第25話 魔導令嬢との日常

「手段を選ばない、だと……?」


 フェンリアこいつがそう言うのなら、それは事実なのだろう。『魔導令嬢』は世界最高の魔術師であり、大公国の令嬢であり……とんでもないわがまま娘だ。


「いったいどうするつもりだ、フェンリア……?」

「そうね、まずは……2人きりになりましょうか」


 フェンリアが自身の頬に手を当て、トントン、と人差し指を二回動かした。まずい、これは……フェンリアが魔術を発動する際に使用する仕草だ。


「なっ……フェンリア嬢!まさか……!」


 そう叫んだのはリーゼロッテだ。そして次の瞬間、ブゥン……と音を立ててリーゼロッテの体が消えた。


「ま、まさかフェンリア……」


 俺はフェンリアの顔を見る。


「リーゼロッテを……殺したのか……!?」

「ちょっと、アキトくん。さすがに失礼過ぎるわよ」


 拗ねたような表情で俺を睨むフェンリア。


「手段を選ばないとは言ってもさすがに人を殺したりはしないわ」

「なんだ、殺してないのか……。これであいつから解放されると思ったんだが……」

「……なんでちょっと残念そうなのよ」

「嘘だよ、冗談だ」


 俺だって、フェンリアがリーゼロッテを殺すなんて思っていない。


「安心してちょうだい。魔術を使ってリーゼロッテ姫をちょっと遠くに飛ばしただけだから」

「ちょっと遠くってどこだよ」

「アメリカ」

「は?」

「あら、アメリカって知らない?日本からは太平洋を挟んで西側にある国で……」

「いや、アメリカくらい知ってるっての!そうじゃなくて、マジでアメリカに飛ばしたのか?」

「ふふ、どうかしらね?」


 意味深な笑みを浮かべるフェンリア。


「なんにしても……ようやく2人きりになれたわね、アキトくん♥」


 ぴと、と俺に体を寄せるフェンリア。


異世界ゼバルギアでは、ずっとリーゼロッテ姫や『大聖女』が一緒にいたから……こうやって2人きりになったのって、本当に久しぶりなんじゃないかしら?」

「まあ、そうかもな」

「こうやって近くで見ると……貴方あなたって、なかなかいい男ね」

「……なんだ、お世辞か?」

「ええ、その通り。お世辞よ。ふふ、頭の回転の遅い貴方あなたにしてはなかなか鋭いじゃない」


 俺にくっついたまま、クスクス笑うフェンリア。その表情を見て、俺は思わず「ふっ……」と口元を緩めてしまった。


「あら、どうしたの?頭の回転が遅いなんて言われて喜んでいるの?アキトくんって、マゾだったのかしら」

「ちげーよ。なんつーか、アレだ。ああ、久しぶりにフェンリアと話してるんだなって改めて思ってさ」


 俺は、フェンリアの頭をポンポンと撫でた。


「その性格、異世界ゼバルギアにいた頃から全然変わってないよな、お前」


 こいつの性格には色々と苦労させられたが……しかし、その苦労も今となっては懐かしい思い出だ。こいつの態度はムカつくが……それでも、魔王討伐を成し遂げてこうやってフェンリアと話が出来るってのは幸せな事なのかもしれない。こいつの態度はムカつくがな(大事な事なので二回言った)。


 俺はフェンリアの頭から手を離すと、キッチンの方へと向かう。


「まあ、メシでも作ってやるから食えよ」

「待って」


 フェンリアが俺のシャツを引っ張った。


「……もっと」

「ん?」

「……もっと、撫でて」


 再び俺にくっついてくるフェンリア。


「アキトくんの手って……ちょっとゴツっとしてて、けっこう男らしいのね。初めて知ったわ。それで、その……貴方あなたの手に撫でられるのって、悪い気分じゃ……なかったわ。だから……もっと、撫でて」

「なんだよ、またお世辞か?」


 また冗談を言っているのかと思い、軽口を叩こうとしたが……俺を見上げるフェンリアと目が合い、俺は口を閉じた。俺にくっついてきたフェンリアの瞳が僅かに潤み、その頬がほんのりと赤く染まっていたからだ。これは……多分、演技じゃない。


「なんだ?ホームシックにでもなったのか?仕方ねえな」


 俺は、犬か猫でも抱くようにフェンリアの体を抱き寄せ、その頭をわしゃわしゃと撫でてやった。


「ちょ、ちょっと、アキトくん……!も、もう少し丁寧に……っ。……ま、まあいいわ」


 フェンリアは、ツンとそっぽを向きながらも俺に体をくっつけてくる。


「こ、こうやって撫でられるのも……案外、悪くない気分ね。この私を撫でる事が出来る喜びに震えながら……しっかりと、撫でなさい」

「ああ、はいはい」

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