幼馴染とタラコスパゲティ
「いやぁ大増税で厳しい世の中ですな」
「乾杯でその挨拶はどうなん」
「だってこのままいくと私の手取り0になっちゃう」
「まぁ、このペースだとな」
「こうなってくるとご飯もますます貴重でして」
「ああ。米もなぁ」
「タクヤ君は一粒一粒ちゃんと食べてる?」
「もちろん」
「タラコも?」
「……タラコ?」
「タラコスパゲティのたらことかさ。ご飯を大切にするタクヤ君ならあれも一粒残らず食べてるでしょ」
「……え、あれ全部食うもんなの? え、食える?」
「なに、君ってタラコに当たりと外れがあると思ってるの?」
「違う違う。どうしても残るじゃん。すっげぇちっちぇぇし」
「あれ……。タクヤ君ご飯を粗末にするタイプの人……?」
「しないタイプの人だって。お米とかはちゃんと食べてるし。でもタラコは無理があるだろ。いけるか? 箸で一つ一つ、あの細かさ」
「スプーンで掬わない?」
「そりゃスプーンでソースは掬うよ。でもどうしても残るじゃん」
「その後はピンセットだよ」
「ピンセット?」
「ピンセットで一粒ずつ」
「お前馬鹿か。何処の店にピンセットが置いてあるんだよ。見てみろよこの店のテーブルも! つまようじと箸だけだろうが」
「やだなもう。みんなマイピンセット持ってるに決まってるじゃん」
「まいぴんせっと?」
「東京だとみんな持ってるよ」
「え、東京ってそうなの?」
ちなみにここは千葉県木更津市である。俺の周りにマイピンセットを持っている人間は一人もいない。
「外食でタラコスパゲティを食べる時は必ず持って行くね」
「そんな頻繁にタラコスパゲティ食べに行くことないだろ。もっとあるだろ東京なら」
「ほら、東京は福岡から上京する人も多いから」
「福岡の人って地元が恋しくなるとタラコスパゲティに行くの?」
「いや、福岡の人はタラスパるっていうよりは明太スパる」
「スパるって言わないでくれる? 鼻に付くから」
「そうか、タクヤ君はタラスパ粗末にする人か」
「してないって。違うじゃん。俺も出来る限り努力してるって」
「いやいや、ピンセット持ってない人に言われましても」
「あー! お前そう言う事言うんだな。今からタラスパ頼むぞ。この居酒屋にあるんだからな」
「え……それはやめようよ」
「何でだよ。マイピンセット持ってるんだろ? 一粒残らず食べるの見せてくれよ」
「は、恥かくのはタクヤ君だよっ!」
「……いや、何でだよ」
「私だけピンセット使ってタラコ食べてて、タクヤ君は箸で馬鹿みたいにタラコ掴めずにお皿を叩くだけなんて。『あ~あの人ピンセットも持ってないのにタラスパ食べてはる』って笑われちゃうよ」
「別に俺は頼まなくていいだろ。アスミだけ食べろよ」
「ダメだって。そんな事したら……あの、捕まるよ!」
「捕まる!? 警察に?」
「そう」
「そうなの?」
「タラスパを頼む時はグループ全員頼まないといけないの」
「意味わからない。なんで?」
「連帯責任」
「連帯責任?」
「もうね、タラスパは一人で背負える命の量を超えちゃってるから。業が。業がもう凄くて」
「何言ってるの?」
「一口で何百という命を飲み込むわけでしょ? もうね、一人で責任を取れる料理じゃないんだよタラスパは。この罪を一人だけに被らせるような人間関係を許容するとね、いつか崩壊するよ。国が」
「国が」
「そう。だから法律で取り締まるしか無かったの」
「いやそんな法律聞いたこと無いけど」
「国会議員は国民の知らないところで法律通すの得意だから」
「そりゃそうだけど……え、何。じゃあタラスパをお前だけが食うと、俺が罪になるの?」
「そう」
「どれくらい?」
「一千万円以下の罰金か、懲役三年。執行猶予無し」
「おっも」
「もう東京だと凄い捕まってる」
「食べに行くのやめろよ……」
「だからタラスパは注文するのはやめ」
「すみませ~ん。タラコスパゲティ二つ」
「かしこまりました」
上品な男性のウェイターが一礼して去って行った。
「あああ! ダメだって言ったのに!」
「俺も食えばいいんだろ? おら、早く出せピンセット」
「…………」
「どうした、ほらほら」
「あ~も~ごめんなさい。嘘ですよ、嘘! タクヤ君はどうせ東京の事知らないから騙してました」
「そら見た事か! 何がマイピンセットだこのド阿呆め!」
俺は最初から怪しいと思っていたのだ。幼馴染が東京に就職してからというもの、東京に若干羨望交じりのコンプレックスを感じていたので、まんまと信じるところだった。これからは少し土日に東京観光をするべきかもしれない。それこそ、アスミの最寄で美味い飯屋でも探すべきなのだ。これは決して騙されかけたからではない。別に信じていなかったし。最初から。本当である。
「お待たせしました、タラコスパゲティでございます」
ウェイターがスパゲティを俺たちの前に並べた。
「こちらピンセット、御使いください」
それぞれの手元に、毛抜き程度の大きさのピンセットが置かれる。
「へ?」
ウェイターは当然のような顔で頭を下げ、奥へと引っ込んで行った。
残されたのは美味しそうなタラコスパゲティと、ピンセット。
「ねぇ、千葉ってこうなの?」
「俺が知るか」
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