第22話「影が蠢く階層」
──4階の奥から響く重低音の足音。
俺たちは一瞬で戦闘態勢に入った。藤崎が緊張のあまり硬直し、小野田が「やべえな……」と低く呟く。橘と北村が前衛に立ち、リナが支援の準備を始めた。ヒロキは倒れた男性の応急処置をしながらも、状況を見極めるように慎重な表情を浮かべる。
「何が来る?」
北村が小声で尋ねるが、誰も確かな答えは持っていない。ただ、これまでの経験則からして、この足音は犬型モンスターやゴブリンとは違う。もっと重く、威圧感がある。
──3階までで出現していた敵より一段階上の脅威が近づいているのは間違いなかった。
俺は懐中電灯のスイッチを軽く押し、薄暗い廊下の奥を照らす。しかし、光が届く範囲にはまだ何も見えない。ただ、壁の影が微妙に揺れている。
「逃げるか?」
橘が提案するが、俺は首を横に振った。
「いや、下手に動くと敵の注意を引く。まずは気配を探る」
俺たちは息を殺し、音の主が姿を現すのを待った。
足音が止まり、一瞬の静寂が訪れる。嫌な沈黙だ。まるで敵がこちらの出方を伺っているかのようだった。
「……何かおかしい」
リナが不安げに呟いた。俺も同じことを感じていた。ここまでのモンスターは、本能的に動くものばかりだった。俺たちを見つけるとすぐに襲いかかってくるか、あるいは群れで取り囲んでくる。しかし、今の敵は違う。
──まるで、“考えている”ような気配がする。
「ハジメ……なんか、嫌な感じがする」
ヒロキが警戒を強める中、ついに廊下の奥から影が揺れた。
「……ガァァァ……」
くぐもった唸り声。ゆっくりとこちらに近づいてくるシルエットが見える。
「待て、あれって……!」
小野田が息を呑む。俺たちの目の前に現れたのは、これまでのモンスターとは明らかに違う異形だった。
──人型のシルエット。しかし、それは“人間”ではなかった。
背丈は2メートルほど。全身が黒い皮膜のようなもので覆われている。筋肉質な体躯に、骨ばった長い腕。だが、顔だけは……人間だった。
男の顔が張り付いているかのような歪な表情。だが目は濁り、意識があるとは思えない。
「……人間?」
藤崎が震える声を漏らす。いや、違う。あれはもう人間じゃない。
“人型モンスター”──俺たちがまだ出会っていなかった、未知の敵だ。
「来るぞ!」
俺が叫ぶと同時に、その“異形”は一気に加速した。まるで獣のような速度で駆け出し、北村に襲いかかる。
「くそっ!」
北村が鉄パイプを振るうが、相手は軽く跳ねるように回避。そして、逆に鋭い爪を振り下ろしてきた。
──ギィィン!
北村は間一髪で盾代わりの金属板を掲げて防ぐ。火花が散り、彼は後退する。
「攻撃が速い! それに、重い!」
北村の腕が痺れている。明らかに犬型モンスターよりも強力な攻撃力だ。
「ヒロキ、回復準備!」
「分かってる!」
橘が飛び込み、パイプを叩きつける。しかし、相手の硬質な皮膜に阻まれ、深いダメージを与えられない。
「防御力も高いのかよ……!」
橘が舌打ちする。こいつはスピードと攻撃力、防御力を兼ね備えた新種のモンスターらしい。
これまでの敵とは次元が違う。
「リナ、バフを!」
「士気アップ、発動!」
リナがスキルを発動すると、俺たち全員の身体が少しだけ軽く感じる。微弱な効果とはいえ、この戦闘では助かる。
俺は隙をついて**“斬撃”スキル**を発動。鉄パイプを横に薙ぎ払い、相手の胴体を狙う。
──しかし、敵は驚異的な反応速度で後ろへ跳んだ。
「っ……!」
避けられた。
こいつの反射神経は俺たちの予想を超えている。
「どうする、ハジメ!?」
橘が問うが、俺もすぐには判断できなかった。こいつを倒すには、手持ちの武器では力不足かもしれない。普通の攻撃では効かない。
だが──
(“あの時”のような力が出せれば……)
あの時、俺が柿沼を助けた時の一撃。あれがもし意図的に使えれば、この怪物を倒せるかもしれない。しかし、まだ再現する方法が分からない。
(……いや、考えている時間はない!)
敵は再びこちらに襲いかかろうとしていた。その時──
ズシャアアッ!
突然、廊下の奥から別の影が飛び出し、俺たちの前に割り込んだ。
「……え?」
予想外の展開に俺たちは動きを止める。新たに現れたのは、もう一体の異形だった。
「待て……こいつら、複数いるのか……?」
北村が焦る。
新たな影は、先ほどの個体とは少し違った。より細身で、素早そうなシルエット。
そして、信じられないことに──
「……人間の声……?」
その“異形”は、小さな声で呻きながら動いていた。まるで苦しんでいるかのように。
「これ、もしかして……元は人間だったのか?」
小野田が恐る恐る呟く。
(人間が……モンスターに変わった?)
俺たちはまだ知らなかった。
この世界の“進化の法則”が、敵にも適用されるということを──。
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