏

「ここは北海道かい!」


しかし、雪は止む気配もなかった。


「北海道は4月に雪が降るのかどうかは、私は知らん。」


シベリアなら積ると思ってしまったのは、シベリア人おっとロシアの人に対して配慮がなかったんだろうか?


 御崎岬に行く電車は、雪のために4kmの距離を、約1時間かけて走った。


「歩くのとどっちが速いんかなあ。」


立夏

「歩いたほうが安いで。」


御崎鉄道は、東京駅から御崎岬口駅を約20分で結ぶ。2両編成の電車が走る、単線のローカル線である。都内なのに赤字路線らしく、電車が終着駅に近づくに従い、乗客が着実に減っていった。


「もう乗客は私ら2人だけやで。」


立夏

「やっぱり赤字路線やなあ。」


乗客が2人なので、エアコンの暖房をケチっているのか、寒さが電車の中まで染み込んできた。そんなケチくさいことをやっとるので、客足も遠のくのだろう。やがて電車はガタガタと音を立て、揺れながら終着駅の「御崎岬口駅」に着いた。


立夏

「やっと着いたな。」

「そやから、やめようと言うたのに。」


電車はすぐに折り返して逃げて行った。ガタガタと音はしたが、乗客の姿はないように見えた。


「立夏、電車も止まりそうやで。帰れんようになったらどないするのん?」


秋は心配性なのだろうか?


立夏

「ホテルにでも泊まればええやん。」


「だから、そのホテルはどこにあるのん。このままやったら遭難やで、遭難!」


立夏

「えっ!サマーマンションから、わずか40分のとこで遭難するのん。まあ、大丈夫。何とかなるから。」



2-2.御崎岬に行こう


 御崎岬口駅の南口にある「御崎岬口」からバスに乗った。バスの乗客は私達ふたりだけ。雪に慣れていない運転手は必要以上の安全運転をしている。最初の停留所が「市役所跡」だが、どこに市役所があったのか分からないほど、荒れていた。バスが「穴熊原」を過ぎると急に家が少なくなり丘の上に出た。

 この丘を「穴熊原」というのだろうか。草原の中に点々と廃屋が見える。やがて左側に大きな穴が見えてきた。石灰石の露天掘りの跡らしい。バスは露天掘りの穴を避けるように穴熊原を走り、やがて丘の端の大きな駐車場に止まった。ここが終着の「御崎岬灯台」バス停らしい。


立夏

「なんか、無駄に広い駐車場やな。」


「季節にはたくさんの客がくるんやろな。」


立夏

「何の季節に?」


「灯台の季節なんか、あるんやろか?」


乗客は終点まで、私ら二人だけだった。バスが折り返して行ってしまうと、急に風景が寒々として見えた。


「とりあえず、暖かい飲み物でも....」


と思ったが、飲み物の自動販売機さえない。


 雪だから寒いのは仕方がない。御崎岬には白亜の灯台が立っている。そちらへ向かってなんとなく歩き出した。遠いように見えるが、この寒さの中、観光客らしい人が3人、灯台の下にいるのが判るから、あまり遠くないのかも知れない。雪で霞んで、遠くに見えるのだろう。

でも、両側が崖で、おまけに雪を防ぐものもない。なんとなく行きたくないなあ。



2-3.三崎財閥のセメント工業


 立夏は遊歩道の入口に立って説明を始めた。


立夏

「御崎半島の石灰石採掘は、三崎セメント工業が行っていたんや。石灰石は日本で自給自足できる貴重な資源やから、海外から来た不景気などものともせずに、三崎セメント工業は、三崎財閥の屋台骨を支えてきたんや。

 そやけど、不景気を乗り越えて好景気になった時に、大穴の底が鍾乳洞に落ち込み、死者32人を出した大事故が起こったんや。事故後の対応の悪さから、被害者が増加したこともあり、マスコミに散々に叩かれ、被害者の補償もうまくいかず、労働環境の問題まで取り上げられ、とうとう御崎鉱山は閉山へと追い込まれ、三崎セメント工業は廃業となったんや。」


立夏

「市自体がセメント工業に依存していたので、街の凋落はひどいものやった。市民は急激に転出し、2万人まで人口が減った。東京までわずか20分という好条件であるが、落盤事故が怖くて売れへん。危ない穴がボコボコ開いていて、いつ自分も落盤に巻き込まれるか分からへんから、よっぽど好き物でないと買わへん。三崎本社は次に来た財閥解体に耐え切れず、あっという間に消えてしもた。あとに残ったのは、廃屋と石灰岩採掘の大きな穴だけや。」


立夏

「御崎灯台に行くには、穴を避けて行くことになるんやけど、毎年何人かが穴に落ちて怪我をするみたいや。市は保険会社と提携し、駅で1日だけの保険を売り出すことを考えとるみたいや。それから、「廃屋一掃計画」と言うて、人海戦術で廃屋の調査しとるんや。半ば穴に落ち込んでいるのもあるんや。将来は岩石博物館などにする予定もあるらしいねんけど、どうなることやら。」



御崎岬付近略図(by 立夏)


2-4.寒冷は耐え難い


「なあ、立夏。やっぱりやめようなぁ。立夏はボケとるんやから、穴に落ちるかも知れへんで。」


立夏

「私が落ちるわけがあらへん。今までこんな穴に落ちたことは、あまりあらへん。」


「たまに落ちるんやんか。その自信、どこから来るんや。」


秋「また、雪が激しくなってきたで。」


立夏

「そうやなあ。これから楽しみや。寒さとの戦いや.」


「雪の中、海に潜るなんていやや。」


立夏

「最初ちょっと冷たいだけや『身体滅亡すれば、火もまた涼し』と言うやろ」


「そんなもん、身体が燃え尽きとるわ!」


岬付近は灯台までよく見渡せる草原である。三崎財閥の財宝があるようには見えない。


立夏

「よく見渡せる草原だからといって、財宝がまさかあるとは思わへん。人間の心理というのんは、そんなもんや?」


「そこに金目のもんが落ちとったら、拾うと思う。もっとええもんが落ちてないか探す。人間の心理というのんは、そんなもんや?」


立夏

「お主なかなかやるな!」


「お代官様こそ。ホッホッホッ。」


立夏

「それにしても寒いなあ。」


立夏の声が震えている。たぶん、本当に寒いのだろう。だから、やめようと言ったのに。2人は大雪の中、どうしようかと考えながら、立ちつくしていた。立夏がひどく震えている。


