階段の踊り場でブレスレットを交換する。その瞬間、私の初恋は終わった。
ニッコニコ^^
杏子とすみれ
第1話
階段の踊り場でブレスレットを交換した二人は、未来永劫離れ離れになることはない。
これは私の通う学校での、恋のジンクスである。
「私と、ブレスレットを交換してくれませんか」
「……はい」
私は自身の初恋が壊れる瞬間を、一つ下の踊り場で聞いてしまった。
「杏子ちゃ~ん? 元気ないじゃん、どうしたの」
学友である紅葉が、机に突っ伏している私の頭を、コツンこつんと叩きながら話しかけてくる。
ノートをヘルメットにして抵抗はするが、応戦するほどの気力はない。
「別に、なんとも、なんにも……」
「うわ、声震えてるじゃん。泣きそうになって」彼女が声を小さくして、私に耳打ちしてくる。「もしかして失恋した?」
何を言うか! いや、合っているんだが。いいや合っていない。違うのだ、あれは幻聴だ。まだ失恋だと確定したわけじゃない。しかしなんだ、なぜこの女は私の初恋を知っているのだ。
「い、いいや? 好きな人とか、いないし。失恋なんて、したくてもできないっていうか……」
反論に夢中で声が大きくなり、ついでに上ずってしまった。クラスメイトよ、その哀れんだ目線をやめてくれ! 私はそんな悲しい人間ではない。本当にまだ、失恋だとは確定していないのだ。なぜだって声だけで現場を確定できる? 私はあの声を決して事実だとは認めない!
「あの、しかしなぜ、私が恋をしてるなんて思ったの?」
「あんたいつもすみれちゃんのこと見てるし、それ以外のことだと杏子ちゃんメンタル強いじゃん? 落ち込むとしたらすみれちゃん関連かなと思って」
すべてばれている。なぜこうも私はあの子に弱いのか。そしてまさか、無意識に彼女のことを目で追っているとは、恥ずかしい。
もういっそ、紅葉に相談をしたほうが良いだろうか。いいや、自白するのはまだ早い。あくまで、私の話ではないと注釈を言って、友人の話だと言って話し始める。
「……ねえ。今でもブレスレットのジンクスを実行している人って、いるのかな」
「まさかぁ、この学校アクセサリーだけは無駄に校則が厳しいし。そんな目立つもの着けてたらばれるって。まあ、着けなくてもいいっていうなら、カバンに隠せば簡単に交換できるだろうけど、今更そんな古臭い……あんたその現場見たの?」
「見てない! 見てないんだ、一階下の踊り場にいたから。声だけ聞こえて。しかしあの返事の声は、完全に……」
「聞こえはしたのね。えーっとその、なんと声をかけたらいいか」
哀れだ! 私は何と哀れなことか。恋をしていないと言っておきながら、友人の話と言っておきながら、ほぼすべて白状したような言動!
情けなく、悲しく、哀れだ!
「おはよう、杏子。どうしたの?」
この声はまさか、彼女が来てしまった。
「おはよう、すみれちゃん。いや実はこの子ねえ、」すぐさまに紅葉の口をふさぐ。
「おはよう。昨日はちょっと夜更かししちゃってね。別に何でもないよ」
すみれが納得したように顔をほころばせた。そののちに、夜更かしという単語に反応して少し怒り顔になる。ああ、この怒り顔もかわいいな。
「ちゃんと寝ないとだめだよ。あなた生徒会の仕事でも忙しいんでしょ? 昔から健康には無関心なんだから」
私の初恋は、この幼馴染のすみれなのだ。まあ今朝しがたその初恋もヒビだらけになったのだが。なお、未だ断じて壊れてはいないことに留意すべきである。
口ふさがれているこいつは、すごい可哀そうなものを見る目で私を見るが、やめてほしい。決して現場を押さえたわけではないのだから、まだ確定していないのだ。断じて、この初恋は終わってはいない。
結局今日の授業は一切頭に入ってこなかった。ノートなどはひどいものだ。いったい何が書いてあるのやら。
はっきりと読み取れる部分などは、誰がすみれに告白したのか、なぜ自分はもっと早くに勇気を出さなかったのかなどの呪詛が書き連ねてある。読めない部分は、多分授業の内容かな?
ああ忌々しき架空敵。お前さえいなければこんなにも悩まされることなどなかったのに。信号機よ、なぜ今朝に限ってすべて青なのだ。一つでも赤であれば、あの現場を聞いてしまうこともなかったのに。
待てよ、もし聞いていなかった時のことを考えてみろ。すみれは、告白されてそれを肯定したのにもかかわらず、その話題の一切を私に知らせていないのだ。つまり、聞いていなければ、私のあずかり知らぬところですみれは他人と交際していた? 気が狂いそうだ!
いやしかし、現実として私は現場を聞いたのだ。大丈夫、まだやりようはある。まずはすみれに告白した不埒者を特定し圧力をかけるのだ。そして奴に最低な行動をさせて、すみれがそいつを失望する。そして私がそれを慰めてグッドエンド、完璧だ。
「杏子、一緒に帰ろ」
「ひっ! すみれ、ええうん、もちろん。一緒に帰ろっか」
「ふふ、驚きすぎだよ」
焦った。まさかさっきまでの全部声に出ていたなどはないよな? 大丈夫、慎重に行動していこう。焦りは百害あって一利なし、そうだろう。
「ねえ杏子。帰ったらね、大切な話があるの。聞いてくれる?」
聞きたくない! 聞きたくないが、現状把握は大切である。本人が、おそらく今朝の告白についての現状を話してくれるというのだ。心に深い傷を負ってでも、最後にすみれが私のもとに来てくれればすべての傷は癒えるのだ。ならば目先の傷くらいどうってことはない!
「私、恋人ができたの」
死のう。心が死んだ私に現世での肉体はもう必要ないのだから!
部屋に入って開口一番に本題、心が潰されてしまった。
「へ、へえー。そそうなんだ。お相手のなめ、名前はなんていうのかな?」
動揺が隠し切れない。真っ先に聞くのが印象などではなく名前、あなたは会話が下手なのか?
すみれは楽しそうに恋人のことを語る。
「名前はゆらっていってね。委員会で知り合った後輩の子なんだ。おっとりしているけど、仕事ができて優しい、とってもいい子なんだ」
私だって仕事ができて優しいのに! なにせ生徒会長だぞ。生徒会のメンバーにも忘れずに気配りして、進捗の遅れている仕事は一緒にやる。そもそも進捗の遅れさえないようにスケジュールを組めるのだ。そんな私だって、仕事ができる優しい人だというのに。私に足りないものは一体何だというのだ!
「私と一緒で本好きでね。とてもロマンチックな子なの。だからか、ラブレターで踊り場に呼び出されて行ったら、ブレスレットの交換をお願いされてね。急だったからブレスレットなんて持ってなかったけど、嬉しくてオッケーしちゃった」
やめてくれ、もう聞きたくない! 私の好きな人が、私の範疇の外で恋をして、その末良い返事をしただと?
なんだってそんなことが起こりうる! なんて残酷な現実であるか!
私に足りないのは、そんなロマンチシズムなところなのか? でもしかし、すみれは私のロジカルなところが好きだと、小さいころに言ってくれたのに!
「それでね、杏子。お願いがあるの」
彼女は、まるで自身に恋人がいることすっかり忘れたかのように、私との距離を詰める。
私の手を取り、彼女の両手がそれを包み込む。
「彼女と交換するためのブレスレットを選ぶのに、ついてきてほしいんだ」
残酷なのは現実だけではない。すみれもまた、ひどく残酷だ。
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