胎動編21話 強化合宿



リグリットから数十キロの距離に、緩やかな丘陵地帯がある。その一角にちょっとした窪地があり、百年経っても変わっていなかった。人里から離れ、平原からの視界も通らない。秘密訓練にはうってつけの場所だ。


窪地に撞木鮫で乗り付け、野営テントを張る。人数的に船で寝起きすればいいのだが、気分ってのも大事だからな。


「先生、さっそくご指導願いますわ!」


獅子王を模した訓練槍を構えて張り切るサンドラ。専用の模造槍は茂吉さんが作ってくれた。


「おまえは後だ。スペシャルゲストを呼んであるからな。」


「スペシャルゲスト?」


「忠雪、アラタ!2対1の実戦形式で腕前を見てやろう。」


「はいっ!」 「胸をお借りします!」


訓練刀を持った兎と鯉はオレと対峙する。二人とも気合いが入ってるな。忠雪にとっては二束三文の継承を賭けた試練、アラタは手合わせで(僅差ではあるが)負け越している忠雪との差を埋める修練の場だ。


「他の者は見学だ。他者の戦いを観察するのも訓練、集中しろ!忠雪、アラタ、いつでもいいぞ。かかってこい!」


兎と鯉は兄弟のような親しい間柄だが、しのぎを削るライバルでもある。


「行くぜ、相棒!」 「格上との戦い方を学びましょう!」


忠雪が右、アラタが左に回って同時攻撃。セオリー通りだな。左右からの刃を跳ね上げながら、弧を描く回し蹴りで反撃。忠雪は雪原を跳ねる兎、アラタは尾ビレで水面を叩く真鯉のように跳んで躱した。


「なにっ!?」


跳ねる速度にやや劣るアラタの足に砂鉄の紐が巻き付く。回し蹴りはフェイント、死角から伸ばした紐が本命さ。


「アラタさんっ!」


空中で身を翻しながら瞬時に念真板を形成した忠雪は、三角飛び斬りで砂鉄の紐を切断する。鯉をフォローした兎は大地を蹴ってまた三角飛び、突きの連打を放って来る。


「岩坐心貫流・乱れ発破!」


「なかなかの速さだ。」


上体を仰け反らせて突きの雨を空振らせながら、忠雪の腹に前蹴りを刺す。体をくの字に曲げながら吹っ飛ぶ兎を鯉が受け止め、追撃を警戒。一息つけた忠雪は前転しながら足払い、跳んで躱した先にはアラタの斬り上げが置いてある。刀で弾いて斬り返し、受けさせたところを空中で身を捻って両足でアラタの首を挟む。


「フランケンシュタイナーかよっ!」


「プロレスにも有用な技はあるからな。」


首投げを食らったアラタの着地点に忠雪が駆け付け、追撃されないように防御の構え。しのぎを削るライバルであり、息の合ったコンビプレイを見せる相棒でもある。いい事だ。


「狼眼抜きでもこの強さ。父上が"剣狼カナタに勝てる者などいない"と言っていたけど…」


「ああ。サモンジ隊長が"龍帝公こそ史上最高の武人"と言い切るのも納得だな。」


「底の見えない格上を相手するには……底の底まで絞り出すしかない。」


忠雪が訓練用の脇座を抜いた。この風格、二刀流が本来のスタイルのようだな。心貫流本派からは異端扱いされる岩坐心貫流、忠雪は異端の流派に身を置きながら、さらに独型を使うのか。


「竜騎円流・伏竜円擊!」 「岩坐心貫流・角兎の舞い!」


地を這う竜のように駆けるアラタと、羽根のように軽やかに宙を舞う忠雪。


「左右の次は上下の同時攻撃か。」


「上下だけでは…」 「ありませんよっ!」


兎と鯉は上下だけではなく前後左右から同時攻撃を仕掛けて来る。払いと突きのラッシュを受けて躱しながら、連係の僅かな綻びを狙って反撃。綻びが何処にあるかを教えてやらないと、繕う事が出来ないからな。


