どうやら僕は、強すぎた。〜僕はただ、生まれ育った村で平穏な生活を送りたいだけ〜
【星願大聖】永福
第1話 はじめてのおつかいにて
・
キースは鼻を鳴らした。
「またかよ。 いつになったら魔王は討伐されるってんだ」
辺境の村、リノイ。 自警団のキースは人の出入りの少ないリノイの村で門番を生業としている。
門番とは言ってもここら辺は治安がかなりいいためほとんど仕事はない。 一日中座ったまま出入りする人間を確認する程度。
簡易的に建てられたテントで日差しを遮り、身長に合わない小さな椅子に座ったまま雲の数を数えたり、村で遊ぶ子供たちからやれ穀潰しだの暇人などとからかわれる毎日だ。
そんな毎日の暇つぶしの一つでもある新聞を、ため息混じりに質素な机に叩きつけた。
『勇者、またしても魔王討伐に失敗。 取り逃すのはこれで三度目』
新聞の大見出しにはこのような文言がデカデカと書かれており、憂鬱な気分をぶつけるように背もたれに体重をかける。
落胆しているようにも見えるかもしれないが、実際問題魔王討伐だの魔物討伐などと関わりが深いのはもっと都会の町に限った話であり、辺境のど田舎にはこれと言って影響はない。
ただ新聞を読んで賢くなった気分に浸っているだけなのだ。
そんなキースの元にトコトコと歩み寄ってくる少年が一人。 キースは眉を開きながら少年を一瞥し、表情を和らげながら立ち上がる。
「おー、エルド! 一人でどっか行くのか?」
歩み寄ってきたエルドと言う名の少年へと近づいたキースは、目線を合わせるように屈み、朗らかな笑みを浮かべながらエルドの頭をガシガシと撫でる。
特徴のない中性的な顔立ちのエルドは、むすっとした口を窄めたままこくりと頷いた。
この時間帯ならば、エルドは母親と共に隣のバレイジー村へおつかいに行く事が多い。 しかしなぜか今日は母親の姿が見えない。
「おいエルド、お母さんはどうした? いつも隣村に行くときはお母さんと一緒だったろ?」
「風邪ひいてる」
「なるほどなー。 ってことは今日は一人でおつかいか? お前が?」
またしてもエルドはこくりと小さく頷く。 キースはこめかみをポリポリかきながら視線を迷わせると
「まあこの辺りは魔物も出ねえし、盗賊も全く見ないから大丈夫だとは思うが、気をつけていくんだぞ?」
この辺りはディアス王国の中でも治安が非常にいい地帯であり、魔物も少なければ盗賊など住んでいない。 村同士の交流に通貨すらもちいないほどの田舎っぷり。
リノアの村では育てた野菜を、隣村のバレイジーでは家畜から得た乳製品をお互いに持ち寄って物々交換をしているのだ。
金品貴重品など全くないここらの村に盗賊が目をつけないのも当然のことで、住人も少ないため魔物にも目をつけられない。
都会の喧騒からはかけ離れた大自然に囲まれた集落。 小さな子供ですら隣町の少年少女と共にこの辺りを探検できてしまうほどに治安がいい。
おそらくエルドは一人でおつかいに行くのが初めてで不安なのだろう。 長年この村で門番をしていたキースはエルドとも顔馴染みだ。
エルドは人見知りが激しく、いつも親の影に隠れている引っ込み思案の少年。
村の子供たちと一緒になってはしゃぐこともなく、いつも家の中で絵本を読んでもらったりしているらしい。
いつも顔を合わせているキースにすら心を開かない恥ずかしがり屋さんなのだ。
とは言っても、この子はつい最近五才になったのだ。 おつかいくらい一人でも行けるだろう。
いい機会だから隣町の子供たちと仲良くなるきっかけでもできればいい。 そんなことを思いながら、キースは笑顔でエルドを送り出す。
トコトコと不安そうな足取りで隣町に歩いていくエルドの後ろ姿を、キースは不安そうに見守りながら、
「さながら、初めてのおつかいだな」
微笑ましい笑顔を浮かべ、ボソリと呟いた一言は誰にも聞かれることはなかった。
・
「運がなかったな、小僧」
焼けた土や肉の焦げた香りが漂う瓦礫の山に腰掛け、男は不敵な笑みを浮かべていた。
「命辛々逃げた先に食糧があったとはな、これはまさに僥倖だ」
初めてのおつかいで隣の村に訪れたエルドは、瓦礫の山に腰掛けていた男をぼーっと眺めている。
相変わらず不機嫌そうに口を窄ませており、この絶望的な光景を前にしても無愛想を貫いていた。
「どうした小僧。 怖くて声もでぬか?」
牛のような強靭な角を生やし、精悍な顔立ちをした男を前に、少年はピクリとも動かない。
視線を交わらせる二人から少し離れた場所。 瓦礫の山に埋もれていた一人の少女は、目の前の光景を前に恐怖で息を殺していた。
(あの子は隣町の男の子? まずい、このままじゃあの子も殺されちゃうわ!)