「立夏、どないしたん。めっちゃ震えとうで。寒いんとちゃうん?」


立夏

「寒いで。コートの下、水着だけやもん。秋だけに寒い目させるんも、かわいそうかなと思うて。」


「はぁ?水着が濡れたら、どないするつもりやったん?」


立夏

「コートだけで帰ろうかと思とんねんけど。マンションまで近いし、売っとるとこがあったらよかったんやけど。」


「いや、タオルは、どないするのん?」


立夏

「どないしょう。」


「しゃあない、私の着替え貸したるわ。大きさが合わへんのは我慢してな。」


立夏

「ありがと💛」


立夏はこのように、理解しがたいことを時々する。


「立夏、これからどうするつもりや。もう、帰らへんか?」


2-5.強欲ばばあが出た


 秋には灯台に、3人ばかり人がいるのが見えた。立夏にも見えていたに違いない。

そのうちの一人が、秋たちの方へ近づいてきた。後の2人は遅れて來るようである。

立夏は少し考えてから、


立夏

「わからんから、あの3人に聞いてみよう。」


やはり無計画だった。灯台の方から来たおばあさんに、


立夏

「こんにちわ。このあたりの海中に、洞窟があるらしいのですが、知りませんか?」


私は、誰も知らんやろなあと思うが、立夏は遠慮なく声をかけた。


おばあさん

「はあ~。誰がお前みたいな、中坊の相手なんかするか」


やっぱり中学生に間違われとる。しかし酷い言い方やなぁ。


立夏

「いや、ちょっと道を教えて欲しいだけなのですが。」


おばあさん=ばばあ

「道なんかどこかにあるじゃろ。」


そらまあそうやろ。


立夏

「そんなこと言わずに。」


ばばあ

「雪の上を滑って行けば一番早いかもな。」


立夏

「スキーの用意はしてきてないもんで。水着の用意しかしてないねん。」


 立夏の声が震えていた。やはり、雪が本格的に降り出したからか?それとも中学生扱いをされて怒っているからか?やっぱり、寒いからか?それとも、寒いからか?寒いからだろう。そうに違いない。


ばばあ=強欲ばばあ

「お前も崖から落とすぞ。きちんと教えて欲しけりゃ、金持って来い。この世は金じゃ。」


立夏

「何十円出したら教えてくれんのん?」


「フン」

そう言いながら強欲ばばあは、岬と反対の方向へ、のたのたと歩いて行ってしまった。


立夏

「性悪で強欲なばあさんやな。」


ぼそっと立夏が言った。


「ほかほかカイロを持って来るんやった。」


立夏は聞こえない振りをしていた。



2-6.続けて二人のじいさんだ


 強欲ばばあの後に灯台の方から、じいさんが2人やってきた。先ほど見えた3人の内の2人である。金が欲しいという強欲ばばあより足が速く、且つしっかりした足取りで歩いている。


立夏

「こんにちは、このあたりの海中に洞窟はありませんか?」


(そんなん知らんと言うに決まっとるわ。)と秋は思った。


平1

「海中にも陸上にもたくさんあるぞ。」


たくさんあるんかい。


彼らは「平」と名乗った。ふたりは親戚らしい。そういえばどことなく、顔かたちが似ている気がしないでもない。


立夏

「洞穴はどこにあるのですか?」


立夏は震えながら訊く。


平1

「この下に龍穴という港があるんだが。そこに5つの洞窟があるな。赤龍洞・青龍洞・黒龍洞・白龍洞・灰龍洞の5つだ。山の方へ行くと龍穴神社があるが、そこに金龍洞・銀龍洞・それから温泉が湧いている温泉洞の3つ。それからもう少し進むと龍宮洞門という岩があるな。」


立夏

「九つもあるんですか?」


平2

「龍宮洞門以外は全部繫がっとるが、なぜ入口が8つに別れとるのかは謎じゃ。」


立夏

「どこかの洞窟に龍というかドラゴンというか、そんなものありませんか?」


そんなもんないやろ。


平2

「そういえば、龍穴神社の鳥居に何か変な動物が彫られているな。」


あるんかい!


立夏

「どんな動物なんですか?」


平1

「うむ。髭はあるけど猫ではない。角はあるけど牛ではない。羽はあるけど鳥ではない。短い脚はあるけれどダックスフントではない。」


立夏

「それは何かと尋ねたら?」


平2

「犬神様の祟りかも。」


「まだ、情報がありそうやで。」


平1

「それだけじゃない。灯台の下には御崎岬洞穴が、岬の向こうには酒向洞穴と鋸洞門がある。酒向洞穴は、『さかむけどうけつ』、と読むんじゃが、これは満潮になると海水が逆流して入ってくるんで、そう呼ばれておるんじゃ。」


「うわぁ、きっと地下は蜘蛛の巣みたいになっとるで。そんなに入り口があるなら困りもんやな。」


平1

「怪しいのは御崎岬洞穴だよ。あれだけが満潮になると海底に沈む。それじゃちょっと急ぐから。」


じいさんたちは行ってしまった。


「とうとう、出てきやがった。立夏好みのヤツが出たで!海に沈む洞穴。私、潜りとうない。


立夏

「それやったら、先に8つの洞穴に行かへんか?とりあえず温泉に入りたい。」


「立夏さん、ようやく本音がでましたな。ほっほっほ。」


立夏

「秋のいけず。」


秋と立夏は、向きを変えて龍穴集落に向かうことにした。


2-7.凍結した道路は滑りやすい


 秋と立夏はバス道を歩いて龍穴集落へ向かった。あっちへ行ったりこっちへ来たり、雪をぶつけあったり、滑って転んだり、こんなところでかなり時間がかかっていた。


立夏

「なんで秋は転ばへんのん。私はもうお尻が痛いんや。」


「あんまり転んだらお尻が割れてまうで。」


立夏

「お尻が割れとうのんは、便の臭いを隠すという説があるん知っとる?」


「ほんまかいな?」


立夏

「ほんま、ほんま」

※調べましたが、この説は見つかりませんでした。


それでも、雪の中、先ほどの2人のじいさんがよたよた歩いているのに追いついた。


立夏

「お先に失礼します。」


平2

「おお、こちらへ行くんかね。てっきり、灯台の方に行くと思とったが、雪道だから滑らないように足元に気を付けて。」


 強欲ばばあは、道端の雪の当たらない、廃屋の軒先で休んでいた。もちろん強欲ばばあには声をかけない。顔は見えなかったが、私らは「フン」と言ってわざと知らん顔して通り過ぎた。