10分ばかりの攻防で二人の息が上がり始め、ダメージも蓄積されてきた。


「はぁはぁ……まるで通じないなんて……」 「……ここまで腕の差があるのか。」


自分より年少の忠雪とアラタが善戦する姿を見たJJとトニーの顔には嫉妬と羨望が見て取れる。スパークとノエル、キョーコとレオニーにもいい刺激になっただろう。新世紀組から見れば、兎と鯉は格上なのだ。


「底の底まではまだ遠いぞ。そろそろオレから仕掛けてやろうか。」


ヒビキ先生にも来てもらってるから、多少怪我をさせても問題ない。受けに回った二人は痛打を浴びながらも倒れず、歯を食いしばる。相棒より先に倒れてたまるかと我慢比べをしているようだな。


「……やれやれ……忠雪の……勝ちだ……」


体格とタフさに勝る筈のアラタが先に膝をついた。根性の差ではなく、回避力の差が浮き彫りになったのだ。トータルファイターのアラタに対し、忠雪は空中戦が得意なスピードタイプ。脚力には目を見張るモノがある。


「合格だ。忠雪、二束三文を使え。」


「…あ、ありがとう……ございます……」


相棒の後を追うように忠雪も膝をついた。


「この音は……鶺鴒だ。」


JJがエンジン音で船を判別し、亡霊戦団の軽巡洋艦・鶺鴒ワッグテイルが窪地に現れる。撞木鮫の隣に停泊した船のハッチが開き、大地を踏み締めた虎は死んだ鯖みたいな目で背伸びした。


「トーマさん、忙しいのにお呼び立てしてすいませんね。」


「暇つぶしには丁度いいが、俺は手加減なんざ出来ないぞ。」


「危ないと思ったら割って入りますから、全力で戦ってください。サンドラ、スペシャルゲストに人外の恐ろしさを教えてもらえ。」


死神トーマにはローギアとトップギアしかない。しかもトップギアに入れたらブレーキが利かなくなる。事故らないように気を張っておかないと。


「……お祖父様を退けた唯一の男、死神トーマ。相手に取って不足なしですわ!」


相手に取って不足なしどころか、今のおまえじゃ話にならんよ。だが、災害閣下と同じ人外と戦った経験は、サンドラをさらに強くしてくれる。


「ありゃ災害ザラゾフが油断してただけだ。ド素人っぷりには自信があってな。」


「皆、もっと下がれ。巻き込まれるぞ。」


獅子と虎から十分に距離を取らせる。トーマさんの能力範囲にいても問題ないのはオレだけだ。


「サンドラちゃんだっけか。模造槍ではなく本物を使いなよ。」


虎は宝刀武雷を抜いて、峰を前に向けた。武雷の切れ味は至宝刀の中では下位に属するが、トーマさんにとって切れ味なんざ関係ない。人外の膂力と念真力を支えられれば、それでいいんだから。ぶっちゃけ、刀である必要性すらないのだ。


「先生、ああ仰っておられますが…」


サンドラがこちらを見たので頷いておく。


「今のサンドラではどう足掻いても殺せない。おまえこそ多少の怪我は覚悟しておけ。」


「では遠慮なく。血が滾りますわ!」


殺せないと太鼓判を押されたサンドラは奮起し、模造槍をキョーコにパス。獅子王を構えた。


「じゃあ始めるか。」


「まずは挨拶からですわね!」


手近な巨岩二つを使役して挟み撃ちを狙ったサンドラだったが、トーマさんの展開した重力磁場で進撃は停止。ついでに暴風が吹き荒れる。死神トーマは火炎、氷結、雷撃、颶風、重力、5つの元素系能力を全て使え、さらには融合もさせられる。問題は、力の制御が本人にも不可能な事だ。たぶん今のは、巨岩を地面に貼り付けるだけのつもりだったが、勝手に颶風能力まで発現しちまったってところだろう。


