狼人戦記 〜その狼は魔導銃から硝煙を燻らせて〜

@KOU_HORI

屍人編

001 衝突

 始まりは何事も自己紹介からだ。

 

 俺は名をヴォルクという。

 獣人族で、おそらく狼の血統。

 

 生まれは知らず、育ちは帝国領のスラム街。

 ガキの頃に年齢を偽り軍に入隊したが、八年の間地獄を見続け、その後脱走。

 今は縁もゆかりもない王国で、しがない冒険者をやっている。


 今日の天気は晴れ。長閑な田舎道が続く、日も暮れたとある王国領の道端。

 冒険者ギルドから受けたちょっとした依頼の途中に、俺は『銃弾の雨』を浴びている最中だ。

 

 こんな天気になる様子はなかったんだがな。

 さて、ここまでが簡単な自己紹介。



 

「チッ――奴ら四一式で固めてやがる。最精鋭だな」


 ヴォルクは吸っていた煙草を捨て去ると、岩陰に隠れながら、自らの命を消し去ろうとする集団を覗き見た。

 

 統率の取れた動きをする黒ずくめの装束の集団は、黒光りした揃いの魔道突撃銃を構え、連携しあった射撃を続けている。

 これがヴォルクに向けられたものでなければ、思わず拍手でも送っていただろう。

 

 魔導突撃銃を部隊運用している国など、今はまだ帝国だけだ。

 それも最新鋭の四一式を使用しているのは軍でもヴォルクを育てた一部精鋭だけ。

 王国領で偶然出会ったにしては、出来すぎている。


「生憎、銃殺される趣味はないんでな……」


 そう独りごちると、軍部を脱走した時に拝借した愛銃を両手に持ち、魔力を込める。すると――


 ヴォルクの持つ魔導銃が魔力を吸い、駆動音を立てる。

 複数の魔術がシステマチックに作動し、高速回転する円錐状の石弾を筒の中から連続で射出した。

 音速を超えた攻撃、魔導突撃銃のバースト射撃である。

 

 耳をつんざく様な音をいくつも立てて、岩の向かいにいる複数の相手に、反撃の狼煙を上げる。

 

 ヴォルクが銃弾を撃ち込むと、一瞬の間、敵からの射撃音は鳴り止んだがそれも束の間のことで、すぐに報復と言わんばかりに音速を超えた返礼が彼の元へと帰ってきた。

 

 ヴォルクが放った石の弾は敵集団へと命中したが、ほとんどが集団詠唱による防護魔法により弾かれてしまっているようだ。


「こりゃあ、話にならんな……」


 ヴォルクは自らを、そこいらの戦士や軍人よりも戦闘スキルは上だと自負していたが、圧倒的な物量の前ではそれも歯が立たない。


 ――逃げるか。


 撤退を視野に入れ、辺りを観察する。

 

 すると、敵集団の中央から、拡散魔法による指向性の音声が発せられ始めた。


「あ、あ、聞こえますか? ヴォルクさん。わたしです。イルゼです。無駄な抵抗はやめてください」


 イルゼ。この名前にヴォルクは聞き覚えがあった。聞き覚えが、というより帝国兵時代に彼の部下だった女の名だ。よく覚えていた。


「ヴォルクさん。今はまだ処刑命令は出てないんです。大人しく投降してくれれば、悪いようにはしませんよお」


 魔導銃を持って脱走した兵士に処刑命令が出ないことなど帝国ではあり得ない話であるから、彼女が言っていることは十中八九嘘だろう。

 ヴォルクはそれを見抜き、彼女が自らの部隊の被害を抑えて楽に処刑を遂行するための罠であると確信した。


 ヴォルクは獣人ならではの大声で


「お前らに屈服するほど飼い慣らされたつもりはないな!」


 と返答した。怒りを込めて。


「もお、仕方ないな。ヴォルクさーん! このまま逃げ続けるようなら本当に殺しちゃいますからねえ」


 二人の会話の間だけ一時的に収まっていた銃弾の嵐だったが、この言葉を後にまた射撃の応酬が始まった。

 

