第25話 いざアシュタラの街へ
・
セレストの記憶を覗いたことで、アシュタラの街に起きている流行病の現状を知ったエルド達は、転移能力を使用して一瞬にしてアシュタラの街へと到着していた。
座標さえわかればエルドの転移は自由に行使可能なため、セレストの記憶を覗いた際に詳しい座標をあらかじめ調べていたのである。
転移する前に、放心状態だったセレストにはエルドから事情を説明し、左頬のもみじマークと引き換えに許しを得ることができている。 一方、ラヴィニアに関してはいてもいなくても変わらない気もしたからおいていこうかと考えたエルドだが、それをすると本気で泣かれると悟ったため止む終えなく連れてくることになった。
ラヴィニアも連れて来るとなると、彼女が監視している双子たちも連れてこなくてはいけないわけで、思ったよりも大所帯になってしまったのは誤算だったがしかたない。
「うわっ! 本当に、まばたきしている間にアシュタラの街に戻ってきちゃった!」
「貴様、エルド様のお力を疑っておられるのか!」
「そうだそうだ、あたいのエルちゃんはちょーぜつにすごいんだかんな!」
「「だかんなっ!」」
一瞬にしてアシュタラの街についたことに驚きを隠せないセレストに対し、ディアナ筆頭のエルド信者たちによる煽りが飛んでくるが、セレストはこの短時間でこいつらは面倒だからシカトしていいという正解を見つけ出していた。
「この前来た時は人がいっぱいいたのに、本当に人がいないね」
「エルド様、この前とは言っても最後に来たのは一年以上前の話でございます」
田舎者にとっては一年前などつい最近の出来事なのである。
「ちなみにセレストちゃん、流行り病を最初に発症したのが分かる人っているかな? 君の記憶にそれっぽい情報はなかったんだよね」
「流行り病が蔓延したって実感したのは二週間前だから、最初に発症した人はもっと前のことかも! お父さんに聞けば分かると思う!」
「それはそうだろうけど、まあいいや。 とりあええず街に入ってみようか」
セレストが街の異変に気がついたのは二週間前。 彼女の両親が病を発症したのもその頃であり、発症者がみんな体のどこかしらに怪我を保護する布テープを貼っているという共通点以外は未だに不明である。
ぞろぞろとエルドを先頭に街に入っていく一行。 先頭をトコトコ歩いているエルドは、眉間にシワを寄せながら一人思案にふけっている。
「セレストちゃんのお父さんは便利グッズの発明、お母さんはそれを雑貨屋で販売。 共通点らしい共通点は、働いてる場所が同じってことくらいかな?」
「怪我をしている位置は二名とも異なる場所だったのですよね? 仕事以外のところに要因があるのでは?」
「それもそうだね。 二人が一日の間にとってる行動を振り返りたいね。 ひとまず、セレストちゃんの家に行ってみようか」
「はい、ご案内いたします!」
ひとまず行き先はセレストの自宅に定めた一行は、セレストの案内に従い後についていく。
いつもは商人や街の人、他にも
人通りが少ない中央通りにはネズミやゴキブリなどが徘徊しており、多くの街人が病に伏せているせいか、清掃が行き届いていない影響でわずかに異臭も漂っていた。
「くせーなこの街」
「まあ、家畜の幼体を育てて販売している店もありますし、食堂なんかも多いですから多少の異臭はわかりますけど……」
「これは完全にゴミを放置した際に発生する臭いだね」
鼻を摘んで顔をしかめるラヴィニアに対し、エルドとディアナは注意深く街の様子を探っている。
転移する前に、憔悴していたセレストにディアナがソフトボイルド種の卵を与えていたためか、すっかり顔色が良くなり、足取りは軽い。
弾むような足取りで我が家へと案内してくれるセレストに、エルド達はぞろぞろとついていくのであった。
・
セレストの自宅は雑貨屋と発明所が一緒になっており、一階が雑貨屋、二階が居住スペースと発明所が併用になっている作りである。
ちなみに、家の大きさはエルドの自宅と比べれば三倍近くでかい。
慣れた足取りで家の裏口へと進んでいくセレストは、裏口に取り付けられていた階段を登り二階の玄関スペースへと向かう。
「お母さーん、お父さーん! リノイ村からすごい人を連れてきたよ!」
心配そうな声で部屋の奥へとスタスタ駆けていくセレストだったのだが、
「馬鹿者! なぜこの街に戻ってきた! お前はまだ感染していないんだから、他の町の人達にこの街へ近づくなと注意勧告して回らなければならなかったのだぞ!」
横になっていた父親が、顔を真赤にしてセレストへと怒号を浴びせた。 大きな声を出したせいか、言いたいことを言い終えると憔悴した様子で倒れ込んでしまうセレストの父。
慌てて体を支えようとしたセレストに対し、父親は病が移るから近づくなと更に怒ってしまう。
帰って早々怒られてしまったセレストは、悲しそうに眉を歪めるが。 ムキになって怒りをあらわにしたのは、父が娘の体を心配してのことだということは言われるまでもなく分かる。
