魔法研究所にようこそ

NEO

第1話 はじまりの始まり

ここは、アストリア王国国立魔法研究所にある私の研究室だ。

 おっと、自己紹介。私はスコーン・ゴフレット。十八才という年齢を考えれば、この待遇は異例ではあるが、ここは実力主義の世界だ。

 それにしても、かなり異例の昇進である事には変わらず、時々嫌がらせも受けるが、そんなもんだと思っている。

「はぁ、春だねぇ。九階のここでも、窓を開ければ春風が入ってくるよ」

 私は欠伸をして、論文を書いていたノートパソコンのディスプレイを閉じた。

「師匠、サボるとまた仕事が溜まりますよ」

 師匠というが私の弟子ではない。

 私が研究室内にぶちまけた論文の整理をしながら、せっせと仕事をしているのは唯一の助手であるビスコッティだ。

「いいじゃん。たまには休まないと、頭が腐るよ。中庭で日光浴しよう」

 私は椅子から立ち上がった。

「はい、分かりました。行きましょう」

 ビスコッティが論文整理の仕事をやめ、私に笑みを送ってきた。

「よし、行こう」

 私はビスコッティの手を引っ張り、部屋の扉に向かった。

「これが面倒なんだよね…。よっと」

 私は白衣の胸ポケットにつけてあるIDカードを取り外し、扉の横にあるカードリーダにかざした。

 小さな電子音が聞こえ、扉がスライドして開くとビスコッティも同じようにした。

 これをやっておかないと、入退室記録が残されているので、中に入る時に面倒な事になる。

「この程度なら面倒じゃないんだけど、この先はいまだに面倒だよ」

 私は苦笑した。

「ここはレベルゼロです。これでも、まだ緩めだと思いますよ」

 ビスコッティが笑った。

 そう、私の研究室があるのは、誰が呼んだかレベルゼロという、国家機密に抵触するような研究も行われるフロアだ。

 その特殊性から、ここには厳重なセキュリティが施されていて、研究室の入退室記録もその一つだ。

「それにしても、ビスコッティには悪いと思っているんだよね。私がレベルゼロの住民だって明かさずに、一方的にこうなっちゃったから」

 私は苦笑した。

 実のところ、この施設内にはいくつか酒場があって、そのうち地下にある大きな場所は、どの研究者からも見放された、通称助手プールと呼ばれる場所がある。

 やる気は満々だが条件に合わずに採用されないなど色々と事情があるが、ビスコッティはその中でも人一倍元気でやる気もある、なぜ採用されないのか分からない逸材だった。

 私はずっと一人でやっていたが、レベルゼロに異動となった際に、まずは助手を一人はつけておいた方がいいと人事部の担当者に勧められ、膨大なリストにあったその中にビスコッティが含まれ、数人と比較した結果彼女を選択した。

 実際、助手プールにこっそり偵察に行った時に、その桁外れに大きな魔力を感じ、これはいい感じだぞと、直感で選んだという事もある。

 そのビスコッティには、チャンスがなくてレベルゼロの研究者だと告げるいとまもなくそのままこうなったのだが、まさかそうだとは思いもしなかったであろうと、三年経ったいまでも気にしていた。

