白い地球

高峰 涼

第1話 雪に奪われた大地


西暦2000年の初め、地球の気候は地球温暖化と言われ、やがて地球沸騰化と言われた。



 そして2060年、気候は大きく変わり始めた。気温が急速に『低下』し始めた事により作物の生育不良による世界的な食料不足。そして雪が降り積もり始めた事によって流通と交通も大きなダメージを受け、物資輸送は困難を極める事となった。

 この異常気象により人類の人口は5年間で推定50億人失われたと言われている。



 2066年、人類はこの異常気象に対し地下60メートルに「アンダーベース」と呼ばれるシェルターを建造し地下に避難する決断をする。アンダーベースには居住区、食料を作り出す食料プラント、上下水道と浄化施設完備、地下ゆえに火を使う事が難しいため発電施設として地熱発電所を造り電力を確保した。

 アンダーベースは空間の大部分を居住区に割く事になり、そのため食料プラントでの食料生産が追い付かない事態になると学者達により建設当初から指摘されていた。

 それを解決する方法として居住区を持たず、全体が食料プラントというアンダーベースを各地区に建造し、そこから不足分の食料や物資を運搬する方法が考案される。



 2075年、世界各地でAIが管理するアンダーベースが完成、生き残った人々は地下へと生活の場を移して行った。最後の仕事として人類は地上の必要な部分のみを除雪し有線ネットワークを設置、AIはそれを使い各アンダーベースを繋ぎ人々に孤独ではないという安心感を提供した。



 それから130年が経ち、地球全土は完全に雪で覆われた。地上のあらゆる場所が30メートル以上雪が積もり、海には氷塊が浮かび、天候は常に雪が降る状態となり、気温も暖かくてもマイナス20度という状態である。人類が地上に築いた文明は完全に雪に埋もれ崩壊した。もはや地上で暮らす事は不可能。


 この物語の舞台は日本。人を拒む極寒の世界をクローラーと呼ばれる雪上運搬車を使い、命懸けで物資を届ける人々の物語。

      


       ―――そして、人々が地上を取り戻すまでの物語―――




「アンダーベース、こちらCC-02『アロー』今帰還した。スロープのゲートを開けてくれ」


目の前の雪が解けてゲートが現れる。クローラーがその中へ入るとゲートが閉じられ地下へと続くスロープをクローラーが降りていく音が響き渡る。暫く進むと行き止まりになる。ここが地上と地下の境界線でありそこからはエレベーターで真下へと降りる。

「ふぅ、全員ご苦労だった。今回も無事輸送出来た。全員ヒートスーツを脱ぐ事を許可する」

 第2輸送隊隊長の木林きばやし 武人たけとは隊員達に『ヒートスーツ』(暖房内蔵型のスーツで重さは10キロ以上ある。見た目は宇宙服に似ており人間が外に出る際はこれを着ていないと2分も持たないと言われている)を脱ぐ事を許可した。

「あ゛-、やっとスーツを脱げる」

 隊員の1人、近藤ちかふじがドサッとスーツを脱ぐ。

「近藤、スーツを粗末に扱うな。それはお前の命を守る生命線だ。クローラーから降りたらきっちり整備しておけ」

 隊長に鋭く指摘され近藤はスーツを拾い上げる。

「りょーかいしました。このスーツ、バックパックが重いんだよなぁ。もうちょい軽量化出来ないもんかな」

「バックパックの中身はバッテリーだからバッテリーの容量を減らせば軽量化は可能よ。でも地上での活動可能時間が短くなるけど、それでもする?」

 近藤のボヤきに答えたのはメカニックの長瀬ながせだった。

「長瀬か、お前もよくその細身でこのスーツ着て動いてるよな」

「あら?私が女だからとか言いたいわけ?」

「いんや、今の状況で男も女もない。動ける奴は自分でやれる事をやらなきゃ誰かが死ぬ」


 極寒に閉ざされた地球。人々は地下で細々と生きる事しか出来ない。地上で生きる事を選んだ人間も少なからずいるがその末路は確実に

           


          ―――『餓死』 か 『凍死』――― 




「おしゃべりはそこまでだ。そろそろベースに到着するぞ」

 スーツを脱いだ隊長はいかつい顔、茶色の短髪、そして武骨な体つきと歴戦の猛者のような様相をしている。年齢はまだ40過ぎなのだがどれだけの場数を踏めばこの雰囲気になるのだろう。


 ゴウン! と一瞬エレベーターが揺れ地下に到着した事が判る。クローラーを格納庫の所定の位置に停め、搭乗員が全員降りた事を確認し扉を開けたままクローラーの全機関を停止させる。

