第3話 隠し事


_____月日が流れて、約6年後。少年は10歳になっていた。

少年は勉学に励み、礼儀作法も身に付けた。毎日楽しそうに笑顔を見せる彼を見て、アドニスやミレアは喜ばしいと思う。だが一つだけ気になる事があった。それは...


ミレア「ご主人様、ぎゅー♡」

少年「うわぁっ!ミレアさんっ!?」


少年の変化だった。今迄はハグをされても何とも無かったが、10歳になった今は違う。ハグを恥ずかしがり、頰を赤く染める様になっていた。


ミレア「ご主人様は変わりましたね~。前までは『ミレアお姉ちゃん!』とか呼んでくれたのに。今ではハグを恥ずかしがる様になって...」

少年「だ、だって...恥ずかしいから。」

ミレア「またまたぁ!本当は嬉しい癖にぃ!あ、それともアレですか?もしかして~意識し始めました?ん~?」


ミレアは身体を寄せる。少年は羞恥心で顔を赤らめた。


少年「ミ、ミレアさん近い!離れて下さい!」

ミレア「んふっ、そんなに私の恵まれたボディにメロメロなんですか?全く、ど~こでそんな知識を身に付けたのやら...」


彼女のイジリも変わった。丁度思春期の彼を揶揄う様になったのである。少年は赤面して動けない。流石にそれ以上は駄目だと自重し、ミレアは離れた。


少年「もう!からかうのは止めて下さい!」


そう言って少年はミレアを両手で部屋の隅へ押す。だがミレアは戻って来る。何度やっても同じだった。


少年「何で!離れて下さいよ!」


ミレアは両手の人差指を少年の頰に当てる。そしてムニムニと動かした。


少年「ん~っ!」


ミレアは少年を抱き締め、頭を撫でる。その行動に少年はまた頰を赤くした。だがミレアは気にせず続ける。


ミレア「か~わいっ!もう、そんな所も可愛いですね♡」


少年は赤面して固まる。そんなこんなでミレアは少年を揶揄い続けた。ミレアにとっては、この時間が幸せだった。少年が居るだけで、幸せを感じられる。それが堪らなく嬉しいのだ。

______時刻は午後13:30。メイド達の食事の時間である。王宮内のメイド達がドローイングルームに集まり、他愛も無い話をしながら食事を取っていた。一人を除いて。


ラティア「貴女、本日は紅茶を飲まないのね。」


ラティアが指差す先には、ティーカップを手に持つメイドの姿。彼女たちは他愛も無い会話に花を咲かせていた。


メイド「お陰様で気分が悪いものですから。」

ラティア「っは!そうですわね。いつに無く空気が淀んでるじゃない。」


ラティアは口角を上げて言う。その目の先には、焦げ茶色の髪をした女性。アメジストの様な瞳を持ち、美しい顔立ちをしている。彼女は黙々と食事をしているが、時折目を泳がせて周りを見た。その行動にラティアは気付く。


ラティア「そう言えば...最近この城に余所者がやって来たわね。」

メイド「ええ。小汚い服を着ていた卑しい少年。何故あんな者を迎え入れたのか、私にはさっぱり分かりません。」

ラティア「それに王子も少年を可愛がってるわよね。あんな品性の欠片の無い子供、さっさと追い出してしまえば良いのに。」

メイド「全くです。お陰で仕事が捗りませんわ。あの子供が来てからというもの、仕事中も気が気じゃありませんもの。」


二人の会話は焦げ茶の髪の女性に聞かれていた。その女性は静かに食事を済ませ、足早に部屋へと戻る。そんな女性の背を、ラティアはこっそり見ていた。

____少年は午後からアドニスに勉強を教わる予定だ。つまり彼に会えるのは数時間後。その間、焦げ茶の髪の女性はひたすらに他のメイド達と共に仕事を行う。


メイド「ちょっと、早く運びなさいよ!!何ちんたらやってんの!」

メイド2「ほら早く立ちなさい!遅れるわよ!」

メイド3「貴女、ちゃんと仕事してる?サボってないでしょうね。」


彼女は他のメイド達と共に仕事をする。だが、その態度は余りにも酷いものだった。まるで奴隷の様に扱う彼女達。それに従うしか無い彼女は、悔しさで歯を食い縛った。


ラティア「あら?貴女。泣いてるの?」


ラティアがニヤリと笑う。焦げ茶の髪をした女性の頬を掴み、無理矢理その目を見た。


ラティア「へぇ~、綺麗な顔ね。気に食わないわ。」


そう言って女性の前髪を掴み上げる。そして勢い良く腕を振りかぶると、その場でビンタをした。周りのメイド達もそれに便乗して彼女を罵り始める。彼女のアメジストの様な美しい瞳は、水に溢れていた。視界に水面を写して。


