第17話 尊敬する貴女


♢♢♢


翌日。ミレアの隣には眠っている少年がいた。彼女はそんな光景に心が温まると同時に、今から再びメイドとしての日々が始まる事に胸が痛む。


ミレア「ご主人様...頑張って来ますね。」


その一言を告げ、彼女は彼の身支度を机の上に置いた後、純白の扉を開けて廊下へ出た。彼女は階段を降りてドローイングルームへ向かう。そこで毎朝メイド達へ挨拶を交わさなくてはならない。返して貰える筈の無い言葉を。

やがて彼女が2階から1階へ続く階段へ足を付けた時、階段の下から一人のメイドが歩いてきた。ラティアでは無く別の人物。彼女とすれ違う時、ミレアは言葉を紡いだ。


ミレア「おはようございます...リタ様。」


__その時、


リタ「...おはよう。ミレア。」

ミレア「えっ、?」


ミレアは違和感に気付く。リタが挨拶を返した事、そして何よりの違和感はその声色だった。普段の氷の様な冷徹さなど感じさせない程温かく、まるで本当の仲間の様に話す様に聞こえたのだ。

しかしそう感じたのは一瞬で、気の所為だと自分の胸に押し込んだ。

悩みを浮かべている間に、彼女の身体は既にドローイングルームへ到着していた。どうやら既に朝食の用意が始まっている為、メイド達に挨拶を交わす必要は無さそうだ。

そうして彼女は朝食の用意を手伝いにキッチンへ向かおうとした時。キッチンにラティアの姿が見えた。もしも彼女に声を掛ければどうなるか、その想像は容易。

しかし無視をするのは無礼に値し、何よりラティアがこの食堂にいる理由。それは昨日用意した朝食の運搬や、スケジュール管理など色々ある為だ。


ミレア「おはようございます、ラティア。」


彼女の声に気付いたのか、ラティアはミレアの方を向いた。そしていつもの様に冷たい眼差しを向けると口を開く。


ラティア「...良い朝ね。」


その一言だけを告げると彼女はすぐに作業に戻った。だがいつもとは違う雰囲気を感じ取る事は出来た。自分に対して何も思っていない様な、無関心で冷たい態度。

普通なら嫌悪感を覚える態度だが、ミレアには逆にそれが有難く感じてしまった。以前のラティアなら足元を掬われ、激しい叱責が待っていただろう。しかし今のラティアはまるで別人。まるでただの同僚、若しくは友達の様な接し方。

さらに、他の場でもそれは同じだった。廊下に飾られる銀の燭台を掃除している時、他のメイド二人から声を掛けられた。そして彼女に疑問を投げる。


メイド「あ、あのっ!」

ミレア「...な、何でしょうか?」


彼女はぎこちなく振り向くと、二人の内の一人は顔を俯かせながら言った。


メイド1「ごめんなさい...。あ、あの...ずっと、ずっと貴女をラティアと共に責めて、事ある毎に罵倒して...。貴女はあの少年を育てているのにっ...!」


もう一人のメイドも続ける様に言葉を紡いだ。


メイド2「わ、私達はずっとミレアちゃんが羨ましかった...あんなにアドニス様に気に入られて、大勢に虐められても平気そうで...!

でもラティアが貴女を踏み台にしてアドニス様に気に入られようとして、貴女は私達の邪魔をしてると思って...だけど違ってた!なのに酷い事して...本当にごめんなさい!」


二人はミレアに頭を下げると、そのまま頭を上げない。一体何が起こっているのか、彼女自身にも分からなかった。突如として罪を告白されて、しかも糾弾される覚悟でいたのだ。


ミレア「あぁ、良いんですよ。分かってくれれば。」


そう言う彼女だが、目線は二人を見ていない。その目はただ、虚空を見詰めていた。


ミレア「私だって、自分に理由があるって思ってましたし。きっと自分の何かが貴女達にとって気に食わなかったのかなって。でも...もう大丈夫です。それじゃあ私、掃除あるんで!」


彼女は微笑んだ。その笑みは贖罪する二人を安心させる為の偽り。心にも無い笑み、気持ちの無い微笑みだった。


メイド1「ま、待って!私達も手伝う!ね、そうでしょ!?」

メイド2「すぐに終わらせます!」

ミレア「...あはは。ありがとうございます。じゃあ、お願いして良い?ニナ、モニカ。」

ニナ:モニカ「う、うん!」


それは突然訪れた。あの冷たいラティアが軟化し、他のメイド達が優しくなったのだ。今まで陰口を囁かれ、罵られてきたのにその態度は一変している。

これは一体どういう事なのかと彼女は思考を巡らせるも、答えは出ない。しかしどこか期待していた自分が存在する事も確かだった。この胸の奥底から湧き上がる『嬉しさ』という感情のやり場を彼女は知らない。