そんな家族の様子を見て悲しそうな顔をするディアナ。 しかしエルドはと言うと、目つきを鋭くさせたまま父親の体をじっと観察しており、セレストが父親にここまでの間に起きたことをかいつまんで説明している間、エルドは集中した様子で父親の様子を確認していた。
そうして数分。 大方の事情を話し終えたセレストがエルドへ助けを求めるような視線を送ると、それに合わせて父親は深々と頭を下げた。
「娘のわがままにつき合わせてしまい申し訳ありません。 ですが、この街は危険です。 病があなたがたの体を蝕む前に、早くご自分の村へとお戻りになっていただいたほうが良いかと思われます」
「なるほどなるほど、これはウイルスが傷口から入り込んだことによって発生する病ですね。 その傷は、いつついたものでしょうか?」
突拍子もなく真剣な顔で質問を始めるエルドに、セレストの父は一瞬驚いたような顔をしたが、指に巻いていた布テープをちらりと確認しながら顎を撫でつつ記憶をたどる。
「これは確か、妻と一緒にゴミ捨て場へ失敗作を廃棄しに行ったときかと……」
「何につけられた傷ですか?」
「確か、鼠とかだったと思います。 ゴミ捨て場には鼠がたくさんいますので」
この瞬間、エルドは満足げに頷き、ディアナに視線を送った。
「ディアナお姉ちゃん。 この人たちにソフトボイルド種かハードボイルド種の卵を寄付しよう。 卵は栄養価が高いし、病気の療養にはもってこいでしょう?」
「それでしたらソフトボイルド種の卵のほうがいいですね」
「お、お待ちになってくださいお二方、この街は危険ですので……」
畳み掛けるようなエルドの指示を聞いていたセレストの父は、慌てて二人を止めようとするのだが、眼の前にかごに積み重ねられた卵が突然現れ、驚き腰を抜かしてしまう。
言うまでもなくエルドが転移させた卵である。 そして、卵を転移させた後、エルドはセルストの父へ鋭い視線を向け、
「たった今、セレストちゃんのお父さんの体から、病原体を転移させました。 転移先は念の為ゴミ捨て場にしましたので、そこには誰も近づけさせないよう注意喚起を」
「病原体を? あの、一体何をおっしゃっているのですか? この街は危険なので一刻も早く……」
「ちょっち双子、聞いてたよね? あんたら、ゴミ捨て場に誰も近づけさせないよう見張ってこい」
「「サーイエッサー!」」
双子の両足は村人が手作りで作った義足のため歩みがおぼつかないが、ラヴィニアの命令に従いすぐさま行動を起こそうとしていた。
しかし手作りの義足では、歩くことはできても急いで移動するとなるとどうしてももたついてしまう。
「それなら僕が転移させます。 いいですか、バートンさんマートンさん!」
「「若の仰せのままに!」」
双子の了承を得たエルドはなんの躊躇もなく双子を転移させる。 突然部屋から姿を消した双子に驚きつつも、セレストの父は浮かない顔でエルドへ問いかける。
「あの、先程から気になっていたのですが、先程まで一緒におられた後ろの二方は魔族の方なのでは?」
「おいジジイ、血祭りになりたくなきゃあ余計なこと詮索すんな」
「ひぃ! っも、申し訳ありません」
「ちょっとラヴィニアお姉ちゃん! セレストちゃんのお父さんは病み上がりなんだから、もう少し優しくしてあげて!」
ラヴィニアに睨まれたセレストの父は肩をすぼめながら平謝りし始める。 それに対しエルドが軽く注意喚起をしていると、騒ぎを聞きつけたのだろうか、セレストの母が壁によりかかりながらエルドたちの方へと歩み寄ってくる。
「セレスト? あなたどうして戻ってきたの?」
「お母さん! ダメだよ横になってなきゃ!」
母の元へと駆け寄っていくセレスト。
背後からかかった声に反射的に振り返るエルド達。 げっそりした様子のセレストの母を見たエルドは、またしても視線を鋭くさせたかと思ったら、すぐに満足そうに頷いた。
「お母さんの方も病原体を転移させたので、後は二人共鼠にかじられた部位をきれいな水で洗って栄養がある、うちの牧場で取れた半卵を食べてください」
「え、エルド様? 先ほどから気になっていたのですが、病原体を転移させたとは一体どういう事で?」
ディアナが冷や汗をこぼしながら問いかけたところで、セレストの眼の前に水が入ったバケツが突然現れる。 転移能力を惜しげなく使用するエルドだが、ことは急を要するので仕方がないだろう。
驚き尻餅をつくセレストへは見向きもせず、エルドはなにくわぬ顔でディアナの質問に答えた。
「どういう事かって聞かれても、単純に流行り病の原因になっているウイルスを、二人の身体から転移させたんだよ。 卵を食べてしばらく安静にしてれば、元気な二人の姿に戻るはずだけど?」
こいつは何を言っているんだと言いたげな表情で、エルド以外この場の全員が疑問符を浮かべていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます