第19話 魔王軍幹部が動き出すにあたり〜其の五〜
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リノイ村を俯瞰できる高台には、目をまんまるに見開いた二人の魔族がいた。
「おいおいおいっ!」
「何がどうなってんだバートン兄!」
突然の豪雨によって流されてしまった魔物たちを見て、困惑する双子の魔族たち。
それも当然だ。
魔王軍幹部の統括者、ウィルバードの忠告通り、油断も慢心もせず数ヶ月係で集めた魔物たちが、突然の豪雨と大洪水に寄ってあっけなく完封されてしまったのだから。
「流石に天災には勝てねーだろ!」
「どうしようバートン兄! 苦労して集めた魔物たちがあっけなくやられちゃったよ!」
二人は魔王を倒したのはラヴィニアだと推測したうえで、それだけではない何かがリノイ村にはあると予測していた。
なぜなら、ラヴィニアたちの捜索を開始してすぐ、シャーレーン湖のほとりに突然消失したはずのリノイ村を見つけたからだ。
村ごと消失し、移動するなんて事象、怪奇現象以外の何物でもない。 本来ならラヴィニア一人倒すのならランクフィフスの魔物一体用意すればどうにかなるだろう。
だが、二人はウィルバードの忠告を守り、ランクフィフスの魔物を十体も用意して、それだけではなく千体近いランクフォースの魔物まで動員したのだ。
このレベルの軍隊が瞬殺されるなど、今の魔王軍にとっては痛すぎるほどの大打撃。
逆に言うと、今の魔王軍に太刀打ちできるものなどいない。
何が起きたのかはわからない、しかし魔王が何者かに殺されたという事実を明白にするほどの大惨事が発生したというのは事実。
理由を解明しようと躍起になって、リノイ村に深く関わろうとすれば、間違いなく自分たちは命を落とすということを思い知った。
「バートン兄、今はともかくメルキオル城に逃げよう! この事をウィルバードさんに報告しなきゃ!」
「そうだなマートン。 理由は知らんがあの村はやばい! とんでもねー怪物が隠れてることを確信した!」
臆病な双子だからこそ、リノイ村の異常さを早くに察知することができた。 二人は顔を見合わせ、恐怖に顔を歪ませながらも大きく頷き合い、すぐに魔王城の方角へ足を向けようと振り返ったのだが……
「お兄ちゃんたちが、僕の村にいじわるしてた悪い人?」
そこにいたのは、五歳くらいの男の子。
ムスッとした口元と、幼さゆえにぷぅっくりとした可愛らしい頬。 不機嫌そうな目つきと、切り揃えられた濃紫色の髪。
眼の前にいるのはただの人間の子供だ。 先程まで誰もいなかったはずの場所に、突如として現れたという異常性を除けば。
(な、なんだこのガキ!)
(一体いつの間に現れた?)
マートンとバートンは、額から動揺の汗をこぼしつつ、護衛のために残していた魔物に指示を出す。
背に乗って移動するためにと、クラスセカンドのテオガルムを側に残していたのだ。 人間の子供など、いとも容易く噛みちぎるだろう。
だが、爪を振りかぶり、無慈悲に少年を切り裂こうとしたテオガルムは、一瞬にして姿を消した。
瞬きする刹那で、信じがたいことが起こったのだ。
(今、何がおきた?)
(この男の子がやったのか?)