「整備班、『アロー』の整備とバッテリーチャージを頼む。あと、左舷防御翼の可動速度が低下しているから詳しく調べてくれ」

 隊長はクローラーから降りると即座に整備班に指示を出す。クローラーは左舷と右舷に可動型の防御翼を1枚ずつ装備しており、これを可動させ車体を護る事により様々な物が飛んでくる吹雪の中でも車体にダメージを受けず突き進む事が出来る。防御翼はヒートシステムも備えており車体の凍結を防ぐ機能も有している。


「隊長、少しお時間宜しいでしょうか?輸送訓練所から本日より第2輸送隊に3名新人が入隊する事になっておりますので一言頂きたいのですが」

「そうか、ようやく隊員補充要請が通ったか。では3人をミーティングルームに集めておいてくれ。俺は他にも幾つかクローラーに気になる所があるから整備班に伝えてから向かう。布施ふせ、その間軽くベースやクローラーの説明をしてやって欲しい」

 布施と呼ばれた女性はタブレットを操作し新人3人にメールを送ると

「承知しました」

 と隊長に一礼しミーティングルームへと向かった。


 ミーティングルームに集められた新人3人はどことなく落ち着かない様子、これからの任務は全て実践なのだから無理もない。

 シュッ、とミーティングルームのドアが開き布施が3人の前に立つ。

「私の名前は布施と言います。斎藤、金沢、佐藤、3名とも埼玉第6アンダーベースへようこそ。私達はあなた方を歓迎いたします」

 そう言い布施は軽く頭を下げる。斎藤、金沢、佐藤も 敬礼を返した。

 布施は背中まである長い黒髪のよく似合うクールビューティーと表現すればいいような女性。しかし時折垣間見える優しいまなざしがまた魅力的だった。

「隊長が来るまでもう少しかかりそうなのでそれまで私が少し説明します。皆さん椅子へ座って下さい」

 ミーティングルームの中に椅子は25席ある。3人はどこへ座ろうか悩んだが3人並んで最前列の椅子へと座る。

「指示を待つのではなくちゃんと自分の意思で椅子に座れましたね。外は何が起こるか判らない世界です。自分の判断で動かなければならない状況も多々あります。あなた達は第一段テスト合格です」

 布施はそう言うとパチパチと拍手をする。

「椅子に座る事もテストだったなんて…」

 丸刈りで眼鏡をかけているガッシリとした体形の佐藤が驚いた顔で呟く。 

「確かに椅子に座れと言われただけでどこへ座れという指示は無かった、自分で動けるかという判断力を試されたのか」

 真ん中から分けられたサラサラの黒髪、背が高く細身の金沢は冷静に状況を分析している。

「これはあちこちにテストが仕込まれていると思った方がよさそうだ」

 銀色の短髪、中肉中背の斎藤は顔をパンパンと叩き気を引き締める。

「私からのテストはこれだけですから安心して下さい」

 布施は新人の反応が微笑ましいと思いながら、タブレットを操作して3人の前方の壁へ2台のクローラーの画像を投影する。クローラーの画像の下にはこう書かれていた。


  CC-01『ボウ』   CC-02『アロー』


「ではこれから簡単にクローラーと埼玉第6アンダーベースの説明を始めますね。まずはこれが私達が使用しているカーゴクローラー、通称CCです。見た目がダンゴ虫みたいで丸みがあって可愛らしいですよね。後ろに付く数字は何台目かを示しています。このベースにはCCが2台あるので01と02となっています。更にその後ろに付いている名称はコードネーム、これは何処のアンダーベース所属なのかを示しています。クローラーはヒートシステムで車体の凍結を防止し、ライフシステムで車内の空調と温度を保っています。まあこれは輸送訓練所で習っている所ですね」

 布施は次にアンダーベースの内部構造を壁に投影する。

「埼玉第6アンダーベースは他のアンダーベースと違い、山に近い場所に造られています。これが何を意味するか解りますか?」

 布施の問いに金沢が答える。

「山に近い場所に造る事により鉱物資源を入手しやすくするためです」

 布施は頷くと

「はい、正解です。 埼玉第6アンダーベースの正式名称は埼玉第6アンダープラント、内部構造の大部分で食料を製造しています。必要に応じて鉱物資源の採掘も出来る機構も備えています。居住区画は150人分しかありません。現在ここに住んでいる人員は70数名なので部屋がちょっと余っている状態ですね」


