016 贖罪
ヴォルクとエレインの二人は、街の路地を走り抜けていた。
様々な方向から高速の矢が射かけられてくるが、ヴォルクはそれを避けず、全て〈爆発〉の魔術で叩き落とした。
避けても追従してくる矢に対処するにはそれしかなかったからだ。
二人が人気のない広場に出ると攻撃は一旦止んだ。
そして暗闇の中から、非常に小さな足音と共にエルフの少女がその姿を現したのだ。
「逃げ惑うだけとは無様ね、狼人。それよりそっちの女はなんなの? 勝手に傷が塞がったように見えたけど」
「答える道理はないな。さて、本気で殺しに来たんだ。死ぬ覚悟があるんだろう?」
ヴォルクは部屋を脱出する際に、愛銃を持ち出すことができなかった。それはエレインの金砕棒も同じだ。
しかし、彼は軍人時代からの癖でナイフだけは常に肌身離さず携帯していた。
胸に付いているレザーのケースからナイフを抜き出すと、ヴォルクはそれを逆手に構えた。
「エレイン、俺に回復魔法をかけてくれ。攻撃は隙を見ながら投石だけしてくれればいい」
「はい……!」
ヴォルクは左腕を矢に貫かれていたため、満足に動かすことができなかった。
そのため、エレインは即座に回復魔法の詠唱を始める。
「させないわ」
エルフは流れるような動作で矢を番えると、躊躇なくそれを放った。
ヴォルクはナイフを片手で振るい簡単に矢を叩き落としてみせる。
エレインであれば矢の一本が刺さったところで致命傷にはならないが、見過ごすことなどはできなかった。
「……かの者の創痍を癒さん。〈ヒール〉」
エレインの詠唱が終わり、神の権能によってヴォルクの腕が修復されていく。
「さあ、やるか」
ヴォルクは身を低く戦闘態勢をとった。
遠距離攻撃をしてくるものに対しては、被弾面積を減らすために身体を小さくしてみせるのだ。
ヴォルクのその姿勢は、さながら本物の狼のようであった。
しかし、限界まで鍛え上げられたヴォルクの身体能力は野生の狼を凌駕する。
「〈加速〉」
それに加え彼は身体強化魔術の使い手でもあった。
ヴォルクは稲妻のような速さで地を駆ける。先手を取ったのはリルだった。
リルはヴォルクに向け凄まじい速度で次々と矢を放っていく。
百年単位の訓練により、弓矢の扱いでエルフに敵うものなどいない。
ヴォルクは距離を詰めながら、飛来する矢を全て叩き落とした。正面からの弓矢による攻撃では、エルフでもってしても彼に傷をつけることはできないようだ。
リルは即座に攻撃を切り替える。
「〈追風〉」
彼女は魔術を使用してから、もう一度矢を番え放った。
今までと変わりのない動作に見えたが、放たれた矢はヴォルクの反射神経をもってしても捉えきれないほどの速さとなっていた。
矢の速度を上げる魔術なのだろう。
ヴォルクは地を踏み締め蹴ると高く飛び上がり、なんとか高速の矢を回避した。
「悪手ね。〈追風〉」
空中にいるヴォルクに対し、リルはもう一度魔術を使用した矢を放つ。
落下中であるため軌道を変えることができないヴォルクは、弓矢の達人からしてみればいい的でしかなかった。
「〈爆発〉」
しかし、空中にいるはずのヴォルクは、あり得ない角度でその身体を大幅に横へとずらし矢を避けた。
〈爆発〉の魔術を使用することで空中にいながら爆風で移動したのだ。
――これ、痛いんだがなあ。
〈爆発〉を自らの身体に使用し無理やり身体を動かすという術は、軍に所属していた頃、後輩の竜人の女がよくやっていた技だった。
彼女はドラゴニュートゆえ、竜並とはいかぬものの、それに匹敵する硬い肌を持っていたためできた芸当だったが、精々獣の毛に覆われているだけのヴォルクにとっては自傷に近い諸刃の剣ではあった。
「〈爆発〉」
空中で軌道を変え矢を避けたヴォルクはもう一度爆発を使用することで、今度はリルの元へと一直線に身体を加速させた。
「風よ吹け」
リルは魔法の詠唱を行う。エルフの特性により一言だけで済んでしまうが、強力な魔法であることに変わりはない。
彼女の願いに応えようと風の精霊達が集まり、空気中に不可視の風の刃を発生させる。
「〈ウインドカッター〉」
空中で漂っていた刃は鎌のような形状に形を変え、高速で回転しながら空中に撒き散らされた。
リルは精神的に未熟ではあったが、魔法の扱いにおいてはその限りではない。
彼女はこの獣人の男に以前通用しなかった〈ウインドスピア〉を使用しても、簡単に避けられてしまうという未来が見えていた。
そのため、魔法を攻撃のために当てに行くのではなく、防御のため置きにいったのだ。
ランダムに散らされる不可視の刃、無策で突っ込めば身体中をズタズタに引き裂かれるだろう。
