旅する散文と世界の在処

肋骨伊右衛門

愛しい君へ

 今年も巡り巡って夏に追いつかれた。僕はやるせない気持ちを足に込めて布団から出始めた。これ以上の一日の苦痛なんて無くて、これさえ超えてしまえばもう何も怖くはない。

 前言撤回。季節は時に人に様々な出会いをもたらすが、僕の場合の出会いと言うと溜まりに溜まったポストの中に一際輝く催促状だった。

 先に言っておくと僕には金が無い。働けど働けど心は休まることを知らず、生活に吸い取られていく。

 催促状の封を挙げ曰く6桁の数字を読んで僕は床にそれを落とした。考えてみれば、催促状なんて物はもう今日きり必要がないのだから。紙は紙らしく接地面に近づくにつれて緩やかに滑り込む。行き着いた先はリュックだった。昨日荷造りしたリュック。できる限り生活において必需品とされるものは詰め込んだ。おかげでいつもバイトへ行くときより中身が張っているのが分かる。

 僕はこの街の暮らしに飽き飽きした。あとがない将来から逃げ、家を飛び出してこの街へ来た。貧困を味わってでもこの街にいれば何か変わると思ったからだ。

 労働なんて物、勿論僕には合わなかった。何故なら僕自身の怠惰がバイト先に足を運ぶ度に悲鳴を上げ頭の中をつんざく事をやめなかったからだ。

 御託はさておきもう僕はこの部屋を出る。

 兎にも角にも何もかも捨ててこの自暴自棄な街と生活から僕は別れを伝えようと思う。恐らくこれが僕のあるがままの姿だ。君に偽りの心を通して嘘をついてしまったことを心から謝罪する。本当に申し訳ない。

 せめてもの供養のためこの散文を君に贈ろうと思う。もし君が生きていたとしても多分気に掛けないとは思うけど、どうしても書きたいんだ。

 とりあえず、行き先はどこか綺麗な海がいいと思って君と行ったあの海にしようと思う。君がずっと見ていたあの船の帆があるあの海へ。

 そこへついたらまた手紙を残そうと思う。君が死んでから10年が過ぎたこの世界を周るつもりだ。

 それではまた。

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