第3話 何でも屋。
「ヒナ様、何でも屋になる気ですか」
刺繍から始まり、縫い物、編み物。
そしてとうとう、僕を洗おうとしている。
『それは無理ですね、向こうならいざ知らず、ココでの何でも屋は殺人に死体処理までこなさないといけませんから』
「では何故、洗う練習なのでしょうか」
『世話をされる事を好む者と番になるかも知れないので、その練習です』
「成程、では大人しく洗われましょう」
『宜しくどうぞ』
ココには
それは時に、慈しむべき者と憎むべき者の存在が混ざっているからこその反応であったり、完全なる
けれど向こうとは違い、ココでは嫌悪も許されている。
害さなければ、嫌おうが関わらなかろうが、構わない。
ただルールは有る。
嫌なら見るな、聞くな、関わるな。
無理に関わらせる事は罪。
聖獣や魔獣でも守っている、暗黙の掟。
「どうされました、ヒナ様」
『どうして愚か者の方が好きになれるのか、全く分からないんですが』
どう思考を辿られたのか分かりませんが、どうやら僕と似た様な事を考えてらっしゃったらしい。
「愚か者の自覚が無い、けれど無意識に無自覚に気にしている、なので常に下が必要なのでは?」
『分かりません』
「若しくは愛情が余ってらっしゃるか。いえ、伺わせて頂きましょう、そうした方に」
『はい、適任者をお願いします』
執事の仕事に関しては、引き継ぎが有るので問題は無いんですが。
それ以外に補わなくてはならない場合。
《あぁ、君ですか、如何なさいましたか》
「主からの要望で、愚か者を好む者と対話をと、自覚してらっしゃる方のご紹介をお願い致します」
《成程、では少々お待ち下さい》
「はい」
紹介所では、様々な者を紹介する。
執事は勿論、仕事も結婚相手も、世界も。
僕にはココ、
僕が育ったのは怠惰国。
両親はシルキーとブラウニー、家屋の世話をする事を好み、人種を好む。
けれど僕は、人種が大嫌いでした。
偶に現れるんだそうです、僕の様なモノが。
なので僕は孤児院で育ち。
一時はバルバトス騎士爵にお世話になりました。
《お待たせしました、コチラになります》
僕が全く理解出来無い相手が、こんなにも。
あぁ、この方はソロモン72柱の系譜ですし、良いかも知れませんね。
ビフロンス騎士爵。
茶色いウサギの獣人の姿をした、ビフロンス騎士爵。
もふもふ。
《ふふふ、触る?》
『宜しいんですか』
《勿論よ》
性別は良く分かりませんが、可愛いらしいと思います。
もふもふ。
《それで、今日は愚者を。あぁ触ってて良いわよ、愚者を好む者について、よね》
『はい』
《頬擦りも良いわよ》
『ありがとうございます』
《先ずは私の事、愚行・無礼・浪費・執着を持つ者を好む》
占星術・幾何学・そして植物や石の知識を網羅しており。
更には芸術と科学にも精通し。
死者を操れる。
『はい、思い出しました』
《では、私の天使名は?》
崇高で繊細な心、思慮深く用心深さを持つ者を好み。
隠された宝と神秘を明らかにし、夢の中に思い通りの人物を現す事が出来る。
知覚と啓示の天使。
『
《で、何故、愚者を愛するのかね》
『はい』
《まぁ、先ずは大半が過度な自尊心よね、愚かさを指摘されたら死んじゃうタイプ》
『もふもふ』
《それから情愛が余っちゃってる私みたいなの、かしらね》
『母性や父性からまろびでる何か、だとは分かるのですが、しっくりきません』
《子に愛情を向けたからと言って、必ずしも返してくれるとは限らない、つまり自己満足ドMなのよ》
『分かりません、もふもふ』
《まぁ後は、自称しているか、本物ね》
『ビフロンス騎士爵は本物です、もふもふ』
《ふふふ、そうね。あ、序列の意味は分かる?》
こう聞かれると分かる場合も有る、なので記憶の授け方が様々なんだな、と。
情愛を感じます。
先代の愛、愛情と期待。
『ソロモンに何番目に知り合ったか、です』
《そうそう》
最初、執事は私を可哀想な子かも知れない、と少し心配したそうです。
親から引き継いだ知識も何も無い子は、無理に親を奪われたか、期待も情愛も掛けられなかった子。
だそうで。
