アモレ・ヴィータ

ヤトミ

第1話 運命の歯車


雑踏の街。優雅な街に響くのは人々の幸福の声。街にはパンの良い香りや肉汁の焼ける匂い。それだけでなく、街は音楽と歌に溢れていた。その街は誰の目から見ても幸福そのものに思えた。


母「アンタが生まれたから私達は生活が苦しくなったんだって!!アンタさえ産まれて来なければ、あの人が浮気なんてしなかった!!」


しかし街の中心部からやや離れた住宅の一つ。その家の前ではヒステリックな女の怒鳴り声が響き渡っていた。


少年「ごめんなさい!!」

母「うるさい! アンタが先に産まれたから金がかかったの!!第一私達は女の子が欲しかったのに!何で!何でアンタが!!」

少年「ごめん、なさいっ...!」


怒鳴られながら泣きじゃくる幼い少年。その足元には子供用の玩具が幾つか散乱していた。


母「アンタなんて産むんじゃなかった! この疫病神!」

少年「ごめんなさい...ごめんなさい...」

母「もう良いわよ!!出て行きなさいよ!二度と顔を見せないで!!」

少年「はい...」


最後に一際大きく怒鳴られ、その少年は玩具もそのままに、履物すら履かずに飛び出した。明るい街とは真逆な彼を誰も気にも止めない。気に止めたとしても、見て見ぬふりをする。


少年「ごめんなさい...僕が生まれなかったら...」


彼は一人呟いた。もし自身が生まれなかったら、もし性別が違えば、また違った世界を歩んでいたかもしれない。あの両親が幸せそうに笑い合う世界が広がっていたかもしれない。そんな事を考えずにはいられないのだ。

だが、彼は知っていた。産まれてくる家も親も選べない事を。そして今のままではどんなに願ってもその願いが叶わない事を。


少年「お腹...空いた...」


しかし産まれつき病気がちな彼は満足に食事を取れなかった。空腹に耐えながら彼は大通りから少し離れた路地を歩く。もし今、父がいれば。ご飯を作ってくれたのだろうか。

いや、きっといつもの様に暴力や罵倒が待っていたに違いない。もし今、母がいれば。いや、母は言わずもがな。


少年「お腹...空いた...」


宛もなく歩く子供。大通りの喧騒が嘘のように、そこは静寂に包まれていた。まるで世界には彼しかいないかの様に。その静寂は幼い彼の心を押し潰すには充分だった。


少年「あれ...?」


しかし彼は突然視界が歪み、そのまま地面に倒れ込んでしまった。空腹で倒れたのかと思い、何とか起き上がろうと試みた。だが力が入らない。

それどころか次第に意識も朦朧としてきた。霞む視界に広がるのは豪華絢爛な城。聳え立つその城に彼は目を奪われた。


少年「綺麗...」


彼はそれを見つめる。あの大きな城にもし住めたのなら、きっと幸せな生活が待っているに違いない。あんなに綺麗で豪華ならば、きっとお腹一杯食べれて、殴られる事もないのだろう。もしあの城で暮らせるのなら...

その時。彼の背中には暖かく、柔らかい何かが触れた。


少年「えっ...?」


そう声を発した時、彼の意識は切れた糸の様にプツリと途切れた。

_______少年が目を覚ました時、視界には美しいシャンデリアが映った。その豪華な装飾は一目で彼が住む街とは何か違う物だと分かる。


少年「...?」


彼は徐に身体を起こした。


?「おはようございます。」

少年「お姉さん...誰?」


少年の視界には一人の美しい女性の姿が映った。焦げ茶色の髪に、アメジストの様に美しい瞳。豊満な胸に白い肌。黒を基調としたメイド服。整った顔立ちは高貴な印象を与えた。


?「ん~、先にご飯でも食べましょう?話はそれからで!」

少年「えっ...いいの...?」

?「まぁまぁ、こっちです!」

少年「あ、あの...」


女性は戸惑う少年の手を引きながら部屋を後にした。そして長い廊下を抜け大きな扉を開くとそこには豪勢な食事が並べられたテーブルがあった。


?「さ、どうぞ!食べて下さい!」

少年「...でも」


少年は女性を見る。その美しい容姿は彼が今まで見たどんな物よりも美しく思えた。しかしそんな綺麗な女性が自分なんかに優しくしてくれるのは何故だろう?もしかしたら何か裏があるのではないか?そう考えた時、彼の脳裏には母親の姿が過ぎった。


