第10話「荒廃の夜と地下拠点」
雨は夜になっても止まず、雷鳴とともに稲光がビル街を照らす。停電状態のため、窓から見える外の風景は暗黒だ。ときおり稲妻が閃光を放ち、瓦礫や倒壊した車のシルエットが浮かび上がる。そのたびにゾッとするような不気味さを感じる。
地下拠点にも雨漏りが少しずつ染み込み、床が湿っている。バケツやシートで対応しているが、根本的な対策にはならない。生存環境は着実に悪化していた。
「うーん、食料も残りわずか。明日以降、遠征しないとダメかもしれない」
橘が備蓄リストを確認しながら溜息をつく。これでも連日探索を続けてきたが、今や近隣の店舗や倉庫はほぼ空っぽだ。モンスターが大量に出没する中心部を避けていたから、取りこぼしている物資はまだあるかもしれないが、リスクは高い。
リナと浅海さんが毛布にくるまりながら、疲れた表情でうずくまっている。彼女たちもレベル上げを少しはしているが、女性が戦場に出るのは不安が大きいようだ。とはいえ、この世界では性別など関係なく、戦闘力がモノを言う。
柿沼は黙々と盗賊スキルを伸ばすためにステータス画面を睨んでいる。素早さや気配遮断など、いくつか候補があるらしい。ゲームのノウハウに詳しい彼は、「ゲーム知識が実際に役立つとは……」と苦笑していた。
そんな中、ヒロキが周囲を見回して提案した。「そろそろ、拠点を広げることを考えたほうがいいんじゃないか。ここだけじゃ狭いし、逃げ場も少ない。上のフロアを使えたら少しは安全になるかもしれないし……」
確かに地下は空気がよどんでいるし、非常時の脱出経路が限られる。モンスターが正面から侵入してきたら背水の陣だ。上階にも部屋はあるが、まだあまり探索していない。モンスターが潜んでいる可能性もある。
「……明日の朝、上階を見てこよう。危険がないなら拠点スペースを拡張して、非常時の逃げ道を作る」
俺はそう答え、皆も納得してくれた。今のままじゃ人数が増えた場合に収容もままならないし、夜間も不安がつきまとう。
リナや浅海さんが、「もし上階が安全なら、そこに女性専用スペースを作ってもいいかも」と提案する。人間同士のトラブルが起きないとも限らないし、最低限のプライバシーは確保したいという意見だ。
「そのためには、モンスターを掃討する必要があるかもしれない。上のフロアに犬型や虫型が棲みついてるかも……」
ヒロキが苦い顔をする。結局、戦わねばならない場面はこれからも出てくるのだ。むしろ増えていく可能性が高い。俺やヒロキ、柿沼らの戦闘メンバーが頑張らなければ、全員共倒れになる。
夜が更けるにつれ、雨脚はますます強まる。時折、雷光が地下の階段口から差し込み、青白い閃光がフロアを照らす。深夜に似つかわしくないほどの轟音が何度も響き、外では強風がうなっている。
「こんな嵐の日に、モンスターはどう動いてるんだろう……」
リナが不安げに呟く。犬型モンスターなら雨宿りでもしているのかもしれないが、空を飛べる敵や水中に棲む敵が現れたら厄介だ。
「何でもアリだしな。あの中ボスみたいな巨体がここに来たら、ビルなんてひとたまりもない……」
柿沼が肩をすくめる。想像するだけでおぞましい光景が頭をよぎる。
闇と嵐に包まれた夜。チュートリアルはあと数日続く。すでに人々の生活は崩壊し、大勢が命を落とし、都市は廃墟に近い。これが“優しめのモンスターしか出していない”期間だなんて信じられない。
「もしこれが終わって、本番が始まったら……どうなるんだろうな」
ヒロキがポツリと漏らす。誰も答えられない。もっと強いモンスターが世界を闊歩するようになれば、人類に勝ち目があるのかすら疑問だ。
それでも、俺たちは生き延びるために必死になるしかない。レベルを上げ、スキルを磨き、仲間同士で協力し合う。暗い夜に押し潰されそうな不安を振り払うように、俺は一度ギュッと拳を握りしめた。
「とりあえず、明日は上階の探索だ。物資確保も大事だが、まずは拠点の防衛を固める。あと数日でチュートリアルが終わるってことは、もっと強いのが来るんだ。備えないとやられる」
照明の落ちた薄暗い部屋に、俺の声だけが響く。仲間たちが口々に「分かった」「やってみよう」と応じてくれた。俺がリーダーのように指示を出しているが、それが自然と受け入れられるほど、この状況で頼れる“主人公”を必要としているのかもしれない。
雷の音と雨音が混ざり合い、ビル全体を震わせる。停電の中、わずかなライトの光でお互いの顔を見合わせると、不安そうな表情が浮かんでいた。しかし、ここで弱音を吐いても仕方ない。
「……今日は交代でしっかり見張りをしておこう。俺がまず見張る。ヒロキたちは休んでくれ。上階の探索は明日だ」
俺はそう告げ、仲間たちを休ませるよう促す。せめて身体を休めておかなければ、モンスターとの戦いはもちろん、雨に打たれただけでも体調を崩しかねない。
リナや浅海さんは毛布をかぶって丸くなり、橘や柿沼も物陰に腰を下ろして仮眠をとる体勢に入る。ヒロキだけはしばらく起きていてくれると言い、二人で話しながら耳を澄ませる。
外ではときおり遠くで悲鳴のようなものが聞こえるが、雷鳴にかき消されて正体が分からない。人間なのかモンスターなのか、それすら判断できないのだ。
この地下拠点がいつまで持つのか分からないが、いまはそれでも一番の安全地帯だ。暗いフロアで小さく息を吐きながら、俺は神への怒りをかみしめる。こんな死のゲームを押し付けておきながら、何が楽しいのか。
そうして嵐の夜が更けていく。
明日からも、地獄は続く。いや、地獄が“本番”を迎えるのは、まだ数日先だ。チュートリアルが終わったら一体どんな怪物が登場し、どんな絶望が訪れるのか。想像するだけで息が詰まりそうになる。
「絶対に……生き延びてやる」
握り締めた拳の奥で、得体の知れない感覚がうずいた。もしかしたら、これが後に“ユニークスキル”と呼ばれるものの片鱗なのかもしれない——だが今はまだ、その事実に気づくことはなかった。
こうして俺たちは暗闇の地下で震えながら、来るべき“次のステージ”へ向けて、わずかに生き延びる術を模索し続けるのだった。
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