「またそれですか。私は一般研究者でもレベルゼロでも、助手として働ければいいのです。それに、私が不採用の理由を見つけて直してくれました。だから、師匠なんです」

 ビスコッティが笑った。

「ああ、あの魔力偏差の偏りね。あれじゃ、まともな魔法が使えないから、平均値に直した程度だよ。魔法使いなら、誰でも出来る」

 私は笑った。

「それを、誰も指摘してくれなかったのです。いきなり不採用。理由不明でしたから」

 ビスコッティが笑った。

「まあ、研究者は面倒くさがりが多いからね。余計に対しては事は冷たいから」

 とまあ、そんな話しをしながら通路を歩いて行くと、ようやくエレベータにたどり着いた。

「さてと、ここでも…」

 私はIDカードをエレベータの扉脇にあるリーダに押し当て、ビスコッティも同じようにした。

 ピッという電子音と共に扉が開くと、私たちはそれに乗ってまずは一般研究塔の七階に降りた。

 そこでエレベータを乗り換え、籠の中の行き先階ボタンのパネルにあるリーダにIDを押し当て、ボタンで暗証番号を入力し、これで一階に下りられるようになった。

「ったく、面倒な。ぶっ壊そうかな」

 私は小さくため息を吐いた。

「師匠、ぶっ壊した方が面倒です。止めましょう」

 ビスコッティが笑った。

「まあ、そうなんだけど…。よし、着いた」

 エレベータで一階のホールに下りると、今度は警備員による手荷物検査がある。

 今は白衣だけ着ているので大した事はない。

 警備員のオッチャンに、ポケットに入れてあったのど飴だけトレイに置くと、それをご丁寧にレントゲン検査までして返してくれた。

「なんだ、お出かけかい。まあ、こんな日は散歩でもしたくなるか」

 オッチャンが笑った。

「その通り。頭がカビちゃいそうだからね」

 私は笑い、その先にある自動改札機のリーダにIDカードをかざして抜け、やっと外に出る事ができた。

 研究所の広大なエントランスには、ガキンチョ共を連れて社会科見学に来ている一団がいたり、どこの研究者なのかいきなり爆発を起こして、警備員に連行されたり…まあ、賑やかだった。

