第10話 朝は大変です

 マルテがアウレーリアからの依頼を受けてから数日。

 彼女はアウレーリアが買った屋敷に住まわせてもらっていた。


 屋敷はディアマンテの中心街から離れたスラム街にほど近いイロニア区にあった。

 スラムが近いからか治安はあまりよくなく、タルタルーガが落底してきた際に人のいなそうなところとマルテが逃げた街区と近いこともあってか金貨十二枚という安い値段で売りに出されたらしい。


 それでも屋敷での生活は、普段の生活と比べると天と地ほどの差があった。

 壁と屋根に穴など空いてなく隙間風もない部屋。

 藁を敷き詰めた虫だらけのベッドではない、きちんとした毛皮や魔獣の体毛が使われているふかふかのベッドと枕。

 これに慣れてしまったら、この依頼が終わった後がキツそうだと漫然と思う。


「……慣れない方がいいのかな」


 自分はこんなに良い扱いをされるような人間ではない。

 魔力汚染災害で一人生き残ってしまった罪人だ。

 だから、本当はこんなところにいて幸せな生活をしていいはずがない。


「いやいや」


 すぐにマルテは頭を振って浮かび上がった懊悩を記憶の海に沈めてしまう。

 ちゃんとしなければならない。

 生き残ってしまったのだから、生き残ったものとして人の役に立たなければならない。

 それにすごいと必要だと言ってくれたアウレーリアの為にも、こんなことをうじうじと考えて立ち止まっている暇はないのだ。


 彼女に失望されたくない。

 だから頑張ろうと頬を叩く。


「よし!」


 窓の外を見れば、天空神チェーロの瞳の燦々とした光とともにスドーレが降り注いでいた。

 空湖チエロラーゴ越しの雨は、他の場所よりも少しだけ緩やかで大きい。

 雨の日のディアマンテはいつもよりも輝いていて、マルテは好きだった。少しだけ気分が上向く。


「今日も頑張ろう!」


 マルテの仕事は朝一番、天空神チェーロが目覚めるのと一緒に起きるところから始まる。

 身支度もそこそこに整えたら、まずは朝食の用意。

 アウレーリアは別にそんなことする必要はないと言っていたが、マルテはただ研究に協力するだけで金貨三十枚も貰うわけにはいかないと、この屋敷での家事仕事を担当することにしたのだ。


 最初の数日は大変だった。

 なにせ荒れ放題の屋敷をなんとか使える状態にしなければならなかったから。

 お金があるのだし、メイドや侍従を雇えばいいのではないかとも思ったが、アウレーリアは煩わしいから、と雇う気がないため一人でやらなければならなかった。


 空いている時間を見つけては掃除を繰り返して、ようやく綺麗になったのがつい先日のことだった。


「よし。埃は大丈夫」


 掃除したばかりと言えどもつい気になって見て回ってしまう。

 見回っておかないと変なところに変なものとか手紙とかポーションの空き瓶や着替えが放置されかねないのだ。


 ここ数日でわかったことであるが、アウレーリアは非常に大雑把だ。

 研究室とした地下の部屋以外は、定位置という概念がない。

 気分で好きな所に置き放題してほったらかしにしたり、毎日寝る部屋が変わる。

 部屋に侵入されてベッドに入られた時は悲鳴を上げかけたくらいだ。


 そのくせ魔法の研究室だけは理路整然と定位置での整理整頓ができているから、できないわけではない。

 ただやる気がないだけなのだと、マルテは理解し始めていた。


 ただ大雑把なのもやる気がないのも良い作用をすることもある。

 例えばキッチン。

 食材を冷蔵する魔道具や薪を使わずに火を使える魔道具に、井戸から水をくまずともいつでも水が出せる魔道具などが運び込まれている。


 それらは全てアウレーリアがよくわからないまま前の家にあったからとそろえたものだ。

 本人は使わないくせに、こういうところは雑に全て良いものを揃える。

 値段は聞いていない。聞いたらマルテは使えなくなってしまうだろうから。でもきっと高いのだろうとは思うから最大限の丁寧さで使っている。


「それでも楽だけど」


 正直なところを言えば、真新しい魔道具を使って料理をするのは楽しかった。

 そういうわけで楽しい朝食づくり。

 実はこれが一番の悩みどころだったりする。


「あの人、食には頓着しないのに、好き嫌い激しいし味にはうるさいんだよなぁ」


 マルテの朝食はもっぱら昨晩の残りものだとか、冒険者通りの屋台のおじさんたちに押し付けられたものだったりで様々であったが欠かしたことはない。


 アウレーリアは酷い。

 食べたり食べなかったり、食べたとしても毎日同じもので食べ物かもわからない薬を飲む。

 マルテも一度もらったことがあるが、一度食べればもう二度と食べたくないと言いたくなったくらいだ。というか言った。


 三日目あたりで朝食を作りますと宣言させるくらいには、酷かった。

 それに関しても特になにも言わずに『そう』とだけ。

 許可されたのかされてないのかもわからないままに、とりあえず市場で手に入った食材でソルレカランテ王国北方風の朝食を作った。


『この北方風スープは悪くないけれど、使ってるベーコンが良くないわね。北方風にするなら、やっぱり北方のノルドマヤーレのベーコンを使わないと。こっちの野菜のサラダは全然ダメ。特にオルガ・マリーナは苦くて嫌いだから使わないで』


