先輩は、俺のサンタクロースになってくれるらしい。

音多まご

俺が欲しいもの──それは! 恋人だぁ!


 12月24日。いわゆるクリスマス・イブという日。

 

 生まれてこの方恋人なんておらず、片想いしかしたことがない俺は、アパートの自室で眠っていた。

 

 時刻はだいたい23時と、普段なら起きているはずだが、なぜ今日に限って早くベッドへ向かったのか。

 

 それはずばり、現実から目を背けたかったからである! 


 恐らく今、街中はアツアツでラブラブな男女で溢れかえっていることだろう。想像するだけで虚しくなる。

 

 ……それと、クリぼっち仲間の友人たちと昼から全力で遊んでいたので、かなり疲労が溜まっていた。


 

 ところで、俺はいま不思議な夢を見ている。これは多分、明日の25日の出来事だろう。……明晰夢、何気に初めてかもしれない。

 

 俺の隣には、なぜか女が立っていた。そんな俺たち2人は、何やら少し仲良さげに喋っている。

 

 女の顔は、ボヤがかかっていてよく分からない……が、なんだか知り合いのような気もした。


 ……なんで俺、明日女の人とデートしてんの? 


 状況も、そこへ至る経緯も謎だらけだが、予知夢だったらいいなぁと思った──のだが。


 その瞬間、ガタン、と物音がした。俺は反射的に目を覚ます。


 恐る恐る、ドアの方に目をやってみると、人影が見えた。……え、ちょっと何これ、ホラーかよ!? いやホラーだよ!?


「……っ!」


 何とか恐怖に打ち勝ち、俺はベッドから体を起こした。そして、急いで電気を付けた。


 ──そしたら、何と。


「……えっ」

「はぁ!? 先輩!?」


 ドアの前に立っている先輩と目が合った。あちらこちらへ目を動かし、表情もぎこちなく、めちゃくちゃ動揺している様子だ。


 ……あ、説明をしておこう。先輩、というのは、アパートの隣の部屋に住んでいる同じ大学の2年生の女性だ。美人。たまにおすそ分けを貰ったり、力仕事を任せられたりするような関係だが、恋愛的なフラグは一切立っていないと思う。


 それと俺、実は2浪しているので、恐らく俺の方が年上なんじゃないかと思っている。それでも先輩と呼び続けているのは、言動にいちいち色気があって、大人びていると感じることがあるからだ。


「あぁっえっとその……! ……コホン」

「え? え?」

「こ、後輩くん。こんばんは?」

「……」


 ……いや、「こんばんは?」じゃねぇだろ! なんで家の中に侵入できてるの!? 何のために侵入したの!? 今から襲われるの!?


「残念ね。君の寝顔、見てみたかったのだけれど……」

「……そ、そりゃどうも」


 いや、こんな状況になって熟睡状態を維持できる人間など、なかなかいないだろう。先輩はできるのかもしれないけど。


「……あの、先輩」

「な、なにかしら」

「どうやって家の中に入ったんすか。鍵、閉め忘れてたとか?」

「君、酔っ払ってたときに合鍵をくれたじゃない。わたしが頂戴って言ったら、『どうぞ〜……あげちゃうっす〜……』って」

「いや、酔っ払った俺の真似すんなっ! 恥ずかしいだろ!」

「ふふ、声を抑えなきゃご近所迷惑よ?」


 そう言って、俺の唇に人差し指を押し当ててくる。こういうところなんだよなぁ。いちいちドキドキさせんなって。っていうか、先輩が俺の家の合鍵を欲しがる理由って何なんだよ。


 まあ、本題へ戻ろう。最も重要なのは、何のために侵入してきたのかってことだ。


「それで先輩、なんでこんな時間に俺の寝室へ?」


 先輩の身体がピクッと固まった。とんだけ目乾いたんだよ、と言いたくなるくらいに瞬きを繰り返している。動揺を全く隠せていない。


「え、えぇ……。それは……うーん……それはぁ……!」


 どうしよう、めちゃくちゃ考えてるぞ。そんなに言いづらい目的なの……? やっぱり襲われるの……? いや、ぜひ襲ってください!!


 と、いろいろ考えていたら、先輩はいつの間にか目を見開いてガッテンポーズをしていた。良い理由を思いついたらしい。


「わたし、君のサンタクロースになってあげるわ」


 先輩は妖艶な笑みを浮かべ、そう言い放った。


 一方、俺は。


 彼女の言っている意味が分からず、頭が混乱していた。


 え、いや、サンタになるってどういうことだよ。そこはこう、裸体にリボンを巻き付けて「あなたのプレゼントは、わ・た・し……っ」とか言うところじゃないの!? 