?「どうしました?」

少年「あの...僕お金なんて持ってなくて...」


それは幼い彼にも分かった。世の中に良い人間と悪い人間がいる様に。彼女は自分を助けてくれるが見返りを求めているのだろう。

そうなれば自分は何をされるか分からない。それが大人達の日常風景だから。だからこそこの女性はどんな見返りを求めるのだろうか?暴力か?辱めか?だが、彼女の反応は少年の予想を反した。


?「お金なんか要求しませんよ?さぁさぁ、早く食べなきゃ冷めちゃいますから!」


戸惑う少年をよそに彼女は自分の席に着いた。そしてテーブルに並んだ食事を口へ運ぶ。それを見ていた少年は恐る恐るテーブルの前までやって来た。


少年「本当にいいの...?」

?「良いって言ってるじゃないですか!一緒に食べましょ?」

少年「...ありがとう」


少年は言われた通り椅子に座る。そして一つのパンに手を伸ばし、口へ運んだ。


?「いかがですか?」

少年「...美味しい...!」


少年は初めての味に感動した。口に広がる小麦の香ばしい匂いと柔らかな食感。ほんのり香るバターの香り。食べてきた物との違いに驚きを隠せない。


?「ね?言ったでしょう?」

少年「...うん」


その少年の目には涙が溢れていた。しかしそれを拭っても拭っても止まらない。あまりの美味しさに頬張る手は止まらなかった。そして食事を終えた後、少年は女性に尋ねた。


少年「...お姉さんはどうして僕を助けてくれたの...?」


そう尋ねる少年に対し女性はこう答えた。それは彼の心を救う一言だった。


?「だって貴方、路地裏で倒れてたじゃないですか。だから助けたんです!人を助けるのに理由なんていりません!」

少年「...ありがとう」


彼女は笑顔で答える。少年も涙を拭いつつ言葉で返した。この女性なら信用出来る。この人に助けて欲しい。そう少年は心から願い、ふとした疑問を彼女に尋ねた。


少年「お姉さんは誰...?」

ミレア「私はミレアです。貴方は?」

少年「僕は...」


少年は言葉を出せなかった。出なかったのだ。自分の名前なんて知らない。名前で呼ばれた事なんて無かった。その事実を、少年はどう伝えたら良いのか分からない。

だが。


ミレア「もしかして...家に居られなくなっちゃったんですか?」


彼女は優しく尋ねる。その言葉に少年は首を縦に振った。その様子に、ミレアは一瞬眉を下げた。自分で何とかしてあげたい。だが策が浮かばない。


ミレア「ん~...私と一緒に来て下さい。王に相談すれば何かいい方法が見つかるかもしれません。」

少年「...怒られない...?」


少年のその問いにミレアは衝撃を受けた。一体この少年は今までどんな生活をして来たのだろう?きっと悲惨な過去を送って来たに違いない。そんな少年を安心させる様に、ミレアは笑顔で言った。


ミレア「大丈夫です!私が保証します!」

少年「...うん、分かった」

ミレア「じゃあ一緒に行きましょう!」

少年「う、うん...」


部屋から出ると、そこには目を疑う光景が広がっていた。人が何人通れるか分からない程巨大な廊下。天井には豪華な照明。壁には金色の燭台。そして辺りからは足音が響き渡っている。


少年「凄い...」


少年は思わず声に出した。あまりにもスケールの大きい世界に呆気に取られてしまう。だがそんな少年にミレアは優しく声をかけた。


ミレア「さ、こっちです。」

少年「う、うん」


二人は長い廊下を歩く。その中で一人の女性と会った。その女性は鋭い眼差しでミレアを見た。


?「ミレア。その小汚い少年とどこへ行くんです?」

ミレア「ちょっと王とお話が。そんなに睨まなくても良くないですか?」

?「はぁ...第一に、その少年は誰ですか?そんな汚い顔をした子供、今すぐ捨てて来なさい。」

ミレア「その発言は撤回して下さい。彼はこれから王様に会うんです。王の決断によって判断します。去って下さい。ラティア。」

ラティア「ふんっ....」


ラティアと呼ばれた女性はその場を立ち去った。ミレアは少年の方を向き、問い掛ける。


ミレア「あの人は私の知り合いです。元からあんな人なので気にしないで下さいね。」

少年「うん...」


二人は再び歩く。だが少年は傷心していた。小汚い、汚い顔と罵られた事に対して。しかし。彼は気づいていなかった。罵倒されても己の内に込み上げる一つの感情を。そしてある部屋に辿り着くと、ミレアはノックをした時。低い声が響いた。


