第34話 護るべき物


王宮の一室。2人の男女が互いに身を寄せ合う。ベッド上で目を瞑って腰掛けたまま手を握り合う2人の間には静寂が漂っている。ただ、時計の秒針が刻を刻む音だけが響くだけの部屋だが、それでも確かに時は流れている。不意に彼は少し開き、そして隣で腰掛ける彼女の手を握ったまま言葉を紡いだ。


青年「ミレアさん...」

ミレア「ご主人様...私、貴方の傍にずっといたいです...」


小さく呟いた後に更に身体を寄せて頭を彼の方へと傾ける彼女。その表情は酷く不安に駆られた様な表情で、この先の未来を推測しては恐怖が浮かんでいる。それが彼の手にも伝わって、握る手に力が籠った。


青年「ミレアさん...僕は...」

ミレア「...良いんですよ、何も言わなくて。ご主人様は皆を護る存在ですので。」


青年の不安に染まった言葉を遮ってそう告げる彼女だがその声色は酷く震えていて、しかしそれを悟られない様にと彼女は更に身体を寄せて彼の胸に顔を埋める。そして震える声を何とか抑えながら言葉を紡ぐ。


ミレア「私...大丈夫ですから。ご主人様が敵国との争いに出向く事になっても、私は一生待ち続けます。だから...だからっ...!」

青年「っ...」


青年の脳内では葛藤が駆け巡っていた。今の自分は一体何が出来るのか、何が彼女にとっての幸せなのか。そして王宮を護る騎士である自分は何の為に存在しているのか。様々な思考が交差し、結果彼は頭を抱えるしか出来なかった。彼女を守る為にと覚悟を決めた心は結局己自身の精神を蝕む物でしかなかった事を知ったから。夜は深く、ただ長い。冷える様な夜空と、身体を寄せ合う少しの暖かさ。微弱なその温もりが、今の2人には酷く虚しく感じられて。

____まだ太陽が昇り始めたか昇っていないかの早朝。王宮は物々しい雰囲気に包まれながら騎士達やメイド達が慌ただしく動き回っていた。そしてそれはラティアとミレアも例外ではなく、王宮内の掃除に勤しんでいる。その中を王とアドニスが通る。2人の表情は酷く険しい物で、何処か哀しさが感じられる物だった。


ニナ「皆...忙しいよね...」

モニカ「そりゃそうだよ...隣国がまさか大砲で宣戦布告みたいな事してくるなんて誰も思わなかったんだから...」


2人のメイドがミレアの傍から離れない様にと背に抱きながら城内の掃除に励む。彼女にしては本当に珍しく無言で何も喋らないミレアを気に掛けた2人が言葉を交わすが、それでも彼女の様子を見るに余り良い状況では無い事が窺える。そして遂には甲高いヒールを鳴らす足音と共にメイド長の女性までもがミレアとモニカ達の下へ。


リタ「...ミレア。」

ミレア「あっ...はい。」

リタ「貴女は休んで。この状況の貴女にメイドの仕事は重荷になるでしょう。後の事は私達が済ませる。貴女は好きな様にして良いから。」


心を気に掛ける言葉をかけるリタだが、彼女の言葉はミレアの心に深く刺さる物だった。しかし彼女の精神面が今は良くない状態である事を悟らせた一言は、今のミレアには逆効果で。


ミレア「大丈夫です...今は何も考えたくないので...すみません。」

リタ「...そう、私も余計だったわね。でも何かあったら言って。」


その一言を残してその場を後にするリタ。カツカツと甲高く響くヒールの音が徐々に遠くなると同時に再び周囲には静寂が訪れる。彼女がミレアに掛けた言葉は酷く優しい物で、凍えた心を溶かすには十分な物。ミレアに見せたリタの表情。それは彼女の柄にも無く感情が現れた物だった。悲哀に満ちた感情。あそこまで感情が露呈したメイド長を見た事が無かったミレアは少々驚いた。しかし、リタにも思う所があるのだろう。青年、ヒューゴが王国騎士団に入団した事を知っているが為に、彼とミレアの事を思ってしまう。ミレアの閉ざされた心を開いたのは何者でも無くヒューゴであり、ヒューゴをここまで育て上げ、更には互いが互いを想う程に愛し合っている事もリタは知っていた。2人の雰囲気から察するに、きっと2人は将来を共にする存在だろうとリタは考えた事もある。過去にヒューゴに言った言葉も相まって、ミレアの未来を阻む物が現れた現状がリタには腹立たしく思えて仕方が無い。


リタ「存在しているだけで誰かの支えになってるなんて、よくある事。」


自身が彼に告げた言葉を反芻する様に呟くリタ。しかし、現実はそこまで甘く無かった。運命が2人を引き離す様にそう定めていたから。最悪、もし彼が争いで命を落とした場合。ミレアはどうなるのか。彼女を安心させられる人間は他にも居たのかもしれないが、心の平穏を取り戻せる人間はヒューゴ以外にはいない。そんな彼が遠く離れた他国の地で命を落としてしまえばミレアの心の平穏は崩される事だろう。リタにはそう思えて仕方が無かった。しかし、そんな野暮な心配をしてしまう事が嫌で仕方が無かったリタは、気分を変える為に掃除用具を片付け始める。