ヴォルクは昼に使われた魔法と雰囲気が変わったことを風の動きで察知し、もう一度〈爆発〉の魔術で進行方向を変えると、彼女から距離を取った。
「投石、行きます!」
後方のエレインから攻撃の予告がなされ、屍鬼の恐ろしい膂力による投石が宙に弾けた。
しかし、弾丸じみた高速の石礫は、リルの数歩前まで来ると粉々に砕けてしまう。
ここでヴォルクは、リルが風の刃を防御に使ったことに気付いた。
あのまま突き進んでいれば、例え身体を細く折り畳んだとしてもミンチにされていただろう。
直感に従った結果、ギリギリのところで助かったようだ。
遠距離での攻撃手段がある相手に、距離を詰めることができない。
普段のヴォルクであれば魔導突撃銃の一撃で終わる戦いであったが、それができないことがもどかしかった。
「あら、怖気付いたのかしら。死ぬのが怖い?」
リルはいやらしい笑みを浮かべると、勝ち誇った表情をした。
「こんな大魔法、久しぶりに使うのよ。光栄に思いなさい」
そう言うと、続け様に魔法の詠唱を始めた。
「風の精霊よ、我の願いを聞き入れ給え。自由をもたらす解放の証、我を通し皆へと吹け」
それは省略を行わない風魔法の完全詠唱。
「〈パニッシュメントストーム〉!」
彼女が使用できる最高火力の風魔法、嵐による広域攻撃。
使用できるのはエルフでも何百年と生きた族長クラスのみであり、若手もいいところのリルが行使できるのは、ひとえにその才能の高さゆえだった。
「あたしを侮辱したこと、後悔なさい!」
彼女がここまでして自らの恥を雪ごうとするのもまた、その才能ゆえのプライドの高さが原因だったが。
広場に生えた草やガラクタ、そして何本もの樹木までもが、粉々に裂かれ空へと舞っていく。それは彼女の魔法威力の高さを物語っていた。
本来、上級風魔法〈パニッシュメントストーム〉は敵集団を一撃で撃滅するために使われる攻撃だ。近距離の敵一人二人を相手に使用するな気軽に放つ技ではなかった。
彼女がヴォルクへのトドメにこの技を選んだのは、相手を徹底的に打ちのめすことで自身の自尊心を回復させるため。
高位の魔法には相応の魔力消費が伴うもので、リルも発動には残存するほぼ全ての魔力を注ぎ込んだが、それにより払った代償に見合う凄まじい威力を生み出していた。
彼女は魔力切れによる意識の混濁に耐えながらも勝ちを確信し、その場にへたり込んだ。
嵐の範囲は徐々に足元へと迫ってきていた。広場の中にヴォルクの逃げ場はどこにもない。
このままではエレインも含め、二人して嵐の中で引き裂かれることだろう。
強力な広域魔法に対し、しかしヴォルクは冷静な思考の中で一つの疑問を浮かべていた。
嵐の中心であるリルの周りの草だけは、凪のように穏やかに生えているのだ。
そこから考えられることは一つ。
この魔法はリル自身も攻撃の対象となってしまうため、攻撃範囲の中に安全地帯を作り、彼女はその中に入って嵐をやり過ごしているのだ。
この魔法から逃れるには、後ろに引くのではない。
むしろその逆、中に飛び込むのだ。
そのためにはまた彼女の力を借りなくてはな……
魔法の嵐がたてる轟音に負けじとヴォルクは大声を出した。
「エレイン! 嵐の中に飛び込むぞ! 俺の盾になってくれるか?」
「ヴォルクさん! やらせてください!」
ヴォルクは中級の土魔術を使用する。
「〈土壁〉」
魔法の嵐の攻撃空間に、土によるトンネルができる。
それは嵐の中心であるリルの前まで真っ直ぐ伸びていた。
「進むぞ!」
エレインを先頭にし、二人は嵐の中にできた魔術のトンネルの中に走り込んだ。
トンネルといっても、材質は中級魔術でできた土である。
嵐の中を吹き荒ぶ風の刃から身を守る効果などほとんど期待できないが、ないよりはいくらかマシだった。
ヴォルクを守るようにしながら先頭を進むエレインは、全身に深い切り傷を負った。
常人ならば致命傷となる傷でも、屍鬼の少女は気にせず歩み続ける。ヴォルクを守るため、奴隷としてではなく、冒険を共にする相棒として。
「こいつら、イカれてる……」
まさか致死の空間に自ら飛び込んでくるとは、リルは二人の行動に恐れをなすしかなかった。
二人はリルが作り出した安全地帯の中に走り込む。
ヴォルクを無事守り切ったエレインは、そのまま地面へと倒れ込んだ。
立つための筋繊維まで引き裂かれてしまったのだろう。ここまで保ったのは彼女の精神力があってこそだった。
全身から血を流すヴォルクも無傷とはいかなかったが、エレインの活躍により力を存分に残した状態でリルの前に立つことができた。
「覚悟はできているな」
帝国軍時代でもあっても、ヴォルクは子供に手をかけたことはなかった。
