第10話 一瞬の平和
「皆様、今回の件改めて本当にありがとうございます。
この世界の長として心からの感謝を……」
そう言って頭を深々と下げるのはこの世界、アルデハインの女王であるアイリス様。
こうして、城の客間に招待されたのは事件の概要を説明されたとき以来の二回目だが、あの時のピリついた空気感はとっくに消え去っていて、この世界にもようやく平穏が訪れたのだと理解する。
「正直言って、始めてあなたたちとお会いした時は全く信用をする事ができませんでした。
なんだか頼りない、そんなことすら思ったくらいです。
ですが、気づけば都市に住む人々から信用されるほどの力強さで、怪物たちから我々を守り最終的には三体全員の殲滅まで成し遂げた……私も長としてたくさんのことを勉強させていただきました」
そうして、アイリスさんはさっきよりも深々と頭を下げる。
周りを見渡せば、その場に集まったアルデハインの人々も彼女に呼応するように感謝を伝えてくれたり、お辞儀をしてくれたり。
それだけのことを俺たちは成し遂げたのだ。
「今日は、都市全体であなた達に向けての感謝を伝えるため、お祭りを催しました。
次の目的地に行かなくては行けない忙しい方たちというのは存じておりますが、せめて今日だけでも楽しんで行って下さい」
アイリス様の声を皮切りに、アルデハインの人々は一斉に行動を開始する。
夜を迎える頃には、都市全体の雰囲気は大きく変貌を遂げ花火が上がったり、出店がたくさん並んだりとお祭りムード一色になっている。
「世界を救った英雄たちってこんな気分なんですかね…」
そんな都市の喧騒を眺めながら、ふとそんな言葉が出る。
城も、すっかりパーティ会場に変わっていて俺も色々と顔を出さなければいけなかった。
今はようやくそんな時間が終わって、心を休めるようにテラスで風に当たっている。
「そりゃそうだろ。
まるでお前が世界を救っていないみたいに……」
俺の様子を見かねて、ここまで連れ出してくれた張本人であるハガリさんは頭をガシガシ撫でてくる。
「実際、俺は何も出来ませんでした。
黒色を倒せた時、本当に自分が最強になったような気分になって……。
それでも、結果的には灰色に全く歯が立たなかった」
「……これからもっと、強くなるんだろ」
「はい」
俺は今回の怪物の件、余裕とすら思っていた。
正直、舐めていた部分もあったのかもしれない。
灰色……あの怪物が捕食をして力を増した時、俺は相手の姿を捉える余裕すらなく吹っ飛ばされていた。
ハガリさんの声かけが無かったら、そのまま気絶してメンバー全員の足を引っ張っていただろう。
その後だって結局、ウィンプの壁とアロナさんの銃撃一発があったから逃げることができた。
もし、真正面から一人でやり合ったら……考えるだけで恐ろしいことだ。
吹き飛ばされた時の腹部はまだ痛む。
自分の足りなさを感じさせるようにジリジリと。
「アルデハインの人々、最近は魔法を使う機会が減ったことが原因で、高い技術で魔法を使える人は減少傾向にあるんだと。
さっきアイリス様が話してくれた」
ハガリさんは、そう淡々と話し始める。
「俺もさ、ボロボロになってこっちに助けを求めるルノを見てさ、自分はなんて愚かなんだと思ったよ。
都市の中心で、お前らの連絡を待ってただじっとしていたんだからな」
そんな事はない、そう思う。
ハガリさんは俺たちの中で頼れるリーダーとして、もしものことが起きた時にすぐに動ける人がいた方がいいというのも全員が納得したことだ。
それでも、ハガリさん自身が納得できるわけではないのだろう。
「……ようはさ、みんな悔しいんだよ。
俺も、アルデハインの人々も。
それからお前も。
俺たちは、絶対強くなるぞ。
今度は、一切の後悔も落とさないほどに」
ハガリさんは、上がる花火を目に焼き付けている。
俺も、この世界でのことは忘れたくないと本能的に目を向ける。
「強くなれることを、この世界で証明し続けたのは
ミドロ、お前だよ。
次、アルデハインに来た時に英雄かどうか疑われないようにしなくちゃな」
「はい……!」
