第10話 鏡の中のアリスと、アイリス
「すっかりお支度できましたよ、アイリスお嬢さま。さあ、鏡をごらんになってくださいませ」
誇らしそうに宣言したのは、メイド長エウニーケさん。
ここは子ども部屋、メイドさんたちが毎日ピカピカに磨き上げている銀無垢の鏡に映っているのは、金髪で緑の目をした三歳幼女。
我ながら将来有望かも。とても美しいお母さまとよく似てるから。
あたしはラゼル家の一人娘アイリス・リデル・ティス・ラゼル。
今日が三歳の誕生日で『魔力診』を受ける日なのです。
「黄金の絹糸のようなおぐしですこと」
小粒の真珠をあしらった櫛を髪に差し込み、エウニーケさんは満足げに笑う。
「エスメラルダの緑の瞳がときたま
乳母やのサリーもローサも他のメイドさんたちも、すっごくほめてくれるんだけど……なぜかしら、恥ずかしい。
真月の女神さまとか精霊さまとかに喩えるのやめて~。比べものになるわけないじゃないの!
乳母やが読み聞かせてくれた絵本にのっていた。
この世界の最高神、真月の女神イル・リリヤさまは黄金の長い髪と黄金の瞳をした女神さま。「青白く若き太陽神アズナワク」さまのお母さま。お祈りをするときは、こう呼びかけるの。
《死者と咎人と幼子の護り手、白き腕なる慈愛深き母なる神》
それに精霊さまといえば、この世界の魂そのもの。ごくごく稀に人間の前にあらわれるときには、銀色の長い髪、淡い
あらためて、鏡に映った姿を見る。
確かに、かわいいっ!
膨らんだ小さな袖のついた水色のサテンのワンピースと、フリルのついたリネンの白いエプロンドレス。
(……まるで、アリスね。)
ふっと脈絡なく脳裏に浮かんできた言葉に、あたし自身も戸惑う。
鏡の中のあたし、金髪のアイリス・リデル・ティス・ラゼルは。
困ったように、かすかに笑った。
ところでメイド長のエウニーケさんは、すごくきれいな人だ。
お父さまが先代から事業を引き継いだ頃から我が家に勤めてくれているけど、そのキャリアからすると意外に思えるくらい若々しいの。
理知的で鋭い瞳は、灰色がかった緑。赤っぽいブラウンの髪をうなじでまとめてアップにした髪型は、きりりと理知的な顔によく似合っている。髪の色や目の色は違うけれど、精霊さまに似ているというなら、これぐらい美しい人じゃないかしら。
「では昼食のお席にまいりましょう」
エウニーケさんが銀のベルを持ち上げて鳴らした。すると子供部屋のドアが開いてやってきたのは、ローサ・マイヨール。あたし専属小間使い。
「お待たせ致しましたお嬢さま」
十歳のローサは癖の強い赤毛を後ろで一つにくくって三つ編みにしている。
大きな黒い目、頬には、薄いそばかすがいっぱい。力持ちなの。
乳母やのサリーの紹介で、我が家にやってきた。
ローサはあたしにとって使用人というよりお姉さんみたい。ローサのほうも自分は田舎育ちで不作法だから、お嬢さま付きになれるなんて思わなかった、専属になれて嬉しいって、率直に言ってくれてる。
守護妖精シルルとイルミナの存在に最初に気づいたのは、ローサだった。彼女には魔力が少しだけあるから、子ども部屋に妖精がいることはわかるみたい。姿は見えないようだけど。
魔法使いになるための公立学院に通っているエステリオ叔父さまは保有魔力が多いので、あたしと同じように妖精が見えて会話もできる。
メイドさんたちの噂話では、ここエルレーン公国首都シ・イル・リリヤでは持って生まれた魔力が多いかどうかは大きな要素。社会的成功にも影響するんだって。
ところで毎日のことだけど、朝はメイドさんが何人もでやってきて、お着替えタイム突入! ファッションショーになっちゃうのはちょっと困ってる。
疲れちゃうし、なんだか恥ずかしいの。
「身支度はこれでいいかしら」
「とてもよくお似合いですわ、お嬢さま」
メイド長エウニーケさんは満足そうにうなずいた。
「では、ローサ。お嬢さまを朝食のお席にお連れして」
「はい、メイド長」
あたしは乳母やに抱っこされて、ローサについていく。
※
食堂に入ると、大きな長いテーブルの端に、お父さまとお母さま、エステリオ叔父さまが先にいらしていた。
子供用の椅子が用意されていて、あたしは乳母やと離れて座る。
乳母やとローサは入り口の扉まで戻って控えている。
食卓について一緒にごはんをいただくのは家族だけ。乳母やたちはあとで、別室でごはんをとることになっているの。
お父さまの名前はマウリシオ・マルティン・ラゼル。茶色い髪と顎ひげ。大きな商店の会長だから威厳を出すように大人っぽく整えてるけど、まだ三十二歳。
お母さまの名前はアイリアーナ・ローレル・フェリース・ラゼル。
女性の年齢は秘密。でも、お父さまより三歳年下なのです。長い金髪と緑の目は、あたしと同じ。
もっとも、あたしの目は妖精を見ているときは色が違うとか。
エステリオ叔父さまは、エステリオ・アウル・ティス・ラゼル。
お父さまと少し歳が離れていて、いま十六歳。
レンガ色の癖っ毛と、優しい茶色の目をしている。エルレーン公国の公国立学院、魔導師養成コースに通っている。寄宿舎もあるそうだけど、家も近いからと、通うほうを選んだ。
おかげであたしは、お父さまとお母さまが会合でお留守の夜でも、エステリオ叔父さまに絵本を読んでもらえる。叔父さまはサリーには持ち出せない鍵のかかった書架にあるご本も持ってきてくれるの。
「今夜はいよいよ『魔力診』だな」
お父さまは感慨深そうにおっしゃった。
「ええ。健やかに育ってくれて、なんてありがたいことでしょう」
「本当に」
エルレーン公国では子どもが成長していく過程での行事がある。
三歳で『魔力診』を受けたら親戚だけを招いた晩餐会で『仮のお披露目』をして。
五歳で『代理父母の儀式』を経て、後ろ盾になってくれるご家族とお祝いをして。
七歳で、親戚やご近所さん、お父さまの商会を通じて付き合いのある人たちとかの皆さまをお招きして晩餐会を開いて『本式のお披露目晩餐会』をする。
そして九歳になったら公立学院に通って勉強を学んで、社会に出る準備をするの。
いよいよ、今夜は『魔力診』なんだわ。持って生まれた魔力の質とか、量を計測するのだって。
どんなのかしら。少し不安になっていたら、
「だいじょうぶだよ、アイリス」
エステリオ叔父さまが優しく笑って、励ましてくれる。
「今日の『魔力診』にいらしてくださる『
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