「さて、中庭にいこうか」

 私は笑みを浮かべた。

「はい、いきましょう。見張りがいるので、変な場所にはいけないですからね」

 ビスコッティが苦笑した。

 そう、私にはどこにいるのか分からないが、ビスコッティには分かるらしく、一瞬キツい目をしては、すぐに元の笑顔に戻るという事を繰り返していた。

「またこれか…」

 私はため息を吐いた。

「まあ、立場上ですね。完全にフリーには出来ないのでしょう。一つ提案ですが、中庭の前に試射場にいきませんか。監視だらけで、私も嫌になりました」

 ビスコッティが笑った。

「そうだね。ストレス発散するか。えっと、周回バス乗り場は…あった。移動したって聞いたからね」

 私は笑みを浮かべて、ビスコッティの手を引っ張って、周回バスのバス停に移動した。

 なにしろこの研究所、やたらと広い。

 この施設を真ん中に置き、半径二十キロのドーナツ型をした敷地があり、隣接する王都より広いと言われているほどだ。

 なぜこんなに広い敷地が必要かといえば、農業系の研究をしている研究者の畑があったり、工業系の研究をしている研究者の工房や工場があったり、理由は色々ある。

 しかし、その中でも攻撃魔法の試射をするための試射場が、その理由の大半を占めていた。

 二十キロもあれば、おおよその攻撃魔法を使えるし、試射の結果を見るための距離も十分というわけで、実際私も困った事はない。

 あっ、いってなかった。私の専門は攻撃魔法だ。

 それはともかく、移動にはどうしても乗り物が必要になるので、こうして終日ずっと周回しているバスがあるのだ。

「師匠、反対側です。西回りではなく東回りです」

 ビスコッティが笑った。

「あっ、間違えた。ありがとう」

 私は頭を掻いた。

 まあ、そんな事もあったが、程なくバスが到着し、満員の車内に乗り込むと、扉が閉じてバスが動きはじめた。


 バスで攻撃魔法の試射場に到着すると、私はさっそく空いているスポットに陣取り、空間ポケットから、色々と機材を取り出していった。

 これは、私の手元に置いておきたい機材だ。

 あくまで、手荷物検査は簡単に出し入れできるもの。

 本命はこちらなので、意味がないといえば意味がないが、抑止力を期待しているのだろう。

「師匠、今日は大がかりですね。私もやります」

 ビスコッティが配線しながら、自分の空間ポケットからも、さらに機材を追加していった。

「うん、ついでだから、研究中の攻撃魔法を実験しようと思ってね。えっと、ここの魔力偏差は七か。誰か使って乱れてるね。三を切るまで待とう」

 私は機材のディスプレイを見ながら、せっせと準備を進めていった。

「ビスコッティ、それ四。それ二。その隣が一」

「はい、分かりました」

 もう三年やっているだけあって、これで十分通じる。

「さてと、これでいいね。あとは、待とう」

 私が息を吐くと、ビスコッティがデッキチェアを取りだし、私はそれに寝そべった。

「毎度思うんだけど、これ普通の椅子でよくない?」

 私は苦笑した。

「いえ、ダメです。私のこだわりです。さらにテーブルを置いて、トロピカルなお酒を…」

 ビスコッティがニコニコ顔で、テーブルを出して透き通ったブルーのお酒を置いた。

「あのね、仕事なんだけどなぁ。まあ、慣れちゃったから、今さらなにもいわないけど」 私は苦笑して、ビスコッティがセットしてくれた南国仕様バカンス一式に身を委ねた。

「師匠、大事な事を忘れていました。水着です。あとは、オイルと…」

「そこまでやらなくていい!」

 私はやれやれと、ビスコッティの頭を撫で撫でした。

 これで彼女は二十四才だ。頭が痛い…。

「ダメです。こういうのは…。あっ、誰かきました」

 ビスコッティの声と共に、甲高い知った声が聞こえてきた。

「アハハ、なにバカンスしてるの。楽しそうだねぇ」

 椅子に座ったまま首を向けると、研究仲間のリズがゾロゾロと弟子を連れてやってきた。

「なんだ、リズか。また、助手を全員連れてなにしにきたの?」

 私は笑いトロピカルなお酒を一口飲んだ。

「あたしはそこでバカンスしてる方が謎なんだけど、たまには攻撃魔法でも教えようと思ってね。スコーンがいるならちょうどいいや。みんな、よくみておいて」

 リズが笑った。

「あのね、そういう事は自分でやるもんだ。リズの助手まで責任持てないって」

 私は苦笑した。

「なんだ、ケチ。まあ、いいや。みんないくよ」

 リズが笑ってゾロゾロと助手を連れてどこかに向かっていった。

「へぇ、リズが攻撃魔法ね。自分の専門じゃないからって、滅多にやらないのに」

 私は笑って、お酒を一口飲んだ。

