第23話 白と黒の、もふもふ!

 カルナックさまは、完璧なまでに美しい眉を、ひそめる。

 ブルームーンストーンのような青い光を浮かび上がらせた目で、いったい何を見ているのだろう。

 あたしは震えが止まらなかった。

 鳥籠を思わせる瀟洒な銀の檻は絡みつく細くしなやかな鎖でできていて。

 カルナックさまの身体全体を包み込むのは、青白くほのかに光る、おびただしい数の精霊火スーリーファ

 どうしよう、どんどん見えてくる。こんなにたくさん……

 ものすごく困っていたら、カルナックさまが忠告をくださった。

「とりあえず、その『眼』を閉じなさい。開いているだけで魔力を消耗する。君のように魔力の保有量が多ければ問題ないが、鬱陶しいだろう? 閉じるとイメージすればできるから」

「は、はいっっ。閉じる、閉じる……っと」

 ぎゅっと目をつぶって。イメージする。

 閉じて、閉じて、閉じて、閉じて、閉じて!


「君が『観測して』いるのは『加護』と呼ばれるものだ。常に纏っている、もう一枚の皮膚みたいなもの。私などはすでに『在る』と意識もしていないのだが、他の人から見れば、ちょっと変わった服みたいだろうね」


 アレが服!?

 どんだけその状態がカルナックさまの『普通』なんだろう。こわいです。

 おそるおそる、目をあけた。

 よかった! 見えなくなった!

「はいっ。できました!」

「その『観測眼』を意識して開く、閉じるが自然にできるようにするといいい」

 さらっと難しい課題を出された。

 いいですよ、やりますとも。

 あたしはカルナックさまのお弟子志望ですからね!


「はいっ!」

「返事は良いね」

 にっこり笑った。

 あら、急に雰囲気が柔らかくなったわ。

「ところで……そろそろ宴に集まっている客人たちにご挨拶しなければね。私の隣に座りなさい。君が魔導師協会の長『漆黒の魔法使いカルナック』の弟子になったということを今から周知しておこう。ふむ。そうだな、宴のほうはコマラパがうまく采配してくれてるから、その前に、少し話をするゆとりがあるな」


 何かしら?


「イリス・マクギリス嬢。言っておくことがある。君の意識が最前列に出ている、この状態は、長く続けられない。現在の、三歳幼女であるアイリスの肉体にとって負担が大きい」


「ええ~!? あたし引っ込むの!? イヤ! せっかく転生したんだから! この世界を体験したいわ!」


「ああ、大丈夫。引っ込まなくてもいい」


「どういうこと?」


「最前列ではなく、アイリス、月宮アリスに次ぐ階層に在れば良い。その下にはもう一つの意識が存在するわけだが、今はまだ知らなくてもいい。ピラミッドのように、土台が一番大きいという状態は、とても安定しているから。つまり、アイリスにも人生経験を積ませてやってくれないかな。ご褒美をあげるから」


「どんな?」

 疑わしそうに見つめるあたし。


「これだよ」

 カルナックさまがどこからか出してきたのは三匹の「もふもふ」だった。


 最初に、二匹の子犬。

 純白の毛にうっすら灰色のしまが混じった子犬と、真っ黒な毛をした子犬。

 どっちの子もコロコロふっくらとしていて、足先が大きいの。

 ラブラドールかな?

 生まれたてかしら?

 ものすごく小さな二匹の犬は、ひざに乗ってきた。


 「うわあ! なにこれ反則ぅ! かっわいいっ!」


 ふんふんふんふんふんふんふんふんふんふん

 鼻先をくっつけて、しきりにアイリスのにおいを嗅ぐ、白犬。


 ク~ン、ク~ン、ク~ン、ク~ン、ク~ン

 甘えたように鳴く、黒犬。


「かわいい! かわいいっ! あったかい!」

 思わず、二匹の子犬を抱きしめた。


 そしたら、とどめは。

 子犬よりも少し大きい生き物が、ひざに、ぽんと投げられた。


「わぁぁ! うさちゃん!」

 純白の毛、透き通った青い目、長い耳をした、ウサギだった。

 抱きしめると温かくて、柔らかくて。

 