ミレア「私...知ってるよ?ニナとモニカ、私を罵倒する時の顔が嫌々だったの。だから、その、友達...ならない?」

ニナ「ほ、ほんとに...?ほんとに許して貰えるの...?」

モニカ「あんなに酷い事したのに...?あんなに人として最低な事したのに...?」


二人は目を見開き、震える声でそう問うた。それに呼応する様に、ミレアは微笑む。


ミレア「うん。ニナとモニカの事、もっと知りたいから。友達になろ?」


ミレアは微笑むと二人に手を差し伸べる。その言動は既に彼女の本来の性格を表していた。何かを企む訳でも、ラティアの様に確信的に他人を陥れる言葉でもなく、ただ純粋に人と仲良くなりたいという心意気。その純粋な心意気が、二人の心を溶かす。


ニナ「うっ...うわぁあ!ミレア!」

モニカ「ミレアちゃんっ!!ごめんなさいっ!!」


二人はミレアを強く抱擁し、涙を流しながら何度も謝った。二人の涙が両肩に降りかかり、服が湿る。しかしミレアは嫌がる事なく二人を受け入れている。


ミレア「泣かないで?さ、お仕事終わらせて休憩しよ!ね?」

ニナ「うん...する!」

モニカ「早く終わらせようっ...!」


そうして三人は廊下の掃除を勤しんだ。ニナとモニカは自身の罪が許される事はないと、内心ではそう思っていた。しかし今その罪が許されようとしている。

それは二人にとって初めて味わう深い安堵。そしてミレアへの罪悪感が消えたのも同じで、心の枷が消えた様な感覚になる。それはミレアも感じていた。今迄、心の鎖の様なものに囚われていた。それが二人の存在によって解かれ始めている。


ミレア「ふぅ、これで大丈夫...だね。ニナもモニカも凄い!」

ニナ「ううん!ありがとう!」

モニカ「ミレアちゃんこそ、ずっと一人でこの量の仕事をしてたんでしょ...?本当にごめんね...これからは私達も手伝うから!」

ミレア「もー、それについて謝るの禁止!心機一転、一緒に頑張ろうよ!」


彼女は笑顔でそう告げた。すると二人は素直に「うん!」と頷く。それはまるで本当の友達の様なやりとりだった。


ミレア「あ。さっき階段上がって来る時にさ、リタ様が挨拶返してくれたんだよね。」

モニカ「えっ!?あのリタ様がっ!?」


リタ、それは階段ですれ違ったメイド。高い身長に長い手足。肩までのフワっとした水色のショートヘア。そして氷の様に冷たく、何も感じていない様な真っ白の眼差し。

彼女はメイド達を管理する、言わばメイド長の様な立場。誰も逆らう事は無い、絶対の忠誠が必要とされる人物だ。それに加えてメイド長は、王や王子の身の回りの世話も行う。最も忙しい役職と言えるだろう。


ミレア「うん。リタ様、激務なのに挨拶を返してくれるなんてさ...」

ニナ「余裕出来たのかな?でもリタ様には話しかけるのはちょっと緊張するよね...。」

モニカ「寡黙だし、あの目で見詰められるとさ...ちょっと怖いよね。」


その時、カッ...カッ...と甲高いヒールの音が廊下に響く。彼女達はその音源に目をやり、そこに見えた姿に驚いた。


モニカ「あっ、あっ!リタ様!お、お疲れ様です!」

ミレア「えっ!?リタ様!お疲れ様です!」

ニナ「お疲れ様ですっ!」


三人は口を揃えてリタへ挨拶をする。その言葉に反応したのか、彼女は足を止めて三人へ目を向けた。その新雪の様に白く、どこか気品を感じる顔立ちに三人は硬直する。しかしリタは彼女達に対して表情一つ変えずに言った。


リタ「...ありがとう。」


その一言だけを告げると、三人の横を通り過ぎる。歩き去る彼女の姿勢は一切揺れずに真っ直ぐに芯の通った様に佇んでいる。そして三人の横を通る時、ふと香水の匂いが鼻腔を掠めた。


モニカ「リタ様が...ありがとうって...」

ニナ「リタ様に感謝されちゃった...!」

ミレア「やっぱ歩く時も綺麗だよね...一切身体がブレない...」

ニナ「メイド長ってやっぱ違うよね...!」

ミレア「うん。やっぱリタ様みたいにはなれないね...」


三人はリタの後ろ姿を目で追った。その時、ミレアの心は今迄に無い程晴れやかだった。それはラティアの冷淡さが消え去り、他のメイド達も優しくなった事も起因している。


♢♢♢

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