しかし相手はエルフである。子供の見た目をしていようと、年齢はヴォルクより遥か上なはずだ。
ヴォルクの目には明らかな殺意が宿っていた。
一歩間違えばエレインと共に風に引き裂かれ絶命していただろう。ここで見逃してもこの少女が復讐を諦めるとは思わなかった。
狼はナイフを強く握ると、狼狽するエルフへと近づいていった。
「こっ、殺さないで! お願い!なんでもするわ…… そうだ! 貴方の新しい奴隷になってあげる! ね!? ね!? こ、こんなところで、死にたくないの!」
「お前、歳はいくつだ?」
ヴォルクは最後に一つだけ質問をしようと思った。
「百と、幾つかになるわ…… お願い、見逃して……」
「よかった。子供を殺すわけじゃないんだな」
リルの顔は絶望の色に染まり、並外れた恐怖から身体の震えを止められない。彼女の足元には大きなシミが広がり始めていた。
そして、ヴォルクが彼女の首筋にナイフを当てた瞬間のことだった。
風切音と共に、ヴォルクとリルの間を割くように一本の矢が撃ち込まれる。
「獣人の英雄よ、どうかそこまでにしていただきたい!」
高らかで透き通った声が広場に響く。
「『吸血鬼殺し』のヴォルク殿とお見受けする。私の名はヤン・ドウア。彼女の師を務めている」
ヴォルクは魔法により出鱈目な地形となった広場に新しく現れた、ヤンと名乗る男に目を向ける。
尖った耳に整った容姿。見た目はヒューマンでいうと中年に差し掛かるといったところか。
特徴から見ればリルと同じエルフであることは明らかだ。実年齢を聞けば、どんな答えが返ってくるか予想はつかないだろう。
「ヴォルク殿。私の弟子が貴殿にした非礼、心からお詫びする。だからどうか、その矛を収めてはいただけないだろうか!」
ヴォルクは全身から血を垂れ流しながら、地面に横たわる自らの相棒とも呼ぶべき奴隷の少女を見た。
エレインの傷は修復を始めていたが、いかんせん傷の多さ深さ共に尋常なものではなく、無惨としかいえない姿をしている。
しかしヴォルクの視線に応えるようにアイコンタクトが取れたことから、どうやら意識は保てているようだ。
「非礼? 連れを殺されかけた。俺も見ての通りの有様だ。どう詫びるつもりなんだ」
その言葉にエルフの男は覚悟を決めるような顔をした。
「失礼する」
男は懐から素朴な作りのナイフを取り出した。どうやらヴォルク達を攻撃する意図はないらしい。
彼はそのままナイフを片手で持つと、もう片方の手で長い耳をつまむようにして持った。
そして彼は自らの片耳を、切り落とした。
「私が示せる最大限の謝罪だ。これで済まなければもう片方を落とそう」
男は痛みと、それ以上の恥に震えているように見えた。
ヴォルクの知った文化ではないが、エルフにとってその最大の特徴ともいえる長耳を切断することは、彼らの価値観の中でも最も恥ずべき処置なのだろう。
ヴォルクのすぐ横でへたり込んでいるリルも、その光景に驚愕しているようだった。
ヴォルクは男の誠意に応えることにした。エルフ独自の文化感を知らなくとも、彼の意思は十分に伝わったからだ。
「お前からの謝罪を受け取ろう。このエルフの命は奪わない」
「師匠! あたしのために、なんてことを……」
ヴォルクはヤンの元へ駆け出そうとした小さなエルフの首元を蹴りつける。その一撃で彼女は瞬時にして意識を失った。
「連れて帰れ。その女は二度と森から出すな」
「もちろんそうする。だがその前に、貴殿の腕前を見込み頼みたいことがある」
男は顔を引き締めこう言った。
「どうか大森林に住む私達エルフを、ひいては大森林そのものを、貴方の力で救っては頂けないだろうか?」
「断る」
ヴォルクは即答だった。これ以上エルフなどと関わりを持ちたいとは思わなかった。
しかし、次の彼からの言葉でそれは反転する。
「一瞥させて頂いたが、お連れの女性はアンデッドと見受ける。しかし彼女には人の意思が宿っているのだろう? 私達は彼女のような事例を他に知っているし、貴殿への頼み事に関係する話でもある」
「ほう」
「それに彼女を陽の光の下で生かす方法を教えることもできる。どうか話だけでも聞いていただけないか」
ヴォルクは少し考えると、彼に返答した。
「場所を変えよう」
【Tips】詠唱短縮。魔法を発動させるには、完璧な形での詠唱が不可欠である。しかし幾くらかの種族、魔法の種類、または個人の弛まぬ鍛錬によっても、詠唱を短縮しながら魔法の発動を行えることがある。しかしその場合は、魔法本来の威力やコントロールは失われる場合が多い。また詠唱を完全に破棄しての発動は不可能である。
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