 まさかのダメ出し。

 かと言って残すとかはしないで全部食べるから思わずどうしてかと聞いてしまったくらいだった。

 曰く、『残す余裕なんてないのよ』ということであるが、自分に支払うお金はたくさんあるのに余裕がないわけないじゃないかと思った。何かあるのだろうか。


「西方風は辛いものが多いし、東方風はよく知らないから今日は……」


 ここ数日でわかったアウレーリアの好みは、辛いものよりも甘いもので苦いものは嫌い。そういえば飲まされたポーションは全部、味が良かった。

 魚介類よりも牛とか豚や陸生の魔獣の肉を好んでいて、こってりしたものよりもさっぱりしたものの方が反応が良い。なお肉類の生食はあまりしたがらない。


 北方風は生食とか凍らせたものをそのままとかが多いからスープ系以外は全滅。

 次の日は、王国筆頭魔法使いだからと王都風を酒場の料理人から聞いて作ってみたら、そちらの方は悪くない反応だった。

 ただ満足げでもなかった。

 こうなると満足と言わせたくもなる、というわけで今日も気合いを入れて朝食作る。


「……ここは思い切って南方風、かな」


 乾燥させたフルーツを使ったサラダと熱した砂で焼いた砂食い虫の肉。

 肉の方は硬い甲殻のまま砂に埋めて焼いて、焼けたらほぐしながら身をとって皿に盛っておく。

 すりつぶしたカクトゥスとわずかな小麦を練り合わせて薄く焼いた生地も用意。これに包んで食べるのが南方風の朝食だ。

 豆と野菜のスープは王国南部の方では朝食としてなじみがないがマルテの故郷ではよく出ていたのでそれも用意している。アウレーリア用というよりかはマルテ用のものだ。


「さてと、起こしに行かないと」


 ここまで用意してもアウレーリアはまだ起き出してこない。

 昨日は、二階の端の部屋のベッドに入っていくのを確認したから眠っていることはわかっている。

 寝るのも毎日じゃなくて、寝たり寝なかったりする。寝た場合は、何事もないと昼まで眠っていることもしばしばある。


「アウレーリアさん、起きてますか?」


 たぶん寝てるだろうなとノックをしながら部屋のドアを開けると、ベッドから落っこちてるアウレーリアを発見する。


「この人寝相も悪いんだよなぁ……」


 とてもすごいデキる魔法使いという印象は、初日で吹っ飛んで今では手間のかかるすごい人という感じだ。

 少しだけ付き合いやすくはなった気がする。

 下々のことなんてわからない天上人のように思っていたものだが、意外というか普通にダメダメなところもあるのだなぁと親しみを覚えたくらいだ。

 それくらいではかけてもらった言葉の光は陰らない。


「んぅ……」


 声をかければぽやんとしながらもアウレーリアは起きる。


「おはようございます」

「おはよう、何かあった?」

「何もありませんよ。朝食です」

「ん……」


 ぽやぽやしながら寝間着のまま食堂に移動する。たまに寝間着も着ていない時があるから注意が必要になる。

 寝相で脱げるらしいから普段は着ないと言っていたところを死ぬ気でマルテが説得して寝間着をつけてもらっている。

 だいたい半々で脱げている。


「今日は南方風です」

「ん」


 さて、今日の反応はどうだろう。

 満足顔か不満顔か。


「……美味しい」

(良し……! 良し良し!)


 なんの文句もなく美味しいと言わせたと心の中でガッツポーズ。


「スープが特に良い。これ好き」

「……故郷のスープなんです。お母さんが生きていた時に作ってくれてて」

「そう良いお母さんだったのね。なら感謝しないと。こんな美味しいスープにめぐり合わせてもらったのだし。わたしも本気で研究を進めないとね」


 どうしてそこから研究に繋がるのかわからないマルテであったが、これから朝食は故郷のものにしようと決めた。

 そんないつもよりも和やかな朝食を終えてさあ、一日を始めようとしたところで、食堂のドアが乱暴に開け放たれた。


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