転生しようとするのも楽じゃない

古城青南

眠れる探偵

 夢とは何か?

 こう尋ねた時、

「寝ている間に見られるものだよ。」

という人もいれば、

「心に抱き、叶えたくなるものだ。」

と答える人もいるだろう。

 眠れる世界で、彼等の冒険は突然始まる。




 ここは、魔物と人間が戦争を終えた時代、一人の男は事務所でもあり、家でもある場所でソファーに寝ころび、本を読んでいた。

 事務所の看板には汚い字で『鷹緒探偵事務所』と書かれている。

 そんな事務所に、せっせと走って入っていく女性が一人いた。

 女性は勢いよく扉を開け、

「すみません!ごめんください!たかおさんは、たかおさんは、おられますでしょうか!?」

と叫んだ。

 ソファーに寝ていた男は女性が扉を開けた時には体を起こし、ソファーに座っていたため、なんとか、怠惰な姿を見せずにすんだ。

「えーと、はい、俺、いや、私が鷹緒 春(たかお しゅん)と申します。探偵です。」

 男は、軽く頭を下げ、テーブルに置いていた本や雑誌を床に置き、女性にテーブルを挟んで手前のソファーを指さしながら、

「どうぞ、お座りください。ひとまず落ち着いてください。飲み物はジュースで良いですか?終戦したばかりなので、何も無くて。お酒は出せないんですよ。」

「いえ、大丈夫です。お飲み物なんて、いただけません。」

 魔物と人間の戦争は一昨年終わった。人間側の勝利である。

 しかし、戦争が残した傷がこの世界から完全に消えることは、ずっと先のことなのだと国民の誰もが思っている。

 今は、人間界を復興させ、魔物と和解しながらも世界を裕福にしていくことを人間の大多数は目指していた。

 探偵、鷹緒 春(たかお しゅん)は、目の前の女性を見た。

 長身で青い着ているロングスカートがよく似合う。目も大きく、鼻が高い。そして白い肌と金髪の髪からして、美人なのは間違いないが、疲れているからか、どこか病人っぽくも見えてしまう。

「移動魔法は使わなかったのですか?貴族なのに?」

 その言葉に女性は口に手を当てて驚いた。

「どうして分かったのですか?それとも、どこかでお会いしたことが...」

「終戦してから、まだ二年しか経っていないのに、オシャレをする余裕があったので、ご家庭が裕福なのは、すぐ分かります。言葉遣いが丁寧なのも裕福で余裕がある証拠の一つ。

 次に裕福なご家庭である貴女がなぜ、移動魔法や、お金で買える移動手段を使わなかったのかを疑問に思いました。何か途中でアクシデントが起き、魔力が使えなくなったとしても、貴女ほど裕福なご家庭なら、そこら辺の闇市で、ちゃちゃっと調達できるでしょう。

 途中で強盗に襲われ魔力もお金も奪われたという仮説は、貴女の姿を見て消えました。

 ここから導き出される答としては、貴女が闇市で買い物する方法を知らない、または慣れていないのではないかと。ということは、先の戦争で武器を売り、莫大な富を築いた貴族の娘さんではないかと考えたわけです。

 そのスカートも使用人あたりに用意してもらったのでしょう?」

「その通りでございます。」

 その貴族の女性は、鷹緒の話を聞いているうちに、落ち着いたようであり、今は取り出した高級ブランドのハンカチで額の汗を拭いていた。

 言動の多くに貴族らしさが滲み出ていることを彼女は自覚していない。

「それで、何があったか聞かせてもらえますか?」

「私は戸宮(とみや) シーナ と申します。私達家族は終戦まで、田舎のお屋敷に住んでいました。その時は弟を含めた家族4人で過ごしていたのですか...」

 ここで、女性は唇をギュッと結び、溢れ出してしまう感情をグッと抑え込んだ。

「今朝、弟が誘拐されたのです。」

「弟さんはいつ誘拐され、貴女は、いつ、それに気づいたのですか?」

「核助(かくすけ)は、弟は私の5つ下でもう20歳になります。弟は魔力は強いのですが、体が弱いので戦争には行かず、父と母と共に疎開先の田舎のお屋敷で戦争が終わることを待っていたのです。ですが、昨日出かけたきり帰って来なくて。そしたら、今朝、手紙が届いたのです。」

 そう言うと、シーナは一枚の手紙を小さなバッグから取り出し、鷹緒に渡す。

 茶色い封筒の中に三つ折りにされた白い紙が一枚入っていた。そこには、雑誌の文字を切り取って貼って作られた文章があり、『弟は誘拐した。返して欲しければ、100万フィール払え。さもなくば、主人の秘密ばらす。』と書かれていた。

「100万フィールって、一人暮らしするなら困らない額のお金ですが、貴族の方へ請求するには少ない額ですね。もう百倍くらい要求されてもおかしくないのに。」

 鷹緒は顎を親指と人差し指で触り、考える仕草をした。

「そうなんです。だから、私の父、戸宮 教平(とみや きょうへい)は、額が少ないから放っておけと言うのです。警察を呼ぶつもりもないみたいです。お願いします。弟を助けてください。」

 シーナは深々と頭を下げる。

「分かりました。その依頼、引き受けましょう。」

 この言葉に、シーナは涙を浮かべて喜んだ。

「ありがとうございます。」

と言い深々と頭を下げた。

 鷹緒は、すぐさま安そうなリュックに必要な荷物をちゃちゃっと入れ、出かける支度をした。

「幾つか質問をしてもよろしいでしょうか?」

と鷹緒が尋ねると

「はい。」

とシーナは返事をした。その声は、ここへ来た時よりも明るいものだった。

「弟さんは誰かに恨まれていましたか?」

「いいえ、特にそのような記憶はございません。」

「ご家族とは仲良くしていましたか?」

 ここで、シーナは一瞬答えるのを躊躇したが、

「実は両親と弟は仲が良いとは言えませんでした。」

「それは何故です?」

「実は、弟は養子で、血の繋がりが無いのです。だから、両親は私にお金をかけるけれども、弟のことは気にしないところがありました。」

「なるほど。これから、貴女の家へ向かうことは可能でしょうか?」

 鷹緒は時計を確認しながら尋ねた。時刻は午前9時を回っていた。

「はい、大丈夫です。ただ、両親はこの件を公にしたくないみたいなので、もしかしたら、失礼な態度をとってしまうかもしれませんが。」

「ああ、全然大丈夫です。」

と鷹緒は笑顔で言った。

「急いで行きましょう。弟さんの部屋に何かヒントがあるかもしれません。ちなみに、疎開先の住所はご存じですか?」

「はい、ミルバートル区3丁目の2-2-1です。」

「分かりました。今からなら電車で行きましょう。それが一番安いです。交通費は貴女に請求するつもりですが、よろしいでしょうか?」

「はい。構いません。」

 こうして二人はシーナの疎開先の屋敷へ向かうことになった。

 事務所から出る時、鷹緒は自分ともう一人が写っている写真を見て、頷いてから扉を閉めた。

 ここから、ミルバートル区へ向かうには電車で2時間はかかる。二人は電車に乗った。最初の20分は大都会であるロイロットタウンへ向かう人間で溢れていたが、次第に人数は減っていき、ロイロットタウンを過ぎた頃にはガラッと人はいなくなり、二人が座れるスペースは充分あった。

 四人席で二人は向かい合って座る。

 ふと、鷹緒は眠くなってきた。昨日の別の事件の調査の疲れが今になってやって来たのだ。

 うとうとしてしまう。

 駄目だと思えば思うほど、眠くなる。

 彼は睡魔に負け、瞳を閉じた。


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