第17話 魔王軍幹部が動き出すにあたり〜其の三〜

 ・

「どうかラヴィニアさん……エルド様を連れて、この村から逃げてはくれませんか?」

 

「……っは?」

 

 ラヴィニアは、予想だにしていないお願いを聞き、素っ頓狂な声を出してしまう。

 

「そうだラヴィニアちゃん。 こんなお願いをしてしまい申し訳ないが、君ほどの強さなら包囲が手薄になっている場所から逃げられるだろう! エルドを連れてこの村から離れてくれないか?」

 

「ラヴィニアちゃんは、この村のお客さんなのに、こんな事お願いして本当に申し訳ねーが、戦う力がない俺らを許してくれ」

 

 いつの間にか歩み寄ってきていたウェインやキースからも、エルドを連れて逃げるよう頼まれる。

 

 いいや、自警団の二人だけではない。 村中からラヴィニアに懇願されたのだ。

 

「ラヴィニアちゃんなら逃げられるでしょう! あたしたちのことなんて放ってお行き!」

 

「お客さんなのに面倒なことに巻き込んで済まねーな。 詫びたところで許されるようなことじゃねーが、謝ることしかできねー。 本当にごめんな!」

 

「俺達は戦いなんて生まれてこの方してこなかったからよ。 図々しいかもしれねーが、エルドを連れてここを離れてくれねーか?」

 

 誰一人、ラヴィニアに懇願しなかったのだ。

 

 この状況をどうにかしてくれないか? ……と?

 

(なんで? なんであたいを頼らない? もしかしてあたいが金ランク魔物狩人マーセナリーって事知らないんかな?)

 

 ラヴィニアは困惑しながら、自分の胸からぶら下げている金のネックレスを掴み、村人たちに見せびらかした。

 

「あたい、金ランク魔物狩人マーセナリーなんだけど? めっちゃ強いんよ?」

 

「そんな事、今頃言わなくても分かってますよ?」

 

 苦笑いを浮かべながら答えるディアナに、ラヴィニアは困惑した表情のまま更に問いかける。

 

「じゃ、じゃあなんで、あたいに頼ろうとしないわけ?」

 

「決まってるじゃないですか。 強い力を私利私欲のために使おうと考える愚かな思考は、自らを苦しめるだけですからね」

 

 ディアナにとってそれは体験談だ。 以前バレイジー村へ様子を見に来たアイザックを、エルドをそそのかして始末させようとした。

 

 ウェインがエルドの手を血に染めたくないという優しい理由で隠していたとも知らず。

 

「ですから、図々しいお願いかもしれませんが、逃げるついでにエルド様をお連れしていただくことはできないでしょうか?」

 

 村人全員が、本心からその願いを口にしている。 目を見れば分かるし、この絶望的状況でも優しい笑顔でそんな事を口にする村人たちが、見栄を張っているようには見えなかった。

 

(なんで……なんでこの状況で他人のために気が回せる?)

 

 ラヴィニアは、見せびらかしていた金のネックレスを握りつぶした。

 

 自分の力に縋らない村人たちに、悪態をついていた自分に罪悪感が芽生えた。

 

(どうしてこの村人たちは、こんなにも肝が座ってんだ)

 

 歯を食いしばり、数秒前の自分の思考を悔いる。

 

 中央都市の悪徳貴族どもと、この村の人たちが同じだと思い込んでいた愚考を。

 

(あたいは……あたいはなんのために強くなろうとしたんだ)

 

 ラヴィニアはネックレスを引きちぎり、どこへともなくぶん投げた。 愚かな考えを改めるよう、村人たちを信じられなかった自分へ八つ当たりするように。

 

「ざっけんじゃねーよお人好し共がっ!」

 

 自分の力に縋るどころか、身を案じてくれる村人たちの優しさに、感極まった。

 

 涙をダラダラと垂らし、かすれた声で叫ぶ。

 

「あたいはこの村に住みたいからここまで来たんだっつーの! なのに、逃げろってなんだよ! あたいはこの村の一員として認めてくれねーっての?」

 

 涙でかすれた声で、逃げろと懇願してきた村人たちに……物申す。

 

「あたいだって……あたいだってこの村の一員として認めてもらいてーからっ! あたいはあたいにできることをしてやろーじゃねーのっ!」

 

 自分が強くなろうと決めた理由は、今まで忘れたことなんて無い。

 

 なんのために強くなったかと自問自答したラヴィニアの答えは、すでに決まっていた。

 

「この村だって、たった二週間しか居候してなかったこの村の思い出も、あんたら自身も……あたいにとってはもう、大切な宝物なんだよ!」

 

 全生命力を、惜しげなく放出する。

 

「だからあたいがこの村を守ってやっから、無事にこの危機を切り抜けたら……」

 

 涙で濡れた顔で、満面の笑みを浮かべ、そして全身の生命力を惜しげなく放出し……今度はラヴィニアから、村人たちへと懇願する。

 