死神トーマの厄介なところは、こういった無意識の攻撃が多発する点にある。本人が意図してないんだから、読める訳がない。


「巨岩の兵隊か。災害ザラゾフを思い出すねえ。」


「腕力もお祖父様譲りですわよ!ウラァーーー!」


お互いの重力磁場を中和しながら接近戦。自慢の剛力で繰り出す剛槍は、涼しげな顔であっさり受け止められる。死神トーマは膂力においても閣下と同等以上なのだ。


「若いってのはいいねえ。そらよっと!」


無造作に振るわれる至宝刀には技巧の欠片もない。峰打ちを易々と躱したサンドラだったが、刀が纏う膨大な念真力の余波を食らって後退を余儀なくされる。これが厄介なところ、その2だ。念真強度1000万nも脅威だが、宝刀武雷に纏わせると、"縦横無尽に形状変化する鋭利な鈍器"という訳のわからない凶器に転じる。もちろん、どんな変化をするかは元素複合能力コンポジネシス同様、本人にもわかっていない。


「なんたる膂力と念真力!これが人外の力ですのね!ですが技そのものはド素人!」


愛弟子は死神トーマの人外っぷりを称えたが、まだ怖さがわかっていないな。閣下もそう思ったんだよ、"ド素人など、どうにでも出来る"ってな。だが、わかっていてもどうにもならないから万夫不当の猛虎なんだ。


数合打ち合うと戦闘センスの塊は、恐るべき戦法を看破した。


「徹底した相打ち狙い!? そんな無茶苦茶な戦い方がまかり通るなんて!」


そう、いかなる達人名人も打ち込む瞬間だけは足が止まる。カウンターなんて高等技術じゃない、相手の動きに後出しで反応してるだけ。圧倒的なパワーと分厚い多重念真重力壁に加え、多少のダメージはモノともしない無類のタフネスがあればこそ可能なダメージレースだ。


「不格好だが、他の戦い方を知らんのでな。」


トーマさんは嘯いたが、無敗の指揮官でもある彼は優れた戦術脳の持ち主だ。何も考えずに相打ち戦法なんてやる訳がない。手先が不器用で、高度な技を習得出来ない(面倒臭いからってのもありそうだが)超人にとって、これこそが最適解。単純明快で難攻不落のストロングスタイルだ。事実、四半世紀戦争において、誰も巨砲を備えた堅城を攻略出来なかった。


「相打ち狙いとわかれば、手はありますわ!」


サンドラは踏み込む瞬間に念真重力壁を展開、打ち終えると同時に重力軽減した体をサイコキネシスで後退させる。刀を使った範囲攻撃だけにダメージを殺し切るには至らないが、無策で殴り合うより遥かにマシだ。考えたな、サンドラも優れた戦術脳を持っているようだ。


さらに踏み込むと見せて空振りを誘い、隙を突いて痛打を浴びせようと試みる。数度は上手くいったが、対応され始めた。不器用なだけで身体能力は極めて高いトーマさんは反応速度も半端ではなく、フェイントと判断した瞬間に念真力をフル解放して吹き飛ばし&鉄壁の障壁を展開。念真強度の差があるだけに、反撃を封じられてしまう。攻撃を逡巡すれば、範囲攻撃の連打が待っている。相打ち狙いはあくまで、踏み込まれた時の対応策に過ぎない。


サンドラも良く食い下がったが地力の差を埋める技量を持っていない。ダメージが深刻の一歩手前まで積み上がった時点で、訓練を終わらせる。


「そこまで!サンドラ、よく頑張ったぞ。」


途中からコンポジネシスを封印したのが、トーマさんなりの手加減だったのだろう。


「……ぜーはー……せ、先生……この方に勝つ方法なんて……ありますの?」


「ないからみんな困ってたんだ。」


イスカがやったみたいに、総合力で押し切る以外に方法はないだろう。軍神と死神、神の名を冠する両雄は最終戦役で死闘を演じた。お互いに満身創痍になったところで停戦命令が戦場に届き、決着がつく事はなかった。もし、停戦が成立していなければ、どちらが勝っていたのだろう?



過去の名勝負を振り返るより、未来の青写真を描くべきだな。ここにいる全員が、この星を担っていくべき綺羅星だ。

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