 落人穴バス停を右折して廃線跡を通る。廃線跡の方が道路よりも滑りにくいと思ったからだった。雪が降っていたため海も見えなかったが、晴れていれば美しい東京湾が見えるだろうか?雪雲の形が刻々と変わってゆき、その都度雪の降る量が変わる。

やがて、廃線跡は大穴南口バス停付近で、龍穴集落へ向かう道に出た。ここらのバス停は家が1軒もないのに、なぜか停車するようだ。それとも人が住んでる廃屋でもあるんだろうか。このあたりから道路は大回りして、急な斜面を下っていく。龍穴集落に行くバスもあることはある。岬から駅に戻るバスが時々龍穴集落を経由するのだ。


立夏

「何でこんな遠回りせないかんねんやろ?」


「崖が急やからなぁ。仕方ないわ。」


立夏

「遠回りしても坂道は結構急やねんけどな。」


「ほらほら、足元に注意しとかんと滑って転ぶで。転んだらお尻が痛いで。立夏はバランスが悪いんやから。しっかり足元見て!」



2-8.お菓子屋のおもてなし


 龍穴集落は不思議な集落である。落人穴という穴があるように、平家の落人の村と言われている。人口は約20人ほど、20軒ほどの家があるが、全員が「平」という姓らしい。もっとも家の半数以上は空き家になっている。

 龍穴漁港の前でお菓子屋さんを見つけた。お菓子屋さんのおばちゃんが店の前まで出て来て、私達を待っていた?


お菓子屋さん

「こんにちは、ようこそいらっしゃったね。この辺はあまり客が来ないので。」


お菓子屋さんのおばちゃんがお茶を入れてくれた。


立夏

「こんにちは、洞穴に入りたいのですが。」


お菓子屋さんと話していた「龍穴水産」と書いた軽トラの兄ちゃんが、声をかけた。


龍穴水産

「君たちどこから来たの?」


「東京からです」


お菓子屋さん

「ここも東京だよ。東京駅から御崎鉄道で20分だよ。」


「うちらの大学は大手町駅から東西線で15分ぐらいかなぁ。大手町駅から東京駅まで歩かなあかんけど」


立夏

「まあ、八丈島も東京だからね。」


お菓子屋さん

「ここは洞穴群と言って、8つの洞穴がある。道路沿いに5つ、集落の端の神社に3つあると言ったよね。」


お菓子屋さん

「私のお勧めは温泉洞穴ですよ。岩の割れ目から湯が湧き出しているのよ。でも、混浴なのよね。男女を時間で分けているんだけど、守れない人がいるのよ。温泉は龍穴神社から入るのよ。」


とお菓子屋さんのおばちゃんが応えてくれた。


「守れない人って、もしかしたら強欲なばあさんですか?」


お菓子屋さん

「お嬢ちゃん、よく知っとるの。どこかそこらで出会ったのかな?」


親切な人たちである。


龍穴水産

「俺のお勧めは、灯台下から入る御崎岬洞穴じゃ。満潮の時には海に沈んでしまう珍しい洞穴じゃ。今は満潮やから潜らな入られへんで。」


立夏

「水着があるから大丈夫!」


お菓子屋さん

「雪が大分積っとるから、灯台の下まで行くのは危ないのう。つい先日も崖から落ちて死んだ子がおってのう。まあ、この辺は洞穴がたくさんあるから、そこらの洞穴に入るのがええじゃろう」


龍穴水産

「雪が降っとるから、軽トラで送ってあげよか?龍穴水産はパワー抜群、上り坂も根性で登る。」


兄ちゃんが言ってくれたが、丁重にお断りした。迷惑をかけてはいけない。しかし、「上り坂を根性で登る」とは、ここは、車検がないのんか?と思ったが日本の交通法規を疑ってはいけない。疑いは悪である。


立夏

「しかし、さっきのばあさんは何も教えてくれへんかったなぁ。」


立夏の言葉を受けて、兄ちゃんが、


龍穴水産

「ああ、強欲ばばあのことだね。あちこちに違法な高金利で金を貸して、厳しい取り立てをしているので、嫌われ者のナンバーワンだよ。この集落は多くの人が借りとるん違うかなぁ。中には船も売って金を作ったが、利子がどうとか言って、奥大雪のブラック企業で働かされる、という噂もありますわ。」


「奥大雪ってどこにあるんですか?」


龍穴水産

「北海道の大雪山の山中にあるらしいんじゃが。いくつかの岩場を登るらしい。なんでも登りははしごがあるのじゃが、下りははしごが使えんようになっとるらしい。天然水がうまいだけの秘境と聞いたぞ。帰りたくても帰れない。熊のコロニーがあって、逃げても熊に襲われるか、行き倒れになって、熊に骨まで食われてしまうらしい。」


立夏

「すごいところやな。そんなんブラック企業じゃなくて、タコ部屋じゃなくて牢獄じゃないですか。」


龍穴水産

「しかし、細かいことは誰も知らん。なにしろ、一度行ったら最後帰って来た人がいないらしいからな。」


「警察は強欲ばばあには、何もしてくれないんですか?」


お菓子屋さん

「強欲ばばあは何回も、警察署に連れていかれたのじゃが、適当なことを言って帰してもらう。反省の色はないんじゃ。」


「お茶、どうもありがとうございます。」


私は、茶碗をおばさんに返した。すると、おばさんは、


お菓子屋さん

「コーヒーなんか飲むかね」


と言ってくる。親切な人たちだ。


立夏

「ところで、この集落は全員が平姓と聞いたのですが?」


立夏がコーヒーを飲みながら話しだした。


お菓子屋さん

「お嬢ちゃん、まだ中学生ぐらいなのに、よく知っとるの。ここは富士川の合戦に敗れた、平家の落ち武者が作った集落じゃ。まわりは急斜面や崖になっているから、見つかりにくかったんじゃろう。だから昔の恨みを忘れぬために、みんな平という姓なのじゃ」


