婚約者がいる王子様の射止め方〜力しかない聖女ですが、この愛は本物なので手を尽くします〜

七衣 芦

ヴィクトリアの思惑 第1話

 十五歳になったヴィクトリア・アンダーソンは、これ以上ないほど歓喜に打ち震えていた。


「(遂に、遂にこのときが来た! これで王太子殿下の婚約者になる道が開かれたわ!)」


 美しい白い衣に身を包み、祈りを捧げるように手を組み頭を垂れるその姿は、他人にはどう見えているのか。





 ヴィクトリアは平凡な娘である。

 チョコレート色の髪に琥珀色の瞳という、この国の人間で最も多い色合いをしていて、顔立ちも平凡。

 成績はテスト前に頑張って勉強して中の上に辛うじて入れるくらい。


 しかしそんな平凡な娘にも、一つだけ誇れるものがあった。

 ヴィクトリアは力にだけは恵まれていたのである。


 ここで言う『力』とは。

 まず、ヴィクトリアが生まれたアンダーソン家は侯爵家であり、王家とその親族に当たる公爵家の次に権力を持つ存在だ。

 次に財力。侯爵家はやり手のヴィクトリアの父の手腕によりかなり豊かであり、ヴィクトリアは物心ついた頃から欲しい物が手に入らなかったことはほとんどなかった。加えてヴィクトリア自身にも収入源がある。

 ヴィクトリアは聖女の力を持って生まれた。これがヴィクトリアにとって最も誇れる力であった。


 ヴィクトリアが暮らすリード王国では、聖女は貴族・平民問わず一年に数名生まれるのが常である。毎年複数人現れるが力の強さは様々であり、ヴィクトリアは近年で一番の聖女の力の持ち主とされている。

 国が抱える聖女の数は決して少なくないが、国を守護する存在として上級貴族と同等に大切にされ、給金が支払われることになっている。

 聖女の力に処女性は関係していないことが長年の歴史で判明しており、結婚しても望めば仕事を続けることができるし、産休も取得することができる。辞めたいときも(言い方は良くないが)代わりがたくさんいるので基本的に引き止められることはなく、それまでの国への貢献が認められると退職金を弾んでもらえたり、希望があれば次の職を凱旋してもらえたりもする。

 特に平民には大人気のホワイトな職業だ。


 そんな人気職である聖女であるが、私にとっては──あるいは他の若い女性達にとっても──そんな福利厚生よりもよっぽど魅力的な特典があった。

 聖女の仕事を学ぶために、聖女の力を持っていると認定された者は王宮に通うことになるのである。

 王宮に勤める者は言わずもがな皆優秀で高級取りだ。仕事に生きる未婚の男性も多く居り、出会いを探している聖女は仕事をしながら婚活に勤しむことができるのだ。

 中でも一番人気の──しかし、目の保養止まりであるが──優良物件が一人。


 この国にはヴィクトリアより二歳年上の王太子がいる。

 彼は色素の薄い太陽の光に透ける美しい金髪に蒼眼を持つ、絵本から出てきた王子様のような男性で、齢十七にして国の利益のために学びを得ることに妥協のない、国民が声を揃えて「このお方が時期国王ならリード王国は安泰だ」と言うほどの有能な男性である。

 そのため女性からも大人気で、彼を一目見たいと聖女の仕事のために王宮に行く度に王太子の姿を探す人は珍しくない。


 ヴィクトリアもその一人だった。いや、その中の誰よりも本気だった。

 ヴィクトリアは王太子と初めて会った四歳の頃から本気で王太子を好きだった。この想いには十一年の重みがあるのだ。その辺の女と一緒にしないでほしいくらいである。



 力のある聖女が王家の血筋に入ることは歓迎されるため、これまでの歴史でも聖女が王族と結婚したことは多数あるらしい。

 中でも筆頭聖女は現存する聖女の中で最も力のある者が王より授かる誉れある役職であり、王族と結婚した聖女のほとんどが筆頭聖女であったとされている。


 そのため、王太子の婚約者の座を射止めるために平凡なヴィクトリアが取れる方法はただ一つ。筆頭聖女になることであった。

 十五歳になった今日、遂にその日がやってきた。先程国王から筆頭聖女の任を賜ったヴィクトリアは、部屋に差し込む太陽の光と聖女であることを示す白い衣のおかげもあり、その名に恥じぬ聖女らしい神々しさがあった。平凡顔でも祈りの最中は顔が見えないので関係ないのである。


 そんな中、ヴィクトリアが思うことはただ一つ。

 ──誕生日プレゼントにしてもとんでもない贈り物を国王からいただいてしまったわ。そう、王太子妃となれる多大なる可能性よ!




「ヴィクトリア嬢、誕生日おめでとう」

「王太子殿下! ありがとうございます」

「そして筆頭聖女の任命もおめでとう。君が筆頭聖女になることは誰も疑っていなかったが、この日を迎えられたことを嬉しく思うよ」

「まあ……殿下のご期待に添えられたようで安心いたしましたわ」


 任命式の後、王太子自らヴィクトリアに声をかけ、誕生日と筆頭聖女の任命を祝ってくれたことで更に上機嫌になったヴィクトリアは、頬を上気させてはにかんだ。


「君となら、この国を良くするために共に頑張っていけると確信している。これからの活躍も楽しみにしているよ」

「勿体ないお言葉です。これからも精進いたします」

「イーサン殿下」


 ヴィクトリアと王太子の会話に区切りがついた瞬間を逃さず、王太子に声をかける人物がいた。ヴィクトリアは内心で不機嫌になりそちらを見る。


 そこには美しい女性が立っていた。

 白銀の絹のような髪をたなびかせ、すらりと美しいスタイルはその姿勢の良さで更に引き立てられている。

 ヴィクトリアとは違って華やかな容姿の彼女は、オーロラ・ディアス。王太子と同い年の侯爵家のご令嬢であり、王太子の婚約者である。




 そう、ヴィクトリアの想い人には婚約者がいるのである。

 王太子はヴィクトリアが望んでも手に入れられなかった唯一の者だった。

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