第25話「揺れる拠点と“明日”への準備」
4階での激闘を終えた俺たちは、全員が軽い傷や疲労を抱えながらも、何とかビル地下へ戻るための階段を下っていた。ときおり、暗い踊り場で懐中電灯を照らし合いながら進む。完全停電で光源が限られている今、ひとつ間違えれば足を滑らせて大怪我しかねない。
「……しかし、あの化け物、強かったな」
橘がボソリと呟く。2メートル超の大型異形との死闘は、まだ仲間たちの息遣いに残るほどだ。背後を歩く藤崎や小野田も、緊張から解放されたせいか足元がおぼつかない。
俺は先頭を行きながら、倒れ込む寸前の中年男性をヒロキと交互に支えつつ、階段を一段ずつ確認していた。彼はまだ息が荒いが、先ほどの回復術と少量の水分で意識を保っている。
「大丈夫か? あともう少しで地下だ」
声をかけると、男性はうなずきつつ弱々しく答える。
「……ありがとう、本当に、助かった……」
その横でリナが目配せする。「あまり動かしすぎないで。衰弱もひどいし、骨折とかはないけど内出血がありそう」
「分かってる。ゆっくり行こう」
ヒロキが呼吸を整えながら、周囲の安全を警戒する。
ようやく地下フロア近くにたどり着くと、懐中電灯の明かりが金属扉を照らす。すでに非常灯は完全に落ちており、そこかしこにバリケードらしきものが暗闇に浮かんでいる。
「ここから先は俺たちの“ホーム”だけど……正直、安心しきれる場所でもないよな」
北村が小声で漏らす。彼の肩には先ほどの戦闘のあざが残っているが、なんとか踏ん張っているようだ。
「まぁ、そうだが……少なくとも地上よりはマシだ。ここで皆が待ってる」
橘が金属扉をノックし、合図を送る。扉の向こうでは、仲間が見張りをしているはずだ。
すると、ガラガラという重い音とともにバリケードが少しどかされ、中から柿沼の声が聞こえた。
「おお、戻ったか! 無事か……? って、そっちの男性は……」
「ちょっと衰弱してるが生きてる。手を貸してくれ!」
ヒロキがすぐに説明し、柿沼や他の仲間たちが手分けして男性を抱え、警備員室跡のスペースへ運んでいく。
こうして、4階探索組の全員が拠点へ到着した。周囲を見渡すと、15人ほどいる仲間のうち何名かが出迎えてくれる。浅海さんは足の包帯を巻いたままだが、心配そうに近寄ってきた。
「大丈夫だったの……? 大きな音が聞こえたりとか、振動とか凄かったけど……」
「うん、何とか……きつかったけどね」
小野田や藤崎、北村の三人がぐったりと腰を下ろし、それぞれ水を受け取る。一方、リナと橘は警備室の簡易テーブルに地図を広げ、4階での情報を簡単に書き足し始めた。
「ハジメ、ちょっと……今から状況を説明してくれるか?」
柿沼が腕を組み、俺たちに視線を向ける。どうやら拠点で待機していた者たちへ、4階での新たな脅威について詳しく伝える必要がある。
「分かった。まず、4階に人の形をした異形が二体いて……片方はまだ変異途中らしく、もう片方は2メートル超の巨躯だった」
「嘘だろ……やっぱり、人間が変異しているパターンもあるかもしれないってことか」
ざわめきが起こる中、リナがうつむき加減で補足する。「それだけじゃなくて、あの大型異形はまるで意志を持ってるみたいに動いてた。硬くて、速くて……正直、犬型とかゴブリンとは別次元だよ」
そして、ヒロキは衰弱した男性のことを指さす。「あの人は4階の奥で生き残ってたみたいだ。モンスターに襲われた形跡があるし、ほとんど飲まず食わずだったらしい。とりあえず回復術と食料で落ち着かせないとな」
柿沼たち拠点組は苦い表情でうなずく。
「もう少しでチュートリアル5日目も半分を過ぎるってのに、どんどんヤバい敵が増えてるんだな……」