立夏

「私は中学生ではなく大学生です。昔の恨みなんて今さらだと思いますが。」


お菓子屋さん

「我等の思いが判らんのか!」


立夏

「しかし、源氏なんてどうなったか分からないでしょう。」


龍穴水産

「実際、そうなんだよ。だからこれは観光の一環になるかと思って、皆でつけたんだ。そうそう、ここの名物の平家蟹饅頭を食べるかね。珍しい平家蟹の形をした饅頭だぞ。」


立夏

「ちょっとグロいです。」

※平家蟹は平家の怨霊が甲羅に刻まれた、気色の悪い蟹です。食用ではないが、だしぐらいは取れるらしいです。


 その時、店の奥にある黒電話が鳴りだした。

※黒電話って何年も見たことないなあ。


 おばちゃんの電話が終わると、秋はチョコレートを2つ買った。立夏はアイスモナカを買っていた。


「薄着で寒いんちゃうんか。アイスクリームなんか買って。」


立夏

「アイスクリームと違う、アイスモナカや。」


アホである。


2-9.龍穴神社のどうでもいい解説


神主さん

「温泉が湧いとるから、入っていったらどうですか?」


 私らが、龍穴神社に行くと神主さんが現れて、頼んでもいないのに、いろいろと説明してくれた。早く温泉に行きたかったんだけど。


神主さん

「ここは、洞穴が8つあるのだが、ヤマタノオロチという8つ首の龍が住んでいて8つの洞穴から首をだしていたとか、キングギドラという3つ首の龍がこの神社の洞穴から首を出していたとか言われているんじゃ。」

※キングギドラは人気の高い怪獣だったが、ファンが年老いて忘れられる運命である。


立夏

「その龍伝説がこのあたりにあるんですね。」


神主さん

「ここは元々は神社じゃった。しかし、神仏習合で変わった作りになってしまったのじゃ。ほれ、あそこに鳥居があるのに、こちらには古い三重塔があるじゃろ。狛犬があるが、右手には鐘楼(鐘つき堂)があるじゃろ。わしも普段は神主だが、法事の時には僧侶をしている。龍伝説は神社の方の伝説じゃ。」


秋はそこらを見てみたが、白いおたまじゃくしが、特に多いということはなかった。鳥居には確かに何か、動物らしいものの絵が彫ってあるが、落書きにしか見えない。角がなんとか足がどうとか言うとったけど、どこが角かよくわからない。狛犬も犬に見えない。ふ~む。狛犬はタヌキ?アライグマ?とにかく犬にはとても見えない。この神社は胡散臭いやんと思った。



2-10.温泉は洞窟風呂だった


神主さん

「お嬢さん方、今から温泉に入るんかね。」


「おっちゃん、覗いたらあかんで。」


神主さん

「これでも神社と寺に身を置く者。そんなことはせん。じゃが、今日は特別に無料にする。」


「いつもはいくら?」


神主さん

「ひとり30円じゃ。1ヵ月定期は400円。18歳以下と60歳以上は無料。よそ者は300円子供100円じゃが。別に儲けるつもりはないからな。」


「ところで立夏、石灰石って何に使うのん?」


立夏

「主に麻雀牌やな。他に自動車を作るときにも使うで。」


「ほんまか?」


立夏

「ほんま、ほんま。」

※嘘です。主にセメントを作るのに使います。


「なあ立夏、神仏習合って何やのん?」


立夏

「神様と仏様が一堂に会して勉強する行事や。」


「ほんまか?そんな行事、聞いたことないけどな。」

※もちろん嘘です。神と仏は一体であるとした宗教思想です。


立夏

「しかし、ここは本格的な温泉やな。ちょっとぬるいけど。」

「そう?私にはちょうどええけど。それでも疲れが取れるわ。」

立夏

「今日は寒いからもう出られへんなぁ。」

「水着とコートだけで来るからやろ。」


秋と立夏は温泉から上がると、一番奥の入り口から洞内へ入った。


懐中電灯は用意してきたので、その光を頼りに洞穴の中を進んで行った。生暖かい湿っぽい空気が、秋と立夏の体を包んだ。白いおたまじゃくしが少し増える。



2-11.龍穴の入口は8つある


 龍穴洞穴群の8つの洞穴はすぐに1つになり、やがて大広間に続いていた。洞穴は「大広間」を中心として、支洞が四方に延びている。ほとんど調査されていないらしく、洞内は石灰石の結晶がキラキラと美しい。


「雪やのんに結構暖かいやん。」


立夏

「鍾乳洞の中は、温度が15度前後、湿度が100%でほぼ一定やねん。」


立夏

「鍾乳石がなかなかよく保存されとう。今まで人がほとんど入ってないんとちゃうか。都心からすぐやのになあ。天然記念物に指定してもええぐらいの鍾乳洞やな。」



3.洞穴


3-1.強欲ばばあは死んだ


立夏

「こういうところは、片方の壁を触りながら進むとええんやで。時間はごっついかかるけどな。」


そこで秋と立夏はまず、南の洞穴を進んでみたが、途中で洞穴は2つに分かれ、右に進むと、地底湖がありから先は進めなかった。地底湖はほぼ円形をしていたが、魚が泳いでいるのかわかった。右の壁を触りながら進むと、地底湖の手前の支洞に入って行った。


立夏

「こういうところに、珍しい石灰石が溜まっとるんや。」


立夏の言葉を信じて入ってみると、支洞の行き止まりに、強欲ばばあが寝ていた。


「立夏、石灰石より珍しいもんが、落ちとるんやけど。」



















御崎岬地下迷路(by 立夏、事件後作成)


 秋は強欲ばばあに駈け寄ろうとしたが、足場が悪く転びそうになった。


立夏

「秋、触ったらあかん。」


立夏はそう言ってゴム手袋を着けると、あちこちを触っていたが、


立夏

「あ~、やっぱり死んどるわ。心臓も止まっとうし、死後硬直も始まっとう。全身打撲しとうけど、頭部の打撲が直接の死因やろなぁ。」


とさらっと言った。


「警察が来るまで待たれへんのんか。」


秋は慌てていた。


立夏

「そやな、警察やな。秋、済まんけど警察に電話してくれへんか?」


「電話番号がわからへん。」


と言ってしまった。


立夏

「110番でええ。いち、いち、ぜろ、やで。表に出てかけるんや。鍾乳洞内は携帯の電波が届かへんねん。ええか、110やで。」


秋は急いで、(と言っても大したスピードではないが)龍穴洞穴帯から外に出ると警察に電話をした。


「もしもし、警視庁ですか。龍穴で死体を見つけました。」


警視庁電話番

「えっ、流血したい?」


「ちゃうわ。御崎洞穴で人が死んどるんですわ。」


警視庁電話番

「御崎洞穴?そんなん知らん。どこにあるんですか。」


「御崎市の地下にあります!」


警視庁電話番

「御崎市?どこにあるんですか?


