第7話

 王太子に相談してから二週間後。

 聖女の仕事のため王宮に赴いたヴィクトリアを王太子が待ち構えていた。


「やあ、ヴィクトリア嬢」

「ご機嫌よう、殿下。こんなところでどうなさいましたの?」

「君を待っていた。今日は何時頃まで王宮に居る予定だろうか?」

「いつもと変わりないかと思いますが……」

「仕事の後、応接室に来てくれるだろうか。お互い毎日仕事ばかりだから、少し息抜きにお茶でも飲まないか? 護衛も共に連れてきて構わない」

「はい、承知いたしました」


 王太子は「息抜きに」と仰ったが、間違いなくオーロラの件だ。進展があったのだろうか。



 王家には近衛兵などの騎士に加え、諜報活動などをメインとする『影』と呼ばれる部隊が存在する。

 彼らは表立って活動しないため、その存在は広く知られてはいないが、王族の警護や情報管理などには欠かせない重要な役職だ。

 準王族的立ち位置の筆頭聖女となってから──というよりオーロラの件を王太子に相談してから──一名知り合いができたが、顔や年齢、名前どころか性別まで秘匿とされている。その知り合いも、ジェイダが持ってきた手紙によって存在を知ったくらいである。


 護衛騎士とは別で影もつけてくださるとは、王家がどれほど今回の件を重く捉えているのかが分かって、思惑通りに運んでいることに思わずニヤリと笑ってしまった。



 閑話休題。


 今回の王太子からの招待は、その影達が二週間かけて得た情報がまとめられたという報告だろう。その結果によってヴィクトリアの今後の方針が決まる。

 思ったような成果が得られていない場合、計画を一から立て直さなければならない。重要な局面である。

 しかし恋する乙女とは難儀なもので。


(殿下が私を待っていてくださって、お茶に誘ってくださったわ! ジェイダもいるとはいえ、彼女は私に不利益なことはしない。つまり空気に徹してくれるはず。実質二人きりよ。早く仕事終わらないかしら!)


 軽くジェイダを空気扱いしたヴィクトリアは、浮き足立つ気持ちを抑えきれずスキップしながら仕事場に向かった。一応誰も見ていないことを確認する程度の理性は残っていた。




◆◇◆




 やる気を出しすぎたヴィクトリアはいつもより仕事が捗ってしまい、ならばこれもと仕事を更に増やされ、結局終わったのはいつもの時間より少し遅い時間となってしまった。

 こんなはずでは……と内心不貞腐れていたヴィクトリアであったが、これから王太子との報告会という名のお茶会である。すぐに機嫌を持ち直し、応接室に向かう。


 逸る気持ちと王太子をお待たせしている状況に、下品にならない程度に早歩きをして急いで応接室に辿り着いたヴィクトリアは、少し荒くなった呼吸を整えてから扉をノックした。


「誰だ」

「ヴィクトリアです」


 すぐに扉が開き、ジェイダと共に中に招かれた。



 中には王太子の他に誰もいなかった。

 さすがに給仕の者や王太子の側近くらいは居るかもしれないと思っていたヴィクトリアは、報告に機密事項が混ざっている予感を感じ、少し汗をかいた手を握りしめた。


「遅れて申し訳ございません。仕事が長引いてしまって」

「気にする程の遅れじゃないさ。それに、国のために尽くしてくれる君に感謝している。今回は例の件で時間をもらったが、労いたいのは本当だ」


 王太子は国のために尽くす者へ感謝の言葉を惜しまない。他の聖女や王宮で働く者、貴族平民問わず声をかける姿を知っている。

 私だけに言っているわけじゃないと分かっていても、その言葉に喜ばずにはいられない。


「殿下こそ、いつも国のために奔走されているのですから、ちゃんと休息の時間も大切になさってくださいね。問題を持ち込んでしまった私が言うことではないかもしれませんが……」

「いや、君の情報提供には大変助かった。こちらでもいろいろと調べてみたんだが、結論から言うとディアス家は黒だった」


 急に本題に入ったこととその内容に、ヴィクトリアは息を飲んだ。


「ヴィクトリアの護衛騎士が作ったという資料を元に、影を中心として調査を行ったが、どれも裏が取れた」

「ディアス家が、本当に……? オーロラ様は関わっていたのですか?」

「いや、オーロラは全ての件に無関係だったが、家に対しての不信感は持っていたようだ。先日話を聞いたところ、自分一人ではどうにもできなかったからと、こちらの調査にかなり協力してくれた」


 さり気なく最近オーロラと会ったことを告げられて、仕方ないと分かりつつもモヤっとしたヴィクトリアは、彼女にとって一番重要な部分について聞くことにした。


「殿下とオーロラ様の婚約は、継続できそうなのですか?」

「それが、意見が割れていてな」


 ヴィクトリアはゴクリと息を飲み込みつつ、続きを促す。


「オーロラとは幼い頃からの仲だからな。彼女の人となりを王宮の者は皆知っている。今回の件も、オーロラが協力的であることから、情状酌量の余地があるとする者もいる」

「オーロラ様は皆から憧れられる素敵な女性ですものね。彼女自身に次期王妃として不足しているものが見えませんし」


 ここしばらくオーロラについて調査した結果その事実を突きつけられたヴィクトリアは、内心歯噛みしながらそう言った。


「ああ。だが、ディアス家に問題があるのは事実だ。オーロラ以外の者が何らかの処罰を受けることは確実だろうし、そうなるとディアス侯爵家は多少なりともごたつくだろう。少なくとも十八歳になってすぐ結婚するのは難しいだろうな。結婚を反対する者も少なくない」


 王太子はため息を吐きながら続けた。


「それに、オーロラ自身も、王太子である私の婚約者であり続けることは難しいと考えているようで、婚約を白紙にすることを一番望んでいるのは彼女のように思える」

「え!」


 ヴィクトリアはそれまで黙って話を聞いていたが、遂に声を抑えることができなくなってしまった。

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