俺は頷きながら、今度は異形を倒したときのシステムログも共有する。
「細身の異形で300、大型で500、合計800の経験値が入った。俺たちの誰かはレベル上がったかもしれないし、ポイントを確認しておいてくれ」
浅海さんがわずかに目を丸くする。「そっか……犬型やゴブリンと比べると破格の経験値ね。でも、それだけ危険ってことか」
報告を終え、全員がそれぞれの席や床に座り込む。停電でランタンや懐中電灯が灯るだけの薄暗いビル地下は、どこか重苦しい雰囲気に包まれていた。
「このままじゃ、拠点が安心と言えなくなる日も近いかもな……」
北村が横になりつつ息を吐く。小野田も肩をほぐし、「4階だけじゃなく、どこか他にも人型の異形が現れてるかもしれねえ……」と呟いた。
そんな沈黙の中、俺は意を決して口を開く。
「でも、俺たちは確実に強くなってる。新入りの活躍も大きいし、素材武器もまだ伸びしろがある。回復術だってある程度間に合ってる……。だから、まずは今生き延びて、チュートリアルを乗り切ろう。それからだ」
藤崎が真面目な表情でうなずく。「ああ、オレ……正直この世界が怖すぎるけど、もう逃げる場所もないし、やるしかないよな」
リナは地図をそっと畳み、「たぶん、明日以降も4階の探索は必要だけど、無理は禁物」とまとめる。ヒロキはうんうんと頷き、「そして、この男性を看病して、使えそうなら戦力に入ってもらうか、あるいは守るだけになるか検討しよう」と付け足した。
「……よし、今は一旦休もう。大きな作戦は、みんなの傷が落ち着いてからだ」
俺が声をかけると、周囲も同意の意を示す。停電したビル地下で、昼夜の区別があいまいではあるものの、いまはメンバーが疲れすぎている。
簡易ベッド代わりにしているマットや段ボールを並べ、各自が順番で仮眠や食事をとる体制を作る。いつもどおり見張りのローテーションを決め、何かあればすぐに声を掛け合う。
「小野田、そのパイプ武器、あとで詳しく見せてもらうよ。俺も改良してみたいんだ」
「おう、助かる。甲殻素材をもっと付けられれば、盾や槍にもできそうだ」
新入り同士や拠点組のあいだで、ささやかな“共同作業”の話題が生まれはじめる。あの危険な戦闘を共有したことで、仲間としての連帯感が高まっている証だろう。
(ユニークスキル……あれをもっと安定して使えれば。いや、今は深く考えても分からないな)
俺は深く息をつきながら、腕の軽い痛みを確かめる。先ほどの戦闘で大きく反動が返ってきたのか、筋肉がじんじんと熱をもっている。ヒロキの回復術で表面の傷こそすぐに塞がったが、奥の疲労は簡単には消えない。
「ハジメ……無理するなよ。さっきのあの斬撃、すごかったけど、負担もヤバいんじゃないのか?」
橘が心配そうに声をかける。俺はかすかに笑みを返し、「分かってる。ありがとう」と返す。
こうして、人型の異形を倒して“新たな脅威”を確信した俺たちの拠点生活は、5日目の昼から夕方へ移ろうとしていた。
次の夜も、さらなる危険がやってくるかもしれない。それでも、仲間たちと築き上げたわずかな絆や成長が、きっと明日へ繋がるはずだ。
(敵も進化している。でも、俺たちだって“成長”するんだ。ユニークスキルも、みんなのスキルや素材武器も……絶対に負けるわけにはいかない)
ビル地下の薄暗がりで、俺は強く拳を握り締めた。トドメの一撃を決めた手のひらにはまだ震えが残るが、ここで止まるわけにはいかない。
チュートリアル終了まで、あと二日ほど——新たに加わった仲間とともに、俺たちはさらに先へと歩み続ける。
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