「東京駅から御崎鉄道に乗って、20分ぐらいのところです。」


警視庁電話番

「ああ地図に載ってました。分かりました。今、暇にしている警察庁から、警視が来ているので行ってもらいます。普段はのほほんとしていますが、なぜか事件になると非常に腕が立つ警視です。特に怪奇事件が得意なようです。30分ぐらいで到着すると思います。」


 雪は降り続けているのだろう。警察はなかなか来ない。警察が来るまで死体のそばで待つのは、あまり面白くない。


立夏

「しかし、変やな。」


「何かおかしいことがあるんか?」


立夏

「私らは廃屋のとこで、強欲ばばあを追い越したやろ。」


「そやな。追い越したなぁ。」


立夏

「私らが龍穴集落に着くまで、強欲ばばあに追い越されていないし、私らを追い越した車もあらへん。」


「確かにその通りや、私らは誰にも追い越されとらん。」


立夏

「そやのんに強欲ばばあは、死体となって洞穴の奥で横になっとった。どこで、私らを負い越したんやろ?」


「うーん。空を飛んだとか?」


立夏

「空を翔るばばあ。魔法使いやな?ほうきを捜しとこか。さて、誰の呪いが強欲ばばあを殺したんやろ。奥大雪やろか?」


とまあ、こんなことをやっているうちに、いきなり警察がやってきた。


3-2.深泥警視登場


「そうそう怪奇事件専門の凄腕の警視が来るらしいで。」


立夏

「警視?警視かぁ、おもちゃかな?」


立夏がにんまりと意地の悪い顔をする。


「おもちゃって何や?意味わからんわ。」


警察のえらそうな方が入ってきたが、靴が足に合っていないのか、一歩ごとにパコンパコンと音がする。ちょっと歩きにくそうだ。


警察の偉い人

「発見者の方ですね。お話をお伺いしたいのですが....?ん?あれ?立夏?....さん。」


立夏

「あたり~。おもちゃが出た!」


「立夏、知り合い?ちょっとええ男前やんか。」


立夏

「母方の従兄弟でなあ、3人兄弟の一番上なんや。一家総警察庁という正義感の強い家柄やねん。秋、気に入ったら紹介したるで。もう30歳でロリコンやけどな。」


「ロリコンやったら、立夏がええんちゃうのん。30歳言うたらちょっと年がいきすぎとうなあ。」


警察の偉い人

「30歳で済まんな。好きで30歳になったわけじゃない。30年間生きとったらなぜか30歳になっとったんです。」


立夏

「好きでロリコンになったくせに。まあええわ。それより兄ちゃんの名前教えたろか?」


警察の偉い人=警視

「立夏、警視で通してくれ。」


立夏

「笑たらあかんで、傷つきやすいからな。深泥やで、深泥。秋も関西出身やったら、深泥池の都市伝説知っとうやろ。今日やったら深泥池には氷が張るかもな。」


「深泥池警視?」


立夏

「あかんいうとるのんに。それ禁句やねん。泣き出すことがあるから。」


立夏

「それでな、名前が宇宙。でも読み方がスカイ。宇宙はスペース、スカイは空やいうのんに。ワハハハ」


警視=深泥=宇宙・スカイ

「立夏さん、いじめないでくれ。俺が何した?全て親が悪いんじゃ。勘違いと言ってたけどな、長男が産まれたと喜んで飲み明かして、そのまま役所に届けて間違えたらしいんだ。」


立夏

「次男が心太でココタ。トコロテンと読んでしまうねん。ワハハハ」


スカイ

「もう、勘弁して。そんな読み方があるとは知らんかったと言ってる。」


立夏

「3番目が桃。モモとしか読めんわな。でも、これが男なんや。ワハハハ」


立夏

「飲み明かして半分寝た状態で書いたので、係が何か桃に見えると思って桃になったらしい。なんかミミズのような字で、フリガナはモモコになっとったらしいが、すぐについてきてた近所のひとが、そこだけでも直してもらったらしい。」


立夏

「深泥警視。仕事とプライベートは区別せな。」


スカイ

「せめて何か車の中で手がかりを....」。


立夏

「深泥のパトカーに乗ったら、深泥池のあたりで、運転手が消えてしまうという都市伝説のこと?」


「誰が運転するんや!」


まわりの警官が


警官たち

「これが、怪奇事件専門、凄腕の深泥警視?」


と笑っているのを見て


スカイ

「バトカーの中で話しょっか。」



3-3.パトカーにヒーターを入れた


 深泥はさすがに警視である。威厳が漂う。雪がひどいのでパトカーに乗ると、すぐにエンジンをかけ、ヒーターを入れた。ちなみに雪が多いと、一酸化炭素中毒を起こすことがあるので、よいこは雪の中に止まったままで、ヒーターをかけるのはやめよう。悪い子は知らない?では、どうすればいいか?ふぅむ......?


立夏

「御崎岬口から少し駅の方に行ったところで、私らは強欲ばばあを追い越してん。私らは道路沿いに歩いてきたけど、私らを追い越した強欲ばばあも車もあれへんねん。そやのんに洞穴の中に、強欲ばばあが転がっとんねん。さあ、深泥宇宙(スカイ)兄ちゃん !」


スカイ

「謎はいくつかある。

1.なぜ死体が立夏たちを追い越せたのか?

2.なぜ死体を洞穴に置いたか?

3.犯人と動機だな。」


立夏

「さすがスカイや、ちょっとだけ惜しい。怪奇事件を次々と解決して警視になっただけのことはある!」


スカイ

「誰が怪奇事件専門警視じゃい!でもまあ、まあ、いつも手伝ってくれてアリガトよ、立夏さん。これだけ教えてくれたら犯人を挙げるのも可能だ。」


解く謎の中に犯人が入っとるやんか。


立夏

「そやけど、兄ちゃん、次のことが抜けとるで。

4.集落が全員平姓なのはなんでか?