 ヴォルクの正面には四人の敵集団がおり、左右方面どちらにも二人程からの銃撃音がしている。


 ――奴らの部隊は八人前後ってとこか、勝ち目はないな。


 ヴォルクはそう判断すると、愛銃を肩にかけて全速力で道端から森の中へと走り込んだ。

 このまま森の中に隠れこみ、走り続ける。

 

 幸いヴォルクには、それをするだけの俊敏さや持久力は備わっているため、なんとかなるだろう。

 精鋭八人を相手取って大立ち回りをするよりも、泥臭く逃げ続けた方が生存率はずっと高い。


 彼は兵役に就いていた頃からそうして、英雄を気取らないことで地獄の八年間を生き延びてきたのだ。


 土から天に向かって伸びる、背の高い木々の隙間を縫って、走り続ける。

 背後からの銃弾が身体を掠めこともあるが、幸い致命傷は貰ってない。

 まだ行ける。


 油断はなかった。恐怖もなかった。あったのは不運だけ。

 走りづけたヴォルクの先に見えたのは、ひとりの少女だった。


 長い黒髪に、白すぎる程の肌と華奢な身体付き。

 ヴォルクは瞬時に今日受けた依頼を思い出す。いや、思い出してしまった。

 

 森で行方不明になった少女の捜索。

 獣人であり鼻が効くヴォルクにはうってつけの依頼。


「まさかお前、エレイン・フリッチュか?」


「そうですが……もしかして探しにきてくれた方でしょうか? でもさっきから聞こえてくる音は……?」


 ヴォルクは少女へ答えを返す間もなく、彼女の小柄な身体を抱きかかえると、また森の中を疾走し始めた。

 彼は知っていた。帝国兵が特殊作戦中であれば、そこらの子供を殺すことに何の躊躇もしないことを。


 ヴォルクの本来の目的は、この子供を見つけることで、自分を殺しにわざわざ隣国までやってきた特殊部隊を相手にすることではない。


 なにより、みすみす小さな子供を見殺しすることなど出来はしなかった。


「チッ――。これで俺が死んだら、誰を恨めばいいんだ?」


 怒りというよりは嘆きに近い文句を吐きながら、森の中を駆け回る。


 ヴォルクは日に数回しか使えない防護魔術を、腕の中の少女を対象に発現させた。

 これで彼自身にかかっていた矢避けの魔術は少女へと移ることになる。しかし、背に腹はかえられない。

 ここで彼女を自分のいざこざに巻き込んで死なす訳にはいかなかったからだ。

 

 時折、銃弾がヴォルクの身体を削り取り、痛々しい生傷ができる。

 獣人である彼は汗をかくことはないが、小さな命を腕に抱えながら銃火の中を潜るのは、相当に気疲れするものだった。魔術の安定さも欠けることだろう。


 後方からは女の声が指向性魔術に乗って垂れ流されているが、無視する。

 なにやら、子供を抱えて逃げられる訳ない、とか、早く私の元に帰ってきて、など喚いているようだが、それに構ってられる余裕はない。

 

 腐った木々や野草の匂いが薄くなってきた。いよいよ森を抜けるようだ。ヴォルクはそれでもなお全速力をもって走り続けた。息の続く限り。

 

 都市へと続く街道に差し掛かるといったところで、追手はとうとう追いつけなくなったのか、または作戦の続行が不可能だと判断したのか、徐々にその気配が薄くなっていった。


 泣きじゃくる少女を腕の中から街道へと降ろすと、ヴォルクはぐったりとその場に倒れてしまった。


「ハア……ハア……ハア……」


 体温の過剰な高まりを逃すため、ヴォルクは舌を出して荒い呼吸をする。

 獣人にはよく見られる光景だが、街中でこのような行いをすれば、やれ「獣と同じだ」「恥を知らない」などと揶揄されることだろう。


 だが周りにいるのは今しがた救出した街娘ひとりであり、恥や外聞を気にする必要はなかった。

 ヴォルクは一通り呼吸を整えると、少女に顔を向け話しかけた。


「俺の名はヴォルク。冒険者をやっている。アンタの両親からの依頼で、この森で行方不明になった娘を探しにきた」


 身分の証明に、B級冒険者の証である、銀の認識票を見せる。

 

