第5話
まんまと罠に嵌って眠りこけたアルドールを背負ってホテルの一室に戻ってきたときには日がもう沈み始めていた。すーすーと寝息を立てるアルドールをベッドの上に寝かすと、クライゼンもまた体をベッドに沈めた。
睡眠薬を盛ってまでローサが守りたかった秘密は何なのだろうか、クライゼンは昼間の出来事を思い出していた。
彼女が何かを隠していることは確かだ。そしてフェルナンドの自殺について彼女が口を割ることは無いだろう。
手掛かりが入った箱を見つけたのに、それを開けることが出来ないのがもどかしい。
いっそのこと強引にこじ開けてしまおうかとも考えたが、それは明らかな悪手だ。
クライゼンは繰り返し繰り返し、頭の中で昼間のことを思い出しては心の内で考えを吐き出し続けた。だんだんと思考がままならなくなった頃には、浅い眠りについていた。
ローサはふと壁時計に目をやった。時計の針は六時過ぎを差している。その壁時計は彼女の誕生日に息子のフェルナンドが贈ってくれたものだ。質素ながらも丁寧な装飾が施された一品で、木彫りのフクロウが振り子の動きに合わせて黄金色の目を左右に動かしている。
「あのお二人は無事かしら?」
夕食の支度を進めながらローサはぼやいた。
今日来た二人はまるで対照的だった。一人はクライゼンという名で、どことなく幼さを感じたが口調が丁寧で此方を気遣ってくれていて好印象を持てた。もう一人のアルドールの方はまるきりダメだ。普段なら彼女に茶をぶっかけていたかもしれない。全てを見通しているかのような瞳で、平然と人の心を抉るようなこと言う。
ローサはため息をつきながら、出来立ての料理を皿に盛りつけた。
憎たらしいことを言ったアルドールの方だけが睡眠薬入りの茶を飲んでくれたおかげ、幾分かは自身を責めないで済む。
「嫌なことは先に済ませるべきね」
ローサは自身を奮い立たせるようにつぶやいた。そしてテーブルの端に置かれた携帯端末を手に取ると、メモに書かれた番号へと電話を掛けた。
相手との通話が繋がる前の無機質な電子音がリビングに響き渡る。その間にローサはメモを丸めると台所のゴミ袋に無造作に捨てた。
「ええ、ええ。もちろんです。はい、抜かりなく。‥‥‥それはお互い様ですから。はい、はい。塩水に‥‥‥。それでは失礼いたします」
ローサは通話を終えると、深みのある皿に水を入れてそこに塩をまぶした。言われた通り、溶けきれなくなった塩が皿の底に見えるまで塩を入れると、携帯電話を一晩そこに付けて置き、夜明け前になってから外の郵便受けの中に携帯電話を入れておいたのだった。
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