第10話 相変わらず目を逸らしてしまう29歳
「ふふっ、教えてください!松坂会って何ですか?」
「えーっと、そ、そんなものないから。一回、口を閉じようか。本当に。」
昼休みのオフィスの廊下。
ちょうど、トイレに行こうとしていた俺の目の前には、隣の部署の後輩である大塚さんがいる光景。
大塚さんの様な美女から突然、笑顔で話しかけられるようなサプライズな出来事。当然、男としては何も悪い気にはならないが、今回ばかりは話が違う。
そう。最悪だ。恥ずかしすぎる。
絶対にさっき、あいつ等の声が大きかったせいだ。
そう。隣の彼女にまであの会話が聞こえていたということ。でないと、この質問が彼女の口から出てくる理由がない。
「一応、言っておくけど、確かにあいつ等と、ご飯にはたまに行く。行くけど、あくまで俺の奢り目的であいつ等が誘ってきて行くだけ。要は俺が軍団みたいなものを作っているわけでは決してない」
そして、必死に松坂会なるものを自分で作ったわけではないことを弁明するも、気持ちの悪い早口になっていることに気づき、急いで心を落ち着かせようとする俺。
「ふふ、後輩から誘われるなんて慕われている証拠じゃないですか」
「いや、普通に飯をたかられているだけだなんだけど...」
そう。普通にたかられているだけ。
現にあいつ等の普段の俺に対するあの態度からは、慕われているなんて言葉は到底頭には思い浮かんでこない。
「でも、松坂会はないとしても、次の金曜日にご飯に行くんですよね。ずるいです」
「あー、大塚さんも、もしよかった来る?」
そして何だろう。自分でも今、口からでている言葉に違和感がないわけではない。正直、本来であればこんな風に気軽に女性を飯に誘える俺ではないから。
ないのだが、相手が絶対に誘いを断ってくるとわかっているとなれば話は別で、自然とこういうことを口に出せる俺が今はいる。実際、この誘いを気まずく断らせることによって、今のこの松坂会とかいう、そもそも存在すらしない会の会話をぶった切る算段だ。
実際、さっき俺は、今週は家に母親が来ているからと彼女が間接的に田辺からの飲みの誘いを断ったのを聞いていた。
ハハ、そっちがこっちのつまらない会話を聞いていたように、俺は俺でそっちの会話を聞いていた。俺は周りの様子を見ていない様にみえて、意外に見ているタイプ。
現に、目の前の彼女も、俺の方からご飯に誘われるなんて思っていなかったのだろう。しまった!みたいな驚いた表情を一瞬みせた様子を俺は見逃さない。
「はい!ぜひ行かせてください!」
ん?
「あれ?お母様は?」
そう。今週はお母さんが家に来ているから無理なはずじゃ...
「へ?お母様?」
「へ?」
え? どういうこと? 話がかみ合わない?
「でも嬉しいです!まさかそちらからお誘いいただけるとは。これで私も松坂会のメンバーですね!」
って、いや、ちょっと待て。待ってくれ。
とりあえず、目の前には何かものすごく俺の目をまたじーっと見つめるように凝視しながら楽しそうにクスクスと微笑んでくる彼女の姿。
「.....」
い、いや、ちょっと可愛すぎないか...
じゃなくて、俺、彼女からも弄れらてる?
「って、いや、大塚さん。それは本当に違う。何度もいうけど、 松坂会なんて弱小すぎる会は存在しない。せめて、どうしてもそういうことにしたいのならば、『松坂、飯を後輩からたかられ会(2回に一回は割り勘)』に変えてくれ」
「ふふっ、どっちでもいいですけど、何ですか、その会。それに割り勘でも別にいいじゃないですか。それでも後輩からご飯に誘われるってやっぱり松坂さんは慕われてますよ」
「いや、それはない」
それは本当にない。あいつ等からは俺に対するリスペクトは一ミリたりとも感じられない。
「そうですか。でも、私は松坂さんのこと、ものすごくお慕いしていますよ!」
いや、やっぱりこれ、さっきから絶対に俺を弄っているよな、彼女。
実際、俺を慕うことになる場面なんて今までどこにあった。確実にない。
「本当ですよ」
現にまた、彼女は俺の顔を見ながらニコニコ、いや、ニヤニヤとしている気が...。
ただ、とりあえず、100%お世辞。と言うかおそらくバカにされているとわかってはいても、その彼女からの言葉にこの単純でバカな脳が、無意識かつ勝手に嬉しさを感じてしまってヤバい。
そして、それだけではなく、最早彼女の癖なのかもしれないが、そのじーっとまた俺の目の奥をみつめてくるように微笑んでくる感じが可愛すぎてやばい。
そして、相変わらず目を逸らす以外の選択肢がないダサい俺。
「.....」
でも、何でこんなに急に、彼女は明後日の飯に参加したいとか言ってきたんだろう?
しかもさっきから、あからさまにめちゃくちゃ嬉しそうな表情をして...
「......」
もしかして...。
最近、他の3人のうちの本田が彼女と本気で別れようと思っているみたいな話をしていたけれど、その話が噂として彼女の耳に漏れて...。
確かに、本田は顔も悪くないし、仕事もめちゃくちゃできる。
そ、そういうことか...
「では、金曜日。ものすごく楽しみにしてますね。松坂さんをお慕いする者の集いの会!」
「....」
いや...何か、さらに悪化してない? 名前。
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