 一般的なアンダーベースの居住区画は5万人を想定して造られているので、アンダープラントが徹底的に食料生産向けなのがよく判る。


「次に…」

 布施がそう言いかけた所でミーティングルームの扉が開き隊長が入室する。

「説明中だったか、構わず続けてくれ」

「いえ、私の説明はここまでにしますので後は隊長から3人に説明をお願いします」

「そうか、判った。では3人共起立!」

 座っていた3人が即座に立ち上がる。

「うむ、反応速度は問題ないな。俺は第2輸送隊隊長の木林武人だ。気軽に『タケちゃん』と呼んでくれても構わないぞ ハッハッハ」

 場にどうしようもないほどの妙な空気が流れる。

「隊員達と円滑なコミュニケーションを取るにはジョークも必要だと布施によく言われていてな。――もしや、今のはハズしたか?」

「はい、大ハズしです。0点です。ダメダメです。やり直しを要求します」

 布施は言葉で隊長の心にダメージを与えていく。

「すまん、もう勘弁してくれ」

「仕方ありませんね。今回は新人がうろたえているのでこの辺で勘弁してあげましょう」

 布施の口撃から逃れた隊長は気を取り直し

「では左から自己紹介を始めてくれ。名前と年齢、そしてロールを教えて欲しい」


 『role』 ロールとは自分の役割、又は能力を示す。

 ロール資格取得試験に合格すると入手する事が出来るが、素質が無い者は何度試験を受けても合格する事は出来ない。研究者達は特定の人間が持っている特殊能力ではないかと考えている。事実ロール保有者はその系統の事柄に凄まじい力を発揮する。稀に複数のロール能力を持つ者がいる事も確認されている。


斎藤さいとう かえで、24歳、ロールはトランサーです」

 トランサーとは主に輸送にまつわる状況判断、時間計算、ルート選択が得意と言う事になる。


金沢かなざわ まもる、24歳、ロールはメカニックであります」

 メカニックとは機械を修理・点検する事が得意なロール。上達すれば足りない部品を製造する事も出来るようになる。たまに見つかる過去の破損している情報を修復する事もロールに含まれている。


佐藤さとう ただし、23歳、ロールはバックアップです」

 バックアップとは隊員達の予備のバックパックを持ち運び素早く交換するロールである。負傷した隊員をクローラーまで背負って運ぶ役目も担う。とにかく体力勝負のロールとなっている。


「トランサーにメカニックにバックアップか。よしよし、うちの隊に欲しいと思っていたロールが揃っているな」

 隊長は3人を見つめながら誰を誰につけて訓練させるか考える。

「トランサー、お前は俺の下で訓練して貰う。メカニックは長瀬に任せるか。バックアップはそうだな、布施、頼めるか?」

「私がバックアップを…ですか?」

「バックアップは体力勝負だ、まずは2か月間プラント内でみっちり筋トレのメニューとバックパックの瞬時交換、それと負傷者の輸送訓練をしてやってくれ」

「承知しました、ではメニューを作成しておきます」

「開始は4日後からにしてくれないか?まずは新規隊員としてプラントへ登録、その後は他の隊員達への挨拶、プラント内の各施設の場所も覚えて貰わないとならんからな」

「ではまずやるべき事は司令官へのアポでしょうか」

 そう言いながら既にタブレットを操作しアポを取り付ける。

「どうだ、取れたか?」

「今すぐ来いと返事が来ました」

 隊長はやれやれと言った表情をしながら

「相変わらずせっかちな奴だ、3人共行くぞ」

『はい』

 3人が一斉に返事をする。

「ああそうだ、1つ忘れていた。お前達、訓練所で習った輸送に関しての決まりを言えるか?」


 『輸送は到着時間厳守、過積載禁止、ルートはダブルチェック』 です。


「ちゃんと覚えているな。だが本番でそれを守っていては命がいくつあっても足りない。実際の現場ではこうなる」


『輸送において到着時間は常に輸送隊の安全を優先するため変更止む無し、過積載禁止、輸送ルートは決定した相手が隊長であっても自分が安全だと思った方を提案してみる』 だ。


「提案は口答えと捉えられないのでしょうか?」

 金沢がおそるおそる質問する。

「金沢、お前は昔の記録を読んだ事があるのか。大昔の軍隊という所では上官の命令は絶対だったという記録が残っているが、ここは輸送隊であって軍隊ではない。状況に合わせて最善だと思う方法を皆で提案して危険を回避するのが当たり前だ」


「では新人の意見も聞いて貰えるんですか?」

「それが最善の方法だった場合は躊躇なくお前の意見でも取り入れるぞ、斎藤」


「もしかしてみんな結構フレンドリー?」

「このプラントで生活している連中は全員家族みたいなものだ。笑いながら挨拶すれば向こうも笑いながら挨拶してくれるぞ。だからあまり固くなるな佐藤」

「隊長、そろそろ指令室に向かった方がいいのでは?」

 布施が時計をチラチラ見ながら隊長をせかした。

「そうだな、向かうとするか」


こうしてミーティングルームから出て指令室へと向かう事になった。

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