猫が見た白雪

与太ガラス

一 縁側のある家

 あなたのもとへ身を寄せてから、もう三年が経つのですね。窓の外が白く染まるのを見て、そんなことを思いました。どれだけ歳月を重ねても、私があなたの腕に抱かれて眠ることはありません。


 身寄りを失い、根無し草のように放浪していた私に、夜風をしのぐ宿を与えてくれたばかりか、こんな立派な縁側えんがわのあるお家に住まわせていただけるなんて、望外の幸せでございます。


 毎朝同じ時間に食事を出していただける生活が来るなんて、それまでは夢にも思わなかったのですよ。それなのに私ときたら、気まぐれに「いらない」と言ってそのままお外へ出かけて行くこともありましたね。困らせるつもりはなかったのですよ。私が本能に従って進む性格だってことぐらい、あなたはご存知でしょう?


 あなたには私の他に大切な人がおありでしたのね。私にとってその人はこのお家の先客でした。あなたがその人のお部屋で親密な時を過ごしておいでなのが悔しくて、少しやきもちを妬いておりましたの。あなた、私には手も触れてくださらないのに。


 だから私、あの人のお部屋にいたずらをしに行ったんですのよ。寝ている顔をめちゃくちゃにして、引っかき傷でも付けてやろうかと思ったの。


 私が「覚悟なさい!」と叫んだら、あの人はバッと飛び起きて、満面の笑みで私をのぞき込んだわ。あなたもあの笑顔にやられたのね。あの無垢な御顔には、傷ひとつ付けられなかったわ。汚してはいけないと思いましたの。


 それから私があの子と仲良しになったの、あなた知らないでしょう? あの子ったらそのまま私に飛び付いて、柔らかい指で私の身体中を撫で回したのですから。そんなことをされたら私も気持ち良くなってしまって…。


 あなたはあの子に、このお家にあるたくさんの本を持って行って、おはなしを読んで聞かせてらしたんですってね。ええ、全部あの子から聞きましてよ。それで、あの子もお気に入りのおはなしを私に教えてくれるんですの。私は途中で眠たくなって、最後まで聞けないこともあるのだけれど、それでもあの子は優しく私を撫でてくれるんですのよ。


 気が付いたら、私ったらこんな語り口になっておりましたわ。あなた、なんて古風なおはなしを読み聞かせておいでだったの? こんなにもたくさんの言葉を覚えてしまったら、もう私「にゃあ」なんて鳴けませんわよ。


 あなたはいつかいつかと機会を窺っていたのでしょうけれど、決してあなたの腕なんかに抱かれてやるもんですか。私は決めましたのよ。あの縁側から見える景色が真っ白な間じゅう、この子の手の中で過ごすって。


 そしてお庭の土が見える頃になったら、たくさん外に出て、お部屋から出られないあの子に、私が見聞きしたありのままをおはなしするんですから。


 そしたらまた、あの子の温かい手のひらで、優しく撫でてもらうんですから。

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