理解に苦しむマートンとバートン。 少年から決して注意を逸らさぬよう、周囲の様子を恐る恐る確認するが、この少年以外に誰もいない。
「ねえねえお兄ちゃんたち、ボクの村に意地悪したのって、お兄ちゃんたちですか? って聞いたんだけど」
エルドはただ問いかけただけだった。 だがしかし、底しれぬ恐怖に駆られたマートンとバートンは総毛立ち、即座に逃げようと試みる。
だが、エルドの視界に入ったその瞬間から、彼らに抗うことはできない。
即座にその場から離れようとしたにも関わらず、無様に転倒してしまう双子の魔族たち。
二人は何が起きたのか分からず、すぐに立ち上がろうと足を動かそうとしたが……
異変に気がつく。 足に力が入らない。
意味もわからないまま、這いつくばった状態で足元に視線を送り、青ざめる。
「アシがぁぁぁぁぁ! 俺のアシガァァァァァァァァァァッ!」
「う、ウワァァァァァァァァァァ!」
両足の膝から下が、一瞬にして消失したのだ。
悲鳴を上げる二人の元へとてくてく歩み寄ってきたエルドは、叫びだした二人の前で不機嫌そうに耳を押さえている。
「お兄ちゃんたち、うるさい」
「ごごご、ごめんなさい! 俺達はただ、魔王軍の代理リーダーに命令されてやっただけで……」
「あの村になんの恨みもないんです! だからもう二度とあの村には近づきません!」
「お願いですから命だけは……」
「どうか、広い心で見逃して下さい!」
無様に泣きわめきながら必死の命乞いをするマートンとバートン。
しかしエルドは、じーっと二人の顔を見た後、不機嫌そうな頬を膨らませ、眉間にシワを寄せる。
別に、エルドは特殊能力を持っている事以外は、何の変哲もないただの子供だ。 歴戦の猛者でもなければ、強者の風格や覇気なんてものは一切持ち合わせていないだろう。
だがしかし、エルドが不機嫌そうに表情を歪めるたびに、双子の生存本能が悲鳴を上げる。
このままだと、間違いなく殺されるという圧倒的恐怖に駆られてしまう。
「あの! こういうのはどうでしょう! 僕達はこれからあの村に危害を加えないと約束いたします!」
「そうです、バートン兄の言う通り、僕達があの村は危険ではないと一言報告すれば、魔王軍は二度と手を出しません!」
「俺達がこの地に派遣されたのは、先日この地に様子見に来ていた上司が消息を絶ったからなのです!」
「ここで僕達が死んでしまえば、また魔王軍は新たな人材をこの地に送るかもしれません!」
双子たちは、死の淵に立たされたことで饒舌に提案し始めた。
確かに、二人の言う通りこの地に双子が派遣されたのは、エルドがブチギレてアイザックの首をスパーンと転移させたからだ。
無論今のエルドもブチギレている。 彼にとってラヴィニアも、かけがえのない家族と認識が変わっているからだ。
そんなラヴィニアが全身に大怪我を負いながら魔物の軍勢を食い止めていた。 大切な家族がつらい思いをしたのだ。
眼の前の外道共を、エルドは今すぐにでも殺してしまいかねないほどに怒り狂っていた。
けれど双子の言い分も正しいだろう。 このまま感情に任せて双子の首をヒョイッと転移させてしまえば、この二人よりも面倒な魔王軍の構成員が派遣されかねない。
「えーっとえーっと、よくわからないから、パパとディアナお姉ちゃんに聞いてみるね」
双子はホッと胸を撫で下ろした。
両足は失ってしまったが命はつなぐことはできたのだ。 これで魔王城に帰ることができる。
少年はこれからあの村に戻り、双子が提案した事を村人たちに相談するのだろう。
所詮は見た目通りの子どもの知恵だ、騙すことなど容易いのだろう。
そう安堵した双子は、その思考を次の瞬間改めることになる。
胃にふわりとした違和感を感じたかと思えば、眼の前の景色が一瞬にして切り替わってしまったからだ。
何が起きたのか分からず、ここはどこかと視線を巡らせる双子だったが……
「エルド様! 無事で良かったです!」
「どこに行っていたんだエルド! すぐに戻らんから心配したんだぞ!」
「ディアナお姉ちゃん、パパ、このお兄ちゃんたちがね、お空から見えたの」
エルドに指を差された双子へ、ウェインとディアナの視線が向かう。 そして、二人は顔色を変えた。
「なるほど、ラヴィニアさんが言ってましたね」
「クラスフォース以上の魔物は群れないから、何者かに操られている可能性があると」
目元に影を下ろしたディアナとウェインは、バキバキと拳を鳴らしながら這いつくばっている双子の魔族へ歩み寄る。
「ありがとうございますエルド様。 このゴミクズ共の始末はわたしめにお任せください」
「ラヴィニアちゃんが受けた苦痛を、お前らにも倍にして味あわせてやろうか」
悪魔のような笑顔を浮かべる二人の顔を見上げ、双子は地面に這いつくばりながらブルブルと震えることしかできなかった。
※
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
僭越ながら、少しでも面白いなとか、続きが気になると感じてくださった方は、ぜひブクマや☆、♡をよろしくお願いいたします!
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