「そうですね。きっと、暖かくて外に出たかったのでしょう」

 ビスコッティが笑った。

 リズの専門は結界魔法で、これだけは負けないというプライドを持っている。

 それだけに、畑違いの攻撃魔法は使えるけどやらないという感じで、こういうパターンは滅多にない。

「まあ、いいや。こっちは三十分以上待ちだと思うよ。気長に待とう」

 私は笑った。


 結局、場の様子が落ち着いて試射が可能になったのは、それから四十分後だった。

「よし、ビスコッティ。やるよ」

 私が椅子から立ち上がると、ビスコッティがバカンスセットを片付けた。

「さてさて…。ビスコッティ、二番をもうちょい上げて、四番はそのまま、六番はオフにして」

 私は機材の様子を見ながら、ビスコッティに指示を出し、スポットの発射位置についた。

「はい、分かりました。今回は伏せ撃ちなんですね」

 ビスコッティが笑った。

 伏せ撃ちとは、読んで字のごとく伏せて撃つ事。

 私は呪文を唱え、機材がカタカタいう音を聞いた。

「…試作67!」

 私が伏せたまま突き出した右手の平に黒い光が生まれ、刃状になって飛んで行くのを見た。

「はい、データです」

 ビスコッティが、すかさず機器から吐き出された紙を私に差し出した。

「うーん、イマイチだね。これじゃ、大木しか切れないよ」

 私はデータが記された紙を見て、頭をカリカリした。

「師匠、何を切るんですか?」

 ビスコッティが笑った。

「うん、最新鋭の複合装甲が施された主力戦車。切ったら面白そうでしょ」

 私は笑った。

「ダメです。そんなものを切ったら、始末書では済みません」

 ビスコッティが笑った。

「さて、もう一発。…おや、来たな」

 私は小さく笑みを浮かべ、さっきの魔法を放った。

 黒い刃はブーメラン軌道を描き、私たちのすぐ側に向かって飛んできた。

「おわっ!?」

 珍しく焦ったリズの声が聞こえ、得意の結界魔法で私の魔法を弾き飛ばした。

「ば、馬鹿、殺す気か!!!」

 怒り心頭といった表情で近寄ってきたリズが、伏せたままだった私の背中に足を乗せた。

「そのつもりはないよ。ただ飛んだだけだって。試作中だから」

 私は笑った。

「そーか、あくまでも否定するか。この野郎!」

 リズが私の背中をドカドカ踏みはじめたので、そっと呪文を唱えた。

 私の背中に火球が生まれ、それを踏みつけたリズが景気よく吹っ飛んでいった。

「名付けてファイヤ・マイン。爆発もしないし熱くもないけど、踏んづけると景気よくぶっ飛ぶだけ。まあ、使い勝手に難があってね。リズ、どこまで飛んだかな」

 私は前方を見て笑った。

「約二キロですね。ちゃんとシステムが捉えています。生きてはいますよ」

 ビスコッティが笑った。

「さて、ビスコッティ。いつもの準備。こういう時は、必ずアレ使うから」

「はい、もうやっています。いつもは、私が魔法を使うのですが、本当にこれは大丈夫ですか?」

 ビスコッティが機材の一台を指さした。

「うん、周囲の魔力変動を抑える装置だから、理屈ではどんな魔法でも無効化出来るよ。効果範囲は装置の正面に対して扇状に広がって、有効距離は二キロかな。これも実験だよ」

 私は笑った。

 瞬間、機器の一台が警告音を立てた。

「ほらきた、この魔力反応。リズ、この魔法気に入ってるからね。やたらぶっ壊せるし」 

 私は笑みを浮かべた。

「はい、でも魔力反応だけですね。何度も連発している様子です。どうしますか?」

 ビスコッティがデータを取りながら問いかけてきた。

「よし、助手の諸君。速くいかないと怖いよ。拾いにいって!」

 私が笑うと、ぼんやりしていたリズの助手たちが、慌ててリズを目指して走っていった。

「師匠、場所が分かるんですか?」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「分かるでしょ。無線もあるし。私たちは、またバカンスにしよう。どうせ、二時間は帰ってこないから」

 私は笑った。


 逃げてもよかったのだが、そうすると例の装置も片付けなければならない。

 これ幸いとひたすらデータを取りながら、まったり過ごしていると、ボロボロで担架に乗せられ、目が怖いリズが助手たちの手によって帰ってきた。

「よっ、お帰り!」

 私は笑った。

「あ、あのね、しまいには本当にぶっ殺すよ」

 リズが担架の上でジタバタした。

「これは、あちこち骨折していますね。回復魔法を使います。師匠、ここでは大丈夫ですか?」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「うん、装置の後ろには効果がないから問題ないよ」

