第21話 賭け


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月が夜空の真上を昇り、その光が王宮に差し込む頃。アドニスは自室の窓辺から満月を眺めていた。


アドニス「...話してみる価値はある。」


彼は小さく呟き、王宮の回廊を進む。その足取りは重く、だが確実に目的地へ。

やがて彼はある部屋の前で止まった。扉をノックして返事を待つ。暫く部屋の前で待っていると、重厚な声がした。その声の主は彼の耳によく残っていて、自然と鼓動が早くなる。


アドニス「父上、失礼致します。」


アドニスはそう声を掛け、ゆっくりと扉を開けた。開かれた扉から光が漏れて部屋を照らす。その光で部屋の主の顔が照らされた。


王「アドニス、何だ。こんな時間に。」

アドニス「はい。少しお話が。」

王「良いだろう。そこに座ってくれ。」


彼は椅子に腰掛けながらアドニスに話を促す。だがその表情は何処か曇っていて、まるで何かを悟る様な顔だった。その雰囲気を察してアドニスも緊張する。


アドニス「父上、実は...」


そしてアドニスは事の経緯を話した。ミレアの事やジョアノの事、そしてラティアとの確執。物事を全て鮮明に、正しく、そして包み隠さず。だが本題はその事では無い。その問題はミレア、ジョアノ、そしてアドニス自身に大きく関係している事。


アドニス「ミレアがラティアの折檻に畏怖している時、常に彼女を支えている者がいました。父上、あの少年です。彼、ヒューゴは彼女の精神の大きな支えになっていました。

そして騎士団長のジョアノ・ファルクは彼について、『騎士団に必要な存在』と称賛しています。そして彼自身も騎士に成りたいと。ですからどうか、どうかこの王宮に彼を住まわせる事を許可しては頂けないでしょうか。」


アドニスは王に首を垂れる。だが王は溜息を吐き、その懇願を拒否した。


王「駄目だ。」

アドニス「...理由を聞いても?」


王「彼がこの王宮に住んだ所で何になる。ただの少年を代々受け継ぐ純血主義の集いに住まわせる訳には行かない。それに、彼は騎士になりたいと。子供の夢物語を何故叶えてやらねばならぬ。」

アドニス「彼は本当に騎士になりたがっているのです。私はジョアノ・ファルクとも親しく致しました。...彼女は彼の事を大層褒めております。」

王「それがいつ叶う。何になる。民の為に、王の為に身を粉にして働く。その対価として此処に立つのだ。それは私の代で決めた掟だ。それを覆す事は出来ぬ。」


王はそう言いながらアドニスを一瞥する。その視線に萎縮する事は無かったが、彼は何処か寂しげな表情を見せた。


アドニス「ではっ、では彼が民の為に何かを成せばっ!!」


王「アドニス。あの幼い少年に何が出来ると言うのだ。せいぜい雑用を手伝うか、少しでも役に立とうと必死で勉強するか。その程度しか出来ぬ少年を何故王宮に住まわせる必要があるのだ?」

アドニス「...では、期間を下さい。彼が民の為に何かを成せるまで。もしその期間中に何も出来なければ、この王宮から追い出すなり殺すなり好きにして構いません。」

王「何故お前がそうも必死になる。別にあの少年一人居なくなった所で国には何の影響も無い。」

アドニス「父上、私もこの王宮に使える者の一人です。一人の少年の夢を邪魔する様な真似はしたくありません。どうか頼みます。」


彼は力強く発言し、その眼差しで王を見る。王は深い溜息を吐き、再び口を開いた。


王「養子にでもすれば良いだろう。と言おうとしたが...お前の言った期間を設ける。もし彼が5年以内に何も成せなかった場合、お前の言った通りに彼を追い出し、独り立ちさせる。だが何かを成し得たなら...その時は許可しよう。」

アドニス「っ...!ありがとうございます!!」

王「もう夜は更けている。下がれ。」


アドニスは王の言葉に一礼し、部屋を去る。そして再び王宮の廊下を静かに戻り始めた。だが彼の表情は浮かない。5年以内。その期間内に何も成せなければ、王と交わした誓約は果たせない。それでも彼は諦めた訳では無い。


アドニス(ヒューゴ...!僕は君を信じているよ。)


アドニスは心の中で静かに唱え、自分の部屋へ戻って行く。その顔は何処か決意に満ち溢れた表情だった。


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