2.それは無理かな

 屋上には、給水塔らしき物体と室外機、飛び降り防止のために作られたであろう、高さのあるフェンスしかなかった。


 フェンスの前に立つ、オフィスカジュアルな服装を身にまとった彼女が、今回救済する相手らしい。


 飛ばされた場所から考えると飛び降りようとしているようだが、それにしてはフェンスが高すぎる。

 脚立などは見られないが、もしかして、飛び降り以外の自殺方法だろうか。


 そんなことを考えながら歩いていると、こちらに背を向けていた女性がこちらを向き、驚きの声をあげながらこちらを指差した。

「もしかして、救世主ちゃん?」

 インフルエンサーになったような気分になり、返す頷きに自信に満ちる。


「自殺しようとする人の前に現れるのって本当なんだね。どんな仕組みなの」

「秘密」

 自分が二十五歳男性だとか、いらないことを話さないよう注意しながら女性の隣に並ぶ。

 女性の顔色は悪く、目の下はひどいクマが表れている。

 そんな女性の後ろに立つフェンスには、かろうじて女性が通れそうな穴が開いており、足元には切断器具が置いてあった。

「自殺を選ぶ老若男女の前に現れる救世主ちゃんなら、飛び降りようとしてる私の話聞いてくれる?」

「もちろんだよ」

 安心させるために、笑顔を返す。


「昔放送されてたドラマに、ライターとして働く主人公が善人の正体を暴くってやつがあってね、私それが好きだったの」

 若いし知らないか、と嘲笑しながら空を仰ぐ彼女に倣い、俺も空を見上げる。

「あれに憧れちゃって、ライターとして仕事してるの。アホみたいでしょ」

 そんなに自分を卑下しなくても。

 ちゃんと仕事をしているのだから、俺みたいな人間よりも優秀だろうに。


「あの主人公みたいになりたかったのに、今は中学生向け雑誌の小さなコーナーを担当してます」

「十分すごいよ」

 女性は首を横に振る。

「女子中学生がほとんど見向きしないような、都市伝説を追うコーナーよ」

 自殺を止める勉強として女性向け雑誌を含めた色々な本を電子書籍で読むようになったが、まさか女子中学生向け雑誌にそんなコーナーがあるとは知らなかった。

 今度は中学生向けの雑誌も目を通すべきかもしれない。


「読者からの口コミから一つ選んで調査するんだけど、これが結構ハードで。さっき茨城の神社から戻りました」

「お疲れ様」

「帰ってきて早々、編集長からボツが言い渡されたよ」


 一瞬で、女性の顔から笑顔が消えた。


「締め切りに間に合わないから、とりあえず次号のコーナーは休載。その次までにいい記事が書けなかったら」

 途切れた言葉の続きは、言われなくても分かる。


「辛いね」

「まあ、私に才能がなかったってことよね」

 私に向かって再び笑顔を見せてくれるが、その笑顔が作り物なのは明らかだ。

「だから、もう命を投げ出してやろうかなって」

 フェンスに開けられた穴を、二人で見つめる。


「私は、それ嫌だな」

 そう口に出すと、乾いた笑いが返ってきた。

「救世主ちゃんが助けてくれたら、生きていけるんだろうけどね」

「新しい仕事を見つけてくるとか?」

 何を求められているのかわからなかったが、その発言から間を開けてはいけないような気がした。

「いいね。大手動画配信者とかになれないかな。元都市伝説系ライターのみきちゃんねる」

 そこで、彼女の口が止まった。

「そうか。救世主ちゃんが助けてくれたら」

「え?」

 注意深く様子を伺っていると、いきなり両手を掴まれた。


「私、ここから飛び降りるの止めるから、一週間密着取材させてください!」

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