5.3人は何で灯台におったんか?

6.上のバス道を歩いていた2人は、なんで私らに追い越されたんか?

7.強欲ばばあはなんで廃屋で休んどったんか?

8.なんでお菓子屋さんが開いとったんか?

9.お菓子屋さんは、なんでお茶やコーヒーや饅頭を、出してくれたんか?

10.なんで頼みもせんのに、神社を案内してくれたのか。

11.なんで温泉が無料になったのか?

12.なんで死体は洞窟内でみつかったんか?


立夏

「スカイは何か事件があったら、いつもアメリカまでメールしてきよったもんな。メールもただやないねんで。」


スカイ

「俺の何倍も稼いでるのに、よく言うわ。」


「深泥池警視のお給料はいくらぐらいですか?」


スカイ

「深泥です。池はついていません。」


立夏

「ああ、スカイ兄ちゃんのお給料は、年収800万円ぐらいやで。」


スカイ

「立夏さん、なんでそんなこと知ってるの!」


立夏

「公務員の給与は公表されとるさかいな。」


スカイ

「そ、そうだった。どうせ俺の給与はお前の4分の1だよ」


立夏

「違うで、40分の1や」


立夏

「スカイ兄ちゃんはロリコンやから、何でも言うこと聞いてくれるねん。そのお返しに事件解決のヒントをちょびっと出したっとる思てえな。もっとも私に手を出したら社会的に抹殺したるけどな。」


スカイ

「わかってます.....」


立夏

「では、ひとつずつ解明していこ。ほら、鉛筆とノートを出して。」


「なんで、深泥池さんは立夏に弱いのんか思うたら、ほんまにロリコンやったん?」


スカイ

「西園寺さんだったね。俺は深泥池ではなく、深泥だよ。」


立夏

「ロリコンは否定せえへんのやね。」


スカイ

「西園寺さんは、ロリコンが嫌いかな?」


「アホ!」


3-4.平姓の謎は謎を呼ぶか?


立夏

「龍穴集落は、全員が平姓という珍しい集落や。すると、結婚しても平姓にせないかんわな。これが気にいらん人は集落を出ていかなあかん。」


スカイ

「それは、そうだろうな」


立夏

「子供が産まれても平姓やな。」


立夏

「ほんまにそうやったんやろか?そないしたら若い世代が減ってくる。ところがここは由緒正しい?落人村や。何とかして平家の血を繋げないとあかん。」


 全住民が平姓を名乗ってるぐらいだから.......


立夏

「ところが後に、これは観光の一環だと言いだした。観光の一環?そんなに簡単に姓が変えられるんか?」


「そんなん、ただ平ですと名乗っとけばええだけや。」


立夏

「深泥池も平と名乗っとけば、平で通用しそうや。」


立夏

「それにそもそもこの集落全員が、平姓であることなんか、観光資源にはならへん。ここは単なる寂れた漁村や。」


立夏

「ここの実情は、若い世代が極めて少ない人口20人の限界集落や。そやからこの集落を維持していくためには、若い夫婦と子供が必要や。この集落では子供は宝、集落全体で子供を育てとったんとちゃうやろか。」


立夏

「スカイは隣も深泥やったら、親戚かと思うやろ。」


スカイ

「そりゃ、そうでしょうね。」


立夏

「そこら中、深泥やったら深泥の村かと思うやろ。」


スカイ

「まあ、そうかも知れませんね。」


立夏

「するとなぜ皆が平でないといかんのやろか。もし、深泥さんの隣りに西園寺さんがあったら、子供は西園寺さんは別の家と思うわな。ここは故意に作られた『平』の村やねん。子供は、皆自分と同じ姓やから親戚か何かだと思うやろ。ところがここに例外が出てくるんやな。強欲ばばあや。」



3-5.どないしたろか?


立夏

「お菓子屋さんは、つい先日に子供が崖から落ちて死んだ、というとった。『平』の村では、自分の子供が死んだんと一緒や。みんな平やねんから。」


立夏

「そして強欲ばばあは、おまえらも落とすぞとうちらを脅した。」


立夏

「強欲ばばあと、子供が崖から落ちたんとは、何か関係があるんやろ。『おまえらも』というたからや。強欲ばばあが子供を崖から突き落とした、ということを暗に示しているやろ。」


立夏

「ではどうしたろかという話合いが、あったんやろな。死刑という結果に違いない。さて実際の裁判ではどうやろか。罪状は殺人罪、傷害致死罪、過失傷害致死罪、などがある。

目撃者がおっても物的証拠でも出ないかぎりは、殺人罪にはならへん。下手したら推定無罪もある。

傷害致死罪は殺す意図がなかったが、死んじゃった場合やな。最短3年で刑務所から卒業してくる可能性もあるし、執行猶予もあるかもしれへん。執行猶予なら、おとなしくしとけば、刑は執行されない。

過失致死罪にでもなったら罰金だけで懲役刑はあらへん。

それどころか落ちそうな子を救助しようとしたが無理だった場合は無罪や。

とすれば、裁判になった場合は、平の村では殺人罪一択、強欲ばあさん側は救助しようとしたが無理だった、と主張をしてくるのは間違いない。これで裁判をするとほぼ間違いなく強欲ばばあの勝利になる。

そうなると強欲ばばあに責任がないから、頑張ってみても慰謝料も取れへん。」


「警察に届けるという選択肢は最初からあらへんねん。強欲ばばあのことで警察に何度通報しても、対応が悪かったからや。警察は信用できんちゅうわけやな。」


立夏

「わかっとんかい、深泥池!」

※推定無罪:有罪となるまでは無罪とする刑事訴訟法の原則


 すると残された手段は1つになる。


立夏

「さて、今回の事件や。実に簡単な計画やった。最初は強欲ばばあを灯台の下に誘い出して、崖から海へ突き落とすつもりやったんやろ。たぶんそこらの石で頭でも殴ってからかも知れへん。『害虫は頭を潰せ』ということわざがあるぐらいや。確実に殺すなら頭をつぶすことや。」


「そんなことわざ知らんで。」


立夏

「死体はそのまま海へ放りこんどけば大丈夫や。滑って崖から落ちたとかなんとかで、事故として扱こうてくれるやろ。目撃者は嫌というほどでてくる。『灯台の下あたりでバランスを崩して海に落ちた人を見た』なにしろここでは警察は頼りにならへんから。」