 私は笑みを浮かべた。

「分かりました。少し痛みますよ」

 ビスコッティが呪文を唱えはじめた。

 そう、攻撃が私ならビスコッティは回復に特化している。

 二人揃えば、まず問題はない。

「イテテ…。そういえば、また妙なもの開発したでしょ。何度やってもオメガ・ブラストが撃てないから、なにが悪いのか真面目に考えちゃったじゃん」

 リズがブチブチ文句をつけはじめた。

「うん、研究の一環だよ。一定範囲の魔法を強制的にキャンセルする装置。まだ試作だけど、効果はあるみたいだね」

 私は笑った。

「へぇ、また面白いの作ったね。あたしもなにか作るかな」

 先ほどまでの怒りはどこへやら。傷が治ると担架からおり、作動中の機材をあちこち見回った。

「まだあるよ。えっと、ビスコッティ。十七番どうした?」

 私が問いかけると、ビスコッティがスイッチボックスを弄った。

「これです。起動しますか?」

「うん、やっちゃって」

 私が答えるとビスコッティがスイッチを弾き、少し離れた場所に設置しておいた、大きな円盤のような機材が動きはじめた。

 円盤を乗せた支柱がせり上がり、それがぐるりと一回転して手すりが出て、最後に二連装の大砲のような物が円盤の床から立ち上がった。

「おお、これって!?」

 リズが目を輝かせた。

「まあ、予想通りだと思うけど、これも研究の合間にね。こうやって使うんだよ」

 私は円盤に乗るためのハシゴ脇にある水晶球に手を当て、ファイア・ボールの魔法を放った。

 それは全て水晶に吸収され、ピッと機材から電子音が聞こえた。

 それからハシゴを上り、大砲の脇にある小さな椅子に座ると、そこにある操作パネルに小さなキーを差し込んで回した。

「こ、これ、あたし欲しい。くれ!」

 もう完全に予想がついたようで、リズがはしゃいだ。

「あのね、ダメとは言わないけど、結界魔法が専門でしょ。ちゃんと研究しなさい」

 私は笑い、操作レバーで機材を動かして、赤いトリガーボタンを押した。

 すると、先ほど込めたファイヤ・ボールが凄まじい勢いでドバババと撃ち出され、試射場はあっという間に火の海と化した。

「うん、これね。魔法って、呪文の詠唱時間が欠点でしょ。それを補おうって思って開発したんだ。でも、毎分九千発はやり過ぎたかもって、少し改良かなって…」

「ダメ、これでいい。いくらだ!?」

 予想通りというか、リズががっつり食いついた。

「だから、試作品だって。こんなの誰かに渡したら、軍が食いついてきちゃうでしょ。ビスコッティ、水の魔法を」

 私はトリガーボタンから手を離し、ビスコッティに指示を出した。

「はい、この水晶ですね」

 ビスコッティが水晶に手を当てて呪文を唱えると、ピッと音が聞こえた。

「ちゃんと消火しないと迷惑だからね。さてと…」

 私は再びトリガーボタンを押し、大量の水をぶちまけて火を消した。

「まあ、こんなもんか。これが、最新作かな。暇なら何か作ればいいよ」

 私は笑った。

「うん、やる。その前に、ちょっとこれ貸して。どのくらいの魔力まで耐えられるの?」

 リズがワクワクした様子で問いかけてきた。

「そうだねぇ。一応、私の最大魔力には耐えられるよ。具体的にどのくらいかは、まだ細かい設定をしていないから分からないけど」

 私が答えるとリズが頷いた。

「じゃあ、平気だ。あたしと同じくらいだし。それじゃ…」

 リズが勝手に水晶に触り、予想通りアレを唱えた。

「オメガ・ブラスト」

 水晶が激しく光り、ピッという音が聞こえた。

 オメガ・ブラストとは、リズ自慢の破壊力抜群な攻撃魔法で、あらゆる物を溶かし蒸発させてしまうという、攻撃魔法の専門家としてはなかなか興味があるものだ。

 やると思ったが、その魔法を使った。

「よし、やるぞ。こうやるのか…」

 操作パネルは直感的に操作できるように設計した。

 リズは面白そうに砲台をグルグル回し、やがて狙いを定めたようで砲台を止めると、勢いよくトリガーボタンを押した…が、なにも起きなかった。

 ちゃんと仕掛けはある。あんなもの連射されたら目立ってしまうのだが、あえて止めなかったのはこれが理由だ。

「あれ、ぶっ壊れた?」

「だから、試作品っていったじゃん。魔力がオーバーフローして安全装置が作動したっぽい」

 私は笑みを浮かべた。

 実は操作パネルから離れる時、あの小さなキーを抜いておいたのだ。

 こうすれば、動作はするが危険なトリガーはロックされる。

 試作品とはいえ、こういうところはしっかりしておかないといけない。

「ええ~、やる気満々なのに。直せ!」

 リズがバタバタ暴れた。

「だって、魔力込めすぎなんだもん。前に私が込めた分が残ってるのに、いきなり最大魔力をぶち込んだらそうなるよ。ちょっと待って、せめてこのくらいにしておく。ファイアローがあったでしょ。あれをこの魔力で放ったらどうなるか楽しみだから、ちょっと退いて」

 私が笑みを浮かべると、渋々砲台から降りてきたリズとタッチして、再び椅子に座るとキーをパネルに差し込んで回した。

「なんてね。リズ、見ておいて。これが、オメガ・ブラストの連射だよ!」

 私はトリガーボタンを押したが、なにも起きなかった。

「えっ、なんで!?」

 リズが目を丸くした。

「あのね、細かい事をいうと長いから割愛するけど、あれって空間作用系の魔法なんだよ。つまり、熱線を出すには出すんだけど、あまりに高温過ぎて空間まで歪んじゃう。そんなもの連射したら、空間同士が干渉して対消滅しちゃうから、勝手にキャンセルされちゃうんだ。だから、一発ずつ撃つから効果があるもので、連射するものじゃない。これで、納得した?」

