それはきっと誰かの導き
秋月一花
前編
ひたり、ひたりとなにかが近付いてくる足音が聞こえる。
枕元に立ち、こちらをじっと見下ろすなにか。
気付かないふりをして、目を閉じ続けてもう何日目になるのだろうか――……。
◆◆◆
「ねえ、
「
大学で仲良くなった杏朱――明るめの茶髪に染めているけれど、彼女の陽気な性格にとても似合っていると思う。カラーコンタクトレンズでいつも瞳はきらめているように見える。
反対に私は、真っ黒な髪に暗い茶色の瞳なので、杏朱と並ぶと垢抜けてないなって自分で思う。……本当は一人暮らしをして髪を染めたりメイクの勉強をしたり、好きな服を買ったりしたいんだけど……実家暮らしだから。
幼い頃から、母が家の支配者だった。
母の機嫌を損ねると、食事が抜かれるのは当たり前だったし、酷いときには狭くて暗い部屋に閉じ込められた。おかげですっかり閉所恐怖症だ。
父はそんな母にも私にも無関心で、我関与せず、を貫き通していた。はやく家を出たいのに、バイトはダメ、勉強だけしていないさいという親なので、きっとすごく浮いていたと思う。
そういう状況だったから、友人らしい友人なんてできなかった。でも、大学入試のときにハンカチを落とした杏朱に声をかけたことをきっかけに、仲良くなったのよね。
杏朱は、私が両親のことを話すと憤ってくれた。自分のために怒ってくれる人がいるって、こんなに心の中が温かくなるんだ、って感動したのを覚えている。
「……ご両親は、相変わらず?」
苦笑を浮かべてうなずくと、杏朱は「そっか」と声のトーンを落とした。
「でもね、それで眠れていないわけじゃないの」
「じゃあ、どうして?」
「実は――……」
最近のことを話すと、杏朱は神妙な表情で耳を傾け、話し終える頃には不安そうに私を見つめる。
「美沙、本当に大丈夫……?」
「……やっぱり、信じられない?」
「ううん、信じてる。でも……枕元に立たれるなんて、心霊現象じゃない?」
ポルターガイストは見たことないけどね。数日、枕元に立たれるくらいで。金縛りにもなっていない。
「よし、帰りに神社いってお守り買おう!」
「お守り?」
「そう。美沙を守ってほしいもの」
ぐっと拳を握りパチンとウインクする杏朱に、ついついふふっと笑ってしまった。彼女と一緒にいると、心が軽くなる。友人の存在ひとつで救われている私がいる。
「そうね。今日は早めに終わるし」
「私も一緒にいくからね」
「ありがとう」
それから大学の講義をすべて終え、帰宅途中にある神社に杏朱と足を運ぶ。階段を上っていくと、顔見知りの巫子さんが私たちに気付いて軽く手を振ってくれた。
「こんにちは。……あら、美沙ちゃん、どうしたの? 顔色が悪いわよ」
「巫子さんから見ても? うーん……実は……」
かくかくしかじかと説明すると、巫子さんは難しい表情を浮かべて、「ちょっと待っていてね」と足早に去ってしまう。
お守り買いにきたんだけど……と伝える間もなく。杏朱と顔を見合わせて首を傾げると、すぐに神主さんを連れて戻ってきた。
神主さんは六十代の人で、年齢を聞いてびっくりした記憶がある。だって、実年齢よりも若く見えるんだもの!
「……最近、大変そうだね?」
「……わかっちゃいます?」
神主さんにも事情を話すと、真剣な表情で聞いてくれた。彼はすっとなにかを取り出し、私に「どうぞ」と渡した。
「これは?」
「お守りです。寝るとき、枕元に置いてみてください」
「お金……!」
「いいえ、いいのです。どうか、声を聞いてあげてください」
神主さんの言葉に、首を傾げる。声を聞いてあげてくださいってどういうこと――……?
「あ、いけない! そろそろ家に帰らないと。それじゃあ、またね、杏朱。巫子さんと神主さんも、話を聞いてくださってありがとうございました!」
深々と頭を下げてから、私は家まで駆け抜ける。門限ギリギリだ。なんとか一分前に自宅についた。
「ただいま……」
小さな声を出して家に入ると、母が玄関前に立っていた。首元には見たことのないペンダントをしている。時計を見て、深くため息をついて、私に近付く。
「門限ぎりぎりじゃない。可愛いあなたになにかあったら、ママ生きていけないわ」
私の顔を包み込むように両手で挟み、どろりとした愛の言葉を吐く。……愛の言葉、なのだろう。でも、それを聞くたびに私の心はひやりとしたナイフを突き立てられるように痛くなるの。
「……うん、ごめんね、ママ」
「いいのよ、ちゃんと帰ってきてくれたんだから」
にこっと微笑むと、母はリビングに向かう。
「今日はねぇ、デパ地下でお惣菜を買ってきたのよ。美味しそうだから美沙に食べてほしくて」
母のことは、『ママ』と呼んでいる。こう呼ばないと、不機嫌になるからだ。そうなった母は、なにをするのかわからないから怖い。
いつも、『美沙のため』というけれど、私、本当は知っている。母が必要なのはいうことを聞く人形で、『私』ではないってことを。
上機嫌のときの母は優しい。どっぷりと甘やかしてくれる。その優しさはまるで毒のようだ。小さい頃は、母の機嫌を損ねる私が悪いんだって思い込んでいた。
だけど、杏朱に何度も『それはおかしい』と諭されて、ようやく理解できた。この家は、『おかしい』んだって。
「……おいしそうだね」
「そうでしょ? パパは遅くなっちゃうって連絡がきていたから、ふたりで食べちゃいましょ」
ふふふ、と笑う母に、「うん、そうだね」と肯定の言葉を返す。
上機嫌な母はこうして肯定の言葉を返していればいいから、気は楽なのよね。
ご飯を食べて、お風呂に入って、ベッドに横たわる。今日は、割と平和だったな。とお守りを枕元に置いて、目を閉じた――……。
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