第2話 初めての異世界
突如現れた巨大な空中艇に、謎の二人組。
本当にたくさんの疑問はあるが、さっき耳に入った言葉に比べれば、それは些細なことだ。
「お前ら二人を今日から異世界救助隊の仮メンバーとする!」
そう言っていた、リーダーらしき男は俺たちの返答を待っているようだった。
ルノを見てみれば、かなり困っている様子。
俺だってこれがどう言う状況なのか全く分からないが、話が進まないままではいけないと答えることにする。
「俺は……少なくとも俺は行かない方がいいと思います」
家族のこと、集落のこと。
もちろん色々、この世界から離れたくない事情もある。
でも、俺が行かないことを選んだ一番の理由はそこではない。
きっとこの先、あの日憧れたような大冒険をすることがあるのだろう。
たくさんの仲間、物語に心を動かされる経験だってあるのかもしれない。
でも今の俺ではシンプルに実力不足、そう思った。
俺はずっとあったかもしれない夢を諦めてきたのだ。
可能性を信じずに、いつの間にか身体を鍛えるのだってやめてしまった。
今、平然を装っていても突如目覚めた能力の反動に蝕まれて全身に痛みが巡り続けている。
俺が行ったら、足手まといにしかならない。
「ミドロ君……?どうしてですか?」
ルノがさっきまでの困惑も忘れて、俺に問い詰める。
彼女には宴の夜以外でも何度か昔の夢、つまり異世界救助隊への憧れの話をしてきた。
でも、そんな悲しそうな表情を見ても意見を変えることはできない。
「ルノのことをお願いします。
元いた世界に帰してあげて下さい」
「あー、そうだな……。
まあ、二人とも少し考える時間は欲しいだろ。
一旦、家族や仲間と相談して来な。
……とりあえず、俺たちもここら辺で待機しておくか」
リーダーらしき男性はバツが悪そうに頭を掻く。
俺が行かない事を残念に思ってくれているのかもしれない。
憧れにそう思われるだけでもここまでの出来事には
価値があった。
……その時、おそらく救助隊のメンバーであろう女がリーダーの袖をぐいぐい引く。
「……んあ、どうした?」
「頭の中に、浮かんできた」
「……え、マジで。
嘘だろ?なんちゅうタイミングだよ。
……………………仕方ないよなぁ」
どうやら、不足の事態が起きたらしい。
俺は、なんだか居づらくてその場を後にしようとする。
だが、急に身体が持ち上がった。
隣を見ると、救助隊の女の子はルノの手を引いている。
「よし、行くぞ」
ようやく状況を理解した。
これは簡潔に言えば、誘拐という事らしい。
「って、ちょっと!
俺は行かないって言いましたよね!」
「まあ、なんだ。
とにかく事情が変わっちまったんだ。
こうなりゃ腹決めろ」
二人は俺たちを抱えながら背中のジェットパックらしき機械で高く高く上がっていく。
その行き先は、船一直線。
こうして、俺とルノは半ば強制的に船に乗せられた。
「よし、早速出発だ!」
やはりリーダーの役割だったその男の指示で船が高く浮かび上がる。
そのまま地上が遠ざかっていくのが、窓から見えた。
どうやら俺は当分の間、この世界には戻ってこれないらしい。
「本当に申し訳ない!
俺たちにも急ぎの用事ができて、別れの時間も作る事ができなかった。
もちろん、後でお詫びはする」
「……分かりました。
その代わり、ルノのことだけお願いします」
元々、俺が行きたくなかったのは気持ちの問題でしかなかったのだ。
こうして、連れて行かれて、ここまで来てしまったからには、折れるしかない。
ルノは俺のことを見て嬉しそうに笑う。
別に……行きたくないわけではない。
「これから一体どんなことになるか分からないがとりあえず、俺たちは仲間という立場になったんだ。
まずは、自己紹介しないとな」
「あ、俺はミドロですよろしく」
俺の言葉に全員が拍手を浴びせる。
こういう機会は集落ではそうなかったため、何だか照れてしまう。
「……ルノです」
すごい小さい声でルノが続いた。
恐らく、集落の皆とのコミュニケーションもかなり頑張っていた彼女だが、こうして短いスパンで周りの環境が変わってしまった。
また一から関係作りはやり直しというわけだ。
相変わらず、拍手が鳴り響く。
「次は俺だな、この船のリーダーのハガリだ!