?「入れ。」

ミレア「失礼します。」


一言、彼女は告げてドアを開ける。部屋の中では白髪の老人が豪華な椅子に腰掛け、こちらを見ていた。


?「何があった?」

ミレア「王。この少年は...何と申し上げますか...」


王と思われる老人は少年を見つめる。一方、少年はミレアの足の後ろ、陰に隠れていた。そして怯えた表情でミレアの服の裾を強く握りしめている。その様子に王は言った。


王「ミレアよ。その少年は何処から連れて参った?」

ミレア「私が...路地裏で倒れてたのを助けました。」

王「そうか。お前はその少年をどうしたい。」

ミレア「...この子を助けたいです。この少年はきっと惨い過去を送って来たに違いありません。このままでは少年が不幸になるだけです!ですから...お願い致します...!」


ミレアは頭を下げて懇願した。だが王は続ける。


王「この城は私達の血筋の者しか入れない。即ち、その少年には血の繋がりが無い事を意味する。それに加えその少年は怯えた顔をしている。そんな少年の未来を、お前は保証出来るのか?」

ミレア「血の繋がりなど関係ありません!この子にはこれからの未来があるんです!こんな小さい子の未来を捨てる様な事はしたくない...御理解頂けないでしょうか...?」

王「...」


王は表情を変えずに二人を見つめ続ける。その王の目に少年はさらに怯えてしまったが、少年を庇う様にミレアは後ろに手を引き、少年は震える足でミレアの陰に隠れる。そんな少年を安心させる様にミレアは少年の頭を撫でた。


そして王は言った。


王「...良かろう。だが一つ条件がある。その少年の面倒はお前が見ろ。ミレア。」

ミレア「王、良いんですか...?」

王「構わん。今この瞬間からお前にその少年の面倒を見させる。異論はあるか?」

ミレア「い、いえ!有難う御座います!」


二人は一礼してから部屋を出た。依然、少年は怯えている。


ミレア「大丈夫です。怖い事なんてもう起きませんよ!」

少年「本当に...?」

ミレア「はい!貴方の世話は全て私がやりますから!貴方はもうこの城の者です!そうだなぁ...貴方の事、『ご主人様』って呼んでもいいですか?」

少年「ご主人様...?」

ミレア「はい!私は元々、此処に仕えるメイドですので。貴方だけの専属メイド的な感じです。」

少年「せんぞく...?」

ミレア「ん~っと、お姉ちゃんみたいな感じです!ね?ご主人様。」


少年は戸惑った。今まで自分にお姉ちゃんがいたらどれだけ良かったか。しかし、ミレアの屈託のない笑顔につられて彼は笑顔で答えた。


少年「うんっ!ありがとう!」


その時、少年は初めて人に笑顔を返した。それは今まで体験した事の無い様な温かさを感じられる物だった。


ミレア「さ、お部屋に案内します!こっちですよ!」


少年はミレアの手を取り、部屋を後にした。その部屋には少年にとって幸せが待っている事など知らないまま。


_______「ご主人様、お洋服は如何ですか?」


少年はミレアの部屋で彼女に着せられた服を着ていた。どうやらそれが普段着らしい。綺麗な白いワイシャツと膝までの長さの黒いズボン。シンプルながら高級感のある洋服だ。


少年「うん、ありがとう!」

ミレア「えへへ...似合ってますよ?さ、次はご飯の食べ方をお教えします!」

少年「食べ方?」

ミレア「はい!人間は物を食べなきゃ生きていけませんからね。此方へどうぞ?」


少年はダイニングへと案内された。巨大な縦長の机に、一体何人が座れるのかと言う程の椅子が並び、そこには一人の男性が座っている。

綺麗な金色の髪に蒼い瞳の美青年だった。身長は180cm程だろうか。その顔は優しく微笑んでおり、その男性の前に座る様に催促された。

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