3-6.偶然に偶然が重なった場合


立夏

「強欲ばばあを誘き出すために、金を返すとでも言うたんやろな。ところが、灯台の下の道は雪で滑りやすかったので、強欲ばばあは灯台の上の道からやってきたんや。これが間違いの始まりやった。そのまま殺さずに済ましたら良かったんやけど、集落の皆が見ていると思うと、そういうわけにもいかへん。

とりあえず丘の上の道に上がって、金を渡して、強欲ばばあが金額を確認しとる間に、石で頭を殴って突き落とそうとしたんや。金を持っとったら証拠になりそうやから、金は回収しとかなあかんな。」


立夏

「ところが金を渡した時に、運悪くバスが来て、私ら2人が降りてきたんや。」

 冬場は観光客も来えへんとこや。自動販売機さえないし、まさか降りてくる人がおるとは思わんかった。」


「私らそんなんで来たんちゃうもん。」


立夏

「しかも、こっちを見とる。あかん目撃者ができてしもた、これはまずい。と思たんやろな。」


 しかし、目撃者を無下に扱うこともでけへん。ましてや殺人軍団ではないので目撃者を殺してまうこともでけへん。


立夏

「今日はとりあえず中止にしたかったけど、金を渡してもうたから渡した金が無駄になるかも知れへん。もう中止にでけへん。私らが灯台を見に行ってる間にほかの場所で決行しようということになったんや。最初の計画から比べたらずいぶんその時任せになっとうやろ。その杜撰な作戦変更が全く意図していなかった不可能犯罪を作ってしもたんや。」



3-7.死体が崖を降りる


立夏

「さて、上のバス道におる男二人は集落の者と相談して、上のバス道で強欲ばばあを殺して斜面を滑らせ死体を龍穴神社まで落とし、下で待ってる人が砂浜に埋めて目撃者がいなくなってから、海に捨てるということにでもなったんやろ。確かにこれならほぼ成功するやろう。

それで、そこら辺の石で頭を殴ってから金を取り返したんや。別に金が惜しい訳ではなく、そこから足がつくかも知れんからや。

その時、後ろからのろのろやってくる、私らに見つかるかも知れへんと気がついたんや。死体を廃屋に座らせて、壊れた屋根で傷口を隠すと、道を戻って、私らに追い越されるようにしたんや。」


「私らは強欲ばばあなんか、ろくに見んかったからなあ。」


立夏

「私らが通り過ぎた後、斜面を滑らせて強欲ばばあの死体を龍穴神社に落としたんや。雪が積もっとったから死体は簡単に斜面を滑り落ちると思とったんやけど、意外と時間がかかってしもうた。ロープでコントロールしとったんやろうけど、木に引っかかったりして、なかなかうまいこといかへんかったんやろな。しかし、雪が降っとったおかげで死体を滑らせた痕跡が消えたのはラッキーやった。

死体が龍穴神社に落ちてきた時には、私らが雪の坂道をこちらへルンルンと降りて来るのが見えるねん。雪で滑るから私らは足元ばっかし見とったのは運がよかった。」


立夏

「私らは気づいてなかった。その時死体はまだ龍穴神社にあったんや。なんとかして死体を隠す時間を作らなあかん。もし私らが龍穴神社に行ってしもたら、死体を発見してしまう。そしたら言い逃れでけへん。」


3-8.お菓子屋と温泉


立夏

「そこで考えたのがお菓子屋を開けて、話をして時間をつぶさせる苦肉の策に出た。お菓子屋のおばちゃんはなりふり構わず喋ったんやろな。お菓子の話なんか出てきやへんかったからなぁ。ああ、平家蟹饅頭が出てきたわ」


立夏

「考えてみたら雪の降っとる寒村に、お菓子屋が開いとるのがおかしいんやが、この時はそこまで思わんかった。お菓子を見るとついつい買うてしまうからな。人間の習性をついた、秀逸なトリックやった。」


立夏

「のんきな私らは、殺人計画が進んでいるとも知らずに、もののみごとに時間つぶし策にひっかかって、ついでに私らはアイスモナカまで買うてしもた。」


「アイスモナカを買うたんはあんただけや。」


立夏

「この間に死体をどないしょっかと考えたんや。海に捨てたいけどお菓子屋からは丸見えや。すると龍穴神社か洞穴の中に隠すしかないやん。そやけど、神社はさすがにあかん、と言う人がおったんやろな。知らんけど。」


立夏

「私らが神社に近づいてきた。海も神社ももはや無理。残るは鍾乳洞に隠すだけや。そこでまた、時間つぶしが必要になったんや。それが龍穴神社の神主の説明と、温泉の無料開放や。確かに風呂を覗いてる暇なんかない。死体をどうするかで、なんとか時間を作ったんやから。」


「それで、あまり人の来そうのない洞穴の支洞に隠したんや。」


スカイ

「そうか、洞穴に死体を隠すしかなかったんやな。」


立夏

「まさか右手で鍾乳洞の壁を触りながら歩くとは、思わへんかった。そやから見つかることはないと、思とったんやろな。私らが帰ってから死体を回収して、海にでも捨てるつもりやったんとちゃうやろか。次善の策としては悪くなかった。」


立夏

「こんなことなら、死体を上の道の廃屋にでも隠しといた方がええ、と思った人もおったやろ。普通はそうかも知れへん。ところが現在『廃屋一掃計画』とかの調査中や。しかも人海戦術なんかとられといつ見つかるかわからん。都合が悪すぎやで。だから廃屋に置くのは、見つかる危険性が高かった。」


立夏

「スカイ兄ちゃん、これで、犯人、動機、殺害方法がわかったやろ。」


スカイ

「犯人は集落の全員、動機は子供殺しの報復、殺害方法は石で頭を殴って殺した、死体は斜面を滑らせて移動したってとこですね。いつもいつも、ありがとうね。ノートも取ったし。」


