第17話 終電の急行電車に乗り込んだ29歳


いやー、本当にまさかのまさかだ。


「はぁ、本当に今日は散々な日だった。で、松坂が私に聞きたいことって何ー?」


何だろう。俺も昨日の夜に、作成していたデータを事故で消してしまったせいで、本日もその分のしわ寄せで散々な目にあっていのだけれど...


まさか、同じく仕事でトラブルか何かが発生したみたいで、こんな時間まで残業していた彼女



隣人の と...



こんな終電の電車内で鉢合わせするとは...



今の俺にとってはただただ僥倖でしかないまさかの結果としか言いようがない...。


とりあえず今、そんなこんなで俺の隣には隣人の美女


高崎春華が座っている状況。


そして、ちょうど同じ車両には運よく、ほぼほぼ他の乗客もいない。

さらに、しんどいと言っている割には何故か、彼女はさっきからずっと笑顔でかなりの上機嫌の様に見える。


そう。奇跡的にも、彼女のことを相談するにはこれ以上とないタイミングが今、まさに。


実際、俺は情けなくも、今日も仕事に集中できないレベルで彼女のことを意識してしまい、大変だったから、本当に助かった。


そして、そんなことを考えながら、意を決して俺は口を開く。


「なぁ、やっぱり女性って好意とかがなくても、普通に異性と二人きりで休日に外に出かけたりするものなの?」

「フフッ、いきなり何よその質問...って、もしかして誘われたの? あの子に」

「あの子?」

「ほら...えーっと、大塚さんだったっけ?」

「え、あ、まぁ...」


いや、まぁ、そうだけど。

な、なんでそんなすぐにわかるんだ...。すごいな。


「そっかー。なかなか早いなー」


で、早い?

ん? 何が?


まぁ、とりあえず、こんな時間だ。

今、俺の目には真っ暗な電車の窓にはっきりと写り込む、俺と高崎の姿。


そして何だろう。気のせいだろうか。その窓に写り込む、さっきまで笑顔だった高崎の表情が急に真面目なものに変わった...?


「......」

「......」


で、どうした。何でいきなり無言...?


「ねぇ、逆に松坂はどう思うー?」


そして、一瞬の沈黙が流れた後、今度はそう言ってまた俺に口を開く彼女。


「え? 逆に?」

「そ。どう思う?」


どう思うかって...


「まぁ、普通は好意がなければ二人きりで休日に男女が会ったりはしないものなのかなとは思ったんだけど、ただ...ほら。高崎とは結構、そういうの休日に何度もあったりしたからさ。何と言うか、もしかしたら、やっぱり好意がなくてもそういうのって普通にあるものなのかな...って」


そう。高崎とは結構、休日に二人で近場ではあるが飯に行ったりするからな。


「って、やっぱり無し。俺がこんな質問するの普通にキモいな...。いや、一応言っておくけど、別に俺は彼女が俺に気があるかもとか思ってこういう質問をしているわけではないから。そう。あくまで一派論的なあれだから...。ごめん、だから無し。この前の脈ありがどうのこうのとかの話も冗談だから...」


いや、本当に今の質問は即刻、撤回する。無し。

昨日のあれで、そしてそれに伴う寝不足や連日の残業で、完全に俺はらしくもなくどうかしてしまっていた。


女性に対して、実際に口に出してその悩みを言葉にすると、あんな美女相手にものすごく自分が勘違い野郎みたいになってしまっていると思えてきて、とてつもない恥ずかしさが襲ってきた。


危ない。マジで危なかった...。


「んー、何で? 全然キモくないじゃん。むしろ私は安心したかなー」

「え? 安心?」


すると今度はそう言って俺に言葉を返してくる彼女。


ただ....何だ。安心?何に?


「いや、もしかしたら、松坂ってそういう感情ない人なのかなーって思ったりもしていたところだから...」


そういう感情...?


「じゃあ、次は私から質問させてもらおっかなー」


私から質問?


とりあえず、よくわからないが、相変わらず、電車の窓に反射する高崎の表情は真面目なもののように見える。というか、ちょっと機嫌が...悪い?


って....え?


な、何だ。この...


手の感覚...


「ちょ、え、高崎?」


な、何で、そんな...いきなり、俺の手に、指を、か、絡めるように...?


え? 何で、こんな、恋人つなぎみたいな感じで、いきなり指を...


そして、俺は今、ちょうど電車の窓に映る真面目と言うか真剣な表情をする高崎とまた目があって...


「ねぇ、松坂。今、どんな気持ち...?」

「え...」


って、え、どういう、本当にどういう状況だ。これ。

どんな気持ち...?


え?ちょっと待って、本当に何だこれ。

頭が真っ白というか、言葉が...出てこない。本当に何だ、何だこれは。


「あと...さっきの答えだけどさ」


ん、さっきの答え?

何の答え? いや、何だ。本当にちょっとやばい。さっきから頭が混乱して...


「私、松坂には勘違いしてもらいたくないからちゃんと言っておくけど、好意のない男と一緒に二人で休日に何度もどこかに行ったりさー、ましてや、家にあげたりとかも絶対にないから。そんな軽い女じゃないから」


え? 勘違い?


「いくら仲がよくても、絶対にないから。だから、さっきの松坂の質問には正直、怒ってるよ...」


え? 怒ってる?


「え、ご、ごめん。そんなつもりは...」


確かに、怒っていたのなら、さっきまでの真面目な表情も理解はできる。理解はできるけど...


そもそもの、そもそもの、この状況を俺は全く理解ができていない...。


そして、何が起こっているのか頭が真っ白になって混乱している俺の隣には、またそんな俺に向かって至近距離から口を開く様子の彼女...


「ん。許す...。で、もう一度質問するけど。松坂は今、どんな気持ち?」


い、いや、どんな気持ちって...


「......」


とりあえず...身体が...熱い。


やばい。本当に何だ。これは実際に起こっている状況なのだろうけど、俺の脳がまだこのあまりにも想定外すぎたこの状況を、現実の出来事だと全く認識できない状況というか...


「.....」


だって、さっきからの彼女からの言葉もそうだけど...

この行動も...こんなの....何と言うか


一瞬、冗談でやっているのかと思ったりもしたけど、このさっきからの表情は正直、そんな感じではない...っぽい...気が



「ドアが閉まります。次は終点ー、次は終点です」



そして、俺の耳には淡々と流れるそのアナウンスとともに電車のドアが閉まる開閉音。


「......」


って、え?


次は...終点? 今、確かに俺の耳にはそう聞こえて...


と言うことは...


本来ならば、今の駅で電車から降りていなければならなかったはず...。


でも、実際にもう電車は動き出して...


で、この電車は終電。そして、急行...だから、実際にこの電車が止まるのは何駅も先の終点...。


「な、なぁ、高崎。やばいかも。俺たち、電車から降り損ねた...っぽい」


そして、そう言って、また静かに電車の窓に映る高崎の表情を確認する俺...。


「.....」


ただ、今回は窓に映っている高崎とは目が合わない...。


そう。そこに映るのは、相変わらず俺の左手にその綺麗な指を優しく絡ませながら、電車の窓ではなく、今度は直接的に、俺の目をまた真剣な表情で静かに見つめてくる高崎の姿...。



「うん。知ってるよ。で、どうしよっか。松坂...」

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