そこは前世の記憶も相まって、非常にしっくりきました。
先代は愚かでは無いので、では何の意図が有るのだろう、と悩んだそうですが。
私が楽しめる様にだろう、と。
はい、楽しいですからね、知るのって。
初めて触りました、ウサギの尻尾。
『もふもふ』
《ふふふ、いっそ獣人も使用人に加えちゃいなさいよ、愛玩用に》
『ですね、考えてみます』
愛玩用の使用人って、色んな意味の愛玩用なんですが。
考えてもみませんでした、奴隷って悪い使用人、としか思っていませんでしたから。
「愛玩用の獣人、ですか」
『はい、もふもふしていたいです、アレは癒しです』
ヒナ様がこうした個人的な要望を仰ったのは、ほぼ初めてでした。
常に先代の為になる、何かを探している。
そして要望を尋ねられた時、好ましかった何かを希望する、だけ。
そんな中、初めてヒナ様が仰った要望。
「分かりました、では紹介所へ向かいましょうか」
『はい』
この時に、初めて笑顔を浮かべられました。
ヒナ様には人種として本来有る筈のモノが、殆ど無いのかも知れない。
この時になって、初めて思い至りました。
「宜しかったんですか、獣人の使用人は」
『あ、忘れてた』
紹介所に行く途中、同じ所で育った人に出会って、すっかり忘れていました。
もふもふ。
「まだ日暮れ前です、紹介所に向かいましょうか」
『愛玩用の使用人を雇ったら、あの人は嫌がるでしょうか』
私は自分の事が良く分かりません。
なので人の事も良く分かりません。
折角お友達になれそうなのに、とても不安です。
ココの常識も、向こうの常識もあまり知らない。
知っていてもとても断片的で。
少なくとも向こうでは、使用人だとか愛玩用と言うのは、あまり良い意味では無い事は分かっていますから。
「ヒナ様が無理をし我慢する必要は有りません、ご友人とは、そうした事をする必要は御座いません」
『では、友人とは、何なのでしょう』
「ヒナ様は、何をお求めになっているのでしょうか」
『同じモノを食べて、美味しいとか、不味いと言い合えるとか』
無視されない、無視しない存在。
出来るなら、私を嫌いじゃない方が良い。
「誰とでも仲良くする事は難しい、その事は既にお分かりですよね」
『はい、嫌う権利や自由が有ります、そして関わらない自由も有る』
「情報を正直に開示し、ダメなら縁を繋ぐ事を諦めるか、相手か自分を変えるかです」
私は私を知らない。
しかも今日会ったばかりの、ネネさんの事も知らない。
私にはネネさんが必要でも、ネネさんは私を必要とはしないかも知れない。
分かっていても、とても悲しい。
でも、もふもふしたい。
それでも、もし、どちらかしか選べないなら。
嫌だ、私は両方欲しい。
どっちも叶える方法を探します。
『紹介所へ行きます』
「はい、では向かいましょう」
分かって貰えば良い。
きっとネネさんは、分かってくれる筈だから。
『触った事が無いので触り比べたいのですが』
《では、触り心地最優先との事ですので、先ずは3名の方に揃って頂きましょうか》
『はい、宜しくお願いします』
ヒナ様が今日お会いになった方、ネネ様は、純粋な
来訪者、星の子、星屑と呼ばれる異なる世界から来た者。
ココには本来、純粋な人種は存在しない。
もし居るとするならば、星の子か、星屑だけ。
ココでは精霊と悪魔からエルフや魔獣が産まれ、更に妖精や聖獣へと分化し、最も新しい種が人種として存在する様になった。
身を守る鱗も牙も無い、短命なるか弱い存在。
人種。
向こうでは人種が神や悪魔の祖となっているらしい、けれどココでは、最も遠い存在とされている。
《お待たせ致しました、コチラへどうぞ》
ココには亜人、獣人、エルフや妖精が居るのは当たり前。
けれどヒナ様にとっては。
『凄い、初めまして、宜しくお願いします』
何もかもが新鮮で、新しい世界。
純粋な悪魔には珍しい、殆どを知らない存在。
「では、触らせて頂きましょうか」
『はい、宜しくお願いします』
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