 私は操作パネルの魔力ダウンキーを押して、機材に溜まった魔力を抜いた。

「なに、知ってていわなかったの?」

 リズが恨みがましい目で私を睨んだ。

「だって、そうしないと納得しないじゃん。でも、オーバーフローしていたのは本当だよ。予備系統がなかったら、今頃は砲台ごとお星様になっていたかもよ」

 私は笑った。

「師匠、念のために魔力カット装置を止めておきましたが、戻しますか?」

 ビスコッティがにっこりした。

「うん、やっておいて。まだデータが欲しいから。リズ、遊んだ感想は?」

 私は笑った。

「ムカつく。やられっぱなしじゃん。帰る!」

 リズがベーッと下を出して、助手たちを連れてどこかに向かっていった。

「やれやれ、面白かったからいいか。ビスコッティ、十七番を片付けて。ちょっとヤバい玩具だから」

 私は笑った。

「はい、分かりました。私が保管しておきます」

 ビスコッティが配線を外したり何か弄ったりしながら、機材を空間ポケットで包んで格納した。

「はい、完了です。師匠、どうしますか?」

 ビスコッティが笑った。

「うん、もう少しデータを取ろう。完成したら、どっかに売ろうかな」

 私は笑った。


 結局、夕方までかけて例の魔力キャンセル装置のデータを集め、私たちは撤収する事にした。

「結局散歩しなかったね。思わず仕事しちゃったよ」

 いつも満員の周回バスで、研究所正面口まで移動して降りると、私はビスコッティに笑いかけた。

「はい、でもよかったのですか。監視がある中で、あそこまで派手に暴れて」

 ビスコッティが苦笑した。

「大丈夫。研究品目録には記載してあるし、レベルゼロの研究者が試射場を使う時は、見張りが人払いするでしょ。リズもレベルゼロの研究者だから平気。規則には違反していないよ」

 私は笑った。

「そうですか。分かりました。さて、ちょうど晩ごはんの時間です。速く戻りましょう」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

「そうだね。あまり使うなっていわれてるけど、一階の食堂にしよう。レベルゼロの食堂は混んでる時間だし」

 私は笑った。

 レベルゼロには、一般研究者が使う食堂や売店と同じ物を扱う専用の店がある。

 そこを使えといわれているが、一般食堂を使ってはいけないというわけではなく、監視の目を気にしなければ、特に問題はなかった。

「さてと、なににするかな。今日は肉がいいかも」

「私は魚ですね。無性に食べたいです」

 などとビスコッティと話しながら、エントランスを抜けてすぐにある食堂に行き、程ほどに混んでいる中で席を確保すると、二人で交代に食券を買いにいき、カウンターに出した。

 ちなみにこの食堂、なかなか量があって美味しいといういい感じな店である。

 こうして、それぞれの料理をテーブルに置き、二人で頂きますをしてからゆっくり食べた。


 また面倒な手順で九階の研究室に戻ると、私は閉じておいたノートパソコンのディスプレイを開き、カタカタと論文を書きはじめた。

 適当に書いては印刷して床にぶちまけ、それをビスコッティがせっせと揃え、これが私の日常だった。

「そういえば、今日は魔法薬の研究しないの?」

 その時間を奪いながら、私はビスコッティに問いかけた。

「はい、今日は大丈夫です。師匠は師匠の仕事をして下さい」

 ビスコッティが笑みを浮かべた。

 この研究室は無駄に広い。

 私がメインで使っている部屋もなかなか広いが、隣には同じ程度の広さがある部屋があり、使い道がないのでビスコッティの趣味で魔法薬の精製室になっている。

 助手が空き時間でなにか研究するのは一向に構わないし、むしろ私は推奨派だった。

「そっか、ならよろしく。今夜中に仕上げるから」

 私は笑みを浮かべ、ひたすら論文を書き上げていったのだった。

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