第28話

「また途切れたぁ…」

 クライゼンはこれで6度目になる失敗に泣きそうになっていた。やはり五年前の血痕を追うのは至難の業だったようだ。血追いの魔法はわずかに反応を示すもののすぐに途絶えてしまって、クライゼンはその度に反応を示す場所を探して戻ってそこからまた辿っていくということを繰り返していた。

 それに気が付けば完全に道に迷っていた。今自分がどっちから来たのか分からなくなってしまった。クライゼンはもう途方に暮れるしかない。

 適当に進んで反応があればそっちの方向へと進み、反応が途切れればまた見つかるまで歩く。これをひたすら繰り返していると突然魔法が強く揺らぎだした。

「あっ!」

 クライゼンは喜びの声をあげて、魔法に導かれるままに歩みを進める。今度はいつもと違って進めば進むほど揺らぎが大きくなっていく。だが、一つ不可解なことはあった。五年前に亡くなった痕跡を追ってるにしては反応が強すぎるのだ。まるでついさっき人が殺された、そしてあるいは‥‥‥

「まさか獲物がこっちから向かってくれるとはな」

 そこには複数人の男が立っていた。瞬間クライゼンの体を緊張が走った。そんじゃそこらのチンピラなんかじゃない。男たちから放たれる血の匂いが常人のそれじゃない。それに装備がまるきり違う。この国の警察でもなかなか持てないような最新鋭のライフルを手にしており、全身をプロテクターで覆っている。

 傭兵、クライゼンの頭の中に一瞬その言葉が浮かび上がった。

 途端に彼らは銃口をクライゼンに向けて一斉に射撃した。警察が使っていた麻酔弾とは違う鉛で出来た本物の弾丸が空気を切り裂く。

「っ!!」

 クライゼンはサキュバスの姿へと戻ると、羽で自身の姿を覆った。柔らかそうな羽は弾丸が触れると金属音と共に橙色の火花を散らし弾丸を弾き落とした。弾き落としたもののその痛みは凄まじい。いつまで耐えられるものではない。

 一人が弾丸を打ち尽くしリロードに入ったタイミングでクライゼンは飛び出した。わずかに緩んだ攻撃の隙に、彼女は一番近くに立っていた男の腹目掛けて細く長い尾の先を突きのばす。

 尖った形を先端に持つ尾はアーマー内に入っているセラミック製の防弾プレートをまるで氷細工のように破壊して、男の腹部を貫いた。そして、そのまま男を尻尾で持ち上げると別の男へと投げつける。

「くそっ!!全員を距離を取ったまま攻撃し続けろっ」

 誰かの言葉に呼応してクライゼンに向かって一糸乱れぬ正確な射撃が行われる。よく訓練されているらしく弾丸のほとんどが正確に彼女へと向かっていた。だが相手が悪すぎる。

 クライゼンは壁や天井にまるで重力があるかのように自由自在に駆け巡り、弾丸は掠りもしなかった。そしてまた一人また一人と死角から攻撃を喰らって倒れていく。

だが最後の二人になったときだ。一人はライフルを捨ててまるでグレネードランチャーのような形状をした兵器を取り出した。

「‥‥‥」

 クライゼンの紅い瞳が冷酷に彼を見つめる。今ここで爆発を起こされればたちまち地下水道の天井は崩れ落ちる。そうなると厄介だ。クライゼンはその一人を狙おうと近づこうとするが、なかなかうまくいかない。もう一人が弾丸を惜しみなく使ってクライゼンを一向に近づけようとしないのだ。しかし、弾丸には限りがある。その男がリロードに入った瞬間、一気に接近した。

 しかしクライゼンが見たのはグレネードランチャーらしきものから煙と共に大きな弾丸が放たれる瞬間の光景だった。

 弾丸は空中でたちまち殻を破って中からは大きな網が飛び出した。狭い空間で逃げる場所もなくクライゼンの体は網に絡みつかれてしまった。

「ぐっ?!この…っ。うあぁぁぁっっ!!!」

 地下水道の中にクライゼンの悲鳴が木霊した。網に仕組まれていた装置が作動して、クライゼンの体に電気が流れたのだ。

 青白い火花が飛び散り悲痛な叫び声は数秒間も続いた。クライゼンは体から白煙を上げてぐったりと地面に伏してぴくりとも動かない。

「手間を取らせやがって…」

 残った二人の男は待機している仲間に連絡をすると、クライゼンをどこかへと連れ去ってしまったのだった。

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