第52話 過去の、別の可能性

 深い夢の中に沈んでいく、あたしは。

 薄れてく意識の中で、ぼんやりと考えていた。


 なんでさっき、尋ねなかったんだろう。


 サファイアさんは、『カルナックさまの遠い親戚の子孫』

 ルビーさんは『脳筋ガルガンドには珍しい、ガルガンチュア並みの魔力持ち』


 気になるキーワード満載だったのに!


 それにレントゲンだのMRIだのって。

 地球の、日本人の転生者じゃないの?


 あたしと同じ『先祖還り』?


 ダメだ、あたし。『月宮アリス』!


 いっつも、大切なことを聞き流してない? 巻き込まれるままに生きてきてないかしら?


 せっかく生まれ変わったの、異世界転生したのよ。

 人生に消極的じゃ、ダメだ!


 もっと、頑張らなきゃ……!



         ※


「どうしたんだい、月宮さん。さっきから、ぼんやりして」

「え?」


 はっと、我に返った、あたし。

 月宮アリス。


 ここはどこ?


 雰囲気のいい、落ち着いた店内。

 聞こえてくる音楽は、ピアノの生演奏だ。

 白いクロスがかかったテーブル席。

 向かい側には、以前からちょっと素敵だなって好意を持っている相手……最上サイジョウ霧湖キリコさんがいて。


 ……そうだった! ぼんやりしちゃってて、どうしたのかしら、あたし。

 今夜は、あたし、月宮アリスの二十歳の誕生日の夜。

 ちょっぴりおめかしして、デートなの。


「何でもないの! 初めてのワインで、酔っちゃったかも! でも、すごくおいしかったです」

「よかった、喜んでくれて」


 どうしよう、ほんとに酔ってるかも?

 頬が熱い。


 新宿の高層ビル。

 有名な高級レストラン。

 今は彼と二人、フレンチのディナーコースをいただいているところ。


 だけどドキドキして、楽しむなんてゆとり、ないわ!


「ぼくも嬉しいよ、アリスちゃんとこうして晴れて一緒にいられるなんて」


「あたしも! 最上サイジョウさん。平穏でいられるって素晴らしいわ。いつも助けてくれて、ありがとう。ストーカー事件のときだって、解決できたのは最上さんとジョルジョさんのおかげよ」


「それはぼくたちだけじゃない。並河社長や香織さんたちのおかげだ。あの人たちには返しきれない恩がある。……でも、きみのためなら、ぼくはなんでもする。なんでもできる」


「だめよ最上さん、なんでもするなんて、簡単に言っちゃだめなんだから」


 ……あら? あたしなんで、そんなことを思うのかしら?


「でもきみは、アイドルを引退してくれただろう? ぼくのために」


「……そうだけど。最上さんのためだけじゃ、ないんですからねっ!」


「あははははは」


「そりゃ、最上さんと落ち着いてデートしたり、将来のことも考えて……ですけど。サヤカは留学して本格的な歌手を目指すし、あたしは、ささやかな幸せが……欲しかったから」


 最上さんとの。

 って、言いかけて、やめた。

 だって、恥ずかしいし。

 あんまり、彼が幸せそうに笑うから。


 最上サイジョウ霧湖キリコさん。

 あたしより二つ上。社会人なの。イケメンじゃないけど、温かくて優しい笑顔、大好き。

 どんどん顔がほてっていくから、目をそらした。

 窓から見える夜景が、とてもきれい。


「スカイツリーも、東京タワーも、やっぱり、いいね」


「あたしもそう思うわ! どっちも、素敵」


 ライトアップされた、タワー。

 街の明かりの間を、首都高速が走って。

 

「きれいね。まるで光の河みたい」


 走る車のライトが、不思議な光景を演出している。

 眼下を流れる光の大河。

 だけど、デジャ・ヴ?

 光の河を見ていると、なんだか、前にもこんなことがあった、ような気がするの。

 いつかTVで見たのかしら。


 ふいに涙が、溢れた。

 あとからあとから、こぼれ落ちる。


「どうしたんだい、アリスちゃん」

「いいえ……なんでもないの……」


 こんなに幸せなのに。


 ……違う。

 心のどこかで知っていたの。

 これは、あたしの《本来の過去》じゃ、ないって。

 だけど、この《別の可能性の》過去の記憶は、危険なほどに甘美で。


 本当にそうだったら、どんなに良かっただろう。


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