4.三崎財閥の隠し財宝


4-1.海中鍾乳洞はダイバーが潜る


立夏

「スカイ兄ちゃん、ダイバーを2~3人貸して~な。」


スカイ

「何をするつもりなんだ。」


立夏

「海中鍾乳洞を探すんや。自分で潜ったろと思とったんやけど。やっぱりここはプロに任せた方がええ思うねん。」


スカイ

「私用で貸すわけにはいかん!」


立夏

「そんなこと言わんと。ほれほれ、スクール水着やで。」


深泥警視は生唾を飲み込んで、


スカイ

「今回だけだからな!」


立夏

「分かってるって。こないだも同じ約束したから、忘れてへんで。」


「何回も私用で警察を使うとるんかな。立夏は悪魔やな。深泥池はロリコン警視やし。」


スカイ

「深泥池だけは否定させて。ロリコンはもうどうでもいいから。」



 翌日、深泥警視は2人のダイバーを連れて現れた。今日は陽が煌々と照っている。天気予報では、気温は15度を超えて昼前には20度を超えると報じている。積っていた雪は日影の部分に少し残っているだけだった。


立夏

「秋、残念や。海に潜るんにちょうどええ気温になったのんになあ。」


「気温が20度になっても25度になっても、海に潜るんは寒いと思うんやけど」


立夏

「北海道の北部では気温が25度を超えたら海水浴をするらしいで。」


「そんなん、唇が紫色になるで。」


立夏

「そのために、海岸で焚火しとるらしい。」


「嘘くさい。」


さて、ダイバーの方であるが、


スカイ

「海底に近いところに岩の裂け目みたいなのがあれば報告のこと。」


さすが警視が言う言葉には威厳がある。言葉だけだが。


2人のダイバーが海に潜っていった。そこはさすが潜水のプロ、御崎岬洞穴のすぐ南に、人が通れるぐらいの岩の裂け目を見つけ出した。さらに進むと竜宮地底湖に続いていることが分かった。


立夏

「よし、もう一度岩の裂け目に入れ。下に何か落ちてないか注意のこと。最初の分岐は左、後は水量の多い方に進むこと。できるだけ多くの写真を撮ること。」


スカイ

「おい、立夏さん、勝手に指示を出すんじゃない。」


立夏

「ええやんか。これで全て解決やで。」


ダイバー

「報告します。水がなくなりました。その先は岩崩で通れません。」




地下2層目海中鍾乳洞


立夏

「よし、今日は龍宮地底湖から退水。明日は石をどけることにしよう。」


ダイバー

「へい、親方。」


スカイ

「立夏さん、変な指示を出さんでくれ。」



4-2.秘密の小屋を見つけた


 翌日3人の男が、龍宮地底湖から潜り、岩崩を排除するのに成功した。その向こうには小屋があり、さらに2カ所の岩崩を排除すると、鋸洞門の裏に出た。


立夏

「それでは、お宝を拝見しょうか。」


 鋸洞門から、立夏を先頭に秋、深泥警視と繋がって歩く。洞穴は割と大きく、身長2mの人でも通れそうだ。やがてお宝小屋に着いた。白い霧がドラゴンの形になっている。


立夏

「へっへっへ。とうとう三崎の財宝を見つけたで」


 立夏が喜ぶ。鍵がかかっていたが、立夏が引っ張るとあっけなく外れた。


「立夏、毎月お金が稼いどるのんに、なんでそんなに財宝に執着するのん?」


立夏

「これは、謎を解いた自分へのご褒美や。さあ、これが、今は亡き三崎財閥のお宝や!」


 立夏が戸を開けると、小屋の中は木箱で一杯である。木箱の中は金銀財宝ではなく、書類が詰まっている。立夏は1枚手に取って見ていたが、


立夏

「総勘定元帳?なんでこんなもんが。」


「立夏、それなんや。財宝のひとつか?」


スカイ

「たぶん三崎財閥の二重帳簿だな。税金をごまかしたな」


「それ、犯罪ちゃうのん?」


スカイ

「昭和25年度と書いてある。終戦の年だな。」


立夏

「財閥解体の前に隠したんやろな」


「約80年前の資料や。時効やで。知らんけど。」


立夏

「残念や!はずれやったんか。」



4-3.夕映えに消えるファフニール


 灯台から見ると、雪が止んで夕焼けの中をドラゴンの形をしたオレンジ色の雲が、御崎半島の上を流れていった。オレンジ色の雲は風にあおられて形を変え、やがて消えていった。

 

立夏

「秋、何が見えるのん。」


「きれいな夕焼けや」


と言い、オレンジ色の雲が消えて行った空を見ていた。



4-4.御崎市のこれから


 御崎市に鍾乳洞が発見されたことは、近隣の市町村ではかなり大きなニュースになった。昔から御崎市に住んでいた人は、鍾乳洞があることを知っている人が多かった。多かっただけで知らない人もそれなりの数はいた。しかし私たちの住んでいるあたりでは、知る人もほとんどいないため、新聞の片隅に載っただけだった。


 御崎市は東京都ではあるが、半分千葉県みたいなところであり、ネズミの着ぐるみが人気の、CDL(Chiba Dekkai Land)に近い。御崎市は日本一集客があるCDLの人気に乗っかって、御崎鍾乳洞を大々的に売り出し、集客を図ることにした。なお、失敗すれば罰として御崎村にされるらしい。

※市から町村になった例はないようです。


「なあ、立夏。御崎の鍾乳洞、観光地化するらしいで。」


立夏

「ふうん。」


「あんなに入れ込んどったのに、もう興味なしかいな。」


立夏

「いいや、いいや。それにしても帳簿類とはなぁ。」


「もう、あきらめや。御崎市が観光地化したら、行かへん?」


立夏

「ああ、まあ、そのうちな。」


 実に気のない返事であった。


 新御崎半島は、道路の付け替え、御崎鉄道の復活、大穴から先は自動車の乗り入れ禁止、CDLへの直通バスと航路などの開発を行った。これがうまく行くかどうかは、これからの運営によるのだろう。


立夏

「三崎デパートがあるのん。ふうん、三崎財閥の一部がまだ生き残っとったんか。まあどうでもええけど。」


「まあまあ、そう言わんと。」


立夏

「おっ、昔の街並があるで。確かこの辺は市役所跡やったよな。大嘘やんか。」


「無茶しよるな。」


立夏

「名物の平家蟹饅頭があるで。」


「平家蟹饅頭やったら、わたしも買うてきたで。食べるか?」


立夏

「やっばり、気色悪い饅頭やな。」


私らは結局二度と御崎には行かなかった。その後、御崎半島がどうなったのかは知らない。




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