ラティア「良い?貴女はメイドなのよ。それに新入り。上下関係は分かるでしょ?貴女は私達の命令に従えれば良いの。」


ラティアは女性の耳元で囁く。そして頬を撫でる。頬を撫でるその指には、血が付着していた。


ラティア「まぁ、逆らいたいならご勝手に?でも...」


女性の耳元で囁く。その声はとても恐ろしく、威圧的だ。


ラティア「その時は貴女に、一生消えない傷を刻み込んでやるわ。」


そう言って勢い良く彼女を突き放す。他のメイド達も、彼女を見てほくそ笑んだ。

その後、メイド達は仕事をし続けたが、彼女は意気消沈したままだった。ボロボロの四肢を何とか動かして仕事をするが、その頰には涙が伝う。


ラティア「あーあ、あの子泣いちゃったわ。」


そんな女性を見て、他のメイド達は嘲笑う。そしてまた仕事を始めた。


___「よし、少年。今日はこれくらいにしようか。」


アドニスにそう告げられ、少年は笑顔で返事をした。勉強の本を閉じ、椅子から降りる。


アドニス「君は勉強熱心だね。」


アドニスはそう言って褒める。少年はそれが嬉しくて仕方が無かった。そしてミレアの元まで向かう。


少年「ミレアさん!ミレアさん...?あれ?」


部屋には誰も居ない。普段ならば、部屋の整理か掃除をしている筈だが。少年は部屋中を探す。クローゼットの中や、ベッドの下。だが誰も居ない。


少年「ミレアさん?ミレアさ~んっ!!」


彼は叫ぶ。その声が部屋中に響き渡り、アドニスが慌ててやって来た。


少年「アドニスさん...ミレアさんがいなくて...」

アドニス「ミレアが?おかしいね...何も言わずにいなくなるなんて。」


アドニスは顎に手を当てて考える。少年は不安そうな目でアドニスを見ていた。そんな視線に気付いたアドニスは、少年の頭を撫でる。


アドニス「大丈夫、きっとすぐに戻ってくるさ。」

少年「うん...」


アドニスは部屋を出る。少年は部屋で一人、ミレアを待っていた。だが待てども待てども彼女は来ない。やがて少年は廊下に出た。彼女を探そうとするが、この広い王宮で一人。見つけられる筈が無い。そう思った時。


ミレア「ご主人様?どうかされたんですか?」


ミレアが後ろから現れた。少年は彼女の姿を見て安堵する。だが、その服はボロボロだった。そして頬には血が付着している。少年は目を見開いて尋ねた。


少年「ミレアさん、どうしたのその怪我!それに服もボロボロで...何があったの!?」


ミレアは困った様に笑う。そして少年の口に人差し指を当てて言った。


ミレア「しーっ。私は大丈夫なので。今はそっとしておいて下さい。」


ミレアは少年に微笑む。その笑顔はどこか空元気だった。少年はその笑顔を見ると、小さく頷く。


ミレア「良い子ですね。」


そう言って彼の頭を撫でると、そのまま微笑んだ。そしてぎゅっ、と少年を抱き締める。少年はほんのり顔を赤らめたが、静かに彼女の背に手を回した。


ミレア「それじゃあご主人様、私は仕事に戻りますね!」


彼女はそう告げ、手を振るとそのまま何処かへ行ってしまう。そんな姿を見ながら、少年はモヤモヤしていた。

____その日の夜。少年は寝付けずに居た。ベッドの中で寝返りを打ち、何度も目を瞑るが眠れ無い。心の中の喪失感。それが渦巻いて寝付けないのだろう。


少年「ミレアさん、大丈夫かな...」


少年はそう呟くとベッドから降りる。彼はスリッパを履くと、そのまま部屋を出た。夜風に当たる為に窓へと向かう。そんな時だ。


???「こんな時間まで...夜更かしはダメですよ?」


聞き慣れた声が背後からした。振り返るとそこには一人の女性が立っている。アメジストの様な瞳が美しい女性だった。綺麗な顔立ちをしている彼女は、少年に近付くとその両頰を掴む。


