第12話 ソリストの努力

 ウルスラが所属しょぞくする聖歌せいかたいは、もともと初等しょとう科二年生(七、八さい)から中等科四年生(十三、四さい)まで、学年で十人ずつその歌の上手うまさでえらばれた七十人の特別とくべつなクラブだったが、今は四十三人になっていた。

 ちなみに、イグラス魔法まほう学園は、初等しょとう科、中等科、高等科、専科せんかそれぞれ四学年ずつある。中等科を卒業そつぎょうした十四さいの時点で基礎きそ教育は終わりということになり、高等科に進む人はぐんとるのが当たり前だった。貴族きぞくなんかはもう、中等科から家庭教師かていきょうしいて学園には来なくなることのほうが多かった。カレンのおにいさんのアザレイさんも、中等科からは学園には来ず、騎士きしだんに入りつつ家庭かてい教師きょうし公爵こうしゃく跡継あとつぎとしての勉強をやらされていたそうだ。高等科には本格的ほんかくてき魔法まほうで仕事をしたい人が進学する。その上の専科せんかに進学したら、研究者へと一直線だ。

 しかし大災害さいがいのせいで、中等科を終えたあとに進学する先が、イグラス魔法まほう学園の高等科か、騎士きしだん併設へいせつされた士官しかん学校だけになってしまった。ほか専門せんもん学校は流され、農業、工業、商業しょうぎょう医療いりょうなどを教える場がくなったので、学園にいろんな専門家せんもんかたちが希望きぼうする生徒せいとに高等科レベルの授業じゅぎょうをするようになった。つまりりょうにも高等科の生徒せいとたちがたくさん居残いのこることになり、中等科からのお楽しみだった一人ひとり部屋べやゆめと消えたのだった。

 そうやって高等科の人数はえたけれど、そのくらいになると子供こどもたちは大人おとなの声に声変こえがわりをしてしまい、聖歌せいかたいのこることはできない。たい指導しどうするユスティーン先生は、今までの曲を歌うと人数のさびしさが目立ってしまうからと新しい曲を用意してきた。

「それでも、君たちがまだ、歌うと言ってくれて本当にかった……。もしウルスラ君が死んでしまっていたら、ぼくも海に身投みなげしているところだった……!」

「ダメですよ先生、そんなこと言ったら」

 こういうこと言う人なんだよな、とウルスラは心の中でため息をついた。ウルスラは聖歌せいかたいのソリストをまかされている。ソリストというのは一人ひとりで歌う出番のある役目で、聖歌せいかたいの中でも一番歌が上手うまい子がえらばれる。だからといって、みんなの前で自分だけをとくにひいきするのはやめてほしい。ここでは、なんと言うのが正解せいかいかなぁ。

ぼくの代わりのソリストはえらべるけど、先生の代わりはいないんですから」

「ウルスラ君の代わりなんて……」

「先生。ぼくらみんな、どうせ数年後には歌えなくなってるんです。時間がもったいないので、練習させてください!」

「ああ、うん……ごめんね……」

 ちょっと強引ごういんだったけど仕方ない。時間がいのは本当だ。水面みなも会のみんなの前で歌う本番まで、もうあと二週間もかった。

 水面みなも会というのは、大災害さいがいで両親ともをくしてしまった子供こどもたちの会だ。人数はものすごく多い、りょうの半分くらいいくかもしれない。ヒルタンやアテッタも入っているはず。かれらをはげますために、聖歌せいかたいが歌を披露ひろうすることになったのだ。


 が明ける 始まりの朝

 鳥が鳴く 始まりの声

 たたえよう 歌声を 朝を 生きることを

 新しき この世界を!


 雨がる 昨夜さくやあら

 雨はむ 葉をかがやかせ

 たたえよう 神の庭を 美を すくたもうた

 夜明けの神の御業みわざを!


 光あれ 御子みこらがために

 御業みわざあれ 一筋ひとすじの光

 たたえよう 毎日を 朝を つくたもうた

 新しき 今日きょうのことを!