……特段話せるようなこともないな、まあよろしく!」
そう言って笑ったハガリさん、やはりリーダーだった。
おおよそ、190cmくらいの高身長とガタイの良さ。
頼れる兄貴肌みたいな性格は、確かにリーダーに向いていると感じた。
「次は私、名前はアロナ。
後輩たちが出来て嬉しい……」
次に名乗り出たのはアロナさん。
小さくて、華奢な可愛らしい女の人だ。
対照的なイメージを受けるハガリさんとは長年の付き合いのようで、さっきも息ぴったりの動きを見せていた。
「……ガンテツ。
この船の操縦士というやつだ」
最後にガンテツさん。
凄く威厳のありそうなお爺さんで、たくさんあるレバーをガチャガチャやりながら操作している。
恐らく、ベテランの技というやつなのだろう。
以上三人、これが元々船に乗っていたメンバーということらしい。
いわゆる少人数精鋭というやつで、それでも異世界救助隊として活躍できているのだから何かと実力のある人たちなのだろう。
「まあ、俺たちは全員別世界の出身だがそれでも上手くやっていけてる。
二人とも、仲良くしてくれたら嬉しい」
そう言って握手を求めるハガリさん、その手を取る。
色々ごちゃごちゃ言ったものの、ここにいる人たちは全員、俺にとっての憧れみたいなものだ。
こうして迎え入れられることに、喜びを隠しきれない。
この瞬間から、俺とルノは異世界救助隊のメンバーになった。
「つーわけで、これからやらなきゃいけないことが
あるんだよな」
そう切り出したハガリさん。
このやらなきゃいけないこと、というのがどうやら俺たちが別れを惜しむ暇なく連れてこられた理由らしい。
その理由、というものは何となく分かっているつもりだが……
「……どこか、危機に瀕している世界があるんですよね」
「おー、すげえなミドロ。
そうそう、俺たちは今そこに向かってるという訳だ。
名前は確か、アテラ……アトリだっけ、えっと」
「アルデハインだ」
不甲斐ないリーダーの代わりに答えるガンテツさん。
アルデハイン……正直言って聞いたこともない。
無数に存在する異世界のことを全て理解できるわけは無いため、仕方ない話ではあるのだが。
「あの、そういうのってどうやって分かるんですか?」
「私の頭、浮かんできた」
アロナさんが必死に高くで手を挙げている。
確かに、さっき頭の中でどうとか言っていた。
……まあ、能力の一種ってことなのだろう。
ここ最近、俺含めどんどん不可解な現象を見続けているため、色々慣れてきた。
恐らく、アロナさんの能力は未来視というやつだろう。
詳細が分からずとも、世界の情勢を変えかねないとんでもない能力だとわかる。
それだけに彼女の能力は船にとって必要不可欠なものなのだろう。
「まあ、そういうわけだ。
じゃあ、とりあえず明日の予定について……って大丈夫かルノ?」
ハガリさんが青ざめているのを見て、ルノの方を見る。
ルノは目をぐるぐる回して、椅子にもたれ掛かっている。
「どわあ〜!
船酔いか、調子悪いのか!?」
ルノは初対面の人と関わりすぎて、キャパオーバーしてしまったらしい。
一応、濁しておこう。
もしかしたら、ルノの面子にも関わるかもしれない。
「……多分、疲れてるのかもです」
「そうか、よしとりあえず部屋まで連れてくわ」
ルノを抱えて船の奥に消えていくハガリさん。
部屋に一人にしておけば大丈夫だと思ったため、ルノのことは任せておく。
ちょんちょん、とアロナさんに背中を小突かれた。
「ねえ、ハガリは悪いやつじゃないでしょ?」
「はい、色々強引なところもありますけど。
それでも良い人っていうのは伝わってきます」
本心をそのまま伝えてみると、アロナさんは嬉しそうに鼻を鳴らして、自慢げだ。
何故かドヤ顔になっている。
「……じゃあ今日は一旦お開き」
「そうですね、じゃあ俺も部屋に戻ります」
結局、明日の予定を共有する前にルノがダウンしてしまったため、今日はお開きになった。
俺も部屋まで案内してもらって、自分の部屋というやつを初めて手に入れる。
正直、一人で暮らす部屋にしてはかなりのサイズだ。
こんな空き部屋がまだまだ存在しているらしく、相変わらず大きい船であることを実感させられる。
とりあえず、今まで体験したこともないほどのフカフカなベッドに飛び込む。
ようやく、今日という一日が終わるのだ。
普段の作業で終わるはずがルノの力が暴走して俺の力が突如現れて、そうして異世界救助隊になってしまった。
そこまで考えて、自分の手を見つめる。
一体何が起こっているのか分からない、正直かなり不安に覆われている。
俺がどうして能力が発現したのか、これは何のために何の条件で、どんな力なのか。
本当に、本当に何も分からない。
ふと思う、俺はこの旅についていくことを一度は拒絶したのだ。
それでも……もし許されるなら自分の能力について、俺も知り得ない俺自身についてもっと知りたい。
ここなら、それが可能なのかもしれない。
だんだんと瞼が重くなる、疲れには抗えない。
色々と考えようとしていたが、それすらぐちゃぐちゃに乱される。
それでも、俺が眠れないのはきっと不安だからだ。
結局眠れたのは、ベッドに入ってから二時間後のこと。