 

 

 

 

 

「あたいもこの村の一員だって、認めてくれってーの!」

 

 

 

 

 

 新たな家族ができた気分だった。

 

 新たに守りたいものができた瞬間だった。

 

 新たな人生を歩む瞬間だと確信した。

 

 

 

 

 

 だからこそラヴィニアは、心から嬉しそうに笑う。

 

(あたいが強くなった理由は、大切なものを守るため……)

 

 たとえ相手が何千何万という魔物でも、勝てる見込みが毛ほどもなかったとしても、大切なものを守りたいから強くなったのだ。

 

 ようやく見つけた大切な家族を、何もせず奪われるくらいなら、死ぬ気で抗って見せようと決意して。

 

 村全体を覆う透明な障壁が展開され、村人たちは感動の涙を垂れ流す。

 

 村人たちの涙が雨のように滴る中、清々しい顔つきでラヴィニアは吠えた。

 

「かかってこいやクソ魔物ども! 誰に操られてっかはしんねーけど、全員まとめてあたいが血祭りにしてやんよ!」

 

(そうだ、あたいは今この瞬間のため……いいや。 家族を守るために強くなったんだ!)

 

 魂を震わせるラヴィニアの、気合の咆哮が響き。 村人たちの気持ちは一つになる。

 

 それを待っていたかのように、魔物たちは村へと駆け出した。

 

 ラヴィニアの障壁に触れた魔物たちは、その恐ろしすぎる強度に負けて、体当たりした瞬間頭蓋が割れ、腕が折れ、爪が弾け飛び、体組織が崩壊していく。

 

 中央都市では、このラヴィニアの硬すぎる結界を称して、とある二つ名がつけられた。

 

「あたいの障壁はカッチコチだかんな? 不落の城塞、ラヴィニア・フリットウィックの恐ろしさを思い知れっつーのっ!」

 

 まさしく最強の盾と称される彼女の障壁は、加わった力を倍にして返す。

 

 あるいは彼女の作った障壁よりも柔らかい物質は、触れただけでも組織ごと崩壊させてしまう。

 

 まさに、最強の盾でもあり最強の矛でもある彼女の障壁は、ちょっとやそっとの攻撃では傷一つつけることはできない。

 

「な、なんという生命力! これが金ランクの力?」

 

「ラヴィニアちゃん! もうあんたのことを仲間外れなんかにはしねー! 俺達にできることがあるなら何でも言ってくれ!」

 

「生命力を回復するには美味しくて栄養満点の料理が必要だよね! 私に任せな!」

 

 村人たちも、ラヴィニアの勇姿に感化され、自分にできることがないかと行動を起こす。

 

 障壁の内側からクワやオノで気持ちばかりの攻撃を入れ、消耗するであろうラヴィニアのために栄養満点の食事を作り、ラヴィニアが倒れないようみんなで声をかけ続ける。

 

 それでも時間が経てば経つほど、千を超える魔物の質量は、ラヴィニアの体に悲鳴を上げ始めた。

 

「くっ、そ! 気合だけじゃどーにもならんよねー」

 

 魔物が障壁に触れた瞬間、ラヴィニアは生命力を消費する。 その魔物の攻撃の威力に応じ、その魔物の装甲の硬さに応じ、その魔物の多さに応じて、ラヴィニアの疲労は着々と蓄積していってしまう。

 

 たった数分で片膝をついて、苦しげな声を上げ始めるラヴィニア。

 

「ラヴィニアちゃん! もう無理はしないで!」

 

「あんただけでも逃げていいんだ! 俺達は絶対に君への感謝の気持は忘れたりはしない!」

 

「一人でむちゃしちゃダメだ! 俺達が囮になって時間を稼ぐから、今からでも逃げて……」

 

「ぅるっせーお人好し共! あたいはこの村を守るって決めたんだよぉ! あたいにさしずすんじゃねぇ!」

 

 鬼気迫る表情で、体にかかる負担を感じさせないほどの気迫で、更に生命力を絞り出すラヴィニア。

 

 体は悲鳴を上げ、血の涙が流れ始める。 全身の穴という穴から血が漏れ始め、回転性のめまいに苛まれる。

 

 平衡感覚を失い、すでに定まらない視界で虚空を見上げながらも、その闘志は一寸たりとも衰えを見せない。

 

「ぅらあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 怒号を上げ、沈みそうな意識を無理やり引き寄せるラヴィニア。

 

 苦しみながらも掲げた両手を、決して降ろさないラヴィニアに村人たちは身を寄せ、その勇姿を支え続ける。

 

 この村には、誰一人として諦めようとするものはいない。

 

 魂を滾らせ、みんなが一丸となってこの村を救うために、魔物の軍勢に抵抗し続ける。

 

「ラヴィニアお姉ちゃん……」

 

 無論、ラヴィニアの勇姿は……眠れる怪物の魂をも震わせていた。

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