第13話 水族館へ

「というわけで今から買い物に行くか」


「え! そんなに急に?」


「お前だって今から約一か月間家で暮らすんだからある程度必要なものはあるだろ。それの買い出しだ。欲しいものがあれば何でも言ってくれ」


 金だけは使わないからたんまりあるんだよな。

 あの組織成果報酬だけはとんでもない額がもらえるし。その分常に命懸けだし死んでいった同僚を俺は何人も見てきた。

 ここまで長く生き残っているのは本当に数少ない。


「え、そんなの申し訳ないです。私、お金とか持ってませんし」


「俺が全部出すからそこらへんは心配しなくてもいいし前も言ったけど乗り掛かった舟だ。お前はこの事件が終わるまで自分の事だけを考えていればいい」


「あなたはどこまでいっても優しいんですね」


「そんなことは無い。俺は常に俺のできる精一杯をしているだけだ」


 手の届く範囲に手を差し伸べることはできる。でも、手の届かない範囲を助けることはできない。だから助けられるものには手を差し伸べるようにしているんだ。


「秋宮さんはすごいです。私は自分のことで精一杯なのに私は自分の事すらまともにできませんでした」


「俺も自分のことで精いっぱいだよ。そんなことはどうでもいい。行くぞ」


 何気なく龍宮寺の手をとる。このまま家の前で話していてもこいつは動きそうにないからな。


「ちょ、ちょっといきなり走らないでくださいよ。あはははは」


「こういうのもたまにはいいだろ? 経験したことないだろ?」


「そうですね。男性にこうやって手を繋いでどこかに行くのは初めてかもしれません」


「そりゃあ光栄だな。初めての相手が俺で申し訳ないけど」


「そんなことないです。むしろこうして連れ出してくれたのが秋宮さんでよかったです」


 そんなことを言われると照れてしまう。こんなにまぶしい笑顔を向けられたのは初めてかもしれない。だからこそ。龍宮寺の顔が曇らないで済むように俺は全人全霊をもって蓬莱家を叩き潰す。


 ◇


「では、これとこれとこれを借りていきます。これが武器携行許可証と対策室長の同意書です」


「確かに確認いたしました。どうぞ持っていってください」


「ありがとうございます」


 後日俺は言われた通り武器を取りに再び特殊対策室に訪れていた。二年も休職をしていたらさすがに顔ぶれが変わっていて知っている顔が一人としていなかった。


「あいつらはどうなったんだろうか」


 ここで仕事をしていた時の同期や先輩たちの姿が無かった。無事にこの仕事を辞めることができたのかそれとも……


「考えるだけ無駄だよな」


 ここの殉職率は極めて高い。当たり前だ。警察などが手を焼く凶悪犯を専門とした組織だ。どれだけ武器の使用が認められていても体は人間。死ぬときなんて一瞬だ。

 俺はこの仕事に戻る以上いつそうなってもおかしくない。

 その覚悟を決めないといけない。


「弱くなったな。昔はそんなことを考える暇すらなかったのに」


 今では少しだけ死ぬのが怖いと感じる。生きていたいと思う。昔抱いたことのない感情だ。

 それはきっとこの二年で居場所を得て人とふれあったからだろう。


「へましなければいいだけの話か。何を弱気になっているんだかな。俺は」


 自分でもおかしくなってきて芽生えていた不安を笑って吹き飛ばす。武器の準備はできた。あとは黒服たちが情報を持ってくるのを待つだけだ。

 作戦を開始するなら夏休みが始まってから。蓬莱家の潰し方は一任されている。

 どのように始末しても後の情報操作は室長たちがやってくれる。

 であれば俺は最も効率のいい方法で始末することにしよう。


 ◇


「秋宮さんって普段何をしてるんですか?」


「なんだ藪から棒に」


「ほら、この家に住ませていただいて一週間くらい経ちますけど普段は何をしているのか知らないなと思いまして」


「確かに俺は基本的に部屋から出てこないからな」


 リビングでいきなり龍宮寺に聞かれる。ゆうて部屋でやってることなんて小説読んだり書いたりしてるだけなんだけど。


「差し支えなかったら教えていただけませんか? 秋宮さんが何をしているのか興味があります」


「まあ、減るもんでもないからいいけど。基本的には小説を読んだり書いたりしてるな。趣味だから」


「秋宮さんって小説書いてたんですか!?」


「多少な。そんなに面白みもないだろう」


「そんなことないですよ。身近に小説を書いてる方はいなかったので興味深いです。ジャンルは何を書いているのですか?」


 ……ラブコメですって言ってもいいのだろうか。

 言っても何も減らないけどなんだか尊厳的な何かが傷つくような気がする。


「秘密だ。それより龍宮寺は退屈じゃないか? ここ最近ずっと家にいてばかりだろう?」


「退屈ではありますけど贅沢は言ってられませんからね。匿ってもらってるだけでもありがたいんですから」


 こいつは謙虚すぎるな。いや、傲慢な金持ちは嫌いだから謙虚なほうが好ましくはあるんだけどこいつは少し謙虚すぎるというか。


「じゃあ、水族館にでも行くか。俺も最近行ってなかったし」


「水族館ですか!?」


「行ったことあるか?」


「いえ、そういう施設には一度も行ったことがありません」


「じゃあ今から行こうか! まだお昼前だし」


「はい! すっごく楽しみです!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る