リタ「...最低。私がそんな最悪を心配するなんて。」


漏れ出た呟きは、誰に届く事無く虚空に沈む。

_____時刻は太陽が天頂に昇った頃。王国騎士団は城壁にて整列して騎士団長からの話を聞いている最中だった。その中には勿論彼の姿も確認出来る。ヒューゴは昨日の事で気落ちしており、それを隠そうと必死に騎士団長の方を向いていた。


ジョアノ「敵国は極めて残酷。耳に挟んだ情報によるが、奴らは槍で人間を串刺しては勝利した後にその場へ串刺した死体を掲げる噂がある。曖昧な情報だが、奴等の侵略を許した国々からの情報が一切無い事に、そう連想される。この情報から推測するに、彼等は騎兵による強襲を得意とするのだろう。そして大砲による長距離射撃。剣では無く槍、それも集団。ならば我等王国騎士団が取る行動も自ずと定まるだろう。」


その一言に騎士達は表情を引き締める。彼等の面持ちからは恐怖の色が窺え、しかしそれは当然の事。今まで戦争とは無縁だった国である故に生半可な覚悟で戦場に出る事は許されない。


ジョアノ「騎兵、お前達は敵兵の槍に備えて盾を常備しろ。そして銃兵。お前達は馬を狙え。騎兵を落馬させれば奴等の戦力を削ぎ落とさせる。最高度の技術を持つお前達なら出来るだろう。最後に歩兵。お前達は各々の武器を最大限に活用しろ。長槍、剣、斧槍。持てる全てを奴等に向かって叩き込め。奴等は平原で迎え撃つ。その前提で我々王国騎士団は動くのだ。」


そう言って騎士達を一瞥した後、ジョアノの視線を一点に向ける。その先に居たヒューゴと目が合い、そして彼女は強い意志を持って声を発した。


ジョアノ「お前達には、多大な重責を負わせる事になるだろう。だが...国を守り抜いて欲しい。私情を捨ててでもだ。頼むぞ。命を賭けて国を護れ。それが騎士たる誉となり、お前達自身の誉となろう。」


その言葉を残し、ジョアノはその場を後にする。ヒューゴが彼女に続き、彼の背中を追う様に騎士達も移動を始めた。やがて彼等は各々の鍛錬を始める。互いに武器の鍛錬をする者、歩兵として訓練を行う者。槍を構えて馬に乗って走り出したりと様々だ。そんな中、ジョアノはヒューゴを見詰める。彼の武器を振るう姿は過去の幼気な少年とは違い、騎士として相応しい程に洗練された物だった。そんな彼を彼女は呼び止める。


ジョアノ「ヒューゴ、少し話がある。城門に来い。」

ヒューゴ「は、はい!」


武器と鎧を壁に掛けてジョアノの後を付いて行くヒューゴ。訓練所を後にして彼女と並んで城門へ向かう中で彼は思い出す。思い返せば、ジョアノと初めて会ったのも城門だった。まだ幼かった自分に、彼女は騎士としての在り方と心構えを説いてくれた。未熟な心に憧れと言う光を灯して、己の道を照らそうとしてくれた。自分を騎士をして認めてくれた。幼いからと言って甘くせず、厳しく騎士としての礎を積む為の訓練を付けてくれた。彼女には返し切れない程の恩がある。そんな彼女が自分に何を話すのか。それが疑問でもあり、不安だった。

やがて城門へ辿り着く2人。陽は既に西に傾いており、茜色の空が2人を照らす。ジョアノは彼の横へ立つと、一つの問いをヒューゴに投げ掛けた。


ジョアノ「...怖いか、ヒューゴ。」

ヒューゴ「えっ...」


心に深く刺さる投げ掛けられた問い。それは今の今まで彼の頭を過っていた事だった。それを見透かす様にジョアノは言う。争いが怖い。大切な人を失う事が怖い。命を落とす事が、怖い。様々な感情の要因が彼の心を締め付ける。


ヒューゴ「...怖いです。今まで平和に暮らしていたので、急に敵国との争いに騎士として出るなんて...怖くない訳ありません...」

ジョアノ「...私もだ。」


予想しなかった返答。しかし、彼女の眼は嘘を吐いていなかった。本当に恐怖と感じている感情の色がヒューゴの眼には映ったから。前と同じ様に、悲哀の様な憂き目の様な。そんな眼をしていた。


ジョアノ「私が命を落とす分には構わない。ただ、私以外の人間を失う事が怖いんだ。私達で築いて来た平和を土足で踏みにじらた後に、彼等は一体何をするのか。その身をどう扱うのか。それを考えるだけでも身体が震える。だが...お前の方が背負う物は大きいだろう、ヒューゴ。」