少年「んっ...!?」

ミレア「ふふっ、起きちゃったんですか?夜も更けてますから...お部屋に戻りましょ?」


そう言うと彼女は少年の手を握り、部屋へと誘導する。彼女は部屋に入るとベッドまで連れて行った。少年を寝かせるなり毛布を掛ける。


少年「ミレアさんは寝ないの?」

ミレア「ん~...寝ちゃいましょうか♡ご主人様、私にも毛布を...」


少年は彼女にも毛布を掛けた。そして彼女と向き合う様に座ると、優しく頭を撫でる。ミレアは少年にくっつく様に抱き着いた。少年の鼓動が早くなる。


ミレア「ご主人様...眠いですか?」


囁く様にミレアが言う。


少年「眠くない...です。」

ミレア「ふふっ、急に敬語なんて...どうしちゃったんですか?♡」

少年「い、いや...その...」

ミレア「んふっ、成長の証ですね。」


彼女は少年を抱き締める。そして頭を撫でて言った。


ミレア「眠くないなら...少しお話、しませんか?」

少年「お話?」

ミレア「はい。例えば...好きな食べ物とか、趣味とか。後は...好きな人とか。」

少年「す、好きな人!?そ、そんなの居ないよ!」


彼は途端に顔を赤くして言った。その反応を見てミレアは柔らかく笑う。


ミレア「ふふっ、じゃあ...ご主人様の一番、狙っちゃっても良いですか?♡」

少年「っ...!」

ミレア「動揺しちゃうの、可愛いですね♡」


二人で囁く様に話す。月明かりが二人を照らし、静かな空間に二人きり。少年は心臓を高鳴らせながら話す。それに対してミレアは、普段と変わらない様子で話した。


少年「そ、そんな事よりさ!」


少年は話題を変えようと話す。ミレアは首を傾げたが、すぐに微笑んだ。


ミレア「はい、何でしょう?」

少年「今日の事...大丈夫だった?服もボロボロだし、怪我までして...」


ミレアの頰には傷が出来ている。そしてよく見ると服にも血が付着していた。その姿を見た少年は心配する様に聞く。


ミレア「ん~...ちょっと階段でこけちゃって。割とやらかしちゃいました。」


彼女は頭を掻きながら笑う。そんな姿を見て、少年はミレアの手を取った。彼女の手を握ると微笑む。


少年「本当に...怪我とか大丈夫?痛い所は無い?」

ミレア「んふっ、優しいんですね。ご主人様は。はぁ...大好きです♡」

少年「えっ!?」

ミレア「ふふっ、冗談ですよ?いや、半分は本気?分かんないですねぇ...」


ミレアは少年を抱き締める。そして頭を撫でた。少年は顔を赤らめながらも、彼女を優しく抱き締める。彼女の心臓の音が聞こえた。トクントクンと脈打つその鼓動に、少年は心地良さを感じる。そして暖かい感触に包まれ、二人は眠っていった。

_____翌日。少年は目を擦る。昨日は結局、ミレアの部屋で共に寝てしまったのだ。欠伸をして起き上がる。


ミレア「あら、ご主人様。おはようございます♡」

少年「あ、おはよう...ございます。」


ミレアは笑顔で挨拶をした。少年は少し恥ずかしそうに返事をする。そしてベッドから降りた。するとミレアが後ろから抱き着く。


ミレア「ご主人様~♡」

少年「わっ!?」


彼女はそのまま少年を抱き締める力を強めた。その柔らかい感触に、少年は顔を真っ赤にする。そんな様子を知ってか知らずか、彼女は耳元で囁いた。


ミレア「ふふっ、可愛いですね♡食べちゃいたいくらい♡」

少年「や、やめてよ!もうっ!!」

ミレア「照れちゃったんですか?可愛いですね♡」


彼女はそう言って少年から離れる。そしてベッドから降りてクローゼットへと向かった。その背中を見ながら、少年はドキドキする。


少年(ミレアさん...いい匂いだった...)


ミレア「ご主人様ー、今日デートしませんか?」

少年「デッ、デート!?」

ミレア「ふふっ。まぁ、街に買い出しに行くだけですよ?ちょーっとだけ寄り道もするかも知れませんけど。」


少年を優しく流し目で見つめて言う。その表情に少年は胸の高鳴りを覚えたが、平静を保つ為に答えた。


少年「い、行きたい...。」

ミレア「お、来ちゃいます?じゃあ私の自腹で、ご主人様の欲しい物も買ってあげます♡」

少年「い、良いよ!それは悪いし...」

ミレア「良いんですって。私、こう見えて結構稼いでるんですよ?」


彼女は自慢げに言った。だが少年は申し訳無さそうにしている。そんな姿を見たミレアは笑って言った。


ミレア「気にしないで下さい♡私はご主人様を甘やかすのが好きなんですから♡」

少年「あ、ありがとう...ございます...。」

ミレア「敬語ー?成長しちゃいましたね~?もう、甘えん坊のクセに。」


ミレアは少年の頭を撫でる。愛おしさを込めながら優しく撫でるその感触は、どこか懐かしい感じがして心地良い。だが彼女に子供扱いされるのは少し恥ずかしかった。


ミレア「まぁ今日はデートなので...手とか繋いでみましょうか♡恋人繋ぎで。」

少年「え、あ...う...」


ミレアは少年の手を優しく掴むと、指を絡ませる様に握る。そして優しく微笑んだ。


ミレア「嫌ですか?」

少年「い、嫌じゃ...無いですけど...。」

ミレア「ふふっ、なら良かったです♡」


そう言って微笑む彼女を見て少年は思う。『これはデートなのだろうか?でも、きっと楽しいだろうな』と。そう考えていると、知らぬ間に城門に着いていた。


ミレア「さ、行きましょうか♡」

少年「う、うん...」


少年は緊張しながら歩く。そして街に出た時、唐突に懐かしさに駆られた。良くも悪くも、今迄自分が暮らしていた街。その景色は、まるで昔訪れた時の様に感じる。


ミレア「どうかしました?」

少年「な、何でも無いよ。」

ミレア「ん~、嘘はいけませんね。ご主人様?」


彼女はそう言って少年を抱き締めた。その柔らかい感触に、再び顔が赤くなる。すると耳元で囁かれた。


ミレア「ま、吐き出したくなったら、いつでも言って下さいね。」

少年「う、うん。ありがとう...」


彼女は優しく笑うと、少年の手を取り再び歩き出した。

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