「まあいい。 人間は皆殺しだ。 最後に言い残すことはあるか? 小僧」
男は余裕の笑みを浮かべながら右手をエルドに向けた。 するとエルドは、むすっと窄ませていた口をようやく開く。
「たまごと、バターと、ぎゅーぬー」
「……」
舌足らずな言葉で紡がれたのは、男としては理解不能な言葉だった。 思わずエルドに向けていた右手を下ろし、首を傾げてしまう。
「なんと? 小僧、貴様今なんと言った?」
「えーっと、たまごと、バターと、ぎゅーぬぅー」
(あの子、牛乳って言えないのかな?)
「ふむ、貴様はこの村に、卵とバターと牛乳を買いに来た。 ということか?」
男の問いかけに対し、不満そうな顔でこくりと頷くエルド。 瓦礫に埋もれていた少女は目の前の状況と会話の内容に齟齬があることに冷や汗を浮かべてしまう。
男の無慈悲な攻撃から奇跡的に生き残った少女は、男が先ほどまで行っていた無惨な殺戮をその目に焼き付けている。
まだ幼い上に顔だけは見たことがあるエルドを見捨ててしまう事に罪悪感はあるが、こうなってしまったらエルドの命はないと考えていいだろう。
話したこともない少年のために命を投げ撃てるほど、少女は勇敢ではなかった。 息を潜め、男の一挙手一投足を見守る。
(ごめんね少年。 あたしにはなんの力もない。 君を助けることなんてできないの)
「おい小僧、貴様は今の状況がわかっているのか?」
「マークおじさんがいない」
「誰だそいつは」
マークおじさんとは、牧場で物々交換を取り仕切っているマークさんのことだろう。 少女はつい先ほどまで、朗らかな笑みを浮かべながら村のみんなと世間話していたマークおじさんを思い出し、ほろりと涙を流す。
マークおじさんはもう、男の黒炎に焼かれて瓦礫の下に埋まっている。
(うう、マークさん。 いつも穏やかな笑顔を浮かべていたマークさん。 なんて無慈悲な男なの? あんな優しい人を無惨に焼き殺してしまうなんて……)
「おい小僧、恐れ慄くがいい。 貴様が探しているマークなるものは、我がこの手で葬った。 今やそやつはこの瓦礫に埋もれて息絶えているだろう」
男は得意げな顔で自分が腰掛けていた瓦礫の山を指差すと、エルドは無表情のままその瓦礫をぼーっと見つめる。
男は満足そうに鼻を鳴らした。
「怖いか? 恐怖のあまり絶叫するがいい! 無様に命乞いをして我を楽しませて見せよ小僧!」
強者の余裕か、男は子供を怖がらせることを楽しむようにクツクツと肩を揺らす。 しかしエルドは瓦礫の山から視線を逸らし、キョロキョロと村の様子を眺めた。
「ここ、バレイジー村?」
「こんな貧相な村の名など知らん」
「おじさん、悪い人?」
「お、おじ……んっん〜。 我が名は魔王メルキオール! いずれこの世界を統べる男である!」
魔王メルキオール。 このディアス王国に破壊と混沌をもたらす邪悪な魔王の名前。
エルド的にはおじさんと呼称しているようだが、見た目だけで言えば二十代。 人間的な感性からするとイケメンと呼ばれる部類だろう。
どうやらメルキオール的にもおじさんと呼ばれるのは抵抗があったため、律儀に自己紹介をしてくれたようだ。
瓦礫に埋もれていた少女はメルキオールの禍々しいオーラを前に、顔を青ざめさせながら身震いをする。
(なんて禍々しいオーラ! あれが噂に聞く魔王本人なの?)
しかし、メルキオールをじーっと眺めているエルドは特に怖がる様子もなく、人差し指をちょこんと口元に添えた。
「パパにね。 悪い人は、ぶち転がせって言われてるの」
全く恐れた様子を見せないエルドに、メルキオールはとうとうこめかみの血管を浮き上がらせた。
「小僧、貴様命知らずにも程があるな」
メルキオールは禍々しい黒炎の塊を顕現させ、殺気を剥き出しにする。 直接殺気を向けられたわけではない少女ですら、脳内に『死』という概念しか浮かばない。
にも関わらず、エルドは相変わらずの無愛想でメルキオールをじっと眺めていた。
いまだに叫び声一つあげないエルドに対し、メルキオールは不快さを表情に浮かばせながら、
「我の恐ろしさ、その身を持って味わ——」
メルキオールの言葉は、そこで途切れた。
※
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
僭越ながら、少しでも面白いなとか、続きが気になると感じてくださった方は、ぜひブクマや☆、♡をよろしくお願いいたします!
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