俺ももっと強くなる、この世界にもう一度来る時は強くなったアルデハインの人々が苦戦を強いられている時なのだから。
「ハガリ、ミドロ。
こんなところにいた」
アロナさんが、城の中から俺たちに手を振る。
その脇には、沢山の食事が抱えられていた。
始まってから、誰よりもご飯を食べていた彼女のことを思い出して、つい吹き出してしまう。
その様子を見て、釣られるようにハガリさんも大きく笑う。
「それじゃ改めて、俺たちももう少し楽しむとするか!」
「そうですね」
ハガリさんがワクワクしたように言う。
「アロナ、お酒ってまだあるか?」
次はどんな世界に行くのか、それは未だにわからない。
しかし俺たちは、あらゆる世界を救う異世界救助隊なのだ。
アルデハインに長く滞在することもできないのだろう。
だったら、今日という一日をしっかり頭に焼き付けなければ。
長くて楽しい宴の夜は、どうやらまだまだ続きそうだ。
――
病室のベッドから花火が見える。
身体の全身が震えるほど痛くて、自分の限界を何度も超えたことに気付かされる。
それでも、勝ったんだ。
「ルノ、あんたもボロボロなんだから寝た方がいいんじゃない?」
隣のベッドから声が聞こえる。
その声の主はアイラさん、頭に強い衝撃は受けていたものの命に別状は無し。
これからの生活で困るような事もないらしい。
つまり、最悪の事態は免れたということだ。
「ふふ、何だか色々考え事が多くて」
「……そうね、結局私がルノに助けられちゃった」
「いえ、お互い様です」
力の使い方を教えてくれたとか、それまでたくさん助けてもらったとか、色々な理由が頭を巡ってくるが結局はアイラは友達で大好きだから死んでほしくなかった。
今あるのは、確かで純粋な安堵感だ。
だからつい、本音が漏れてしまう。
「本当に死ななくて良かった……」
俯いていたアイラが私の方を見る。
「ほんとだよ、本当に死ななくて良かった。
私、ルノが死んじゃったらどうしようかと思って
倒れながらもずっと、胸がモヤモヤして」
「はい、私もアイラさんが死んじゃったらきっと底まで気持ちが沈んで動けなくなってました」
「……私たち、お互いのことばっかりだね」
ふふっ、と静かに院内に微笑みがこだまする。
でも少し後に聞こえてきたのは。
「うわ〜ん、良かったよ〜!
全部ダメになっちゃうかと思った〜!」
「そんなに泣かないで下さい。
……私も泣いちゃいます」
聞こえてきたのは二人の号泣した声。
二人はその身体を抱きしめ合って、温度を感じ取って。
ただ、生きていると実感し続けるのだった。
――
次の日、ルノはかなりのダメージを負ったものの大きく損傷した部分はなく、すぐ退院出来ることになった。
そのため、俺たちは次に向けて作戦会議を開始する。
「というわけでだ、俺たちはとりあえずアルデハインを守ることには成功した。
危機を守ってくれた二人の新人には拍手!」
俺とルノは仲間たちから、拍手を浴びる。
なんだか、誇らしい気持ちになるがそこにアロナさんが加わっていないことに気づいた。
下を向いているし、昨日の疲れがまだ残っているのかもしれない。
ハガリさんは、次の行動について提案してくれる。
「それでだ、二人には謝らないといけないな。
急にお前らを連れ出して、こんな危険なことに巻き込んですまなかった」
忘れていたが、アルデハインの危機がなければこんなことにはなっていなかった。
俺は、きっと元の世界で家族と相談した上でついていくことをやめていただろうし、ルノもすぐに元の世界に帰されていたことだろう。
勿論、能力の発現などについて考えないといけない部分もあっただろうが。
「だからこそ、お前らがこれからどうしたいか決めたい。
一旦、ミドロの故郷に帰ってみるのもあ……」
「ちょっと待って……!」
話し合いを中断させたのはアロナさんだ。
真剣な面持ちなのは、この場にいる誰もが分かる。
その中でも、付き合いの長いハガリさんは勘づいたようだった。
「もしかして、頭に文字が浮かんでるのか?」
そう、アロナさんの占い能力。
これは優先度関係なく、一定の危険度にくると浮かんでくるものらしい。
例えば、数人程度の危機に関しては頭に出ることはないらしい。
