第13話  実際に酒に溺れてしまった29歳


あれ? ここはどこだ?

何だろう。本田と中村、大久保に...大塚さんがいる?


そう。俺の視界には、知っている奴らの姿が唐突に飛び込んでくる光景...。


って、あぁ、居酒屋か...。


目の前には、わずかに机に取り残された空ジョッキ、そして少し残った焼き鳥や、海鮮のツマ、二階のこの窓からコンビニが見える景色で、仕事終わりにここに来たことぐらいは何とか思い出す俺。


「......」


そうか俺は酒に酔ってしまって...?


そんなことを考えながらも、無意識にゆっくりとスマホの時計を確認すると、只今の時刻は夜の11時頃...。


まぁ、机でちょっと眠りについてしまっていたのだろうが、正直自分がここで彼らに何を話していたとか、何を食べたとか、そういう記憶がごっそりなくなっているといった、まさかの状況。


普通に酒でこんなことになるのは初めてだ。なんてことを思いながら、あらためて酒のやばさを実感してしまう。


そしてとりあえず、終電まではまだ余裕はある。あるのだが、実際、このままだとここで、俺は本格的にまた寝潰れてしまう恐れがある。


「......」


先に皆の分のお金だけ渡しておいとまさせてもらうとするか...。


「あ、起きたんっすね。松坂さん。もー、珍しいですね。松坂さんがこんなに飲むなんて。ハハ、何かあったんすか?」

「あー、いや、特に...。と、とりあえず俺、ちょっと早いかもだけど先に帰らせてもらうから、これお金...ってうお」


こ、これはやばい。足が...これが千鳥足とかいうやつか...。

目がぐるぐると言うか...真っすぐに足が動かないというか...。


「ちょ、大丈夫っすか松坂さん。俺、送って行きますよ」


そして何だろう。本田が優しい...。

ありえない。


「い、いや、大丈夫。お前、家の方向反対だし、大丈夫...。ありがと」


でも、そもそも俺は何でこんなに酒を浴びるように飲んだのだろう。

それすらも思い出せない。これはやばい。


「じゃあ、俺が行きますよ。さすがに危なくないですか」

「いや、この中じゃ僕が一番後輩ですし、僕が行きます。中村さんも松坂さんと家、反対方向じゃないですか」


えーっと、本当に何だろう。何か、皆がめっちゃくちゃ今日は俺に優しい。

もしかして、これは夢?


「いやいや、大久保。お前も反対方向だろ...。本当に俺は大丈夫だから。ありがとな」


そう。大丈夫だ。段々と平衡感覚が戻ってきたような...気はする。


「あ、あの...」


あれ? 何だろう。大塚さんが小さく手を挙げてる。

相変らず可愛い...。



「私...実は家がこの近くでして。松坂さんなら全然、家に来ていただいても大丈夫なのですが」



んー、大塚さんの家?

あれ? 俺が行ってもいい家? 家って何だっけ? 


「大塚さんの...家?」

「フフッ、はい。松坂さんなら全然」


そして気がつけばそう言って、ものすごく可愛い表情で俺に優しく微笑みかけてくる彼女、大塚さんの姿。


「.....」


やばい。本当に可愛い...。


それに、この彼女の雰囲気。

本当に行っても良さそうな気がする...。


あれ? そもそも何でこんな話になっていたんだっけ?


まぁ、でも、行ってもいいのなら行った方がいいのかも...。





「あれ? 松坂? こんなところで何してんの?」





って、ん? あれ、知ってる声が俺の耳には聞こえてくる。





「あれ? 高崎...? あれ? 何でここにいんの?」





そう。酔って俺が幻を見ているわけではないのであれば、間違いなく俺の目に今映っていのは知っている顔の女性。


スタイルもこれでもかと抜群の美女、隣人の高崎がいる光景だ。


スーツ姿ということは仕事帰りに独りで居酒屋に?

何というか、意外だな...。



「いやいや、私もたまにここに来るのよ。奇遇じゃん。フフ、会社の飲み会?」



何だ。そうか偶然か...って、ん?

あれ?偶然? あれ? そうだったっけ? ん?


 

「え? お、お姉さん誰ですか。ま、松坂さんの知り合いですか?」



すると、隣の中村が、何故か目が点になった様な表情で彼女に向かってそう口にする光景。



「.....」



まぁ、そうか。そうだよな。こいつ等は高崎のこと知らないもんな。当たり前だ。



「私ですか? フフッ、松坂の隣に住んでる高崎って言います。初めましてー」



そして、見事な営業スマイル...。

相変わらず、こいつも笑顔が美人だな...。眩しい。



「は、始めまして、松坂さんと同じ会社の中村と言います」



それに比べてだ。何だこいつ、高崎に緊張してんのか?

お前、彼女がいる癖に意識してるってか? 本当に生意気な奴だ。

猫なんて被ってガチガチになりやがって...


俺にもそんな態度を日頃から取りやがれ...。



「ハハハ、まぁ、そういうことだから。とりあえず、私が、こいつ連れて帰りますね。もー、本当にこの男は皆さんに迷惑なんてかけて。ほら、行くよ」



何だよ。こいつって...。

それに、お前は俺のオカンかよ...。



「あ、あの...」



あれ、またどうしたんだろう大塚さん。

さっきとは違って、いつになく真面目な顔で一体どうしたのだろうか...。



「高崎さんはもしかして...松坂さんの彼女さんだったりするんですか?」



って、おい。何だよ。大塚ちゃん。

その質問は...。




「いやいやいや、大塚さん。それはない。絶対にない。ありえないから!」



だって俺だよ?


本当に、何を言い出すんだ。この子は..。

びっくりするなー。そんなこと言ったら彼女にブチ切れられるぞ。


俺みたいなのが高崎の彼氏なわけがないだろうが。


酔っているとはいえ、何とか、高崎の機嫌が悪くなる前に条件反射で否定の意を表明できて助かった俺。


セーフ。大セーフ。



「フフッ、そうですか。なら、高崎さんは松坂さんとはとても仲がよろしい関係なんですね。いいなー。羨ましいです」

「フフ、うん。別にそういう関係ではまだないよ。まぁ、高校の頃からの同級生だし、仲はいいのかもだけどねー」



って、あれ?

何で? 高崎、普通に機嫌が悪い...?


いや、目は確かに笑っているけれど、何だろう。

何故かはわからないけれど、こ、怖い? 何この感じ?


や、やっぱり、俺みたいな男の彼女かもなんて思われて苛立ちが隠せないぐらいに内心キレまくりなのか?そうなのか?



「えーっと、ちょっとトイレ...。店員さん、トイレって...あぁ1階ですか。ありがとうございます」



そう。実は俺はトイレの位置は知っている。

さっき思い出したから。



だから、とりあえずちょっとトイレ...とみせかけて、静かに階段を下りる。



そして、レジでお会計を先に済ませて...



静かに店外に出て、駅に向かう俺...



やっぱり、皆に迷惑をかけるのは違うしな。

それに...何だろうか。何か、酒のせいか本当にいつも以上に頭が回らないのだが、俺の本能が、この行動が正解だと、こうしろと何度も訴えかけてきた。


訴えかけてはきたが...でも、ちょっとやっぱり酔いで足が...


と、思っているとちょうど目の前にはタクシーが2台。


表示は空車。


「.....」


よし、今日は仕方がないから乗って帰ろう。


うん。仕方がない。


それにしてもだ。



俺の家って...どこだっけ。



「.....」



あぁ、思い出した。よかった。

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