 

 ……いやぁ、我ながら気持ち悪かったな。反省しよう。


「えっと……どういう意味っすか」

「ふふ、今日はイブでしょう? プレゼントを貰えない可哀想な君のために、わたしがサンタさんになるのよ!」

「……もしかして先輩、まだサンタさん信じてるんすか? なんか可愛いっすね」

「流石にそれはないわよ!? 先輩に向かって舐めた口を聞かない方がいいわっ! ……コホン。それで、何か欲しいものはあるかしら?」


 やっぱり先輩すげぇな。冷静になるのが得意すぎる。それにしても、欲しいものか。特にないんだけど。


「いや、思いつかないですね」

「……遠慮はいらないのよ? 何でも言ってちょうだい! わたしの実家、裕福だから」

「いや親の金使うなよ……」


 うーん……。欲しいもの自体なら結構あるんだけど。その中に、今ここで言うべきものは一つも含まれていないと思う。だいたい、漫画とかフィギュアとかだし。


 と、思ったが。一つだけ思い浮かんだぞ! こればっかりは、先輩も絶対に用意できないであろうもの。俺がずっと欲しくて、だけど手に入れられなかったもの。


 よし、これだぁ!


「あ、分かったかもしれないっす」

「な、なに?」


 目をキラキラさせてこちらを見てくる。なんか可愛い。


「俺が欲しいもの──それは! 恋人だぁ!」


 沈黙。


「……なな、なるほど。そうなのね……!」


 よし! 予想通り、先輩は戸惑っている。顔をほんのり赤らめているような気もしたが、気のせいだろう。


 これで引き下がって帰ってくれるだろうと思ったが、何やら覚悟が決まったような目で、こちらを見つめてきた。


「それなら……わたしがあなたの、こっここ恋人になってあげるわ」


 …………。


 はい!?!? 


 え、ちょっと、どうしちゃったのこの人。


「いいいやあの、俺と付き合ったって何のメリットもないですよね……?」


 そう言うと、先輩は少し拗ねたような、怒ったような顔になった。


「あら。わたし、君のこと結構気に入ってるのよ……? いつも掃除を手伝ってくれるし」


 それはあなたの部屋が汚すぎるからです。心の中で反論しておく。


「で、でも……! 先輩、別に俺のこと好きでもなんでもないでしょ!?」

「…………」

 

 一瞬にして、先輩の纏う雰囲気が変わった。着ているニットの首元を緩め、胸元を露出させた状態になると、俺をベッドまで追いやってきた。


「……!?」

「君、横になりなさい」

「は、はいっ!!」


 彼女に圧倒されてしまい、逆らえなかった。言葉通りベッドに横たわってみると、先輩は俺に覆い被さるような体勢になってきた。


 ……深い谷間が、というかブラの一部が見えている。これで興奮するな、というのは無理な話だ。


 どうやら俺は今、誘惑されているらしい。そうとしか思えない。


「せっせせせせ先輩……! なんか、いろいろ見えてるんですけど!」

「そ、それはわざとよっ! ……それで君、気分はどうかしら?」

「気分って……かなり興奮してますけど、っていうか先輩、当たっても知りませんよ」

「……? 当たるって何が…………っ!!」


 俺の股間に目をやり、やっと思い当たったらしい先輩は、カァーっと顔を赤く染めて俺から離れた。早めに気づけて良かったですね。先輩としての威厳はもうとっくにないけど。


「き、君という人は……! と、とにかく、興奮したんでしょう? 君もわたしのこと、別に嫌いじゃないんでしょう?」

「まあ、そりゃあ。どちらかと言えば好きですけど」

「すっ!?!?」


 ……また真っ赤になった。今の先輩、よわよわすぎて面白い。


「……コホン。じゃあ、後輩くん」

「なんすか」

「わたしのことが好きなら、明日はデートに行くわよ」

「…………」


 俺、「どちらかと言えば好き」って言ったんだけど。まあいっか。こんな美人な先輩とデートできるなんて、とても名誉なことだ。


「分かりましたよ。駅前でいいっすか」

「何言ってるのよ? 隣同士なんだから、一緒に出ればいいじゃない」

「そっか……それもそうですね」

「ふふ、じゃあわたしは帰るわね」


 上機嫌な様子で、先輩はそう呟いた。なんだか今日の彼女は妙に可愛かった気がする。とにかく動揺しまくってたし。


「じゃあ先輩、また明日」

「そうね、また明日。といっても、もう25日だけれど」


 たしかに、もう深夜になっていた。先輩のせいでどっと疲れたな。明日のデートで眠くならないようにしなければ。


 先輩は、ルンルンしながら帰っていった。表情は見えなかったけれど、そんな様子がやっぱり可愛くて、自分の顔が少し熱を帯びていることに気付かず、数秒間見とれていた。



 ……そういえば夢に出てきた女の人、先輩だったんだな……。

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