第27話 旋風の美少女魔法使い(自称)
「やっぱり。あいつに何を吹き込まれた」
「あなたの弱点だ!」
フィリクス公嗣はカルナックに詰め寄り、長い黒髪に手をのばした。三つ編みを掴み引き寄せてソファに落とす。
カルナックもフィリクス公嗣も長身だが、筋肉と体重はフィリクスが勝っている。のしかかってソファに押しつけた。
「長い髪は動きの邪魔になる。今はあなたの従魔たちはいないし。それにこの部屋はサウダージの新技術で、外界と遮断してる。外部からの魔力の補給は受けられないし連絡もできないから。……だから。オレの気持ちをくみ取ってほしいんだ、オレはずっと、初めて会った子どもの頃から、あなたを」
「どうしたいんだ?」
下になっているにも関わらずカルナックは落ち着き払っていた。
フィリクスはそれにも気づかないようで、夢中になって、カルナックの髪に顔を寄せて匂いをかいでいた。
「この三つ編みの髪を解かせて」
しかしカルナックはとりつくしまもなく「却下。髪を解くのは伴侶だけだ」と拒否した。
「おかしいなあ。公嗣だよ? 次期大公が望めば叶わないことなんてない。アイツはそう教えてくれたんだ」
フィリクスはカルナックの髪を掴んで三つ編みを結んでいる飾り紐に手をかけた。しかしながら、ほどこうとしても紐が固く締められている。
「ほどけない」
「それは『縛り』だから。伴侶と身内にしかほどけない」
「でも、あなたの身内はいないと……伴侶も死んだと聞いた」
「私はいつか伴侶の魂に会えるときを待っているんだよ。私の生命が尽きるまでの、ほんの僅かな間のことさ」
「そんな……『世界の大いなる意思』の寵を受けるあなたの生は永劫にも及ぶというのに……ずっと孤独なままで?」
「同情か? 決めつけるな、私はこれでも楽しく暮らしているんだ」
これにはフィリクスは答えなかった。
そのかわりに……
カルナックの胸の上に、ぽたぽたと涙が落ちてきたのだった。
「あなたの……おそばに……いさせて……」
声が、とぎれた。
「……泣いているのか」
するとカルナックは、やれやれ、と息を吐いた。
「ばかだなあ……こんな、人間をとっくにやめた私なんかのために」
腕を伸ばして、彼の頬を撫でた。
そのときである。
フィリクスが硬直した。カルナックに頬を触れられたからというだけではない。
首筋の左側に、ひやりと冷たい感触があったのだ。
細い剣先があてがわれていた。
同時に聞こえてきたのは、若い女性の、艶っぽい声だった。
「はー、あぶないあぶない。お師匠様ったら、ほだされちゃいました? 子どもに弱いですよね。それか、犬タイプには優しいんだから。ティーレ、合図したら殺していいわ」
「えー、いいじゃん、今のうちにこいつ殺しとこうよ」
凄みを帯びた声が耳元で言った。
気迫に満ちているが、大人のそれではない。十代の少女の張りのある声だ。
「あらダメよティーレ。殺すならもっと充分に苦しめてからよ。お師匠様をどうこうしようなんて不埒モノは。そうねえ、わたしの魔導銃もいいけど。サウダージ産の合成毒にしとく? エルレーンには解毒剤が輸入されてないからウケる~」
「遊んでいるのではないぞリドラ。ほれ、カルナック。おまえさんもその気になればすぐ倒せるものを、茶番に付き合っとる場合か」
続いてもう一つの声。
屈強な壮年男性の腕がフィリクスの身体を持ち上げ、傍らに投げ捨てる。
「困りますな公嗣、このような、おたわむれは。こんななりですがカルナックは魔導師協会の長であり、この国の重鎮でありましょう。そもそも、たとえ大公が相手でも、一人で来いなどと呼びつけられたからといって護衛もなしに訪れるわけがない。少し考えてもわかること」
言い放ったのは浅黒い肌に白髪、豊かな顎髭を讃えた、眼光鋭い壮年男性。
「いまさら名乗るまでもないが、魔導師協会の副長『
「おまえバカなのか? バカだろフィリクス! お師匠様が従魔を貸し与えてるからといって、図に乗るんじゃないっつーの。お師匠様には、ちゃんと護衛として、このティーレと」
背中の半ばまであるまっすぐなプラチナブロンドに、きつい感じのする、ペリドット色の瞳をした十六歳ほどの美少女。
「そして、このリドラ様がついてるのよね。二人で「旋風の美少女魔法使い」。忘れちゃいやだわ」
腰まで届く艶やかな黒髪と切れ長の黒い目、象牙色の肌をした長身の美女。二十歳くらいだろうか。
しかし二人組と名乗っておきながら、どうやら見解の相違はあるようだ。
「ちょい待て! いつつけたんだ、その恥ずかしい呼び名」
「今、つけたのよ。なんか呼び名があったほうがかっこいいかと思って。ねえねえ、公嗣サマ邪魔だし殺っちゃっとく? 毒がいいかしら剣かしら弓かしら、それとも魔法で中から弾けさせる?」
いやそうに眉を寄せる美少女ティーレと、わくわくとして懐から怪しげな瓶だの剣だの弓だのを取り出してみせる黒髪の美女、リドラ。
床に投げ出されたフィリクス公嗣は、茫然としていた。
顔色は青ざめていた。
「やれやれ、この私を心配するか? 過保護だぞコマラパ。それにリドラもティーレも悪ノリして付き合って」
軽く頭を振って、カルナックは起き上がった。
「いつも言っとるが、おまえさんは無防備すぎるのだ! 髪を解かれるとか足の裏を触られたり破廉恥なまねをされてはいないだろうな」
コマラパは息巻く。
「このとおり、してないだろう」
カルナックは肩をすくめて笑った。
「ふん、わしらがもう少し遅れればどうなっていたやら。おまえは自分を大事にしないところがあるからな。げんに、こんな子どもにほだされとったじゃないか」
コマラパは、ため息をついた。
「そんなわけないだろ。ちょっと可愛いところもある子だし、遊んでやった後で、記憶をいじってやろうかな~、なんて」
ニコニコして答えるカルナックに、コマラパの顔は険しくなった。
「だめに決まっとるわい!」
そのとき、部屋のドアが開け放たれる。入ってきたのは、事の次第を固唾を呑んで見守っていた、公嗣の忠実な従者ケインである。
「まことに申し訳ございません! 我が主のご無礼、ご容赦ください。お慈悲を!」
ただただ、床に身を投げ出し陳謝を繰り返すばかり。
謝ってすむことじゃない、とは、ティーレとリドラの見解だが、二人とも口はつぐんでいた。
ともかく公嗣が同席を赦した側近である。
(この子が公嗣に逆らえるわけないものね)
と、リドラは思ったのだった。
(まあ、絶対、徹底的にとっちめて背後関係も洗い出すけどね!)
と、ティーレは心に決めていたのだった。
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