眠気がようやく不安に勝ったころだった。
自然に目を覚ます、疲れていたとはいえ解散自体も早かったため、起きる時間も早まった。
日々、朝から活動する人間だったため何となくの時間感覚はわかる。
とはいえ、早く起きたからと言って何をすればいいのかすらも理解できていないため、とりあえずコックピットに向かうことにした。
近代的な扉が自動で開き、その先にはゴウテツさんだけがいる。
「ミドロか……丁度いい、外の景色を見てみろ」
後ろも振り向かずにそう告げるガンテツさん。
言われた通りに、外の景色を見てみることにする。
気づけば、宇宙空間のような異質な場所だったのがとんでもなく美しい世界へと変貌を遂げている。
「ここが目的地だ」
神秘的、そんな言葉が脳裏に浮かぶほどに不思議な魅力を持った世界だ。
これから始まるのであろう、そんなまだ見ぬ冒険についついワクワクしてしまう。
「ふぅ……俺の仕事は終わりだ
あとはハガリから指示でも貰ってくれ」
一日ぶりに顔を見たが、その顔には大きくて濃いクマが出来てしまっていた。
昨日今日と、かなりの重労働だったらしい。
そそくさと部屋に戻っていくガンテツさん。
代わりにハガリさんが入ってくる。
「お、早いなミドロ。
こっから飯作ったり荷物作りするからゆっくりしとけ」
その後はトントン拍子、順に仲間が起きてきてハガリさんが作った朝ごはんを頬張る。
ハガリさんは武器・ジェットパック等の機械の整備、アロナさんはリュックに色々詰める、そう言った準備を進めていた。
少し怖かったのは、何か手伝おうとすると後でちゃんと仕事があるから、と休まさせられることくらいだ。
それほどまでに準備は完璧で万全。
そしてついに……
「よし、じゃあ出発するぞ!」
全員、とは言ってもゴウテツさん抜きではあるが他のメンバーは外に出る。
この世界でも都市からそこそこ離れた森みたいな場所に止めたらしい。
その理由は、都市部に巨大な船が突如降りると恐れられてしまうからだ。
「あの、一つだけいいでしょうか」
俺の声に全員が振り返った。
「何だ、言ってみろ」
「ここから、都市部までどれくらいかかるんですか?」
俺の背中には、先ほどまでアロナさんが色々詰めていた大きなリュックが背負われていた。
正直、かなり重い。
少し油断すると後ろ側に倒れてしまいそうなレベルだ。
「時間か……四時間とか?」
「よ、四時間……?」
「ミドロ、雑談でもしてたらすぐ終わる。
……やっぱりガンテツにもきて欲しかった」
そんな感じであっさり流される俺の疑問。
もう、考えることもやめて俺は歩き出していた。
さっき先輩が言っていた仕事ってこれか。
「ここがアルデハインか……!」
そこからどれくらいだろうか、おおよそ四時間。
いや、むしろそれに一時間弱足したくらいの時間。
ハガリさんの声で、ようやく都市部に到着したことを理解する。
各々、驚きやワクワクに満ちた様々なリアクションをしているが、俺は疲労感が圧倒的に勝利している。
「助かった、あとは任せろ」
リュックはハガリさんに渡して、とりあえずその辺のベンチに座り込む。
どうやらこの後は、とりあえず暇ということらしい。
ならば少し休ませてもらおう。
後を追うように隣にルノが座ってきた。
「おお、ルノお疲れ」
「はい、何だか救助隊の皆に緊張してしまって。
よく分からないまま体力をごっそり持って行かれてしまいました」
そういえば長い道の途中、ルノはほとんど喋っていなかったかもしれない。
緊張でそれどころではなかったらしい。
よく集落では頑張っていたものだ。
「にしても、凄く綺麗な景色だな」
「はい、本当に異世界にきたんだなって感じがします」
さっき窓で見た時も思ったけれど本当にいい街並みだ。
青を基調としたレンガが並び地形が形成され、水がサラサラと間を流れる。
「ルノはさ、この世界がどんな場所か……」
「ここは魔法の世界。
本とかで魔法使いって見たことない?」
気づけば、後ろにアロナさんが立っていた。
ああ、そうか。
確かに昔、本で読んだことがある。
属性を使いこなし、様々な美しい力で悪を断つ。
そんな魔法使いたちの物語を。
本当に俺は異世界にきたのだ、そう実感する。
本でしか見ることができなかった人々を、世界を目の前にしている。
とてつもない高揚感が押し寄せてきているのを感じた。
「アルデハイン……」
俺がボソッと言うと、それにアロナさんが反応する。
「よく覚えてたね、美しい魔法の世界アルデハイン。
今日一日、観光が許された。
だから、楽しまなくちゃ損」
俺とルノは強く手を引かれて立ち上がらざるを得ない。
どうやら、休む時間は与えてくれないらしい。
3人の人影は混雑の中に飛び込み、その姿を眩ます。
俺は疲労感もあったが、それでも自分の中で止まっていたストーリーのページが開かれ始めたのを感じて、何故か笑みが溢れてしまう。
初めてやってきた世界は、本の中でしか見たことのなかった魔法の世界。
そこにようやく辿り着けた喜びを噛み締めて先輩の後を追う。
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