「うさちゃん! かわいい! やわらかい!」


 夢中になって抱きしめた。

 このときは深く考えなかったのだ。

 白ウサギの目が、魔力を持っているみたいに青いことについては。

 

「……はっ!」

 我に返って。

 あたし、イリス・マクギリスは赤面した。


「カルナックさま! い、いまのは、不意打ちだったから! あ、あたしが可愛いもの好きだとかそういうことではなくてね! そう、うさぎよ! うさちゃんとか子犬だなんて」


 途中で息継ぎをした、あたし。

 次に口をひらいたとき、出て来たことばは。


「かるなっくさま! こいぬかわいい! うさちゃんかわいい!」


 それは、まるきり幼い子ども、幼女の声で。

 三歳のアイリス・リデル・ティス・ラゼル、そのものの、無邪気な声だったのだ。


「あれっ……なにこれ」

 そう言ったのは、たぶん、あたし、イリス・マクギリスで。


「かるなっくさま! このこたち、だいすき! かわいいの」

 こう言ったのは、たぶん。アイリス。


 このときを境に、イリス・マクギリスの意識は、ふっと身体の支配権を失った。


「カルナックさま、酷いわっ」

 これだけ、叫んだつもりだったけど、ほんの微かに唇が動いただけにとどまった。


「しばらく、そこにおいで。アイリスの経験も見ているものも、食べるものの味だって、わかるようになっているだろう? たとえアイリスの身体が、今は君の自由には動いてくれなくても、やはり『君も』アイリスに違いないんだよ。それは『月宮アリス』も同様だ」


 ……なんで、この『もふもふ』たちを?


「おししょうさま、このこたちの、なまえは?」


「本当の名前は、ひみつ」

 カルナックさまは、にっこり笑った。


「その名前を知るものは、魔力をかなり吸い取られるからね。だから呼び名をつけてやってくれ」


「え~、わかんない」


 ……バカね。じゃあ、ともかく「白」と「黒」とかに、しときなさいよ


「あれ? だれかがおしえてくれたよ。ん~とね、シロと、クロ!」


 アイリスの口から、その『名前』が紡がれたとたんに。

 魔力が、ごそっと抜け出て。

 二匹の赤ん坊子犬に吸い込まれた。

 すると……

 生まれたてのようだった子犬たちが、大きくなったのである。

 生後一ヶ月くらい、だろうか。

 子犬には違いないのだが。

 二匹は喜んで、アイリスの膝から伸び上がって、幼女のほほをぺろぺろ舐めた。


「うわぁ! くすぐったい! きゃはははは」

 喜ぶアイリス。


「二匹分で、かなり消費したな。これで当分は『魔力栓』もできないだろう」

 ひとりごちてカルナックは優しく微笑んだ。

 本物の幼女アイリス・リデル・ティス・ラゼルに。

「アイリス。それに、月宮アリス。イリス・マクギリス。そしてもう一人の、君。しばらくはそのままでいなさい。護衛はつけた。しかし、もしもアイリスでは対処できない事態になったら、表層に出てくることを、赦す」


 カルナックの紡いだ言葉は銀色の光を放って、アイリスの中に染みこんでいった。


「二匹の犬たちの名付けで意外と消耗しているようだからウサギは無理だな。帰っておいで『ユキ』」

 純白のウサギはカルナックに抱き上げられ、するすると肩によじ登っていった。


「ほうっ」

 祝宴に集まった客達は、固唾を呑んで見守っていたのだが、このとき、期せずして全員が、大きく、息を吐いた。

「なんと! ご覧になりましたか」

「あの『漆黒の魔法使いカルナック』の技を!」

「影の中から二頭の魔獣が出て来て、みるみるうちに子犬のように小さく変身して」

「アイリス・リデル・ティス・ラゼル嬢の護衛にと」

「素晴らしい! あの子は、カルナック様のお弟子になったと言ってましたわ」

「これでラゼル家も安泰でしょう!」

 一斉に拍手が起こった。


 そして客達の推測は当たった。

 宴の席についたラゼル家の当主夫妻の右側にアイリス。その隣にはカルナックが座ったのだ。

 当主の左側にはエステリオ・アウル。

 彼らの後ろに、コマラパ老師と、学院から呼ばれた魔法使いたちが立った。


 魔導師協会がラゼル家の後ろ盾についているという表明だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る