 〈イグラス〉の国に生まれた人間として、いつか来る夜明けをのぞむ気持ちはみんな、ずっとあった。昔からいろんな曲に夜明けを夢見ゆめみ歌詞かしがある。

 けれどだれも、こんなにも苦しい朝になるとは思っていなかった。大切な人をぜんぶ水にさらわれて、ただ必死ひっし大樹たいじゅにしがみついて生きるしかなくなるとは思っていなかった。雨どころかたきるなんて。

 のこった子供こどもたちは神様に助けられたのだと思わないとやっていけない。のこってしまったと考えてはいけない。まわりにまだ大勢おおぜい、自分と同じ境遇きょうぐう子供こどもたちがいる。それだけがすくいだった。

 水面みなも会。ウルスラとカレンは入れない。二人ふたりは、だれうしなっていない。ひとり親でかわいそうね、なんて言われていたところが、親が生きていてよかったわね、と言われるようになった。ウルスラ自身は何もわっていないのに、何もわっていないせいで、神の世界へ入る資格しかくがないと言われているようだった。

 分かっている、水面みなも会のみんなは必死ひっしに生きてるだけなんだ。受け入れたくない現実げんじつに立ち向かうのにせいいっぱいで、自分たち以外いがいのことなんて気にしてやる余裕よゆうなんかないのだ。ウルスラは、大災害さいがいの前から「みんなとちがう」がわだった。今さら水面みなも会にのけ者にされたってわらない。仕方ないなというあきらめの気持ちと、それでも生徒せいとなのは同じなのにというさびしさも、昔からずっとあったものだ。新しく生まれたのは、「家族のいないさびしさなら分かってあげられるんじゃないか」という小さな希望きぼうだけだった。

 ウルスラが今できるのは、すてきな歌をとどけてはげますこと。前を向くまではいかなくても、少しの間だけでも、歌に聞き入ってつらいことを思い出さない時間を作れたらいいと思う。そしてその間だけは、ウルスラとかれらのちがいなんてだれも気にしないでほしい。

 水面みなも会にもいろんな子がいる。ヒルタンのようにさびしさをおもてに出してくる素直すなおな子もいれば、言われないと分からないくらい普段ふだんは平気そうにしている子もいる。そういう子たちは、あまりこの慰問いもんじたいうれしいと感じていないかもしれない。それに、聖歌せいかたいの中にも水面みなも会に入っている子もいる。とにかく立場のが見えてしまうような発表会にしたくない。

 ウルスラにはこっそりたくらんでいることがあった。自分の独唱どくしょうの番になったら、前に出て、水面みなも会に背中せなかを向けて歌うのだ。対面するのではなく、いたい。他人にしつけられるはげましではなく、自分たちの中から生まれるはげみだと思ってほしい。

 もちろん、背中せなかを向けて後ろにまで声をとどけるには、普段ふだんよりもっと声をらないといけない。部屋へやに帰ってからも、ヒルタンがたあと、おなかに力がちゃんと入るように腹筋ふっきんトレーニングを始めた。

ぼくは……っ、かわいそうな……、子じゃない……! 歌は……歌ならっ……気持ちが……つたわるから……! 一緒いっしょに……頑張がんばろうって……ちゃんと……、一緒いっしょに……生き、ようって……、……ふうっ!」

 あせてきたのでひと息入れる。いやー、きっつーい。水面みなも会のために、だけだったらあきらめてるところだ。

 けっきょく、ウルスラはけずぎらいなのだ。ウルスラには分からないよ、なんて言われるのがいやだった。カレンはすごい。ダープレット先輩せんぱいにチビって言われた時も、いやな顔をせず、そんなことはどうでもいいと受け流して説得せっとくつづけていた。ウルスラは、たぶんムッとしたのが顔に出ていただろう。ダープレット先輩せんぱいから見てチビなのは当たり前だけど、悪口だと思ったらいやな気持ちになってしまう。そんな自分がずかしくて、カレンのように相手とのちがいを気にしない強い子になりたくて、水面みなも会にもちゃんと向き合おうと思うのだった。

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