ヒューゴ「ミレアさん達と...」

ジョアノ「そうだ。お前には護る物が多い。だが忘れるな、お前は立派な騎士だ。努力を積み上げて夢を掴み、果てにはその身で護る立場となった。お前がここで逃げる事は出来ない。国民もそうだが、お前にとって大切な存在であるミレア様達を命の危機に晒す事にも繋がるだろう。お前は全てを護る騎士である事を胸に刻み込み、そして誇れ。」


身に染みる重い一言。それは良くも悪くも自身が後に引けない立場となった事を告げる言葉であり、彼が歩むであろう険しい道の始まりを告げていた。全てを護る騎士であれ、と。その重責に押し潰されない為にも、彼は自身が騎士になってから考えていた事をジョアノに話す。それは、騎士としての在り方と心構えを説いてくれた彼女への恩返しの様で。


ヒューゴ「その...僕は騎士として強くなれたでしょうか。一番年下で新入りで経験も少ないのに...本当に騎士として誇って良いんでしょうか...」

ジョアノ「成程な...」


その問いに対し、ジョアノは徐に口を開く。彼の不安を拭い去らせる為の言葉を告げる為に。そして自身に対しても言い聞かせる為に。彼女の深い赤色の瞳は真っ直ぐとヒューゴを見詰める。ジョアノはそんな彼の肩に手を置いて話し出す。その言葉を待ち侘びていた様に穏やかな表情をした彼に対して更に続く言葉達。そしてその言葉は彼に確かに届いたようで。


ジョアノ「ヒューゴ、お前は強い。騎士として十分に誇れる心を持った人間だ。礎を積み上げ、鍛錬を積み、そして何かを護ると決意した。立派な騎士じゃないか。そしてな、お前に一つ告げる事がある。護るべき物がある事は、人として大きな成長を意味する。精神的にも成熟し、その成長はやがて自身を犠牲にしても護ろうと思える事だろう。それは素晴らしい事だ。騎士として捉えても同じだろう。何かを護る為に力を振るい、行動を起こす。その力は本来の力とは何倍も違う強さを見せるものだ。ヒューゴ、お前の護るべき物を浮かべてみろ。王宮の人間に、国。そしてお前の愛する人を。」

ヒューゴ「...沢山います。」

ジョアノ「そうだろう。誰か為、何かの為に行動を起こせる人間はそう多くは無い。そしてそれを実行する事が更に難しくもある。だがお前はそれを成せた。皆を護る為、そして愛する人を護る為に。それはお前が今まで積み上げて来た努力と、お前に眠る騎士としての心がなければ不可能な事だっただろう。だからこそ...誇りに思え。お前は強い。騎士として、人として。だが忘れるな。何かを護る、と言う事は自分自身を護る事でもある。純な心を持つお前なら、全てを護れるだろう。」


彼の頭を優しく撫でながら彼女はそう言う。自身から出る言葉だからこそ感じる物があったのか、時折溜息を溢しながら。ジョアノの声色は珍しく隠さない優しさが籠もっていて。それ故に彼の言葉は真っ直ぐにヒューゴの心に響いた様で、彼の表情を見た後に今まで見た事が無いあ優しい笑みをジョアノは浮かべる。そして最後に言葉を紡いだ。


ジョアノ「お前になら、騎士の全てを任せられる。そんな気がするんだ。だから...いや、何でもない。ありがとう、ヒューゴ。」

ヒューゴ「ジョアノさん...」


彼女から紡がれた言葉の一つ一つに心が震える。ここまで響く言葉を送られた事が今までにあっただろうか、とヒューゴは考える。勿論無かった。過去にも沢山支えてくれた人達が居たけれど、こんなに深い言葉で自分を励ましてくれる事は無かったのだ。それは自身の憧れだからと言う事と危機が迫っている状況も合いまった物だろう。


ジョアノ「さぁ、もう日が暮れる。お前は王宮へ戻れ。お前を待つ方がいるだろう。愛する人との時間は何物にも代え難い。」


その一言で脳裏に最愛の人の姿が浮かぶ。自身を一番大切に想ってくれている彼女。その想いに報いる為にも、彼はジョアノに言う。


ヒューゴ「ジョアノさん、その...ありがとうございました。ここまで自分を強くして頂いて。自分を騎士として認めてくれて。本当に...感謝してもしきれないです。」

ジョアノ「ふっ、ならばこの国を護り抜いて恩を返してくれ。」


穏やかな笑みを浮かべてジョアノは言う。ヒューゴもまた、笑みを浮かべてそれに返答する。やがてジョアノが顔を王宮の方へ向けると、意味を汲み取った彼は一礼した後に彼女へ背を向けた後に王宮へと急ぎ足で向かい始める。夕陽を背に王宮へ駆ける彼の背はジョアノの瞳にどう映ったのだろうか。真紅の瞳に映される彼の姿。それは騎士と言うより、良い意味で過去の幼気な少年と変わらぬ様相だった。

愛する人をただ想い、そして愛する。何も知らない無知な少年は今や立派な騎士として成長し、その背には命を背負っている。何物にも代え難い大切な存在を守る為に。


ジョアノ「...本当に...立派になったな、ヒューゴ。」

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