特に頭に浮かばなくても、ある程度の情報から世界を守りにいったりするケースも過去にはあったようだ。
つまり、この頭に浮かぶというのは重要度も相当高い。
早急に対応しなければいけない何かであるということである。
「頭に浮かんだ、というのもそう……でも」
どうやら、俺もまだ帰れるかは微妙そうだ。
全員の目が変わる。
もう一度あの怪物レベルと敵対することもあるのだ。
しかし、そこで告げられたのは衝撃の事実。
「アルデハインが消えてくれない……」
全員が唖然として固まる。
今の状況を一応、整理しておこう。
アルデハインの名前が消えない、つまりそれは未だにアルデハインに訪れる危機は去っていないということだ。
あの怪物、だけじゃない。
もしくはあの怪物に関連する何かが動き出している。
しかも、もう一つ頭に浮かんでしまった。
アルデハインの他にも同じレベルの危機を迎える世界が現れてしまった。
俺は、遺跡でのアロナさんの言葉を思い出す。
今はもうね、異世界救助隊はほとんど壊滅しちゃってるの。
そう、俺たちは助けを求めることすら許されない。
今までの二倍、いやそれ以上の脅威にこれから対面していかなければいけないのだ。
アロナさんの予言は世界の名前だけ。
いつ、何が起こるか分からない脅威。
それに立ち向かわなければいけないのだ。
全員が項垂れる。
それこそ、俺とルノのことを考えている暇などない事態となってしまった。
それでも、ハガリさんは何とか声を出す。
「勿論、俺たちでどっちも救う。
そこに異論はないな」
全員がとりあえずでも頷く。
救えるか、そういった疑問は確かにあるがそれでもやらなければいけないと、全員が責任感のようなものに突き動かされている。
「それなら、俺たちを二分しよう。
ここに残る部隊と、もう一つの世界へ行く部隊。
とりあえずガンテツはもう一つの世界側だが」
「じゃあ、私がここに残る」
アロナさんが手を挙げる、ついでにウィンプも手を挙げていた。
「まあ、この世界には世話になったしな。
せっかく救ったのに、このまま終わるんじゃバツが悪いからな」
「じゃあ、私も残っていいですか?」
次に手を挙げたのはルノだった。
「私は、まだ力を最大限扱うことが出来ていません。
だから、もうちょっとこの場所で強くなる手がかりを探りたいんです。
アイラの身体のことも気になるし……すごく個人的な理由で申し訳ないんですが、皆んなの役に立てるようになりたいです!」
ルノが主張したり、こんな風に声を上げるようになったことに未だに慣れない。
これは彼女の大きな成長だ、きっと自分で選んだこの道で彼女はもっと強くなれる。
「ああ、お前ら本当に……
俺は、つくづくメンバーに恵まれてるな」
ハガリさんも、心を動かされたような感覚を覚えたらしい。
きっと、この人たちに任せたら大丈夫だと。
俺もそう思う。
「ミドロ、お前はもう一つの世界。
それで大丈夫か」
「勿論です」
こうして、俺は別世界へと旅立つことになる。
船のところまで、またかなりの道のりを歩く。
行きの時と同じような荷物を抱えている。
でも、不思議とその道のりを長く感じることはなかった。
俺も何もしていなかったわけではないとしみじみ思う。
「お前ら、待っていたぞ」
ガンテツさんも、かなりコンディションは良さそうだ。
ずっと船での生活、少し寂しい思いをさせた。
しかし、今は完全に仕事人の顔になっている。
「こんな男旅も久しぶりだな」
「ハガリさん……そんな呑気な事言ってられませんよ。
今度はメンバーも半分なんですから」
「分かってる、頼りにしてるぜ。
ガンテツ、ミドロ」
そういえば、旅立つ前の短い時間に次の世界についてハガリさんは色々調べていたようだ。
俺も、アロナさんから名前だけは聞いた。
「それじゃ、異世界救助隊チームB!
行くとするか!」
エンジン音が鳴り響く。
本当に次の舞台へと行くんだな。
俺は、これからの長旅に向けて覚悟を決める。
「次の場所……
荒廃した世界、スアイガイへ!」
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