第13話 姫騎士へのメイド指導

「姫さまー!」


 顕人が家を後にした次の瞬間。アルマは、リーゼロッテに抱きついていた。


「姫さま、姫さまー!お会いしたかったですーっ」


 リーゼロッテの体にむぎゅうっと抱きついて頬ずりするアルマ。その顔には、先ほどまでの有能なメイドの面影はない。完全に蕩け切った表情だ。


「大袈裟だな、たったの3日ぶりだろう?」

「だって、魔王討伐の旅が終わったら思う存分姫さまのお世話が出来ると思っていたのに急に異世界に行ってしまうんですから……」


 魔王討伐の旅に同行出来なかったアルマにとって、リーゼロッテが魔王を倒し帰還するのを待つ日々は永遠にも思える長さだった。そして、ようやくリーゼロッテがアキトと共に魔王を倒し王宮で共に過ごせる時が来たかと思えば……まさか、橘顕人を追って異世界ちきゅうに行ってしまうとは。


「でも――そういう所も姫さまらしいです。私の大好きな姫さまは、いつだって考えるより行動第一、ですから」


 そう言って表情を緩めるアルマの仕草は、リーゼロッテがまだ幼かった頃と変わりなかった。その後しばらくの間、他愛のない話を交わした後……アルマが本題を切り出す。


「リーゼロッテ様。それでは、私がこの世界に来た理由をお伝えします」

「ああ、聞こう」

「私がこの世界に来た理由、それは……姫さまとアキト様のご結婚を後押しするためです!」

「なに……っ!?」


 自分の前でぐっ……と手を握り、決意の強さをアピールするアルマ。対するリーゼロッテは、予想外の言葉に驚きを隠せない。


「私とアキトの結婚を後押し?それはどういう意味だ……?」

「宮廷魔術師様はこうおっしゃっていました。『リーゼロッテ姫様は、アキト様と結婚するために異世界に旅立ったんだよぉ』――と。これは事実でしょうか?」

「事実だ」

「ですが、アキト様は結婚を拒まれているのではありませんか?」

「うぐっ……!な、何故それを……!」

「メイドの勘、というものです」


 とアルマは指を立て自信満々に言ったが、別にメイドの勘がなくともその想像は容易というものだろう。つまり、アキトとリーゼロッテの性格を知っていれば、2人の結婚話がそう簡単に進む訳はないという事は簡単に分かるという事だ。


「アルマの勘は……当たっている。アキトは何だかんだと理屈を付けてひたすらに結婚を拒んで来るのだ……」

「ご苦労なさっているのですね、姫さま……」

「しかし、私はこう思うのだ。結局の所、私には結婚にあたいする魅力がないからアキトは結婚を拒み続けるのではないか、と……」


 悔し気に俯くリーゼロッテ。アルマはそんな彼女の頭にそっと手を伸ばし、美しい黄金色の髪を優しく撫でた。


「大丈夫ですよ、姫さま。姫さまはとても魅力的なお方です。ただ、その魅力を伝える方法をご存知ないだけです」

「魅力を伝える方法……?」

「はいっ。不詳ながらこのアルマが、それを伝授して差し上げます」



 それから10分後。橘家の洗面所、鏡の前にて。


「本当に、これでアキトの気を引けるのか……?」


 リーゼロッテは、鏡に映る自身を姿をまじまじと眺める。彼女が身に付けているのは――メイド服だ。しかも胸の谷間がはっきり見える程に胸元が開いており、スカートは太ももが見える程に短い。


「はいっ!間違いありません!いいですか、姫さま?メイド服とは機能美と可愛さを兼ね備えた究極の衣装なのです。これを着ればアキト殿もイチコロですっ!」

「そ、そういうものなのだろうか……?」


 鏡に映った自分の姿を訝し気に観察するリーゼロッテ。


「さらに、メイド服を着てアキト様にご奉仕すれば完璧ですね!」

「ご奉仕……わ、私があいつにご奉仕だと……っ!?そ、そんな屈辱的な事をしなければならないのか……っ!?」

「姫さま……」


 アルマはリーゼロッテの手を取った。そして、諭すように優しく語り掛ける。


「いくらお相手が『大英雄』アキト様とは言え、ファルツバルトの姫たるリーゼロッテ様が他人にご奉仕するなどご納得できない事は分かっています。しかし……結婚とは、戦いなのです……!」

「た、戦い……!?」

「その通り!どうやって相手を振り向かせるかという真剣勝負です!そして結婚という戦いに勝つためには、手段を選ぶ事など出来ません」

「た、確かに……その通りだ」


 さすがは世界最高の剣士たるリーゼロッテ。話が戦いに関する事となれば、戸惑いなどは途端に消え失せる。


「分かった……勝つために必要という事であれば、全力でアキトに奉仕するとしよう……!」

「その意気です、姫さまっ」


 アルマは手を叩いて嬉し気に微笑んだ。


「ではまず、基本的な所から練習していきましょう。私の後に続いてくださいね――『お帰りなさいませ、アキト様っ♪』」

「こ、こうだろうか?『お、お帰りなさいませ、あ、アキト様……っ』」

「もうっ。照れがありますよ。次は、『アキト様、お食事になさいますか?お風呂になさいますか?それとも……わ・た・し?』」

「あ、アキト様、お食事になさいますか?お風呂になさいますか?そ、それとも……わ、わ……」


 こうして、アルマによるメイド指導は着々と進められていく事となる……。

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