「エレイン・フリッチュです……。探しにきてくれたことには感謝を申し上げますが、さっきの集団は……?」

 

 彼女は突然の出来事の連続に大いに驚いたようで、顔を蒼白に染めながら、ヴォルクにそう問うた。


「巻き込んで申し訳なかった。少し訳ありでな、帝国兵に追われてたんだ」


 森の中で行方不明になっていたのを助けたことは事実だが、ヴォルクが来なければ帝国兵に蜂の巣にされる危険に犯されることはなかったはずだ。

 まずはそのことに対する謝罪。


「奴らも王国兵とやり合う気はないだろう。ここまで来れば心配はないさ」


 ヴォルクを追っていた部隊の気配は霧のように消えてなくなった。不安は残るが、街の近くまで行けば衛兵も多くなる。まず大丈夫だろう。


「はあ……、分かりました。それで……街まではこのままご一緒願えるのでしょうか?」


 不安そうに問いかけた少女に、ヴォルクはしっかりと頷いた。

 彼女はこの三日の間、森の中でひとり彷徨っており、遂に人を見つけたと思った矢先に銃撃戦に巻き込まれたのだ。不安になる気持ちは分かる。


 ヴォルクは少女を連れ、彼女と自らが住む王国領最大の都市、アランゲンへと歩みを進めて行った。




 城郭都市アランゲンは大陸の中央にあり、帝国の西、共和国の南東に位置している。広い運河の近くで発展した王国有数の巨大都市で、現在ヴォルクが居を構える都でもあった。

 

 城門までたどり着くと、馴染みになった門番に銀の認識票を見せ、城郭を潜り抜ける。

 ごろつきだらけの冒険者と言っても、B級ともなれば相応の格があるというもので、身体検査も簡単なものだった。

 門番に「お勤めご苦労」と軽く労いの言葉をかけると、少女を連れまずは冒険者ギルドへと向かった。

 

 ギルドには彼女の両親が今かと帰りを待っていたようで、ヴォルクが声をかけるよりも早く、娘の身体を深く抱きしめた。

 この分であれば報酬もすんなりと受け渡されるだろう。

 

 ギルドの受付に事の顛末を話すか迷ったが、結局は話すことにした。ヴォルクが話さずとも、いずれ娘から伝わってしまうことだろう。

 

 「依頼の少女は無事見つけたが、その前に帝国兵に襲われた。多分俺が所属してた部隊の奴らだ」


 帝国兵に襲われたという言葉を聞き、受付嬢が目を丸くする。当然だろう。ここは腐っても王国有数の巨大都市だ。たった八人ほどの少数部隊であっても、帝国軍が領域を侵犯していることなどあってはならないのだ。


「本当ですか、それは! すぐギルド長に報告します!」


 ――ああ、こうなるから話したくなかったのだ……。


 それからヴォルクは数刻の間、ギルド長からの取り調べならぬ事情聴取を受けることとなった。

 ただでさえ問題を起こすことが多い男だったが、帝国軍時代の人殺し仲間が王国領まで遠足にやってきたなど、前代未聞の大問題だった。

 

「この件は私よりもっと上の立場の人間でないと対処できんな」


 ギルド長からの言葉を終わりにして、ヴォルクはやっとのことでギルドから解放された。


 受付嬢から報酬を受けとりギルドを後にすると、依頼主家族が出入り口の前で待っていることに気付いた。

 ヴォルクに深々と頭を下げると、それぞれ感謝の言葉を述べた。


「次からはその娘にリードでも付けといてくれよ」


 憎まれ口を叩きながらヴォルクはさっさとその場を後にした。適正な報酬をもらったのだ。そこまでされるのはむず痒い。


【Tips】魔術。詠唱を必要としない魔力操作技術。魔法に比べ威力や範囲などは劣るが、利便性に優る。



 ステータス

  名前:ヴォルク

  種族:獣人

  魔術:中級火魔術

     中級土魔術

     初級防護魔術

     初級身体強化魔術

  魔法:初級医療魔法

  技能:???操作

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る